みぞ
翌日、再び俺達はモタさん達と合流した。
本格的な上り坂の攻略が始まる前に、その指揮をつとめるらしいサンシータも交えて一応の作戦は考えてきたことを伝えておいた。
本当は作戦というほどでもないのだけど、無策で突っ込むよりはマシなはずなので思いつきでも伝えておこうと思ったんだ。
二人は驚きながらも、俺の提案を喜んでくれた。
俺の案を話す前に、まずは今の坂の状況確認もかねて、選抜隊を一回だけ偵察に出そうという流れになった。
だけど正直なところは、どうやら犬や猿たちが突撃したい衝動を抑えられないらしい。ウズウズそわそわしている落ち着きのない様子が俺から見ても感じ取れた。つまり偵察というのは名目で、本来の偵察は既にあの青い鳥が空から行っているようにも見えた。
ゆるく長い芝生の坂を、十数匹の犬と猿が、わーっと駆け上った。
...一応、いざという時は俺達でフォローするつもりでいたから、本当は2〜3匹にとどめて欲しかったのだが。
あの数を一匹一匹救助はできないので、危なくなったら果物の方か、あるいは坂の方をまるごと魔法で吹き飛ばすくらいしか思いつかない。
俺がティとニアに目配せすると、二人は無言でうなずいた。
坂の上から、昨日と同様に現れた、大きな果物。昨日と違って、数が多い。
それらがゴロン、ゴロンと遥か上から転がってきた。
次々に、転がる果物の下敷きになっていく、犬と猿たち。
遠目にはふんわりしたメルヘンに見えなくも無いけれど、近くで見れば、あれは結構な惨劇のはずだぞ? 身の丈を超える果物が、転がるといっても勢いづいて途中で跳ね上がりながら、圧倒的な質量と速度で轢き潰している。
あれは地面の柔らかさと、犬と猿の頑強さでどうにかなっているのだろう。どちらか片方でも欠けたらきっと......わりと悲しいことになってしまうだろう。
「ぅあー」とか「ぬおー」とか、そんな様子で果物に押しつぶされた彼らが、すごすごと坂道を引き返してきた。こちらが引き返す様子でも確認したかのように、果物が転がってくるのもピタリと止まったようだ。
...うーん、なんだかもー、この状況はなんなのだろうか。
犬と猿達はもう慣れたものなのか舐めたり毛づくろいしたりして互いを労い、サンシータが「大丈夫っスか?」と動物達に声をかけてあげているけれど、俺はもう、どこまで心配してあげればいいのか基準が分からなくなってきた。
そもそも果物がなんで転がり始めて、なんで止まったのかも含めて、これがどこまでマジメで深刻な状況なのか...
「...サキ、ユキ、二人はあれって、どう思う?」
「犬さんもお猿さんも、かわいいですね!」
「元気いっぱいですね?」
「あー、うん。そうだね。...あの果物ってなんで転がってきたり、止まったりしているのかな?」
「私達が進むのを邪魔してるのではないですか?」
「...何者かが、私達を見ているということではないでしょうか?」
「やっぱりそうだよねぇ......それにあの大きさと数の果物を坂の上に用意? 調達? とにかくそれらを上から放り投げるだけの腕力とかのある何かが、俺達を見ているってことになるのかな?」
「おそらくは、樹魔じゃろうな」
「そうなの、ティ? ...樹魔ってのは、木の魔物みたいなのがいるってこと?」
「うむ。奴らは普段は大人しい連中だが、この迷宮では少々、やんちゃな者達が集まっておるようじゃのう。土地もすこぶる肥沃ゆえ、奴らの魔法でああいった果物や木の実をいくらでも増やして転がすことができるのだろう」
「...もしかして、坂の両側の森の部分を登らないのも、その樹魔ってのを警戒してのことなのかな?」
「犬や猿どもも、やつらの鼻でその辺りは本能的に見ぬいておるのかもしれぬのう」
俺達がそんな話をしていると、サンシータから声がかかった。先ほど打ち合わせしていた作戦についてのことだろう。
俺達と、あちらのみんなが合流して、モタさんが口火を切った。
