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はねろ

 俺はその日、オーク達の戦後処理を手伝いながら、そのままそこで一夜を明かすことにした。


 制圧済みの人族は広場の片隅に全員集めて、人族側に仮の責任者を立てて管理させた。

 人数的には彼らの方がはるかに多いからこちらで見張るには限界がある。武器は全て没収して責任者以外は拘束し、何かあれば責任者を通じて交渉するようにと言っておいた。


 そして、妙な動きがあればニアの魔法で『一掃する』と念を押した。


 この一言で全員が身じろぎ一つも控えるほどにおとなしくなった。中にはまだニアが放った魔法で恐慌状態の者達もいるようだが、それを気遣(きづか)ってやれるほどの余裕はもうこちらには無い。そのままおとなしくしてくれるのを祈ることにした。


 オーク側の負傷者は全員治癒の上で彼らの『里』に撤退させ、残った者達で集落に他に逃げ遅れた敵、味方がいないことを確認し、今後の方針を簡単に話し合った。

 オーク達が言うには、この階層にあるらしい彼女達の『里』へは既に狼煙(のろし)で状況を連絡したらしいが、里の安全の方を優先するためにあちらからの接触はしばらくは無いだろうとのことだった。いざとなれば交戦ではなく、集落を捨てて逃走する方針のようだ。


 広場の中心の篝火(かがりび)の横で、俺とニアは交代で仮眠をとった。


 敵味方に動きがあればすぐに動けるように、双方がすぐに見える広場の中心に居座った。位置的にもここが両陣営の間になる場所だ。

 俺の(ひざ)でスヤスヤ眠るニアを撫でながら、双方にこれ以上何も起こらないことを祈りながら夜明けを待った。


 もう夜明けも近いであろうこの時間に、オークの娘さんが二人、俺達の前に現れた。

 以前、俺達を歓迎してくれた時よりもずっと薄着の服装、というかほぼ肌着。服がない訳ではないだろう、つまり、俺に対する臨戦態勢での登場だった。


「...えぇぇ......横でネコちゃんが寝てるの、分かってるよね?」


「私達はいま、【徘徊する逢魔】様を引きこまねば、勝ち目が無いのです」

「...どうか、ご慈悲を」


 つまり「誘惑しに来ました!」宣言だ。それと気付かれぬように籠絡(ろうらく)するでもなく、見返り前提の真っ向勝負だった。


「...ずいぶん素直に言っちゃうんだね、それ?」


「正直に話した方が効果があると、(おさ)からの指示です」


「長って、あの女主人さん? 見かけなかったけど、無事連絡がついたならば良かったよ」


 良かったねー。では、また明日......で流せる雰囲気では無さそうだ。


 とはいえ、いつもの俺ならドキドキしたりムラムラしたりしたかもしれないけれど、正直いまは迷惑だ。この瞬間にでも人族側に動きがあれば即、戦うなり逃げるなりしなければいけないからもう、気が気でない。

 こんな厳しい状況を踏まえてなお、今すぐに俺を落とすべきだと女主人は判断したのだろうか? ちょっと、【徘徊する逢魔】の戦力に過剰に期待し過ぎじゃないのか?

 

 俺ももう、考えるのが面倒なので、二人のうちの片方を手招きして近くに呼び寄せた。


 そしておずおずと近くに来たところを、ちょいと引っ張り、うつ伏せに倒して、背中の上に指を置いて押さえつけた。

 予想外の展開に、オークのオネーチャンは悲鳴を上げた。


「...えぇっ!? ちょ、ちょっと、若旦那様!? これ、なに、起きられな...手をどけて下さい!?」


 背中を抑えている俺の指が邪魔で、彼女は起き上がれずにジタバタするばかりだった。


「...君、わりと身体かたいね? 背中まで手が届かないんだ...

