はいかいするおうま
私達の集落に突然、人族達がやって来た。
夜中に訪ねてきたのは二人の神の使徒様。【慈悲なき兵器】様と、【不滅の正義】様だ。
【慈悲なき兵器】様は人族ではなく鬼族だ。うちの男達に負けないくらい立派な体格に、額の二本角が猛々しい戦士様。
それ以外の、後ろからついて来た団体さんも含めて残りはみんな人族だった。
驚いて集まったみんなに、【慈悲なき兵器】様が言った。
「おう、ここに【徘徊する逢魔】って来ているか?」
その問いかけに、みんなが分からないと答えたら、
「おう、邪魔したな」
と言って、詳しい話も聞かずに二人の使徒様は、そのまま20階層の転移門を登って行っちゃった。
念の為に、里の方へと二人、報告に走って行った。この集落の方には普段は夜は数人しか残っていない。
昔は上からのお客さんが大勢いた時期もあったそうだけど、今はほとんど来ない。だから、夜は用心の為に最低限の人数だけを集落に残して、他のみんなは里の方に撤収することにしているんだ。
用心ならば人数を残すべきだと思ったけれど、長や爺ちゃん婆ちゃんの話だと、この迷宮はそんなに安全な場所ではないのだそうだ。
何かが有った時に一族が生き残るためには、最悪、こっちの集落の方は切り捨ててでも里を隠して、守りきらなければならないんだって言っていた。
...だけど、ここが安全ではないって言われても、いまいち良く分からない。
それにこの集落やお店が、たまに来るお客さんが、私は好きだ。だから、そんなに簡単に切り捨てるなんて言わないで欲しかった。
そんな気持ちもあって、私はいつも、こっちの集落の居残り組の方に参加していたんだ。
そして、その「最悪の時」が来ちゃったんだ。
二人の使徒様と一緒に来た人族の兵士達、あいつらは上の階層には一緒に行かなかった。
思えばあいつらが来た方角って、迷宮の「下の」階層の方からだった。
きっと使徒様達と一緒に迷宮を「逆走」して来たんだ。逆走は禁忌だって言われているのに、それをやっちゃうなんてきっと、まともじゃない人達だったんだ。
いきなり剣を抜いて、男達を斬ってきた。
女達を捕まえて、襲おうとしてきた。
私は近づいてきた人族に思い切り体当りして、どうにか広場へ逃げ出した。
広場の中心の篝火に、異常事態を告げる煙玉を放り込んで、赤い狼煙を上げるのに成功した。
何がなんだか分からなくて、いつも訓練させられていたこれしかやることが思い付かなかった。
他のみんなが休んでいた離れの方からも同じ狼煙が上がっていた。こっちの状況に気がついたんだと思う。
人族の兵士達は早かった。
あっという間に、次々に、集落の家に火を放っていった。
私や他の子達を、大勢で捕まえようとしてきた。
里の「オーク以外」のみんなの話だと、人族よりも私達の方が力は強いそうなのだけど、あっちはみんな私達よりも大きな男達で武器も持っている。この人数が相手じゃ私達に勝ち目はない。
誰かが号令をかけて、みんながそこに集まろうとした。
みんなで力を合わせて逃げようとした。
里はダメだ。場所がバレちゃう。森だ、森に逃げるんだ。
もう殺されちゃったかもしれない仲間達、捕まっちゃった仲間達を置きざりにして、必死に逃げる。
わけがわからない。必死に、逃げる。
だけど、とうとう追い詰められた。
私達を大勢で取り囲んだ人族達の中から一人が、息を荒げながら近づいてきて、私へと手を伸ばしてきた。
この手を振り払えばきっと私も、あの逆の方の手に持った剣で斬られる。
もう、どうすれば良いのかわからない。
混乱と絶望の中で、そのいやらしい笑いを浮かべた男の、伸ばしてきた手をつかんだのは......
