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ひきかえす

※残酷な場面があります。苦手な方は読み飛ばして下さい。

 まるで悲鳴のような何かに、俺は飛び起きた。



 それが「行け!」なのか「行くな!」なのかは分からない、声にならない悲鳴。

 聞き間違えようのない、メガミさんのそれだった。


 部屋をノックして、入って来たのはメイだった。


「どうされましたか、ご主人様!?」


 家妖精の【スキル】か何かなのだろうか、夜中にも関わらずすぐさま駆けつけて来たのには少し驚いてしまったが、今は、それどころでは無かった。


「今から少し、出かけてくる」


 俺は飛び起きて身支度を始めながら、メイに答えた。


「お待ちください、すぐに皆様を...」

「構わない! むしろ起こすな、俺だけで少し様子を見てくる――」



「お願いです、もう、置いて行かないでっ!」



 身支度を整える俺に、メイが悲鳴のような叫びと共に飛びついてきて...驚いた。そして...


「【徘徊する逢魔】は『一人で行ってしまう病』でも(わずら)っておるのか?」


 ティが呆れたように声をかけてきた。

 それも大人サイズの姿で、部屋の出入り口を塞ぐように立っていた。


「『構わない』訳がなかろう。主様(ぬしさま)がわらわ達を置き去りにしたところで、皆がすぐに追いかけるぞ? バラバラで行くよりは皆でいったほうが安全だとは思わぬか? うん?」


 ――...その通りだ。だが、そのティの正論がなぜか俺の心を()きむしった。

 (あせ)りと苛立(いらだ)ち、言い知れぬ胸騒ぎに()かされて、他人(ひと)には説明のしようの無いその理由について俺はまくし立てた。


「...メガミさんの悲鳴を聞いた気がした。気のせいならばそれで良いが、そうでなければ(ろく)でも無いことが起きているっ! 今すぐに迷宮に行くぞっ!」


「すぐにと言うても、女子(おなご)には色々と準備が必要なものなのじゃが...」

「早くっ!!」

「...がっつく主様もかわいいのぅ。ほれ、メイ、皆を起こしに行ってくれ」


 俺は急いで支度を整えて、そのままイライラしながら待ち続けた。扉の前に立つティが部屋から出してくれなかったからだ。

 正直、ティの足止めが気に食わず、本当にイラついていた。


 ...ティが皆を待てという名目で、わざと時間を稼いでいるようにも見えた。

 イラつく俺に、なにやら(おうぎ)のようなものを取り出してそよそよと(あお)いでは、俺の頭をわずかばかりに冷やし続けていた。

 みんなに伝えに行ったメイが再び部屋へと戻って来るまでの間、俺はティと待たされ続けた。


 サキとユキは俺の様子の方に(おび)えているように見えた。

 わざわざスライムさんまでも現れて家の玄関口で見送ってきた。いつも通り留守は任せろということなのだろう。


 最後にノソノソと現れたニア。寝起きでまだ本調子では無さそうというか、あまり「行きたくない」雰囲気を出していた。

 彼女は何かを感じ取っていたのだろうか、夜闇の中に輝く瞳孔が剣呑(けんのん)な光を帯びているように見えた。



「...夜中に叩き起こしてすまない。行くぞ!」



 メイとスライムさんを残して、俺達は迷宮へと向かった。

 そして......



 23階層、もう見慣れてしまっていたはずの、いつもの川と登り坂。


 ()()が野営しているはずの場所に近づくまでもなく漂ってきた空気は、かつて巨大モモフを解体した時と同種のもの。

 つまり、見るまでも無く皆が薄々(うすうす)、気づき始めていた。


 そして酸鼻(さんび)を極める状況を......目撃することになった。

 ティが低い声で口にした。


「ここにおる者達は皆、手遅れのようじゃのう...」



 犬、猿、鳥の(むくろ)が転がっていた。



 思わず言葉を失った俺達に、ニアが冷静に分析した。


「斬っただけじゃない、踏んでる」

「ニア」


 俺はニアに対して首を振った。分析は必要なのだけど、今はほんの少しだけ待ってくれ......サキとユキ、口を(おお)って青ざめる二人を俺は強く抱き寄せた。


 ...ニアの言っていた内容が、なぜか俺にも見て取れた。

 戦闘跡から状況が分析できてしまうのは【けんせい】スキルの影響か? なんとなくこれが「人の仕業(しわざ)」なのが分かってしまった――


 ――襲撃者は集団で、坂の上から現れて、川の向こうへと去って行った。

 襲撃には爪や牙ではなく武器が使われている。少ないながら矢傷もあり、その矢は回収済み。

 つまり襲撃者は俺やサンシータのような、人族やオーク族のような武器を扱える種族達だ。


 獣達を一方的に切り刻む。斬った後に踏みにじっている。そこには食料調達とかの意図はない、単に遊んでいたのだろう。


 そして狩り場とは別に、地面に並ぶ目印のような等間隔に突き立っている剣。


 間隔は広く開いていても、魔法かスキルでも使わなければ持ち運んだりはできないであろう数。道標(みちしるべ)のように続いている。

 これはなんだ、目印か? それとも儀式的な何かか? ...今は何かが発動しているわけでも、発動させたわけでも無さそうだから、この後で誰かが使うつもりのものなのだろう...?