「やはり予想通り、これまでの手段での攻略は難しいようだ。ここは先ほど考えてもらった作戦を実行していこう」
「主様、作戦というのはなんじゃ?」
「塹壕か、溝を掘る。つまりは穴を掘って身を隠すってだけのことだ。俺達が入れる程度の小さな穴や長い溝を坂に作る。果物はそこに入って来れない程度の小さい穴にする。
穴の間隔をどうするとか、つなげて道にして坂の上まで掘ってしまうとかは、実際に掘ってみて感触を確かめてみてからだな」
もちろん、穴を掘っている最中も果物は転がってくるだろう。
だから最初の堀りはじめの部分については、もう、魔法で一気にやるしかないだろう。そこをきっかけに範囲を広げる所は、彼らにがんばってもらおう。
「犬も猿も穴を掘ったり広げたりなら問題無くできるそうだ」
「ふむ、そうか。ならば者共、ついてくるが良い!」
「えっ!?」
俺が細かい理由やら段取りやらを説明する前に、ティが声を上げて、止める間もなくさっさと犬と猿たちを引き連れて坂の方へと向かって行ってしまった......妖精が動物たちをゾロゾロと引き連れて行くさまは、何ともメルヘンチックな光景だ...最後尾にうちのネコちゃんもついて行っているけれど。
...本当は、最初の穴掘りは俺がやるつもりだったのだけど。
昨日の渡河の件も含めて、通りすがりの俺達よりも、彼らが中心になってできる方法を考えたかった。だけどここはそれを曲げて、一度穴でも溝でも掘ってしまえば以降は恒久的に使えるだろうと考えることにした。必要ならば彼らも保守するだろうし、使わなければそのうち穴も埋まっていくだろうと。
その辺の説明をする間もなく、既にティ達は坂を掘り始め、ニアやサンシータが転がる果物を迎撃し始めていた。
その様子に「四の五の考えずに突撃だー!」なんて声を聞いてしまったような気がして、俺は勝手に一人で納得して、苦笑してしまった。
サキとユキには俺と一緒に坂の下に残ってもらって、あえて離れて様子をみつつ指示してもらうことにした。
穴掘り部隊からは坂の上の様子は警戒しづらいだろうし、穴の位置や進捗状況も離れて見たほうが分かりやすいだろう。あとは、水や食料の補給やら、もろもろの雑用をサンシータと連携してやって行く流れだ。
動き出した作戦の様子を見ながら、モタさんが俺に言った。
「...君の発想と行動力は、本当に見事なものだな」
「...いえ、たまたま似たような話をどこかで見聞きしたことがあっただけです。なにより、仲間達に恵まれているんです。言うだけならば誰でもできるけど、形にすることはきっと、彼女達みんなの力がなければ不可能でした」
偶然思いついて、それをゴリ押しできる仲間がいた。本当に仲間達のおかげだ。
...むしろ彼女達って、俺がどんな無茶を言った所で実行してしまえるだけの力があるのではなかろうか?
空を自由に飛びたいなーとかうっかり口にしたら、本当に空に飛ばされてしまいそうな......優秀を通り越して、ちょっぴり怖いところもある。俺もあまり軽はずみなことは言わないように、発言には少し気をつけよう。
俺がしみじみと考えていると、モタさんは俺を物珍しそうに見つめてこう言った。
「随分と謙虚なのだね。君は彼らの主なのだろう? 君が従える力とは、すなわち君自身の力だ」
「...あの犬や猿、あっちの鳥たちは、モタさんの力ってわけでも無いですよね? 彼らは彼らの好きなことをやっているだけです。
もちろん、うちの子がやったことは、主である俺の責任になるのは否定しません。だけど、あくまであの坂の光景は、彼女達のやさしさや好奇心が生み出した、その、なんというか......『愉快なやつ』です」
俺の言葉に納得したのか、モタさんは「...そのとおりだね」とつぶやいて、上り坂で働くケモノ達の方を見た。
モタさんのケモノ達を見つめる目は、いつも優しい。きっとこの人だから、彼らもあれほどに懐いたのだろう。ここでモタさんという人族に出会うことができて、【勇者】達以外の人族の姿を見ることができて俺は、正直、安心した......