サンシータのアニキだった。
ボキッっという骨の砕ける鈍い音の直後に、男は悲鳴を上げて転がりながら退いていった。
回りを囲む兵士達が一斉に、剣を、弓を構えだした。
サンシータのアニキは、息をゼェゼェ切らしながら、汗で湯気の立つ背中を私達に向けて、人族達の前に立ちふさがった。
アニキは人族の学者のおじさんと一緒に下の階層に行っていたはずだ。きっとここまで走って戻って来てくれたんだ。
兵士達が二人、アニキに向かって斬りかかってきた。
アニキはそれを腕で、肩で受け止めて、兵士をつかんで、放り投げた。
投げられた兵士達は転げまわって、アニキに握り潰された手首を押さえながら悲鳴を上げていた。
その様子に、残りの兵士達の雰囲気が変わった。「弓は女に当たるから引っ込めろ」とか「こっからは本気でやるぞ」とか、低く鋭い声で話し合いを始めていた。
アニキは強い、そして優しい。
不器用で優しすぎるアニキは、長にお店の仕事から外された。
みんなはアニキの弱点を知っていて、どうにかそれを直そうとしたけれどアニキは頑固だった。
アニキ自身だってどうすれば良いのか分からないくせに、いつも身体を鍛えて、ただみんなを守ろうとして、空回りして。
だけど......アニキは優しいだけじゃないんだ。
アニキの肩から流れる血が止まらない。
だけど、その肩を震わせるのは恐怖じゃない、怒りだ。
誰よりも優しいアニキが怒れば、誰よりも怖い狂戦士になる。
アニキもそれを知っているから、優しく、強くなろうとしていたんだ。
さっき斬られちゃった他の兄ちゃん達も、きっともう、助からない。
狼煙は上げたけど、きっとこの集落は切り捨てられる...いや、あっちのみんなは早く逃げる準備をしてくれなくちゃ、私達がここにいる意味がない。だけどっ......
.....ねぇ、どうして?
この集落って、みんなで仲良くするために作ったんでしょ?
どうして、こうなってるの?
こんなのって、無いよ!?
...待って!? 行かないで、アニキ!?
「そっち」に行ったらアニキは――
――走りだしたアニキが突然、縦に回った。
――...縦に、宙を一回転したんだ。グルンって。すごい早さで。
そのまま一瞬できれいに着地して、アニキも目を丸めてポカンと立っていたから、もしかしたら「回った」というのは見間違いだったのかもしれない。
でも、人族達はそれ以上に目を丸くして口を開けたままだったから、やっぱり本当に、回ったのかもしれない。
アニキを回したのは、この前の「チョイサーを注文した若旦那」だった。
「...落ち着け、サンシータ」
と若旦那が言った。あの人もきっとここまで走って来たんだ。顔には汗がびっしょりだ。
だけど、その若旦那よりも一回りは大きなサンシータのアニキが牙を剥きながら、怒りに震えながら、叫んだ。
「黙れぇ...人族ぅっ!!」
その言葉に、若旦那が片手を前に差し出しながら、答えた。
「...ならば黙らせてみせろ。来い、オーク!」
ダメッ!? アニキ――
――私の叫び声を追い抜く速さで、若旦那がアニキを投げた。
そして、投げ続けた。
何度も何度も宙を舞うアニキの姿に、私も、みんなも、人族のあいつらもみんな、何も言えずに目を丸くしていた。
恐ろしい勢いで飛びかかって行くアニキを、若旦那がまるで、アニキの腕の一部にでもなったように「吸い込んで」、何度もブンブンと振り回すのを繰り返した。
アニキも若旦那も、すごかった。息がピッタリ合っていた。
あんなの、演技でだってあんなに上手くはできるわけがない。人はあんなに宙を舞ったりしないし、片手で振り回したり振り回されたりはできないし、それを何度も繰り返したりはできっこない!
二人がそこに竜巻のように、ブオン、ブオンと音を立てながら、広場の夜闇と篝火の光を、縦に横に切り裂いた。
とうとう、アニキの足がもつれて、立てなくなった。
地面にしゃがみこんだまま、ブルブル震えて歯ぎしりをするサンシータのアニキに、若旦那がようやく、もう一度声をかけた。
「おい、頭を冷やせ、サンシータ。お前を見て仲間達が怯えているぞ」
...仲間って、私達のことだ。
人族の若旦那は最後まで、サンシータのアニキを投げ続けただけだった。
あんなに地面に転がってちゃアニキの身体だって無事では無いんだろうけれど、それでも若旦那は剣で斬ったり矢で射たりせず、あのアニキを素手で押さえこんじゃったんだ......