 で? そっちの君はどうする? まだ俺の右手の方が空いているけど?」


 それでも来るなら、二人共そのままうつ伏せで朝まで過ごしてもらうつもりだ。サキやユキが相手ならいざしらず、素人の娘さん二人ならば片手ずつでも押さえつけられる。

 半裸の子を地面に這いつくばらせるのは忍びないけれど、ちょっとこちらも余裕がないから、これでガマンしてもらおう。


 俺の指で背中を押さえつけられたまま「ぬぁー」とジタバタする子の様子に目を丸めて立っていたもう片方の娘さん、例の「チョイサーの子」が俺にこう言ってきた。


「...さすが、サンシータのアニキを止めてくれたお方です」

「まぁ、ね。君達では俺に勝てないよ?」

「...アニキのこと、よろしくお願いします」

「うん? よろしくって?」

「私達にとって大切な、尊敬しているアニキなんです。ですから......よろしくお願いします」


 そう言って、俺にペコリとお辞儀をした......何がよろしくなんだろう?


 ともかく、サンシータは里のことを良く思って無いような事を言いつつも命がけでみんなを守っていたし、彼女もサンシータの事を大切に思っているようだ。

 こんな状況ではあるけれど、なんだか少しだけ安心した。


「...安請けあいはできないけど、サンシータも君達も、俺にできる範囲で力になるよ。ゴメンネ、倒しちゃって。起きられる?」


 一応は俺は味方であると伝えて納得してくれたのか、オークの二人はそのまま立ち去ってくれた。



 翌朝、目が覚めるとそこに、メイが居た。


「おはようございます、ご主人様」


 一瞬だけ、いつもの朝だと錯覚してしまった。

 どうやらニアが、メイを我が家から呼んできてくれたのだろう。

 ...呼んでから俺の隣で眠っているんだよね? メイが一人でここに来る手段は無い、はずだし......


 俺、ニア、メイの三人でいつもどおりの食卓を囲んだ。


 イスとテーブルはメイが収納スキルで自宅から持ってきてくれたやつだろう。殺伐としたオーク集落のど真ん中で、ここだけが全くいつもと変わらない空間に早変わりしてしまった。

 そんないつも通りの光景に、なんだか少しだけ調子が戻ってきたような気がした。本当にメイは頼りになる。


 メイが言うには、ティからの伝言で「こちらは片付いた」とのことだった。

 一体メイがどうやって遠隔のティから伝言を受け取って、そして「何が」片付いたのだろうか......俺達が最後に見たあの凄惨な光景を片付けてくれたのか?


 そしてオーク達の方にもメイが、彼女達の食材や鍋を拝借して簡単な炊き出しを用意して、すでに彼らには渡してあるとの事だった。

 俺が眠ったのは三時間程度も無かったはずで、いつの間にそれをやったのか。本当に頼りになる。


 そんな万能メイドさんに、少し相談してみた。


「メイ、万が一の時、うちで何人か引き取ることは可能か?」

「はい。こちらにいるオークの数名ならば全員可能ですが、人族50名は防衛上、即座には不可能です。

 オーク達の一族全員を引き取るのであれば、ティ様の伝手(つて)を頼る形になりますが...」


 俺とニアがここを撤収する時にここに置き去りにして万が一があると不安だからという意図をメイに伝えると、メイはオーク達から聞き取ったという話を教えてくれた。


「すでに今朝、オークの女性が二名、20階層のドワーフ達に援軍を要請しに向かったとのことです。どうやらドワーフ達とそういった『契約』を結んでいる様子なので、ここのことはオーク達とドワーフ達に任せてしまってもよろしいかと思われます」


 状況が伝わっていればドワーフの『兵団』の準備が整い次第、こちらに降りて来るそうだ。そしてドワーフ達はティとも友好関係にあるから、ティの名前を出せばある程度の融通は聞くだろうというのがメイの話だった。

 あまりにメイがとんとん拍子で話を進めてしまうので、俺は想像以上にスムーズな事態に驚きながら「お、おぅ」と情けない返事してしまった。


 ...昨夜の少々頼りないオーク娘達の様子を見るに、ドワーフに支援を要請しろとメイがオーク達へ助言したのではないか? とも思ったけれど、それについてはメイも言わなかったので、今はそのままメイに任せてしまうことにした。


 そして一通りの仕事を終えたメイが早々に撤収した。

 23階層に残してきたティ達から連絡があるかもしれないから、メイにはいつもどおり自宅で待機してもらうことにした。


 メイを【白昼夢】のスキルで我が家に送り返してくれた眠そうなニアに、一度ニアも戻って休んできたら? と聞いてみると、「主で寝る」と言って俺の背中にしがみついて、そのまま眠ってしまった。


 ...すごいな、その体勢でよく眠れるな? なにかそういう特殊な訓練でもしているのだろうか? ...なんのために?

