ひろった
草原を歩いていたら、ゴブリンが現れた。
...足元に。
子供の鬼っぽい、二人。足元にぐったりと転がっている。
俺の鑑定スキルで【ごぶりん】と表示されている。
頭の二本の小さな突起......角があるから、これはまさしく鬼だろう......これがファンタジー世界で有名な、あの小鬼ですか...
子供だと思ったら、思ったよりも近い年齢っぽかった。そして女の子。
なんで分かったかというと、その、服が......服というよりも布きれっぽいそれが、アレで。色々と見えそうというか、見えたから。
髪は肩より上の長さで、顔や容姿が、二人とも双子のようにそっくりだ。
そう、容姿が、醜悪な魔物というよりも、角以外は普通に人間。
...倒れているなら、助けなくちゃ? ...助けちゃう?
同時に、俺の警戒心が激しく警鐘を鳴らす......そもそも、武器も持たずに、ボロ布を着て迷宮と呼ばれるような場所で倒れている理由はなんだ?
俺は―――
良心A「すぐに助けなくちゃ!」
良心B「なぜ!? 危険です! いまの自分の状況を考えなさい!」
下心S「助けておけば、ムフフな展開があるかもよ?」
良A「危険とかムフフとかじゃない! 困っている人は助けるんだ!」
良B「困っている人? 逃走中の犯罪者だったらどうするつもりです!」
下S「見て見てぇ? きっと双子だよ? かっわいいー」
良A「だけど、怪我をしているじゃないか...!」
良B「これが他の誰かの所有物なら? 迂闊に手を出して、盗難や損壊に加担する結果になったら? 浅慮が過ぎますよ!」
下S「うわぁ、こんなの服じゃなくて布だよ布! エッローい」
良A「それでも...人は、助けあってこそ、人なんだ!」
良B「己の身の安全も確保できていない状況下で、人助け? 笑止千万! 無責任にも程がある!」
下S「ほらほらほら、見て見て見て見てぇ...――」
良A「だけど――」
良B「しかし――」
――......ゴゴゴ
良A「それでも正義とは――」
良B「いいえ無責任です――」
ゴゴゴゴゴ...――
良A「だからこそ――フガッ!?」
良B「それゆえに――ムガッ!?」
...――ゴッ!!
下心S「――もう黙れぃ!! 塵芥ども!!」
良心AB「「――っ!!?」」
下心S「うぬらは一体、何を恐れておるっ!?
煮るも焼くも逃がすも殺すも全て助けた後のこと!! どれを選んだとて、所詮この世は地獄絵図、紛うことなき修羅の道よ!!
正義がなんだ? 危険がなんだっ!? 覚悟なき者は立ち去れぃ!!
他人を説き伏せるための戯言なんぞで、己を突き動かすこの衝動を、この『下心』を、止められるとでも思うたかっ、たわけ!!
腑抜けどもは引っ込んでおれぃ!!
それでも、なお語りたくば、虚言ではなく魂で語れぃっ!!
分かったならばさっさと」
助けんかいっ!!
――...はっ!?
......よ、よし、助けよう...!?
..まずは俺の【白昼夢】の領域内へと連れて行こうかと思ったけれど、兎ではなく人を、しかも二人も運ぶのは大変だった。重さもそうだけど、二人一度に「引きずらないように」運ぶ方法が思いつかなかった。
覚悟を決めて、二人を両肩それぞれに担いでみた。気合を入れたら、どうにかなった......いや、どうにかなるのがおかしい。これはきっと【スキル】の効果だよな? それとも火事場の馬鹿力ってやつか? まぁ、この際、どっちでもいい。
その場で治療せずに、【白昼夢】の中に連れて行ったのは、周囲を警戒してのことだ。 ...薄着の女の子にペタペタ触っているところを、お巡りさん(?)に職務質問されないように警戒した訳じゃないよ?
二人の怪我の様子がおかしかったから、場所を変えたんだ。
怪我が、直近のものではなく、時間が経ったものに見えた。血が乾いていたり、怪我が治りかけたり膿んだりしている。
この近辺では、親切そうな犬人の他には、俺はモモフしか見ていない。モモフの攻撃なら体当たりだ。
彼女達のような鞭打ちや刃物傷のような痕とは一致しないはずだ。
...思った以上に深刻な事態だが、とにかく、まずは怪我を治すのが先だった。
さほど強力ではない俺の「謎の治癒魔法」を、初めて自分以外の人に使う。
ナイフの切り傷程度ならともかく、ここまで大きくて広範囲の怪我を俺の魔法で治すのには時間がかかる。そして彼女達の怪我は古傷も多い。
肌が汚れているのに目を取られて気がつかなかったが、近づいてみれば、顔色が悪い。青ざめているというか、土気色というか...体温も、低すぎる...?
...もしかして、これはかなり、切迫した事態ではないのか?
ゾッとした俺は、彼女の怪我の治癒にあらためて集中した。
俺は医療には詳しくないはずだが、あらためて全身を確認する。
おそらく外傷と重度の疲労。骨にヒビはあるかもしれないが、おかしな形に折れてはいない。
適当なところで一旦区切って、先に「もう一人」の方も、同じ様に確認する。
二人に交互に、ある程度容体が安定したのを確認してからは同時に、治癒の魔法をかけ続けていく。
今の俺の手札は魔法しか無い。薬も包帯も他の手段も何もない、魔法をかけ続けることしかできない!