「...どけっ、アニキ、でないと、俺は......」
「良いから引っ込んでろ! ここは俺が引き継ぐ! 後で怪我人の治療の方を手伝え!」
「...ひき、つぐ...?」
...引き継ぐ?
人族の若旦那、もしかして、私達を......
----------
真っ赤な狼煙の上がるオークの集落を目指して、俺とニアは走り続けていた。
狼煙とは別に、オークの集落から上がる火の手を見て俺は混乱してしまっていた。ほぼすべての建物から煙が上がり、集落中心の広場には、十数人はいるだろう人族の武装した兵士達と数人のオーク達が対峙していた。
広場の所々では戦闘の後、血を流して倒れている数人の男のオーク達。生死は不明。
武装した人族の男達。革と金属製の軽鎧と両手持ちの大きさの剣だが、防具に統一感は無く、軍よりも傭兵に近い何かだろうか。
数人のオークの娘達が一箇所に集まっていた。全員に着衣の乱れと軽傷。それを取り囲んでいく下卑た笑顔の人族達。もう後のない追い詰められた状況だった。
そんな娘達の前、人族達との間に立ちふさがっている一人の男。憤怒の形相のサンシータが人族達と睨み合い、足止めしていた。
人族側の三人の負傷者、腕を抑えて悲鳴を上げているのはサンシータか他のオーク達にでもやられたのだろう。
だが、それだけだ。他に死傷者の姿は無い。圧倒的な戦力差。
実質、武装した十数人の無傷の人族対、武器も無く満身創痍のサンシータ一人というのが現在の状況のようだ。
色々と迂闊だった。
集落の隅で倒れているオーク達の姿を見て、ニアに「俺が正面から行く、後は頼む!」などと指示を出してしまった。
まだ生きているなら助けなければと焦っていた訳だが、オーク達が捕まったにせよ逃げたにせよもっと状況確認してからでも良かったはずだ。
急いでいたとは言え作戦などと呼べるものもなく、色々と頭から抜け落ちたまま到着早々、その場へと突っ込んでしまっていた。冷静では無かったんだ。
既に戦闘は始まっていて今さらだ。むしろそのままサンシータを囮にして、他から各個撃破するのが正しい戦術だったのだろう。
それなのに...俺は一番の激戦区のそこへ慌てて乱入してしまったんだ。
か弱い女達と下卑た男達の間に割って入るイケメンという図式に、さらに下卑た男達とイケメンの間に割って入る俺.......一体これは、なんの罰ゲームなんだ!?
そして、サンシータに襲われる俺。
なりゆきで返り討ちにする俺。
一体何をやっているんだ、俺は? もっと他に、やりようは無かったのか?
だが、サンシータの体力と根性には驚いた。
飛びかかって来るサンシータを投げ落とすこと九回。いつも訓練と称してじゃれついてくるサキやユキにも迫るほどの体力だ。
やっぱりそのまま囮として放置しても、一人でも結構いい線いっていたかも知れねーな......別にイケメンに冷たい訳じゃない! むしろ俺は奴に関しては信頼しているから、割って入らずにはいられなかったんだチクショーめ!
ようやくサンシータを大人しくさせた俺に対して、休憩時間も与えずに今度は、人族の兵士達の方が話しかけてきた。
話しかけてきたというよりも、尊大な態度で命令してきた二人の人族。
一方は、ここに匿われているはずの「魔王」を探し出すのに協力しろと言い放ち、もう一方は、俺の足下に金でも入っているのであろう小袋を投げつけながら王国法に基づきあなたを徴発しますと言ってきた。
...まだ敵か味方かも分からない俺への対応としては正解なのかもしれないが......オーク達には武力で、俺に対しては金と権力で、一方的にねじ伏せてくる人族達の言い分には怒りを通り越して呆れ果ててしまった。
だが奴らの次の言葉で――
「――邪悪な魔王はこの場で殺し、オーク達の生き残りは連行、ゴブリンの娘二匹は今度こそ生け捕りだ」
その言葉に、目の前が真っ赤に染まった。
......
