閑話〜翻弄するもの、されるもの
幼い神と厳つい神が言い争っている。
白く暖かなその世界の向こうで、穏やかならざる様子の二柱の神。
一方は【慈悲無き兵器】と呼ばれる古い神で、もう一方は【徘徊する逢魔】と呼ばれる新しい神。
そして、それを遠くで頬杖をつきながら眺めている巨漢の神がいた。
巨漢の神はいがみ合う二柱をぼんやりと眺めていた。
大方、厳つい神の方が「その優しさや救いとやらは力ある勝者のみが口にできる我儘に過ぎぬ」みたいな苦言でも言い放って、幼い神の神経を逆なでしているのだろう。
あるいはまた例によって、幼い神の使徒に対して何かちょっかいでも出したのだろうか......
他の神々のように中途半端な「かわいがり」で弄るわけでもなく、その幼い神により真剣に向き合ってしまっているからこそ、あの厳つい神はより苛烈な物言いになってしまうのだろう。
いちいち余計なことを言って絡んでやるな、という話だ。あたかも元気な老人が小さな孫をいじめているかのような光景で、双方ともに気の毒に見えてしまう。
幼い神の方もあれでなかなか頑固だ。
拙い話術で真っ向から反論しようとするから余計に説教が長くなってしまう。言ってもどうにもならないことは、いちいち言わなければいいのだ。
反論などせずに無言で微笑むか蔑むかして受け流してやれば、あの厳つい神もきっと......さみしそうな顔をして去って行くことだろう...それはそれで気の毒か?
そんな風に遠くでいがみ合っている二柱の神を分析しながらも、巨漢の神は雑に総括した。
「...どっちも、もう、どうでも良いじゃねぇか」
巨漢の怠け神――自他ともに認める怠神の男――はつぶやいた。
どうでもいいからこそ、双方の主張とも客観的にそこそこ理解できるというものだ。
厳つい神と巨漢の神、彼ら古い神々はかつてはもっと、荒みきった世界に生きてきた。
生き物を、命を、他国他種族のみならず同族さえも、互いをただ道具や食い物として消耗し続けていた時代。血で血を洗い弱者を食い散らかす日々を「おや? なんだか少しおかしいな?」と疑問を持ち始めたのは、つい最近のことだろう。
そんな日常を踏まえての、「救いや優しさは強者勝者の我儘」という理屈。
うっかり救いの手など差し伸べようものなら、その手を腕を絡め捕られて骨の髄まで食い散らかされてしまう。その理不尽や痛みに耐えられる強さや振り払える覚悟のある者でなければ手を出すべきではないのだろう。
厳つい神はそれを知っていて、幼い神が痛い目に合わないようにと警告しているのだ。
一方で幼い神、最後に神となったいわゆる次世代。
みんな仲良く、弱者に救いをといった考え方はまさに古い世代がつくり上げるのに成功した世界あっての発想だろう。
生き物たちが巣を街を作り、強大な敵や災害に立ち向かい、全滅を避けてきた。それをより発展させた人々は文化を作ってきた。
何か大きなものを作り出すことは一人ではできない、人々の団結が必要だ。団結し、あるいは団結するふりをしながら、より大きな何かを成し遂げようとするのだろう。
それが幼い神の言う、「みんな仲良く」という理屈なのだろうか?
...果たしてそうなのか? 何かを成し遂げようにも展望が共有できていなければ運任せと変わらないだろうし、みんな仲良くするふりをして結局は騙し合う方が余計に質が悪い気がするが......
「...俺にはそういう難しいことは良く分からねぇ」
柄にもなく余計な考え事をしてすっかり眠くなってしまった巨漢の神は、くわぁと大きな欠伸をした。
そして何かの決着がついたのだろう、渋面を作りながらあっちの方へと去って行く厳つい神と、涙目でプリプリしながらそっちの方へと去って行く幼い神。
...こう言ってはなんだが微笑ましいな、と巨漢の神は不謹慎にもつぶやいてしまった。
少々心配な、幼い神の方を目で追えば......
「あんな頭が石になった奴の言うことなんて、早く忘れちゃいなさい!」
なかなか酷いことを言いながら幼い神へと近づいていくのは、ふわふわと宙を舞う小さな妖精の神と、二足歩行でのすのすと歩み寄る白猫の神。
いわゆる傍観勢の神々だ。
厳つい神や幼い神のような良くも悪くも有名な神々と違い、ひっそり目立たずに過ごす神々もそれなりにいる。
ただでさえ自由気ままな神々なのに、中には使徒を置くことすらもやめて、ゆるっと輪廻へと還ってしまう神までいる始末だ。
...神の数が減りつつあるという、わりと深刻な問題もある。
それはさておき、傍観勢。
人々に崇められたり石をぶつけられたりしない神。いちいち使徒に大暴れさせたり試練を与えたりせずに、使徒が静かに暮らすことを願ったり、時には使徒が使徒であることすらも隠しているような神々。遊戯に積極的に関わらない神々だ。
この巨漢の神も、昔は最強の云々などと言われていたが、今は傍観勢の怠け神の内の一柱だ。
そしてあちらの二柱。神々にも劣らぬほどに自由気ままな妖精達をまとめ上げるという偉業を成し遂げた...はずの妖精の女王と、愛する主人の墓を千年守り続けて神となった...はずの白き猫。
幼い神のほっぺたをムニムニしている奴と、幼い神に肉球をプニプニされている奴だ。
「...あいつら、いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」
神々同士が仲が良いのも、仲が悪いのもそう珍しいことではないが、基本的には単独でいることが多いのが神々だ。
なにせ、うっかり神になってしまうほどに我の強い、ひと癖もふた癖もある連中だ。崇められたり石をぶつけられたりすることはあっても、友人や仲間と言ったものには恵まれない孤独な者達が多いのも事実である。
仲間をつくれるほどに器用な者達ならば、わざわざ神になどならずに平和で穏やかな生を過ごした末に再び輪廻へと還っていくことだろう。
そんな彼らが誰かと手を組み、徒党を組む。
それは純粋に意気投合しただけなのか、あるいは......
「...なにか悪巧みするような連中でも、ないか」
幼い神の頭の上で陽気に鼻歌を歌っている奴と、幼い神に喉を撫でられゴロゴロいっている奴である。
...見ていて、和む光景だ。
別に、神々も誰かを傷つけるのが好きというわけではない。
穏やかな何もない日々を楽しむことのできない不器用な神々が、波乱を求めて、挑む者や苦しむ者を求めている。喜怒哀楽に飢えている。共感できる何かを探している。
一体何に惹かれるのかは分からないが、情けないことにあの幼い神という光へと、古い神々はつい、手を出さずにはいられないのだろう。
「...俺は一人の方が好きなんだが......あんな風に見せつけられちまうと、なんだかじわじわ来ちまうなぁ」
白い空間に温かな世界を作り出す三柱の神。
巨漢の神は頭をボリボリと掻きながら立ち上がった。
あの三柱をこのまま視界に入れていると、自分もうっかりあの輪の中へと吸い寄せられるか、あの輪を壊したくなってしまう。もちろん、いちいち噛み付かない程度の分別はあるつもりだが......
不思議な魅力を漂わせるあの甘い空間から逃げ出すように、巨漢の古い神はすごすごと立ち去っていくのであった。




