にく
モモフ。
見た目は兎のような生き物で、だいたい膝くらいの大きさ。
この世界で最初に対面した肉......ではなくて動物、あるいは「魔物」である。
【鑑定】スキルでジッと見つめたら、
【モモフ (食べられる)】
と頭の中にスッと情報が入ってきた。
まさか、この世界で生き物を【鑑定】すると毎回、種族名と「食べられるか否か」の二つが表示される仕組みなのだろうか? ...コレは俺が「肉食べたいなー」と考えていたから、親切心でそう表示されたんですよね、メガミさん?
食べられるかどうか以外にも大事な情報ってあるからね? 価格とか賞味期限とか、成分表示とか、生産地とか......雌雄とか?
いつか別の場所で誰かに遭遇した時に、『【人族 (食べられる)】』とか表示されないよね? たぶん俺、怖くて泣くよ?
...あらためて、この兎っぽい生き物「モモフ」について。
これは後日、だんだん分かってきたのだけれど、膝より小さい場合が「モモフ」で、腰くらいまでの大きさで「モモモフ」、身長くらいの大きさが「モモモモフ」らしい。
手のひらサイズの「モフ」が一番かわいい。
初対面が「モモモモフ」だったらすぐさま逃げていたのだが、幸い、膝下サイズの「モモフ」だったので、俺は覚悟を決めて、この世界で最初に狩る獲物として、モモフと戦うことにした。
最小のモフと戦わないのは偽善と呼んでくれて構わない。生態系への配慮とかではなく、かわいくて、無理だった。
モモフとの、激しい戦いが、始まった。
もしも遠くから誰かが観戦していたならば、一人と一匹が「キャッキャ、ウフフ」と戯れているようにしか見えなかっただろう。
だが実際は「ウラァ、死ね、ウサ公! あっ、乗っかるんじゃねぇ! 重い!」が正解である。
いや、実際、爪や牙で裂かれずに済んだのは本当に良かったけれど、体当たりされるとモフッとして、そしてものすごく、衝撃が重い。
HP10の状態でも、正面からまともに5回も体当たりを喰らえば、死ぬかもしれない。モッフモフの手応えとは裏腹に、結構、命懸けの狩りだった。
そして、毛皮。モフモフでぜんぜん、攻撃が通らない。
最初は俺の「相棒」である「いい感じの棒+1」を全力で振り下ろしていたけれど、5回ほどモフっといったところで、一旦、やめた。毛皮に阻まれて、倒せる気がしなかった。
【まほう】スキルで火を放ってみたけれど、威力が足りず精度も甘い。なんだか逆に怒らせただけだった。
怒った後の攻撃は、2回も喰らえば余裕で死ねちゃう、ヤバイやつに変わった。
半ば自棄気味にグーで何回か叩いたら、倒せた。
...棒よりも拳の方が強い理由はよく分からないけれど、倒せたのものは仕方がない。
これ以降は、モモフは棒ではなく、拳で倒すことになった。
戦っている内に、モモフの突進の避け方や、叩く位置、叩き方のコツが分かってきた気がする。具体的には、横に躱して首を狙うのが基本で、可能ならば前後に間合いをずらしながら眉間を狙う、ただし大きな個体相手には別の戦術が要りそうだ......
不思議なくらいにグーが上達して、楽しいような怖いような、複雑な心境だった。
そんなこんなで、最初のモモフを倒してから、
「あー、倒したは良いけど、これ、どうするかなー」
と途方にくれていると、いつの間にか、俺の隣に犬が立っていた。
犬人。
服を着た、二足歩行の犬。
【鑑定】スキルで『犬人』と表示されたのだ。
もしもこの時、モモフの時みたいに「食べられる」とか「肉食」とか表示されていたら、俺は冷静ではいられなかっただろう。
とりあえず、
「こんにちわ?」
と挨拶したら、無言でうなずかれたので、そのまま話しかけることにした。
「...もしかして、これ、欲しいんですか? え? ちがう? ...あぁ、解体? そう、俺も今、それをどうしようかと考えていて...」
親切な犬人に、狩った獲物の解体について教えてもらえることになった。
解体とか、血抜きとか、少し場所が悪かったので作業しやすそうなところに移動することになった。
俺が一旦、モモフを【まほう】で空間収納した時に少し驚かれたから、空間収納系のスキルは比較的珍しいものなのかもしれないと思った。
兎の解体を犬に教わる俺、というなんともシュールな光景だったけど、それもこの世界では慣れないといけないのだろう。
犬に解体用のナイフを渡された時は、内心、ドキッとしてしまった。
ちなみに、犬人さんの手は犬と人の間っぽい感じで、ナイフならばふつうに握れそうな手だった。
もし、もっと仲が良かったら、ずっとあの手をニギニギしていたかもしれない、触り心地の良さげな手に見えた。
そんなほのぼのした光景の一方で、犬の人と一緒にやる、血と脂と骨肉にまみれた解体作業は、なかなかにダークファンタジーな経験だった。
...おそらくだけど、ナイフ一本でやるとどうしても荒々しくなるんじゃないのかな? 本当はもっとこう、解体用に吊るす場所や作業台とか、部位に合わせた道具とかを使うものなのだろう......うん、この作業にも早く慣れていかなければ...
