とか
翌日、俺達は再び23階層の転移門を降りてきた。
どうやらちょうど、犬と猿たちによる渡河作戦が始まったところのようだ。
俺達はモタさんに挨拶をして、その川での戦いの様子をしばらく静観していた。
そして、まるで出番を待っていたかのように、上流から大きな果物がプカプカと、いくつも流れてきた。
ゆったりとした川の流れの中に、次々と現れてくる果物に犬と猿は、順番に飛びついていく。
どうやらしがみつきたいのではなく、あの果物に飛び乗りながら、ジャンプを繰り返して向こう岸まで辿り着きたいようだ。
...そういうアクションゲームってあるよな? いや、アクションゲームって大体がこんな感じか?
そして、低い成功率。
だいたい2つ目か、3つ目の果物で落水する。最低でも3連続、おそらく4つ、5つくらいの果物をジャンプしていかないと、向こう岸までは届かないだろう。
そして、落水したらこっちに泳いで戻ってくる......泳げるんなら、向こう岸までそのまま行けば良いんじゃないのかな?
そんな疑問が口から漏れてしまった俺に、モタさんが答えてくれた。
「どうやらそれでは彼らは納得がいかないらしい」
「納得...そう、です、か......ところで、あの下流の方で待機している縄梯子はなんですか?」
「あれは、万が一下流に流されたものがいた場合に、あのハシゴにしがみつけるように用意しているのだよ」
川のこちらと向こう岸を結ぶように水に沈めてある縄梯子。縄のこちら側にはサンシータさんが、向こう岸には猿達が控えていた。なにか起きたら、縄にしがみついた犬や猿を、縄ごと全力で引っ張って戻すのか、あるいはそこまでサンシータさんが救助にかけつける作戦なのだろう。
幸い、その事態にはまだ至らずに自力で戻れているようだけれど。
「...縄梯子があるなら、あれを伝って向こう岸までは行けないんですかね?」
「...言われてみればそうだな? ...いや、少し距離が遠いだろう。人ならば縄をつかめそうだが、犬だとかえって、途中で絡まって溺れてしまうかもしれん」
「...そうですねぇ。なんだか、想像できます」
川の流れはそれほど速くはないのだけれど、流れのある場所を泳ぐのはかなり難しいから避けたいところだ。
だけど、あの流れてくる果物の上を、スーパーマリ○よろしく次々にジャンプして渡ろう言うというのは、泳いで渡るの以上にさらに難易度が高いのではないだろうか?
...うちのネコちゃんがピョンピョン飛んで、川を行ったり来たりしているのはあまり参考にしないほうが良い。あれは隠れキャラみたいなものだ。
サキとユキは黙々と、川から陸に上がろうとする犬と猿を手助けしていた。
水の中からひょいザバー、ひょいザバーとびしょ濡れの動物達を持ち上げては地面に置く作業だ。なんだかんだで身体能力の高いサキとユキの二人だから軽々とできるのだろうけど......一応、近くに焚き火は用意しておいたから、風邪引かないように気をつけてね?
そんな光景をどうしたものかと眺める俺に、モタさんと入れ替わりにやって来たティが問いかけてきた。
「主様は、この川をどうやって渡るつもりでおったのじゃ?」
「...ティなら、一時的に川を凍らせたり出来るんじゃないのか?」
「できるぞ」
聞くだけ聞いてみたけれど、できちゃうのか...
「そ、そうか、できちゃうのならば......ティに川を凍らせてもらってから渡るか、その辺の木を切ってきて簡易的な舟か筏でも作るかだろうなぁ。
泳いだりジャンプしたりして渡るのは最後の手段だ。川の中に何がいるか分かったものじゃない」
「ならば、なぜ彼らを止めないのじゃ?」
「止めそびれたというのが正直なところだな。昨日からもう既に、あの作戦は始まっていたし」
それに、ここで俺達がどこまで力を示して良いのやら。
人族であるモタさんに、俺達の情報をどこまで開示して大丈夫なのかまだ判断しかねているというのが一つ。
もう一つは、彼ら自身の力で渡り切る方法を確立してあげないとダメじゃないのかというのがある。
通りすがりの俺達が手を貸して向こう岸に行っても、今度は彼ら、こっち側に帰ってこれなくなるんじゃないかと思うんだ。
「それならば、何か彼ら向けの作戦を考えてやらねばならぬの?」
「簡単に言うなよな、ティ...」
とはいえ、ここでいつまでも、犬猿と一緒に焚き火を囲むサキ、ユキを見て和んでいるわけにもいかないし...
...うん? 焚き火がなんだか、いつの間にレベルアップしていないか?
もっと簡単なやつを組んで火を起こしておいたはずだけど、いつの間にやらキャンプファイアみたい大きさの、組み木でつくった大きな焚き火に成長して......成長? 焚き火が?
「...うちの子と、犬猿達が、なにやら焚き火を囲んで輪になり始めていないか?」
「ふむ。楽しげじゃのう?」
「...お前達があの大掛かりなやつを提供したんだろ? 大きめの木は上層から切り倒して持ってこないと無いはずだ」
収納系のスキルはサキとユキにはない。あの大きな木を提供した犯人はティかニアだ。
するとティが開き直ったように言った。
「どうせ川を渡れないのだから、ここで盛り上がればいいのではないか?」
「まだ何も始まっていないのに、キャンプ最終日の夜みたいに盛り上げようとするんじゃない。せめて、ある程度攻略の目処がたった後、夜になってから盛り上がれ」
「えー、主様はつまらぬのー。それならば、はやく攻略してもわねばならぬのー」
えー、それ俺に言ってるのー? 俺だって、解決策を考える係よりも、考えなしにキャンプファイアーをけしかける係の方がやりたいよぉ。
そもそもあの焚き火の組み木があれば、簡単な筏程度ならば組めそうなものを...まったく!
