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うたげのあと

 ようやく合流できた俺達は少し遅めの昼食をとった。今日中には辿り着く予定だったから、メイが多めに全員分を持たせてくれていた。


「...だから、あなたの分もありますので、ご一緒にいかがですか?」

「いえ、自分のことはお気遣いなく。食べても下からこぼれ落ちるだけですからね、ハハハ!」


 と、素直に笑って良いのか分からない骸骨ジョークを飛ばしてきたのは、いつかの我が家の城騒動の一件から見かけたり見かけなかったりする、元魔王四天王の一人だった。

 どうやら彼はティに呼ばれてここにお手伝いに来てくれているらしい。


 ティ達はここに二晩と二日滞在したことになる。ここに寝泊まりしながら色々と後始末をしてくれたのだそうだ。

 その間の食事については、あの川を流れたり坂を転がったりしてくる果物ではなく、ティが収納空間(アイテムボックス)スキルで常備している非常食で済ませていたようで、二日ぶりのメイの手料理に三人とも喜んでいた。


 確かに、メイの料理はおいしい。お店でも開けば良いんじゃないかと思うくらい。

 俺は料理といえば刻んで弱火で煮込むことくらいしかできなくて、それでもいつの間にかスキルに【りょうり】が増えていたのだけれど、このメイが作るやつとの差は一体なんなのだろうか?

 レベルによって差があるのだろうとは思うけど、もしかするとあれか、【料理 Lv1】は洗った野菜をお皿に盛ったり、カップラーメンにお湯を注いだりすれば手に入るスキルだったりするのではなかろうか?


 楽しい食事を済ませた後に、ようやく現状の確認へと移った。

 到着直後に聞いた時はティが「問題ない」の一言で済ませてしまったのだけれど、そっかーもんだいなかったかー、なんて安心するわけにもいかなかった。


 川の側に広がる花畑。その下にあの動物達が眠っているそうだ。


 ティ達が後片付けをしてくれたと言うように、あの花畑が増えた以外は周辺はきれいに何も無くなっていた。

 俺がここで最後に見た、おそらくはサンシータも見たであろうあの凄惨(せいさん)な光景について、既に(とむら)ってくれていたのはありがたくもあり、その辛いであろう作業を任せてしまったのは申し訳なくもあった。


 そして...


「ティ、ここに人族達の後発隊が来るそうなんだけど...」

「ふむ? メイにはちゃんと伝えたはずなのじゃが、何も聞いておらぬか?」


 えっ? あの「こちらは片付いた」のことを言っている?


「...待て、片付いたってことはまさか、あのお花畑の下に」

「あの花畑の下はケモノ達だけじゃ。そのような無粋な真似はせぬ」


「えっと...それで、人族達の後発部隊なんだけれど」

「そやつらは行方不明じゃ」


 ...んん? ちょっと待って、ええっと...


「行方不明って、昨日今日で断言できるものだっけ? なんか、欠席の人は手をあげてくださーい、みたいな...?」

「......」


 ティは俺の質問には回答せず、ただただ無の表情で黙秘権を行使するばかりだった。

 そしてサキとユキと骸骨戦士は、ニアやサンシータとお話している。というか、なんだかあえて今こちらには近づいて来ないような雰囲気があって、怪しい。


 そして怪しいと言えば、花畑と一緒に増えている、あの...


「...あの、むこうで飛び交っている綺麗(きれい)な青い(ちょう)は、一体、何?」

「なんじゃろうな?」


 あの迷宮奥へと続く緑の坂に、無数に舞っている美しい蝶の群れ。一匹、二匹ならまだ分かるけど、群れ。

 ティは素知(そし)らぬ顔をしているようだけど、俺の問いかけにサキとユキがびくっとしたのを見逃さなかった。


「...俺はここでは蝶なんて初めて見るし、この周囲には花が一輪も見当たらないのだけど?」

「花ならば、そこにあるではないか」


「突然できた花畑にどこからともなく群れが集まってきたというのか? 花畑と一緒にティが用意したと言った方がまだ、説得力がある気がするぞ?」


 俺は両手の人差し指と親指でL字を囲み、四角枠をつくって丘の方へと向けた。そして、枠の中の蝶の数を数えていく。


「一つの枠で5、6匹くらいか。で、あの丘全体で9枠分として、50匹前後?」

主様(ぬしさま)は、面白い数え方をするのう?」



 ただ何となく数えてしまったけれど、その数字が一致してしまい、何やら嫌な予感がしてきた...