こうして無事に解体は終わったのだけど、折角の機会なので、もう一体だけ狩りに付き合って欲しいと頼んだら、犬人さんは快く引き受けてくれた。
見つけたモモフを犬人さんが片手剣であっという間に狩って、俺はもう一回、解体を一から指導してもらった。
なんとなく犬人さん、狩るからには一片たりとも無駄にするなって言いたいのだと思うんだ。それでわざわざ通りすがりの俺に、ものすごく丁寧に指導してくれているような気がしたんだ。俺もその期待に応えようと一生懸命に手順を頭に叩き込んだ。
肉と毛皮を二人で「半分こ」して、犬人さんと別れた。
なぜか解体用のナイフと石ころ2つ(?)を譲ってくれたので、ありがたく頂くことにした。俺からの返礼に手持ちの木の実をいくつか渡した。
これが最初の、メガミさん以外での異世界交流となった。
犬人さんは、「一言もしゃべらなかった」けどね。
肉を取得できるようになったことで、しばらくの間、狩りと【白昼夢】の領域の間を往復する日々が続いた。
鍋もフライパンも無い今、できる料理は焚き火で焼くか、熱で蒸すくらいしか思いつかなかった。
蒸し料理は、地面に穴を掘って、熱した石と葉っぱでくるんだ食材を置いて、土をかぶせるやつだ。
一度作ってしまえば、【まほう】スキルの収納空間に入れてしまえばいい。
空間内の食材は外に置くよりは保存が利くように見えたけれど、実際に何日保つのかは分からないので、過信しないように気をつけている。
地面に穴を掘るのは魔法でできた。石を削るよりはずっと楽だった。穴の大きさで消費MPが変わり、大穴を掘るのは時間がかかる。実戦で使える速さで掘れるのは、せいぜい拳一個分くらいの大きさだ。おそらく、訓練すればもう少し速く、効率的に【まほう】スキルが使えるようになるだろう。
そして犬人さんにもらった刃物を使って「回復魔法」の訓練も始めてみた。
そもそも回復魔法ができるのか手探りではあったけれど、結論としては「できた」。
これには紆余曲折、試行錯誤があって、このきっかけを掴む為だけにまる三日間を消費してしまっていた。
まとめると、こうだ。
- 「気を練る」ことでHPをより早く回復できた......なにこれ? なんで俺、そんな方法を思いついたの? ...たぶん、前世でも日常的に気を練って(?)いたんだろう。
- とはいえ、HPが徐々に増える程度の回復力だ。モモフとの交戦中になど、とても使えそうにない。
- そして、その謎の「回復力(?)」を【まほう】で収納できた(!?)
