なかま
「―――お巡りさん、まだ何もやってないんですっ!?」
自分の悲鳴で目を覚ますと、そこは取調室ではなく霧の中、俺の【白昼夢】の中だった。 ...どうした俺、前世でいったい何があった?
......いや、前世じゃなくて、ついさっきの話か。俺の足元に寝転がっている女の子が二人、夢じゃなかったんだなぁ......
...やっちまったなぁ...敵か味方か分からない子を助けて、さて、どうしよう...?
俺が少し困ったような、いやらしいような、落ち着きの無い視線を眠っている二人に送り続けていると、二人がほぼ同時に目を覚ました。
俺という敵地(?)での目覚めにしては、心配になるくらいのんびりとした起床の後に、彼女達は周囲をキョロキョロと見回した。
そして、みるみる内に青ざめて......
突然地面に、石の河原に手を叩きつけて、二人は悲痛に満ちたつぶやきを漏らした。
「...一族の、再興がっ......」
「...みんな、ごめん...だめ...だった......」
おっと、重いエピソードが出てきたぞ!?
地面を見て項垂れた二人。
なかなか泣きやまない。
相当に、未練があったのだろう......
いまいち状況が分からなかったけれど、震える二人に、俺は推測で声をかけた。
「...あの? ...まだ死んでませんよ?」
ようやく俺の存在に気づいた二人は俺の方へバッと振り向き、目を丸めて、二人で顔を見合わせて、じょじょに顔色が青から赤に変わっていき......二人とも、両手で顔を覆った。ちょっとかわいい。
...なんだか、申し訳ない。そりゃあ、起きたら周囲が河原――霧に包まれた賽か三途の河原っぽい場所だったら、もう死んだと思うよね? 俺が運んだ場所が、悪かったよ。
それにしても、俺が死んだ後(?)に「こっちの世界に来た」時には、そんなカッコいい台詞言えなかったよ?
メガミさん、いきなり質疑応答始めちゃったし。俺には前世の記憶も無かったし。俺もあの時、メガミさんの前で、それっぽく言ってみれば良かったのかな?
「...一族の再興がっ!」とか「...夏休みの宿題がっ!」とか「...今期の決算がっ!」とか......あれ? あんまりカッコ良い台詞が思い浮かばないぞ?
それに、なんとなく「...まだ、ハードディスクの消去がっ!」が一番しっくり来る台詞のような気がするのは何故だろう? ...前世の記憶は消去済みで良かったネ!
...俺がすでに前世に置いてきた恥部について思いを馳せながら遠い目をしていると、二人がジトッとした目をこちらに向けてきた。
...少し不満そうに口を尖らせて、抗議の目を向けている。
「なんで早く教えてくれないの!」なのか「どちら様ですか!」ってことなんだろうけど、一応、俺、君達の命の恩人で、まぁその、ゴメンナサイ。
...このまま黙って見つめ合っていても仕方がないから、この世界で最初に遭遇したであろう現地人(犬を除く)に俺は挨拶してみることにした。
「あー、俺は...」
...普通なら、
「俺はこの迷宮で○○を探して旅をする冒険者で、職業は剣士だ」などと続くのかもしれないが、それを今の俺に当てはめてみると、
「俺は目的もなく彷徨っている不審者で、職業は頑張り屋だ」という、お巡りさんからの職務質問も辞さない自己紹介になってしまうので......
「...俺は...通りすがりの人族です」
という、何も紹介できていない自己紹介をしてしまった。
すると二人も、同様の自己紹介を返してきた。
「私達は......同じです」
「...通りすがりの...人族です」
おっと!? もしかしてこの世界では額に小さな二本角の生えた彼女達の方が「人」で、俺の方が人外だったのか? ...でも、「同じ」って言ったぞ?