「...一昨日の夜、俺とニアで退けた人族の数も50前後、後続部隊も同じ数だと聞いている」

「さすが主様じゃ」


「...それで、人族達の後発部隊なんだけれど?」



「行方不明じゃ」



 いつもの無邪気なそれではない、ティの妖しく美しい、冷たい()みにゾッとした。


 ...俺は、ティが何をやったとしても(とが)めるつもりはなかった。

 そもそも俺とニアが出たとこ勝負で人族達を退けることができたのは運に恵まれただけで、こちらにもあちらにも死者が出なかったのはさらに偶然の結果だと思っているくらいだ。

 あの兵士達は俺達を倒すための軍勢だった。だけど、みんなは無事だった。それだけでもう充分だ。


 そしてこちらには、後続部隊は「幸運にも来なかった」......ティはそれで押し通せと言っているのだ。


「分かった。行方不明だ」

「フフッ。物分りの良い主様は大好きじゃ」


「...フゥー......それで、行方不明ならば、そのことを21階層のオークやドワーフ達にも伝えなくちゃ」

「うん? なぜ伝える必要があるのじゃ?」


 さらにはティは、伝える必要も無いと俺に説明した。


 ティ(いわ)く、今回の一件が人族にどんな思惑があって何がきっかけだったのかは関係なく、重要なのは攻め込んで来た兵士達にオーク達が対応できるか否かであることである、と。

 仮に下の階層からの逆走や進軍はもう無いと断言した所で、今度は20階層の転送門から攻め込んで来たとしてもなんら不思議は無いという話だ。それは兵団に限らない、あの二人の神の使徒【不滅の正義】と【慈悲無き兵器】の二人が引き返して襲いかかってくる可能性だって無いとは言い切れない。


「それに、主様も言っていたではないか。ここにおったケモノ達に、わらわ達が迂闊(うかつ)に手を貸すべきではない、と」


「それは......動物達とオーク達とでは、事情が違うんじゃないのか?」


「これは()なことを!? 人の形を成す者とて、まして同族であったとしても、それが皆、手を貸すという理由にはならぬぞ!」


 そしてティはあらためて、俺の顔の正面に移動しながら、腕組みをしてこう言った。



「主様、【徘徊する逢魔】になってはならぬ」


 まさかの俺&メガミさんの全否定!?



 その(ひど)い物言いにはギョッとしたけれど......ティの真剣なその言葉に、あの夜、ここに来る前の騒動、俺を引き留めようと狼狽(ろうばい)するメイの姿を思い出した。


「...俺は、紛れもなく【徘徊する逢魔】なわけだけど、ただ、ティの言いたいことは何となく、ほんのりとだけど分かった気がする......それを踏まえても、20階層のドワーフ達やモタさんにこちらの状況を伝えることってできないか? もちろんティの言っていたような、今後も油断するべきではないという警告も含めて、全て伝えるということで」


 21階層の方で引き続き警戒するにしても、モタさんが人族達と話をつける際に何も知らないふりをして()(とぼ)けるにしても、ある程度分かっていた方が動きやすいには違いないだろう。


 俺の言葉に、ティは俺の方へ飛んできて、俺の頬を引っ張った。


「もうっ! 何も分かっておらぬ、やっぱり【徘徊する逢魔(ぬしさま)】は甘々じゃ!」

ひょ()めんにぇ、ひい(ティ)


 ...甘々でいられるうちは、できるだけそれでいようよ?



 そして、みんなで今後の予定について話し合った。



 俺達は今日のところは我が家に引き返して、迷宮を先へ進むのは明日以降にすることにした。

 ティや、サキとユキ達はここで野宿していたそうだから、しばらくは我が家でしっかりと休んでもらいたい。

 そして俺も迷宮を進む前に、今後についてティに相談したいことがある。


 本当は21階層へ引き返してオーク達と、特にあの女主人と少し話しておきたいと思ったけれど、それはみんなに止められた。

 今回の発端である【徘徊する逢魔】から何か話をするべきだと思ったけれど、世界中で何かあるたびに俺がそこへ出向くつもりかとティ、その言葉にうなづくニア、そして「人族だから仕方がない」とはサキとユキの言葉。


