おりなおし
縄でグルグル巻きにされたモタさんが到着した。
ドワーフ二名に挟まれて、少し困った感じでモタさんは俺の方を見つめていた。きっとここに到着した直後に、人族としての嫌疑からドワーフ達に捕縛されてしまったのだろう。
探検家みたいな服装の中年男性がヒゲモジャ集団に連行されたその姿が、なんというか、謎の原住民に捕まった撮影スタッフ(やらせ)みたいに見えてしまうのは俺の危機感が無さ過ぎなのだろうか...
「えっと、俺の知り合いなので......襲撃には無関係の人なので、一旦、離してもらえませんか?」
俺とニアが21階層へと走る途中でモタさんとは、すれ違っていた。
息を切らせながら走るモタさんに「サンシータを頼む!」と言われて、俺達はそのまま走り去ったのだった。
そんなモタさんもようやくここまで辿り着いて、着いたところでドワーフ達に拘束されてしまったのだろう。
俺は自分が見てきたここまでの状況について彼に説明した。モタさんが人族代表になりそうな雰囲気だったので、後半は酒場の主人あらためドワーフの団長も交えて、遅めの昼食をとりつつ一緒に話をした。
「オーク側は死者3、重症2、他、全員が暴行を受けています......が、ニアが間に合ったので、実際の死者と重傷者は今は0人です」
「そうか...彼らも、サンシータも無事だったのは何よりだ」
「お、ぉう、ネコの嬢さんは実はすごかったんだな」
「主はもっとすごい」
「いや、今回は俺は......まぁ、とにかく、ここに居ない他のオークについては里に退避済みとのことです。一方で人族は重傷4、他、全員が軽傷。重傷者は人族側で治癒済みで、命に別状はありません」
オーク達と人族達は昨夜の戦闘後から接触させていない。だから人族達はまだオーク達に死者が出たと思っているだろう。
オークの死傷者はゼロなんて話をそのまま人族の兵士達に伝えてしまえば、下手をすれば彼らこそが被害者だなんて言い出しかねない気がするから、そのまま見せないつもりでいた。
一方でオーク達も、人族が無事だと知れば当然......その言葉を代弁するようにモタさんが尋ねてきた。
「それで......彼らの首を刎ねるかね?」
ドワーフの団長とモタさん、それぞれ苦い表情の二人に対して俺は答えた。
「いや、刎ねたらダメでしょう。怒りを収めるにはそれが一番手っ取り早い気もしますが、それはオーク達にとっても利益にならないでしょう」
双方の被害が増えるほど、不和と争いは加速する。それに...
「...それに、人族達はむしろ首が刎ねられることを望むのでは? いっそ全責任をその生首に押し付けて切り捨てるなり、刎ねられたことを口実に報復に出るなりするでしょうし」
トカゲの尻尾を切るというか、争いの火種を起こすというか。
お互いに戦いたいのならばそれで良いのかもしれないけれど......少なくともオーク達はそれを避ける試みをここでやっていた、はずだ。
「このまま終われば人族対オークの構図になる。それで構わないのなら良いですけど...どうなんでしょう、人族の誰が、どの組織なり国なりが、ここに派兵して来たわけですか?」
下の連中が勝手にやりましたという話なら、次回以降も「下の連中」が勝手に大暴れするだけだろう。あの兵士達の『上』の...彼らに襲撃を指示した連中に逃げられたら、次を防ぐことができなくなってしまう。
10階層の「妖精女王の隷属化事件」だって、妖精達は数年間に渡って人族に無視され続けていたというし、それを21階層でも繰り返させるわけには行かないだろう。
「...うん? そもそも、【徘徊する逢魔】の討伐が目的なのに、【勇者】はともかく、なんであんなに弱い兵士達を差し向けたんだ? 実はオークの方が本命だったりするのか?」
人族の天敵なんだろう? たかだか50人程度で襲撃なんて...なんだろう、この違和感は俺の勝手な自惚れか?
「それは主が強すぎるだけ」
俺の疑問にニアが即答。
...そして、俺、ドワーフ団長、モタさんの三人ともなんとも言えずに静まり返ってしまった。
気まずい空気をフォローしてくれたのは、モタさんだった。
「...彼ら派兵された者達は名のある兵士達であるのは確かだが、彼らがオーク達を標的としていた可能性はあるだろう。
21階層のオーク集落は、一部の者達には有名になりつつあったのだよ。優秀な人材がそこへ流出しているのではないのか、と」
噂を聞きつけた人々がオークのお店に訪れて、そのままオークの里の一員になったり、里の支持者になったりしているらしい......あー、たぶん、モタさんも?
人族達が問題視する程に人々を集めることに成功していたってことは、まさにオーク族の勝利ということだろう。
そして「流出」なんて言っているが、つまり待遇の良い方に流れていっただけだろう...?