もう少し情報を得ておきたい俺は、自分の紹介は棚に上げつつ、俺の額を指差しながら「同郷の人は、近くに住んでいるんですか?」と尋ねてみた。
つまり、同じ「小さな角のある人」の集落が近くにあるのかを知りたかったのだ。
もしも彼女らの集落が近くにあって、人間と敵対しているならば、はやくもこの世界での冒険も終了になりかねない。友好関係の構築に失敗したならばもう、俺はこの【白昼夢】の霧の中で川の流れを眺めながら余生を過ごそうと思うんだ、フフフ。
少しの間をおいて、俺の言いたいことが分かったのか、二人は慌てて額の小さな二本角を両手で隠した。
その両手でいちいち隠すしぐさ、かわいくない? 俺もシンクロするように両手で口を隠した。
もしかしたら彼女達は倒れる前までは、角を隠して行動していて、その帽子か角隠しか何かを無くしてしまったのかもしれない。
どうやら、この二人の方も訳ありっぽいし、こっちも引っ越してきたばかりの訳ありさんなので......あまり駆け引きもせずに、情報交換に踏み切ることにした。
まず、俺について。
俺は元々はこの世界の人間では無く、俺自身もいまいち自分が置かれた状況が分かっていないことを、正直に話してみた。
それを聞いた二人の話だと、どうやら俺のように「他の世界から来る人も稀にいる」らしい。そして俺は「人」族であっているらしい。二人は思ったよりも驚かずに俺の存在を受け入れてくれた。
そしてこの場所はメガミさんの言っていた通り「迷宮の」一階層目で、メガミさんは女神さんらしい。
彼女達はメガミさんに会ったことは無いそうだが、メガミさん達は畏れ多い存在らしく、この世界では他にも各種族各宗派ごとに様々な神を信仰しているらしい。
そして、彼女達の話。
「私達は、人族に滅ぼされて......逃げているところです」
おっと、さっきの重い話の続きが出てきたぞう......俺もその「人族」に所属しているっぽいのに、何やってくれたんだよ人族!
どうやら彼女達小鬼族は人族とは対立する種族であったのだが、人数と武力に勝る人族達についに滅ぼされてしまったとのことらしい。
そして最後の生き残りである彼女達二人は、人族達の幽閉先からのがれてこの迷宮に逃げ込み、ついに力尽きて倒れてしまった......そして俺が拾ったというのが、今の状況らしい。
彼女達は双子の姉妹で、年齢はほぼ俺と同じらしい。「らしい」というのは、彼女達自身が正確な年齢は把握しておらず、だいたい十年以上、二十年手前とのことだ。
ちなみに俺自身の方は、今の年齢も前の享年も、未だに分かっていない。
この迷宮に逃げてきたのは、ここが「追っ手をまける」可能性が高い場所だかららしい。
この迷宮は、特に理由でもない限りは誰も入りたがらない危険な場所で、深層どころか2階層への転移門を見つけることすら困難な場所。5階層も潜れば十分に深層...つまり、人族の追っ手から逃げきれると思えるような場所なのだそうだ。
そしてこの迷宮の最深部が何階層なのかは不明らしい。
冒険者達はこの迷宮に、数々の宝や、希少な動植物の素材、そして名声を求めて挑み続け......そして帰らぬ人になるらしい。
...おい、最後の一言は知りたくなかったぞ!
「...さておき、君達は今......どれくらいまずい状況なの? いつ頃からどこに逃げていて、行く先はもうバレているのか、とか?」
俺の質問に二人が答えた。
「逃げ出して、意識を失ったのが......三日目くらい、です。牢から出てきた時には誰にも見つかってない、ですが、その日の内に逃げたことは気がついているはず......」
「迷宮にいるのは知らないはずですが......地上で見つからなかったなら、すぐにここに......探しにくるはず、です」
「地上って、どういう場所なの? 俺、産地直送で迷宮に出荷されたから、地上のことは全く知らなくて......」
「あ、はい。この上は迷宮都市で、人族達がいっぱいいる、です」
「周囲は森と山に囲まれていて、多くの危険種が生息しています。それで都市は、迷宮の中や周囲の森からの侵攻に耐えられるような、要塞になっています」
「...人口はそこそこいて、武力も充実している都市がある、と」
「...はい」
「魔法や魔物の研究機関を集めた都市でもあります」
うーん......その都市って、周囲の森やこの迷宮の生態を研究するための場所とかだったりするのかなぁ? 「危険な」迷宮や森に備えるためには武力的な備えも充実している。少なくとも、観光地の類では無さそうな雰囲気だな。
そして、彼女達は「迷宮」しか逃げ場はない、と。
......俺がその「地上」の国民(?)とかで、彼女らが逃亡者なら、むしろ彼女らを捕まえないと俺も有罪になるんだろうなぁ...?
だけど、うちのメガミさんは、俺の所属や目的は特に言わなかったし、この世界での俺の開始地点を、わざわざ「迷宮の中」にしたんだよな? なんでだろ?
...よし。
「...一緒に行くか?」
「「えっ?」」
「...とりあえず、俺は下に行こうと思うけれど、君達も下に行くんだろ?」
「「...はい」」
「互いに危害は加えないようにするって条件で、適当なところまで同行した方が、お互いに楽だろう?」
俺はメガミさんから地上ではなく迷宮に送り込まれたわけだし、人族とゴブリンとの柵とか、そんなのはどうでもいいだろう。
これも何かの縁だ。
「「...良いんですか?」」
まぁ、どうにかなるだろう......なりますよね、メガミさん? 神頼みですよ?
「...もちろん、良いよ! よろしく!」
「「...はい!」」
こうして俺は、この世界で最初の仲間を手に入れた。