 みんなにそう言われて俺も多数決に逃げてしまった。俺も言い訳としては、【徘徊する逢魔】で人族の俺がのこのこ顔を出せば、オーク達の神経をさらに(さか)なでしてしまうことにもなりかねない、とも思っていた。

 気落ちする俺にサンシータが「助けてくれたことに感謝している」と言ってくれたのが、ありがたくもあり、痛くもあった。


 サンシータはここで一晩明かしたいと言ったので、明日にまた、今後どうするのか聞くことにした。


 彼にとってここは色々と思い出もある場所だろうから、ここで一人で考えたいのだろうけれど、明らかに弱って見える彼を一人にして大丈夫だろうか?

 サンシータは「大丈夫ッス」と苦笑していたけれど、あの少しさみしそうな笑顔、そして目の奥に秘めているような、何か不吉な......昨晩の俺を思い出す、仄暗(ほのぐら)い感情。


 ティに甘々だと言われたにもかかわらず早々に、無理矢理にでもサンシータを自宅へと連行しようかと思った俺を引き止めたのは、骸骨戦士だった。


「私が彼と一緒にここに残ります」


 未来ある若者をここに一人置いていくのは忍びないと、サンシータには聞こえないようにこそっと俺に告げてきた。

 骸骨戦士さんとは(サキが)一戦交えただけの間柄だったし、なにせ見かけがもう、「戦士」な上に「骸骨」だったから怖さが先行していたのだけれど、こうやって話してみると想像以上にずっと紳士な人で驚いた。人は見かけによらないものだ。


 ありがたい申し出に俺もぜひお願いしますなんて言ってしまったけれど、それでも後になって考えてみれば、もし俺が骸骨と二人きりで野宿になってしまえばもう、怖くて泣いてしまう。

 ...だけど、後になって撤回するのもなんだか違う気がしたので、俺は二人の無事(?)を祈ることにした。


 あと、もう一体の蔦オバケについて。

 骸骨戦士と同じくティが召喚した彼(?)は、ここに置いていくそうだ。

 もともと彼は住所不定の根無し草(?)だったから今まで通りにここで徘徊して、用事がある時にまた召喚すればいいという、なんとも無責任な放置プレイに聞こえてしまう話だった。

 そしてなぜか、住所不定とか徘徊とかの言葉に俺は彼への不思議な親近感がわいてしまっていた。


 そんな蔦オバケについて、むしろティがプンプンしながら「いっそあの老木に成り代わってこの階層を乗っ取ってしまえば良い!」などと、事情は分からないけれど何やら物騒なことを叫んでいて、ティのその言葉に蔦オバケも何やらやる気を出していた。

 これ以上触れるのは藪蛇(やぶへび)な話題のような気がしたので、そのままティもオバケも放置することにした。


 ...ただ、もし蔦オバケもここで野宿するのなら、サンシータを骸骨とオバケの二体で囲むのは、ちょっと......ちゃんと三人が仲良く打ち解けられるのを祈ることにした。



 あとは余談として、ここに点々と突き刺さっていた無数の剣。


 俺が聞いた話とティの話から推測すると、どうやらあの神の使徒【慈悲無き兵器】が【千刃(せんじん)】というスキルで創りだした剣らしく、そのまま放っておけばそのうちに消えるそうだ。


 そういう神の使徒達やら、そのスキルやらについてはメイが詳しいとティが言っていた。

 ティが自分ではなくメイが詳しいと言うのは、本当にメイが詳しいだけでなく単に自分が説明するのが面倒なんだろうなーと思ったけれど、それについては俺も指摘しなかった。ティは色々知っていてあえて俺に言わないのを楽しんでいる(ふし)がある。



 そうこうしている内に日も傾いてきてしまったので、俺達は自宅に引き返すことにした。

 最後に、俺はサンシータと骸骨戦士と蔦オバケとでお話して、サンシータが怖がっていないことをちゃんと確認して、そして蔦オバケが肉食とか雑食とかのオバケでは無いことを充分に確認した上で、【白昼夢】スキルで我が家へと撤収した。



 思えばまだ一晩ぶりなわけだけど、久しぶりに全員で我が家に帰還できた感覚に、心の底からホッとしたのだった。


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