「...それって、オークの集落をどうこうするよりも流出した原因を分析しないと、また別の場所に流れて......いや、とにかく。
彼ら人族の兵士達は【勇者】を筆頭に命令系統で雇われてここにやって来たんだ。彼ら捕虜をどうするのかは、命令した人達がどう出るか次第でしょう」
...これについては俺の打算もある。これを機に、【徘徊する逢魔】の討伐を企む連中が少しでも失脚したり減ったりしてくれるならばありがたい。まぁ、あんまり期待はしてないけれど...
とにかく、首を刎ねることはあまりおすすめできない。
俺の言葉に、ドワーフの団長が苦々しく答えた。
「...ッチ、仕方ねぇ。ロー博士、あとはお前さんに頼んでも良いのか?」
「...私が引き受けるしかないのだろうね」
ロー博士こと、モタさんが疲れた表情で苦笑した。
モタさんは他種族に伝承を聞いて回っていると言っていたように、ドワーフを含めた色々な種族達との交流があるようだ。
そして残念ながら、ここでまともに信用できそうな人族はモタさんしかいない。
まずは現状を確認するつもりが、その場の勢いで結論まで至ってしまった......オーク達に全く話を通さずに。
だけど、モタさんと団長の二人が、それはまったく問題ないと言い切った。
人族を倒したのはオーク族ではなく俺なのだから、俺の好きにすれば良い、と。
それに、俺が決めなければ多数決で「刎ねる」になる、と。
ドワーフの団長がガハハと笑い、モタさんは口をヘの字にして俺の方をじっと見つめてくる......
...刎ねる、刎ねない、どちらにしても、責任が、重い......だが他の手は思い付かなかったし、手を出した以上はやむを得ない。俺の言葉で刎ねるのは保留ということにしてもらった。
とはいえ、決めたのは俺でもその後始末はモタさんに丸投げで、巻き込まれ具合と面倒臭さで言えばきっと俺よりもモタさんの方が上だ。
「...すみません、モタさん。万が一、話がこじれてしまいそうならば、すべて【徘徊する逢魔】のせいにでもして逃げてもらっても...」
「ハハハ! 私はそんなに頼りなく見えるかね!?」
「いいえ! そういう意味では」
「私はこれでもそれなりに名の知れた伝承学者だ。まぁ、悪いようにはしないよ」
そう言って、モタさんは手を差し出してきたから、俺は彼と握手をした。
それはそれとして。
「...ニア、【魔導】の力で尋問とかってできるかな? あの人族の人達に聞きたいことがあるんだけど...」
俺達がここまで引き返してきた途中にあった等間隔に突き立てられていた剣の道。ドワーフに聞いてみた所、どうやら例の神の使徒【慈悲なき兵器】がばら撒いてきたものらしい。
剣をばら撒くのが趣味の迷惑な変態ならばそれで良い(?)のだけれど、あの「目印」は一体何なのか。その答えは関係者に聞くのが一番手っ取り早い。
とはいえ、素直に教えてくれるわけもないので、ニアの助力を得ようと思ったのだけど。
「無理矢理聞いたら、壊れちゃう」
「...まずは壊さない方向で、それとなく聞いてみよう」
何か浅めの催眠術的なものでもかけて尋問しようと思ったのだけれど、人族の兵士達の数人からモタさんがあっさりと聞き出してくれた。
兵士達にしてみればモタさんが命綱なわけだから、そこに必死に縋る者も少なくないようだ。
「...どうやら後続部隊がいるようだね」
モタさんが数人に聞いてみた結果、彼らは二部隊で攻め込んできたことが確定した。あの剣は先導した二人の神の使徒が残していった道標ということらしい。
迷宮に入ってきた部隊をそのまま2つに割ったとのことだから、ここにいるのと同じ規模で次が来てしまうのだろう。
モタさんからの情報にドワーフの団長が舌打ちをして、他のドワーフ達の元へと歩いて行った。
「ニア、どうやら俺達もティのいる方に合流した方が良さそうだ、大至急」
「うん」
そういえばティは「後詰はまかせろ」みたいなことを言っていたけれど......
