あくやく
動物たちとの日常があと2話ほど続きます。
モタさんに聞いた話は、その日の夜にみんなにも話しておいた。
サキとユキは、ケモノ達に危機がせまるくらいならばいっそ、ここで彼らの冒険を止めてしまったほうが良いという考え方だった。
ティはモタさんの考え方に近い、ケモノ達の生き様がそこにあるのだろう、と。
いずれにしても、俺はこの坂道で時間をかけさせるつもりでこの話をみんなにも伝えたのだが、その意見にはティが反対した。
「なにを言うか! 彼らの命がけの遊びにわらわ達も付き合わねば、つまらぬであろう!」
楽しいか、つまらないか、ある意味ティがもっともケモノ達の心情を理解しているのだろう。
「...なんじゃ、主様? 心配せずとも、わらわは主様の心情も十分に理解しておる」
「わ、私達だって、主様のお気持ちは理解してますよ!?」
「主様はケモノよりスゴイですよ!」
...よく分からないけれど、みんな、俺の気持ちも理解してくれてありがとう。
あとサキ、一応それ、俺のこと褒めているつもりなのだろうけれど、どういう意味だ?
ちなみにニアは、終始眠そうな目で俺に寄りかかって、ムニャムニャ言っているだけだった。
むつかしそうな話だから、全部俺やみんなが片付けるだろうと思って、ただ丸投げにしているんだろー? ニアの心情は俺は十分に理解しているんだぞー?
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坂に溝を掘る工事が始まって三日が経った。
簡単な話では無いことは分かっている。数日か数十日はかかるだろうとは予想していた。
それにまだ俺の中では、危険な迷宮の底へと彼らを送り込んで良いものか迷いがあったから、ここで時間がかかるのは都合が良いし、そのうち飽きてくれないかなという願いもあった。
だけど、思ってたのと違う。
溝が、まっすぐに、一直線に坂の上を目指して掘り進められている。
...一直線だと俺の意図した「時間稼ぎ」が難しいというのもあるのだけれど、それだけじゃない。溝の意味が無い気がするんだ。
もともとは、小さな溝に彼らが隠れることができれば、大きな果物が避けられるだろうという意図だった。
そして、もし俺が「果物チーム」側ならば次に考える戦術は、「それなら小さな果物を転がせばいいじゃない?」という案だ。溝に入り込める大きさの果物で攻撃を試みるだろう。
つまり、一直線の溝の上からいい感じの果物を転がせば、まさに一網打尽だ。
...だから、俺はもっと塹壕とか凹凸とかの、身を隠す目的の穴を掘って欲しかったんだ。
溝をつないで道にするにしたって、ジグザグにしたり迷路にしたり、とにかく果物を阻止する工夫はできるはずなんだ!
そして、それくらいはティなら分かるはずなのに、あえてやらない! アイツはっ!!
あの一直線の溝って、つまりあれだ、「すべり台」を作ろうとしているのだろう? あれを真っ直ぐに滑り降りて、そのまま下の平地を突っ切って、川の中へと着水すれば、さぞかし楽しいと思っているのだろう!?
犬や猿達が本能のまま真っ直ぐに掘りたがっていることと、それがちゃんと彼らの利益になるかどうかは別の話だ! 彼らが無事に登り切るために掘り始めたはずなのに、彼らが全滅必至の死の道を彼ら自身の手で掘らせようとするんじゃない!
...いや、落ち着こう。もしかしたらここから何か、俺の想像しなかった工夫が入って安全な溝に変わるのかもしれない。まだだ、まだ慌てずに見守ろう。
それでも、もし俺の予想通りの結末だったら、ニアに手伝ってもらってキレイに埋め戻してやるっ。
そんなこんなで、俺は巨大な果物が転がっていく中で溝を掘り進めていく犬と猿や、果物を魔法でどけるティやニア、坂の下で果物を切り分けて食料に変えていくサキ、ユキ、サンシータ達を日々見守り続けていた。
モタさんは俺と一緒に見守るか、時折、坂や川、転がる果物や森について調査しているようだった。
彼の知っている伝承と迷宮との一致や違いについて考察しては、なにやら紙にみっしりと記録を書き綴って、何かを思いついては坂から川へ、川から森へと次々に歩みを進めて行くのだった。大人しそうな文化会系な見た目に反して、かなり積極的で体力もある人だった。
そんな野外調査に勤しむモタさんは、あらためて学者なんだなぁと思ってしまうし、カッコ良く見えた。
そんなそれぞれが仕事に勤しむ「みんなカッコいい」状況下で、特に何もすることのない「かっこ悪いご主人様」こと俺様は、せめて手伝いをしなければと思ってみんなに近づいては、
「主様はあちらでお休み下さい」
「私達に任せて下さい!」
「わらわ達に任せるがよい、主様」
「俺達がやるから大丈夫ッス!」
「主、じゃま」
と、みんなに追い返されてしまっていた。
...ちなみに最後の辛辣なニアは、坂道を転がってくる果物を相手に「遊んでいる」ところを俺が邪魔してしまったことが原因だ。普通は上から巨大な何かがネコちゃん目がけて転がってきたら、危ない助けなくちゃって思っても仕方がないじゃない......