......
...何秒か、何十秒なのか分からない。
目をつぶり歯を食いしばり、遠くで聞こえる叫び声も無視して、ただただ、深く大きくひと呼吸した。
落ち着け、落ち着くんだ......
...俺は冷静だ......ちっとも冷静なんかじゃないが、あぁ、分かっている! これは今に始まったことじゃない...!
「...俺は、そこのオークのイケメンや、愉快なオネーチャン達が心配で駆けつけてきつもりだったのだが、どうやら勘違いしていたようだ」
...舐めすぎだ。
人族の正義だの法だの、魔王だのオークだのゴブリンだの、さっきから遠くで悲鳴を上げているメガミさんだの、一体どうなってやがるんだ? 分からねぇ、さっぱり分からねぇ――
「――なぁ、お前達なんで、こんな所で魔王を探しているんだ?
さっき【勇者】は転移門を上に登って行っただろう? 一緒に行かずにこんなところで弱い者いじめに勤しんでいる理由は一体なんだ?」
舐めすぎだ。
魔王の四天王とやらに泣きつかれたり、うっかり神殿建てちまったり、中年学者に昔話を聞かされたり、しっかりもののメイドに泣きつかれたりして近頃...いや、迷宮に来て以来ずっと、混乱続きなのは否めないが――
「――通りすがりに動物達を甚振り、か弱いオーク娘に集団で襲いかかり、猫族を人質にとり、妖精を虐げ、ゴブリン娘の尻を果てしなく追い回し......そんなお前達が邪悪と呼ぶ魔王は、一体どこまで邪悪なことをやれば、魔王として合格なんだ?」
かわいい鬼っ子やら悪戯妖精やら猫耳魔法少女やらに囲まれてキャッキャウフフしている内に俺の感覚が色々と麻痺し始めているのも確かだが......それでも、分からねぇんだ!
うちのヨメ達の評価が間違っているのか? やっぱり、こいつらの方が間違っているのか? 一体、なんでこいつらは――
「...貴様らが分かりやすくて、本当に助かった」
――...そう、話は単純だ。
『俺』のことを......舐めすぎだっ!!
「邪悪な魔王はこの場で殺す、だったよな?」
こいつらはなぜ、俺に勝てると思い込んでいやがるんだ!? 俺達は人族の天敵じゃなかったのか? その天敵を相手になぜ、そうも容易く勝てることを前提に計画を立てている、ちゃんと調査やら見積もりやらを真面目にやった上でそういう算段になったのか!? おい、人族の責任者、今すぐ出てこい!
「もう次は無いと【勇者】らには警告したし、俺は暴力が嫌いだが......貴様らがそこまで切望するのならば、もはや俺としてもやぶさかではないっ!」
メガミさんもメガミさんだ、さっきから天高くでドキドキハラハラしやがって、一体「誰の」心配をしている、よもや「俺の」ではあるまいな、わざわざ俺を異世界くんだりまで呼びつけておきながら今さら、なんだ!?
うちのかわいいヨメ達のように両拳にぎって「うちの使徒は最強です」くらい言ってみせろ! どうした遠慮するな、さぁ、言えっ、今すぐ言え!!
「...喜べ人族!!」
それにお前達も、いいのかっ!?
『俺達』は今、完全に舐められてるぞ!? それで良いのかどうなんだっ!!
どのメガミさんが、どの使徒が最強なのか、俺達の口からはっきり言ってみせろ、さぁ――
「この【徘徊する逢魔】が!!」
――天の果てから、名も知らぬ過ぎ去りし者達全員の雄叫びが聞こえた気がした――
「――全員、一人残らず、存分に」
――天から降り注ぐ熱気に押されて、
俺は......えぇい、うるさい、もう黙れ!
メガミさんも、お前らも、
いいからそこで、黙って見てろ!
もういい、俺がやるっ、
どいつもこいつも、そこまで言うなら、
俺が、存分に――
「――叩きのめしてくれるっ!!」