MPの消耗が激しくて、オエッとなる。頭痛がひどくてフラフラする。
目をつぶって深呼吸してから、あらためて息を整える。
MPの自然回復が少しでも早くなるように、「何か」に縋る。【まほう】スキル? 【けんせい】スキル? なんても良い、どの【スキル】でもいいから、俺に力を貸せ、今すぐに!
採取しておいた木の実をかじりながら、治癒魔法をかけ続ける。
こういう時に食べながらやるのが正解か不正解かは分からないが、なんとなく自分の血肉や熱量を消費している気がしたから、長期戦を覚悟して食事と水をとりながら、魔法をかけ続けた。
絶対に、治ってはいるはずなのだが......怪我が多すぎたから全身に魔法をかけていることと、治りの速度が遅いことから、本当に治っているのかイマイチ実感がわかない。もうどれだけの時間、これを続けているのか分からない。
その一方で、根深い傷に力を吸い取られていることが手応えとして分かる。以前に治し損ねた傷痕が、今になってようやく回復しているようだ―――
――どんどん弱気になってくる―――
後先考えずに無関係な事件に関わって、医療知識も無いのに手を出して...結局、助けられなかったとか、もう最悪だ。
最悪だ......
...いや、違う。
知らない魔法で、知らない生物を、知らない世界で助けようとする俺。むしろ、これで上手くいく方が奇跡じゃないのか?
それなのに、無敵の【はいかい】スキルを持つはずの俺が、なぜこの二人に遭遇した? 考えてみれば、腹立たしい状況だろう!
武器も防具も金もスマホも何もない状態で放り出しておいて、俺の切り札であった「何者にも遭遇しない」という【はいかい】スキルの力をもってしてなお発生したこの不測の事態はなんだっ! これは不運ではなく幸運でなければおかしいだろっ!?
運が悪い? 違う、むしろ運は良い!
この二人が「生きている」うちに遭遇出来たんだ、まだ望みがあるぶんだけマシじゃないか!
...そうだ、これは機会だ!
これは「出逢い」だ!
メガミさんが俺に与えてくれたスゴイやつだ!
神は俺に「エロイベント」を与え給うた! おぉ、感謝します、神よっ!
...え? 「ちょっと、違うですぅ...!?」だと?
えぇい! 黙れ黙れ! そうとでも思わないとやってられるかっ!
鼻先のニンジンくらいないと、飢えた少年(?)は走れないんだよ!
来る日も来る日も、果てしない草原とおいしいウサギ肉ばっかりよこしやがって! こっちは毎日命がけで野生化しつつ有るんだよ! 一切の文明の利器から隔絶された色気のないこの空間で来る日も来る日も必死こいてウホウホと獣を追いかけていれば、そりゃあ、俺の中の下心先生(?)だって牙を剥くはずだっ!
ここまでだってこの結構な難易度の運命をほぼノーヒントで生き残って来たんだ、このボーナスゲームを絶対に攻略してやる! これはボーナスゲームだと思い込んでやるっ!
ピンチなんかじゃないっ! こうなったら、「危機を好機に」とか薄っぺらい標語を叫んででも意地でもこの二人、助けてやる...っ!
助けるのに成功したら、ほっぺにチューくらい...
...いや! 気を失っている隙に、いやらしい目で眺めてやるっ!! もうさっき見た診察とは別の、「ちゃんとしたエロ枠」で見てやるんだ!
ちゃんと視線で舐めまわして、いまこそ「しかん」か「せくはら」のスキルをゲットしてやるぜっ!
「そんなスキル与えたくないですぅ!?」だと? いまさら悲鳴を上げるなメガミ! この二人に遭遇させたお前が悪いんだ! いかにも偶然を装った甘い罠よろしく俺の目の前にかわいい女の子を二体も設置しやがって! 俺の魂の【かんてい】スキルには「食べられる」と表示されたから、うっかり拾っちゃったじゃないか!?
ふざけやがって、なにがゴブリンだ! むしろ人間よりもかわいいじゃないか!
こんなエロいボロ布の下にたいそうな身体と怪我を隠しやがって!? 怪我を治して、たいそうな身体だけにしてやる!
おいしい木の実と兎肉で餌付けして、十分な休息を与えてやる!
その時、こいつらが感謝しようが嫌悪しようが、すべてはもう手遅れだ!
俺は日々元気になっていくお前達の姿を、じっくりねっとり、いやらしい目で見つめてやるぜ! チクショーめ!
だから俺に力を貸すんだ!
下心先生っ!!――
――バカげた妄想で頭と心をやり直して、疲労困憊の中、朦朧としながらも、もう一度、呼吸を整えて、気を練る。
こうなれば、意地だ。
見捨てられなかった、無責任に拾った俺のせいだ。
力が入らないのも気のせいだし、MPが足りないのも気のせいだ! まだやれる! 俺はいける! 同じ倒れるなら、前のめりに倒れてやる!
是が非でも、押し通してやる...――!!
――気がつけば、寝落ちしていた。
河原のせせらぎと、揺らめく霧......そう、俺は【白昼夢】の世界で二人を治療している途中だったはずだ。
重い瞼をこすりつつ、二人を見る。
二人の表情から険しさが取れていた。安らかな寝顔だ。
脈と呼吸も安定し、体温も戻ってきていた......肌の色にも異常はない......見た限りでは、全身の怪我もきれいに治っているようだ。
良かった、どうにかなった......なったよな? ...それなら、一旦、休憩が先だ......
...なんだよ、下心で拾ったのに、ねっとリ鑑賞する...余裕も...フフフ......
そのまま俺は、再び石の河原にグシャリと力尽きて、意識を失った。