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こうしてもう、この光景をぼんやりと眺めているのにも徐々に慣れてきてしまっていた。
坂の上から転がってくる巨大な果物や木の実も、もういつもの光景だ。
坂を転がりきって、川に落ちる手前くらいになるとかなり減速することが分かってきた。それでも止まらないのはそこが平面ではなく、ゆるい傾斜になっているからだ。
そのゆるい傾斜でなぜか寝そべっている犬達。もう俺も、そこにいると危ないなんて言わない。
巨大な果物に乗られて、ゆっくりと5秒くらいかけて、なぜか甘轢きされる犬の姿にも、もう驚かない。
この世界の住人たちは、うちの子達も含めてみんな、想像以上に頑丈なんだ。あるいは俺だけが弱いんだ。
俺が一人体育座りをしながら、坂の上や下で巻き起こる奇妙で一生懸命な光景を胡乱な目で見つめていると、モタさんが声をかけて来てくれた。
「あ、モタさん、俺、大丈夫です」
「え? ...何が大丈夫なのか分からないが、大丈夫そうなら何よりだ。それより...」
彼は俺に、俺が興味があるであろう伝承について、話を聞かせてくれたのだった。
「およそ千年ほど前、ある村に一人の幼い少女がいたのだよ」
その少女、村の識者の教えによく学び、幼いながらも多くの知識をみるみるうちに吸収していった、とても賢い子であったという。特に魔法に関しては、学んだ基礎から様々に応用し、さらには彼女だけの魔法を次々に創り出していったのだとか。
その少女は、人族の国に召し上げられた...役人として強制的に就職、徴集された。
強大な力と幼い心は人族に振り回され、翻弄され、良いように利用されたのだとか......最初のうちは。
やがて、少女は人族の数々の過ちに気がついて、反逆した。人族以外の多くの種族を救うために、戦ったのだという。
人族の国に滅亡寸前までの打撃を与えた後に、彼女は姿を消し......そして、気がつけば神になっていたのだという。
「...ちなみに、後半の『過ちに気がついて』のくだりは私が各種族の伝承から調べあげた、人族の伝承からは抹消された物語だ。
かの時に、人族が滅びなかったのはまさに【徘徊する逢魔】本人からの一言、『みんな仲良くしないとダメですぅ』の口添えのおかげだったらしいのだよ」
にわかには信じられない伝承だったけど、最後の一言がまさにメガミさんのそれで、納得せざるを得なかった。
メガミさんは多くの種族からの憧れと、人族からの憎しみをもって、語り継がれているようだ。
「彼女の出生地であるとされている人族の村では、彼女は英雄として祀られているそうだ。
多くの村人達を手助けした心優しい女の子だという......少し、不思議ではないかね? 救ったではなく『手助けした』。彼女は戦乱ではなく日常の中で、皆に愛され続けていたのだろう」
そして、その村にはこんな伝承、教訓が残されているという。
賢くなってはならない。
それはただ心優しいだけであった少女が、己の才能に振り回されて、利用され、やがて【徘徊する逢魔】として憎まれ続けているという悲劇に対しての、強い怒りと皮肉を込めた言葉であるという。人族はずっと、いつまでも愚かでいればいいのだ、と。
思わぬ所で、俺はメガミさんの真実を聞くことになってしまった。
「...なるほど、それでメガミさ......ゴホン、【徘徊する逢魔】様は、人族の天敵と呼ばれているわけですか」
「他の種族達からは蔑みと嘲りの目を向けられて、人族はなお、【徘徊する逢魔】という敵を欲しているのだよ。敵を何度も打倒し、その溜飲を下げるために、ね」
...馬鹿馬鹿しい、とでも言いたげにモタさんは眉をひそめて首を横に振った。
モタさんが俺に突然、その伝承を教えてくれて、彼の意見を述べてくれた意図は分からない。
ただ、なんとなく、俺も彼から意見を求められているような気がしたんだ。
あまり大したことも浮かばずに、ただ、思いつきのままに喋っていた。
「...座り方を、工夫するんです」
「座り方?」
「会議や議論をするときに、座席を横並びにして正面に画面やホワイトボード......えっと、問題点を書いた紙を眺めるように皆で並んで座って、話し合うんです。議論する者同士が肩を並べるように」
「ふむ、それで?」
「我々の敵は、目の前の紙に書かれた問題点であって、我々は派閥は違えども敵では無いのだと。そういう意識になるように『座席で』仕向けるんです。
一方で、二つの派閥が対面同士になるように座れば、互いの顔を睨みつけて対立が激化するようになるでしょう?」
「...ほほう?」
「互いに上下を付けないために、上座も下座もない円形の机に座って話し合うなんてこともありますね。俺の知る伝承では『円卓の騎士』なんてお話もありました」
「座席一つで、いろいろと工夫や逸話があるものなのだね」
座席が隣なら良い、対面はNGって話じゃない。つまりは座り方一つでも人の意識はコントロールできたり、怒りを逸らす工夫ができたりするってことなんだ。