「...あぁ、ところで、モタさん」
「うん? なにかね」
「彼らはなぜ、迷宮の奥を目指すのですか?」
たしか彼らは、『森の奥にいるという迷惑な魔物を倒しに行く』話だったはずだ。
それにしては、なんだか妙にほのぼのしている光景に見えてしまうし、迷宮の探索や攻略には慣れていないようにも見える。
作戦の指揮や食料の調達・加工・分配やらを全て引き受けているサンシータがいなければ、あのケモノ集団は成り立っていないだろう。
彼ら急造の探索部隊が挑む『迷惑な魔物』って、つい最近の話なのか? わざわざ奥にいるやつを倒しにいく必要あるのか? 川や坂に果物が転がってくるだけなら、そこに近づかなければいいだけじゃないのか? 色々と疑問があって聞いてしまったのだけど...
モタさんは、俺の質問に笑い出してしまった。
「アハハハハ! ...いや、失礼! 実は、彼らには目的は無いのだ。言ってしまえば、あれは彼らにとっての遊び、ただの気まぐれのようなものなのだよ」
「...遊び? ですか??」
「彼らはこの階層の悪しき主を倒さんと息巻いているのだが、実は彼らと、この階層の魔物達とは明確に『住み分けている』ようにしか見えないのだよ」
つまりモタさんの分析では、彼らは「階層の主」とは争う必要は無いらしい。
犬、猿、鳥たちの本来の住処はこの迷宮の21、22階層。魔物達は上にもいるが、本格的に蠢き出す場所は26階層以降。さらには階層主とやらがいる場所は29階層。
本来は、彼らケモノ達には到底、辿り着ける場所では無いのだという...
「...え、ちょっと待って下さい? もしかして、俺、手を貸したらマズかったですか?」
挑む必要が無い場所にあえて挑む。そんな彼らを手助けしたら、むしろ危険が増すだけだ。余計な怪我を増やすくらいなら、いっそどこにも辿り着かない方がまだマシなような気がしてしまう。
ところが、モタさんはそれを否定した。
「そんなことは無いとも、彼らは真剣に、命がけで遊んでいるのだよ。彼らの願いを叶えることの手助けをしてあげることは、彼らには喜ばしいことだろう」
彼らは飽きるまで突き進むことをやめない。それに彼らはこの冒険の中で団結し、彼らの序列を決めたり番になったり新しい何かを学んだり、この戦いを通じて彼らにとっての文化的活動を営むのだという。
「人族だって、一見意味の無いような活動に莫大な時間と労力をかけることがあるではないか。食や命に関わる活動のみが人生の全てではない。彼らの冒険は、彼らにとって何よりも価値のあるものなのだよ」
人族も、芸術に命をかけたり、娯楽に莫大なお金が動いたり、権威や主義主張を示すために得体のしれないものを作ったりは日常茶飯事だ。
それを考えると、ケモノ達にとっては命がけで川を渡ったり坂を上ったりもまた、大切な掛け替えのないものなのだろう...
モタさんの解説を聞いて、俺は納得しつつも首を傾げた。
「...うーん。事情はなんとなく分かりましたが......やっぱり、彼らが下の階層にいったらマズイんじゃないんですか?
いつか魔物と接敵して、犠牲者が出れば彼らも進むのをやめるのかもしれないけれど、それよりは時間をかけて彼らを飽きさせた方が......坂道の攻略は敢えてじっくり時間をかけてやらせるか...?」
「ハッハッハ! 君も気苦労が絶えないね! 気持ちは分かるが、こればっかりは『なるようにしかならない』よ!」
ケモノ達が無事であって欲しいというのは間違いないが、同時に彼らの本懐を果たすには危険を顧みずにつき進んでみるしか無いのだろう。
ケモノ達の思いは我々では推し量ることはできないと、モタさんは笑い飛ばすのだった。