にわかに騒ぎ出すドワーフ達をそのままに、すぐに出立しようとした俺達に、サンシータが走ってきた。
「...俺もご一緒しても良いっスか?」
「...サンシータ、お前、体調は大丈夫なのか? 俺達、わりと大急ぎで引き返すことになるぞ?」
「俺は頑丈さだけが取り柄ッスから」
正直、連れて行きたくはなかった。後続部隊と戦闘になってしまったらサンシータまで守り切る自信がない。
とはいえ、今回の当事者であるサンシータが来るというなら、拒否したところで彼は勝手に来るだろうし、昨夜の状況を踏まえると一人でも行ってしまうことだろう。
だから、一緒に連れて行くというよりは来たければ好きにすればいいという形で、場合によっては途中で置き去りも視野に、とにかく出発した。
出発早々、俺達は彼を置き去りにしてしまった。
もちろん、嫌がらせのつもりではなかったし、サンシータの身体能力の高さは知っているつもりだったけど、状況が状況なので彼に合わせて走るつもりは無かったんだ。
それでもサンシータは文句ひとつ言わずに俺達に必死に食らいついてきた。彼は彼で仲間達を守るために必死なんだ。
...ただ、こうして追いかけられると何だか複雑な心境になってしまった。俺達がサンシータをいじめているような気まずさとか、いつもの爽やかイケメンではなく苦悶の戦士と化した息の荒いオークがうちのネコちゃんの後ろから迫って来るという、絵的な怖さとか。
「...少し、休憩しようか、ニア?」
「うん」
...待っているんじゃないよ、休憩だよ。
そもそも、荷物の量も違う。この徒競走(?)は公平じゃない。
以前は渡河中のサンシータ達に俺達が追いついた状態だったから気付かなったけれど、普通は今のサンシータのように宿泊や探索に必要な最低限の荷物を持って移動するはずなんだ。まして今回は敵がいると分かっているから、剣や防具のような最低限の武装もある。
俺とニアのように手ぶらで迷宮を進むほうが異状なんだ。
それでも俺は少々急いでいたものだから、
「悪いがサンシータその荷物は俺の方で運ばせてもらって、少し移動速度を上げるぞ」
と言って、彼の荷物を俺の収納魔法で勝手に奪いとってしまった。
驚いて目を見開くサンシータ。その姿を見ると、いつか道具屋のおばあちゃんが言っていたように収納系のスキルが希少なものなのだなぁと改めて気付かされた。
そこからは三人で走って行った。
サンシータに合わせてペースを落としたわけじゃないよ、一応、敵を警戒してゆっくり走ろうかなと思ったんだ。
それでも、とうとう日が暮れ始めて来てしまった。
俺はサンシータに一度、預かった荷物を返しながら、
「ここからは他言無用で頼む。俺達の家で休むぞ」
俺の【白昼夢】スキルで呼んだ霧の奥へ、三人で歩いて行く。
後ろからサンシータの「え? ...えっ!?」という戸惑いの声と、ニアの「家」という短い説明の声が聞こえてきた。俺も他に説明のしようもないので、そのままどんどん進んでいった。
霧を抜けて視界が広がった所で、サンシータの呻くような声が聞こえてきた。
「...こ......ここは...戦士の園、か...?」
え、なにそれ!? ...おい、それって戦士が「死後に」行ったりする園を言ってるだろサンシータ!? ...まぁ、サキとユキも最初はあの世だと思っていたし......あぁ、うん、俺も最初はそれを連想したよ。
それにしても、サンシータが驚いたのも無理はない。
最初はただの霧の河原だったのに、今はそこに緑地と木々と我が家がある。さらに傍らには農園。奥に神殿。遥か彼方には謎の城......おい、サンシータが勘違いした理由の一番はあの城だろう! もう少し存在感をもっとこう、隠せ!
「...違うんだサンシータ、あの神殿や城はおまけで、俺達の家は手前の――」
「おまけ!?」
...いいやもう、別に戦士の園とやらでも。
「――...今日はもう疲れたから、とにかく休もう。ここは安全だけど、もし外に出るときは――」
「私にお申し付け下さい。お客様は私がご案内致します」
「――うちの使用人のメイだ。こちら、オーク族のサンシータさん」
「...伝説の、『魔王の使用人』...!」
「はい、魔王様の使用人です」
「...メイ、俺は魔王では――」
「失礼致しました。ご主人様の使用人です」
「主の漬物石」
「ニア、便乗して意味の分からない自己紹介をするんじゃない。それからあちらは、うちの番人のスライムさん。あっちにいるのは通りすがりの建築関係者たちで、向こうは謎の集団、そしてあれも謎の......ねぇメイ? もう俺、疲れたから今日は休んで良い?」
「申し訳ありません、ご主人様!? あとは私の方でご案内しますので、夕食までお休み下さい!」
何やら俺の知らない人達まで増えていたのは今日、たまたま来客(?)が多いのだそうだ。もしかしたら、俺達の騒ぎの一件で集まって来てくれていたのかも知れないけれど、ちょっと考える余裕もなかったのでメイに任せて丸投げしてしまった。
この後のことは、あまり覚えていない。
一晩ぶりに我が家に戻った安心感と、メイの料理で緊張の糸が切れて、半分意識が飛んでいた。
どうにか意識を取り戻して周囲を見れば、食卓を囲むニアも、サンシータも俺と大して変わらないふらつき具合で黙々とご飯を食べていた。
...よくよく見れば、料理の方もあえて、流し込めるだけのスープ中心にしてあるようだ。メイの気遣いに感謝しなければ......
そして、何か言おうとする俺の先手を打つように、メイが、
「後は、全てお任せを」
と言い、スライムさんも「任せなさい!」とばかりに俺をペシペシ叩いてきた。
本当は、ティとなんらかの連絡手段を持つらしいメイに、後続部隊の話やら残してきたオークやドワーフの話やら色々とする必要があったのだけど......俺はもう、途中から何を話していたのかもよく分からない内に......気がつけば寝台で意識を失っていた。