- だが、収納直後からMPをみるみる消費していく。つまり、収納を維持できない。
- ならばと思い、全身に練った回復力を【まほう】で収納し、すぐにナイフで切った傷口に放出したら......傷がすぐに癒えた。
- 結論として、俺の回復手段は二つ。「気を練って」徐々に全身回復か、【まほう】との合わせ技で集中回復。
- 合わせ技の方は、滅茶苦茶「効率が悪い」。
...結局のところ、回復はできるのだが、どちらも軽傷までにしか使えない。
自分自身が大怪我を負った状態で呼吸を整えるのは困難だし、傷を塞ぐのもMPを大量に消費し、時間もかかる。戦闘中にはまず、使えないだろう。
自分以外の誰かの傷を治すことならばできるかもしれない......軽傷までだけど。
いずれにせよ、使わざるを得ない場面にならないように、気をつけよう。
そんな回復魔法についてはさておき、刃物を手に入れたことで、ようやく携帯できる水筒が作れた。
道中で見つけた竹のような植物を切って削って、蓋をしただけの簡単な水筒だ。ついでにコップや皿のようなものも、ようやく作れた。
今までは拠点から離れた時には、魔法で収納した水を直接飲んでいたので、ようやく蛇口から人間に進化できた(?)ような気がしてうれしかった。
ナイフと一緒に貰った謎の石ころ2つ。【鑑定】スキルで見ると、どうやら岩塩と明礬のようなものらしい。
どちらも前世では「石」で見た記憶が無いし、そもそも前世とは異なるこの世界特有の物なのかもしれないけれど、ミョウバンの方はたしか、毛皮の「なめし」で使えるとかだったはずだ......
まさかと思って【辞書】で探してみたら、モモフの毛皮の加工の仕方とか、モモフの燻製肉の作り方とか、サバイバル術が載っていて驚いた......初めて【辞書】が役に立った!?
...けど、そうだけどっ、違うんだメガミさん!
同じくれるなら、もっとこう、その毛皮や肉を一発加工する魔法や道具が欲しいんだ! こういう時こそ【スキル】だろう!? やり方を教えて欲しい、わけ...では......ありがとう! メガミさんっ! 俺、がんばるよ!!
この日から俺のモモフ職人(?)としての修行が始まった。
そして、モモフという魔物。
食べ終わってキレイにしておいた骨を【白昼夢】の世界、霧に包まれた河原にそのまま放置しておいたら、土に還った。
たった一日か二日くらいで、徐々に、ドロっと消え去った。
普通は生き物の死骸は、腐敗するか、菌が分解するか、虫の糧になるかして時間をかけて大地に還っていくというイメージだったけれど、そうではなかった。この世界ではドロっといった。
これが俺がモモフが動物ではなく「魔物」であると認定した、個人的な理由だ。迷宮に同化している? 迷宮が回収している? ...なんて勝手に解釈した。
土に還る条件は、死んだ状態で一定時間大地に放置、と仮定した。
モモフだけでなく俺も倒れたら、ドロっといくのかは、試せないので分からない。
モモフから取った毛皮で、空間収納したものは消えなかった。
モモフから取った「いい感じの骨」について、「いい感じの棒+1」との二刀流をひとしきり楽しんで、飽きたから地面に放置していた骨が、大地へと還っていった。
還ったけれど、食べ終えて放置したモモフの残骸よりも、消えるのが遅かった。
なんだか誰かに「これ、もう使い終わったの? 片付けるけど、良いのね?」と聞かれているかのような、そんな時間差を感じた......はい、スミマセン、もう片付けて下さい。
仮にモモフの毛皮で服を作っても、しばらく地面に放置したら「片付けられて」しまうかもしれない。気をつけよう。
こうして一通りのモモフへの考察や【まほう】の訓練を、数日かけて行った。
ゆくゆくはモモフ専門店とか作るかもしれないが、道のりはまだ遠い。
...モモフの店はおろか、服すらもまだ作れない。
そんなこんなで、いまだに、文明の利器は無い。
結局、道具らしい道具は犬人にもらったナイフだけ。
水も火も穴掘りも魔法依存だし、狩りに至っては拳が頼りだ。
HPや「ちから」とかの【ステータス】が徐々に上がってきているのはうれしいけれど、これって徐々に「野生化」しているってことじゃないのか?
厄介な敵に遭遇していないのは助かるが、この世界でまだ誰とも会話できていないというは、少しせつない。
採取して、肉焼いて、食って寝て、採取して、肉焼いて、食って寝て...
...このままでは「しょくぎょう:げんしじん」になりそうだぜ。ウホホ。
いや、素手で戦っているから、石器すら使ってないぜ、ウホホ。
そして、なにより「やっぱり肉うまい」というこの事実!
この肉の歯ごたえと旨味、黙々とモリモリと食べる俺、雑に刺した大きな肉串に食らいついていく姿は、誰か目撃者がいたならばきっと野人のそれなのだろう。
あぁ、もう、肉うめー。ウホー。
...などと日々、野生化しつつあった俺は、数日後、道ばたで仲間を「拾い」ました。ウホ?