 とにかく、迷宮の下層から上層へと向かって、何かの集団が暴れまわって駆け抜けていた。


「「......」」


 そしてしばらくの間、全員が言葉を失った。



 ...俺がある程度冷静になれたのは、その凄惨(せいさん)な状況よりも、みんなの姿の方を見てしまったからだった。


 俺以上に、サキとユキが悲しさと悔しさに涙を(こぼ)し、震えていた。

 ティが薄く微笑(ほほえ)んでいた。その内に感情をぐらぐらと煮えたぎらせて。

 ニアは目を見開いたまま静かだった。心を殺し、凍てつくような気配を(にじ)ませて。


 静かな声でティが言った。


「...わざわざ迷宮を逆走してきた愚か者は、一体どこの神の使徒かのう?」


 神の使徒? 俺がすぐに分かるのはあの目立つ無数の剣くらいだが...ティはあれに、何か思い当たる節でもあったのか?

 それよりも、逆走...?


 俺は深い深呼吸のようなため息で、心に(よど)む感情を吐き捨てながら、思いつくままを口に出して整理した。


「――フーーッ。

 ...この状況。虐殺しながら駆け抜けた集団が次に行き着く先は......21階層のオーク達の集落?」

「「主様(あるじさま)っ!?」」


 そして、遺体の中にはいない「二人」の姿。

 俺が行ってどうにかなるものなのかは分からないし、杞憂(きゆう)であればそれで良い、だけど、行かねば手遅れになる気がする――


「――俺が追いかける、お前達は――」


 ――無意識にそんなことを口走ってしまったが、俺は一体どうするつもりだ?

 それにみんなは、どうすれば良いんだ? 自宅へと引き返せ?


 混乱する俺に、先に提案したのはティだった。


「わらわがここに残って、ここの(とむら)いと、後詰(ごづめ)の連中の相手をしよう。すまぬがサキ、ユキ、わらわを手伝ってはくれぬかの?」


 ティのその言葉にサキとユキは戸惑い、ニアは俺の服の袖を引いて()かした。


「ティさん...」

主様(あるじさま)...」

(あるじ)

「ほれ、主様(ぬしさま)、はやくニアと行かねば手遅れになるぞ?」


 まだティの方からは()けつくような怒りの気配を感じるが、おそらく冷静に分析した上で俺に行けと言っているのだろう。


 先ほど飲み込んでいたつもりでいた俺のゾワゾワした感情が再び胸の底から()き上がってくる。

 ...(とむら)い、後詰(ごづめ)、手遅れ......不吉で苦い言葉だが、今はいちいち味わっている場合じゃない!


「すまない。サキ、ユキ、ここは任せる!」

「「...はい、主様(あるじさま)!」」


「ティ、万が一の時は...」

「わらわは『遠回り』すれば家まで引き返せる。はぐれたらそこで合流じゃ」


「...分かった。あとは頼む...!」


 正直、もう俺にも何がなんだか分からなかった。

 ただ、もう、走り出さずにはいられなかった。




 俺はとにかく走った。


 22階層の森の中、何者かが等間隔に突き立てて行った「剣の目印」を追いかけて走り続けた。

 森の木々がいちいち邪魔で仕方がなかった。【まほう】スキルで片っ端から伐り倒したい衝動に駆られたが、それは時間の短縮にならない、ただの八つ当たりでしかないそれを思いとどまった。


 ニアは俺よりもやや遅れて走っていたが、気にせずに俺は全力で走った。

 ニアの素早さは知っているし、振り切ったところでニアならばどうとでも合流できるだろうから、一切遠慮せずに突っ走った。


 途中、二本だけ()()り倒した。


 魔物だ。

 だが、今はそれどころではない、目の前に現れたそいつを、出会い頭に【まほう】で足元に切れ目を入れて、そのまま飛び蹴りで退()かしながら、駆け抜けた。


 さらに途中、知り合いらしき中年男性を追い抜いた。


 もう一人のイケメンがいないと思ったら、彼が俺達であることに気がついたらしく「サンシータを頼む!」と叫んだので、俺は聞こえたことだけ手で合図しながらそのまま駆け抜けた。


 ...確か、あいつは護衛として雇われていたのではなかったか? 護衛対象を放っておいてどういうつもりだ? ...俺と同じ目的地へと先に向かったということか?



 21階層へと登る転移門の、なんと遅いことか......息を整える貴重な時間にも関わらず、それ以上に焦りと怒りに塗りつぶされてしまっていた。

 頭の中がいっぱいで、走った途中で何があったのか何もなかったのか、ほとんど覚えていなかった。


 21階層のほうが木々が少なく、視界は開けていて、走りやすかった。

 それでも前方に見えるのは地面に続いていく「剣の目印」のみ。肝心のこれを残して行ったであろう連中にはいつまで経っても追いつけなかった。



 やがてはっきりと見えてきた20階層への転移門の光の柱。

 そして、その光の中を天へと登っていく、二人の人影......俺は全力の【鑑定】スキルで、そのはるか遠くの人影に焦点を絞った。



 【慈悲なき兵器】と【不滅の正義】!!



 奴らを包む転移門の光の下では、オーク族達のいたはずの集落に、急報を知らせるのであろう真っ赤な狼煙(のろし)が立ち上っていた。



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