「...別の話として、プロレスには......あぁー、えっと、一対一の格闘を見せる興行がありまして。彼らは必ず悪役を用意していたんです」
「...演劇や、物語にも必ず悪役はいるものだね?」
「はい。悪役は強くて、攻撃をまるでものともせず、英雄達を危機へと陥れる。もしもそれが逆で、悪役が出会い頭の一撃で倒されてしまったら、悪役が弱かったら物語として成立しませんよね?」
「そうだね。つまらなくて誰も見に行かなくなるだろうね」
「光を輝かせるための、強い闇を求められるんです......闇の役の人って、相当な覚悟が必要ですよ? 心身ともに鍛えなければ、受け止めきれないものでしょう」
「...ふむ」
演劇とかでも、悪役はベテランが努めるものだ。それにせいぜい半々か、あるいは悪1に対して正義9なんて配役が通常だ。たった一人の憎まれ役は強くなければ務まらないだろう。
「...少し話が逸れましたが、人は、本能的に敵を求めるものなんだと、思います」
「敵を、求めるのかね? ...光を輝かせるための闇を求める、と?」
「明確で強大な敵がいれば、味方同士は結束せざるを得なくなるでしょう?」
「ふむ。隣国や特定の部族を敵とみなして、結束を謀り怒りの矛先を変えるのは、歴史的にも繰り返されていることなのだろうね」
...まぁ、歴史的にその犠牲者になってきたのは、そのほとんどが少数者や弱者なのだろうけれど。劇団が一丸となって物語を作るのと、汚れ役を誰かに押し付けるのとでは、まったく意味が違う...それはさておき、
「...敵は必要だ、という前提ならば、何を、誰を敵に定めるのかが重要なのでは無いのでしょうか?」
何も隣人を敵にしなくても、海の向こうでも空の上でも、敵はいくらでもいるだろう。人である必要すらもない、世界には問題は山積みだ。
「そして、敵を『作っている』のは、一体誰なのでしょうね?」
一番叩きやすい、反撃の心配のない者を吊るしあげて、敵に仕立てあげる?
敵を選ぶ係の者も、それに乗る賛同者達も、両方とも、恐ろしい。
「あれを見て下さい、モタさん。俺のいた世界では『犬猿の仲』なんて、不仲を表す象徴的な言葉なのですが、犬と猿たちが果物という強大な敵を前に団結している。
果物には申し訳ないですが、犬も猿も、おかげで互いに傷つけ合わずに済んでいる」
「...敵を選ぶのに成功した、と?」
「...はい」
このまま迷宮を進んで魔物と戦うようになれば「失敗」になるかもしれないけれど、少なくとも今は、彼らは戦いの中で何も失わず、色々なものを得ているのだろう。
俺のその言葉に、モタさんは笑い声で返した。
「ハッハッハ! まさに、その通りなのかもしれないね!
本能が敵を求めるなどという冷酷なことを言うものだと思ったら、転がる果物を敵と定めれば皆が幸せなどという優しげな打開策を提案してみせた! 実に面白い!」
...この人、伝承学者という肩書と大人しい物腰からてっきり穏やかな気性な人なのかと思っていたけれど、思いの外、逞しい人物なのかもしれないな...
そして彼は笑いながらも、その深い瞳で真剣に、俺の底を見定めようとするかのごとく、こう言った。
「私は......人族は、君のようなものを敵に回してはならないと思うのだよ」
「...俺の仲間達は、あそこではしゃいでいる妖精一人をとっても、人族が束になっても敵わないでしょう」
「況や、その主をや。
...悪役が強すぎれば、その物語の主役となって、すべてを覆す。
かつて時の権力者達は歴史や伝承の数多くを、その汚名を残さぬように改竄し、抹消しようとようと試みてきたものだ。
その中にあって、人族完敗の物語。一切の傷を付けぬことができなかったものこそが......初代【徘徊する逢魔】、その幼き神の物語だ。
人族が今もなお、彼女の使徒を恥ずかしめんとするのはまさに、八つ当たりなのであろう。
...だが私は、伝承学者の一人として、いま改めて......
【徘徊する逢魔】は敵に回してはならないと、悟ったのだよ」
「...そうですか。それは何よりです」
その時、俺自身がどんな表情をモタさんに返していたのかは分からない。
ただ、モタさんは笑いながらも、少し何かを――【徘徊する逢魔】を――畏れているような目を見せながら、俺の前を立ち去っていったのだった。
(つづく)
...とここで終われば良い雰囲気だったのだけど、さっきから、俺とモタさんが二人で話していた横で、三人ほど目をキラッキラさせてこっちを見続けている者達がいた。
「主様、すてきです!」
「主様は最強です!」
「...アニキ、あんた一体何者なんだ...!?」
ユキとサキ、そしてサンシータだ。
...いや、俺も途中から何気に視線を感じながら話すのは、すげー恥ずかしかったんだけど、けっこう大事な話の途中だったから最後までやりきっちゃったんだ。
もしかして、モタさんが笑いながら去って行ったのって、視線の恥ずかしさに耐え切れなくなったからじゃないのかな?
俺も犬猿達と一緒に溝を掘って、今すぐそこに入りたい。