 とにかく俺は、その耳と尻尾が生えたリュックを背負ったまま、オーク達と一緒に後片付けに(いそ)しんだ。


 オークの娘さん達と一緒に、広場の片付けをした。

 そういえば昨夜、火の手が上がっていたわけだけど、あれらは全てニアが消し止めてくれたようだった。所々もう住める状況では無くなっていたけれど、それでも集落の全焼は免れたようだ。

 火事を食い止め、負傷者を救出し、一部で戦闘まで行っていたらしいニア。昨夜もっとも活躍したのは彼女だろう。背中のニアに、俺はあらためて感謝した。


 縄で縛られて広場の隅に放置していた人族達の方は、俺と俺の背中のネコちゃんが目の前を横切るたびに、ほぼ全員がビクビクと警戒しているようだった。失敬な連中だ。



 昼前に、ドワーフの集団が転移門から降りてきた。


 その団長はどうやら俺の知っている酒場の店主のようだった。だが、安心したのも束の間、


「よし。さっさと首、()ねちまおうぜ」


 何が「よし」なのか分からない。おぉぅ......


 集められた人族を前に開口一番、こう宣言したドワーフ店主を俺は(あわ)てて止めるはめになってしまった。

 怒髪天(どはつてん)()く屈強なドワーフの集団を前に、人族達はもうカタカタと震えることしかできない様子だったし、俺もあの気さくな酒場の主人の豹変ぶりにかなりビビっていた。


 人族の屈強な兵士達よりは小柄な俺、その俺より更に背の低いドワーフ達だけど、彼らはいわゆる肉塊(にくかい)だ。ぶっとい豪腕と怒り肩に、俺の肩幅を超える刃渡りの大斧やら大剣やらをそれぞれが(かつ)いでいる。

 鉄と肉の武装集団に(にら)まれて「()ねる」なんて宣言されれば、俺もあそこで縛られている立場だったなら、きっと気絶しちゃうに違いない......



 そんな酒場の主人に話を聞いてみれば、ドワーフ達の方でも一悶着(ひともんちゃく)あったらしい。



 昨夜、彼らのもとに【慈悲なき兵器】と【不滅の正義】という二人の神の使徒が、21階層側の転移門から「逆走」して来た。


 30階層の転移門が復活していたことや、そこから遥々(はるばる)逆走してきたことなど信じられないことばかりだったのだが、神の使徒が二人も揃えばそれ自体は「できる」ことだとドワーフ達は判断したらしい。


 そして、【慈悲なき兵器】とドワーフ達の口論が始まった。


「おう、それよりも【徘徊する逢魔】はどこだ!? さっさとここに連れて来い!」

「あぁ? 知らねぇよ【千刃(せんじん)】!! それより『逆走』ってどういうこった!? ...まさかてめぇ、21階層の連中を」

「あぁ!? 21階層なんざ素通りだ! 俺は弱い奴には興味()ぇっ!!」


 聞けば、迷宮の「逆走」は禁忌の行為らしい。

 ゴネる【慈悲なき兵器】と、何を考えているのか分からない無言の【不滅の正義】の二人を街にある転送門へと蹴り出して、「つべこべ抜かすと二度と武具も酒も売らねぇぞ!?」とドワーフらしい(?)脅し文句と共に地上へと強制送還したらしい。

 ...二人の神の使徒が、ドワーフ達の言うことには素直に従ったというのが、俺には少し意外だった。


 そんな【慈悲なき兵器】の言い分とは裏腹に今朝早くに酒場に飛び込んできたのは、普段はさほど仲良しでもない、しかし盟約は結んでいたという21階層のオークの娘達二人だった。

 彼女達の「人族に襲われた」という救いを求める声に、そこに居合わせたドワーフや他の種族の酔客達の酔いが一気に覚めたという。


 彼ら兵団の到着が昼前まで「遅れた」のは、武装の準備自体よりも、人族達の横暴に怒り狂う街の住民達を必死になだめ、21階層になだれ込もうとする戦士達を「盟約を結んだドワーフに限定する」ために手間取ったからなのだという。



 ...こう言っては不謹慎なのだけど、「さほど仲良しでもない」というオーク達の為にここまで怒ることのできる20階層の暑苦しい住人達の様子には、少し胸が熱くなってしまった。

 その一方で、人族達の人気の無いことと言ったら......確かにオーク娘二人が助けてと飛び込んでくれば全員怒るかもしれないが、人族側の言い分や事情について心配する者は一人も居なかったのだろうか? ちょっと、大丈夫なのかな、人族...?



 とにかく、そういった経緯があっての先程の「()ねる」宣言だったということを、酒場の主人が俺に対して怒り心頭で説明してくれた。


「...そういう事でしたか......ですが、その...刎ねますか?」

「刎ねる!」

「...ただ、その、だけど......やっぱり、刎ねますか?」

「刎ねるっ!!」


 俺が人族を守る立場には無いし、俺もドワーフ達が代わりに怒ってくれているからこそ冷静でいられる訳なのだけど......それでもここで首を刎ねればもう、双方、引くことはできなくなってしまうだろう。


 とはいえ、人族達を弁護する言葉について俺は、考えても考えても全く何も思い付かず、「はねます?」「はねる!」「はねます?」「はねる!」という、なんだかかえってドワーフ達の意志を再確認しつつ人族をひたすら脅し続けるような結果になってしまった......決してわざとじゃないからね?


 もともと声の大きなドワーフ達が一層気炎(きえん)()げながら、剛腕に鉄塊のような武器を握りしめ刎ねる刎ねる言うものだから、もう、武器を没収されて拘束されたままの人族達はただただ震えるばかりで、中には気絶する者達もいた。

 昨夜は落雷、今はドワーフ、俺があっちにいたならもう、気絶どころか心停止している自信がある。

 オーク達でさえも、頼りになりすぎる味方の勢いにドン引き......少々、距離を置いて見守ってしまっている状況だった。


 そんな修羅場に巻き込まれて困ってしまった俺。

 ドワーフ達からは隠れていた俺の背中から、ネコ耳リュックがひょっこりと顔を出して、眠そうに一言。


「...おなかすいた」


 水を打ったように静まりかえってしまった。思わぬ場所からの思わぬ意見に、不意を打たれた全員が言葉を飲んだその隙に、俺はどうにか、


「...一旦、昼食にしませんか?」

「...ぉ、おう」


 オーク達が用意してくれた大鍋と食材で、昼食の煮込みが始まった。


 簡単な軽食ならばそのまま果物でもかじれば済んだのかもしれないが、料理が得意らしい酒場の主人がわざわざ昼食の支度をしてくれたのは、オーク達にせめて温かいものでも振る舞おうという気遣いからだったのかも知れない。俺もネコ耳リュックを背負ったまま食事の準備を手伝った。


 団長である酒場の主人、そして他のドワーフ達も、自分達の頭に血が登っていることは自覚していたらしい。

 イライラしながらも時間のかかる煮込み料理を前に、どうにか一旦落ち着いて、あらためて考えをまとめ直しているようだった。


 ...だけど、静まり返った荒くれ者達の目の前で、コトコトあらため、グラグラと煮えたぎる大鍋は、まるで彼らの怒りを代弁しているかのように見えてしまった......これ、わざとやってるわけじゃないよね? 無言のドワーフ達はむしろ余計に怖いし、そんなにゴポゴポ煮え(たぎ)らせたら味が飛んじゃうってば!? いや、汁が全部蒸発するって!?

 そしてさらに増えた人族の気絶者。俺だって彼ら人族の立ち位置ならば、「鍋の仕上げに自分が放り込まれる」と思ったに違いない。



 そんな物々(ものもの)しい昼食の準備の最中、縄でグルグル巻きにされた人族の中年男性が連行されてきた。

 それは昨夜俺達に追い抜かれて、ようやく今ここへ到着した、モタさんだった。


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