「...あー、モタさん? ちょっと良いですか?」
しばらく川を眺めるうちに、とりあえずの案は俺にも思いついてきていた。
「やっぱり、舟を作ったほうが早いんじゃないですかね?」
「ふむ。だが、舟にできそうな木々は向こう岸だぞ? 上の階層から持ってくるのかね?」
「いや、あの川に流れている果物を使います。あれだけ種類があれば、1つ2つくらいは舟に利用できそうなものもあるでしょう」
「櫂か竿はどうするのかね? 船を漕ぐものがなければ、向こう岸までたどり着きそうにはないぞ?」
「あの縄梯子のような長めの縄や蔦があるのなら、岸から舟を引っ張ってはどうでしょう? どのみち、犬猿に操船は無理でしょうし」
「ふむ。舟を往復させるのに、縄を使うのか」
「はい。サンシータさんを含めて数匹は、向こう岸に渡れるってことですよね? 誰かが先行して向こうから舟を縄で引く、こっちで引っ張って舟を戻すを繰り返す。時間は掛かりそうですけど、今のままよりは早く攻略の目途が立つのではないかと」
「なるほど。やってみる価値はありそうだね」
こうして舟による渡河作戦が始まった。
舟に使う果物については、俺達よりも長くここで川を見続けてきた彼らの方が簡単に見つけることができた。
それっぽい果物? 木の実? それを手早く4つ縄でまとめて、舟が出来上がった。
思ったよりも浮力が強い。あとは転覆しないように、慌てずに引っ張るだけだった。
最初の数匹を向こう岸へと引っ張る作業、これは完全に俺の計算ミスだった。流れる舟を引っ張る作業は相当な力が必要だ。
それを無理矢理解決したのがサンシータさんの腕力。上半身裸の筋肉オークが歯をくいしばりながら引っ張りきってしまったのだった。
...あと、さり気なく彼の後方で縄を引っ張っているもっさりとした蔦のお化けみたいな生き物は、ティが召喚したやつらしい。力を貸してくれたのはうれしいけれど、一言教えてくれないと困る。犬猿が食べられそうになっているのかと焦っちゃったよ...
果物でできた舟で川を渡る犬と猿。その舟を引っ張る半裸の若者と動物達と蔦オバケ。提案したのは自分だけど......なんてメルヘンな光景なんだ。
あと、ニアは用も無いのに一緒に果物舟でこっちに「戻って」来るんじゃない。引っ張る人達は大変なんだぞ? それに他の犬と猿が真似しちゃうから、いつまで経っても渡河が終わらないだろう?
少し余計な時間がかかったけれど、無事に全員、川を渡ることに成功した。
結局、舟の作成や牽引は俺達も手伝ったわけだけど、次からはたぶん、オークのサンシータさんとかが中心になって渡河を仕切ってくれることだろう。
川を渡る時、モタさんが手荷物を袋に詰めなおしている姿が目についた。
「水に濡れると困る道具もあるからね。別に分ける必要があるのだよ」
人の荷物をジロジロ見るのも失礼だったけど、つい、目に入ってしまったそれに俺は声を上げてしまった。
「...えっ!? それ、携帯......いや、神器、ですか?」
「あぁ、これかね? これは神器『念波通話機』を模した、人が作った通話機なのだよ。なかなかカッコイイだろう?」
そう、いわゆる携帯端末とか無線機とか、それらが混ざったような手の平サイズの『機械』。この世界で初めて見る神器以外の機械端末に俺は驚いて、思わず聞いてしまった。
「これ、地上では普及しているものなんですか?」
「...ふむ。地上では、多くは無いが普及していると言っていいだろう。だが......迷宮ではこういった道具の多くは使えない。それこそ本物の神器しか正しく動作しないのだよ」
神器なんてものを模した、多くは無い貴重品を持つモタさんはお金持ちなのだろうか...? でも通話機は普及しちゃっていて、迷宮では使えない?
聞きたいことが一気に増えたけど、まずは...
「...どうして迷宮では本物しか使えないんですか?」
「分からない。原因は不明だが、魔力や生命力、熱や電位を利用した精密機器の多くが迷宮では誤作動を起こしてしまうらしいのだ。私の専門ではないが、伝達する魔力や電位に原因不明の揺らぎが生じてしまうのだとか」
「それはまた......動かないよりも、誤作動の方が質が悪そうですね」
「誤作動が観測されている以上、迷宮の中では『加護を持つ道具』しか使うことができないのだ」
そう言って、モタさんはメガネを外して、布でガラスを拭きとった。
「加護、ですか?」
「そう。特殊な職人が作ったと言われる、選ばれた道具。実際に加護なるものが宿っているのか、単に技術の高いものをそう呼んでいるのかは分からないが、加護を持つ道具はとても貴重なのだ。価格が高価というよりも、そもそも数や種類が少ないのだよ」
迷宮では動かない...うん? その迷宮には10階層も含まれるんだよな?
「...隷属の首輪?」
「...人族が解析するのに成功した、迷宮でも動かすことのできる数少ない道具のうちの一つだね」
「よりにもよって、それですか?」
「そう、よりにもよって。必要な道具は数あれど、古より優先されて研究されてきた道具がそれや......数少ない、人族にも作れる加護の道具なのだ」
そして、モタさんは再びメガネをかけ直した。
そう、そのメガネも...
「...なるほど。【鑑定】するための道具はともかく、なんで隷属の首輪なんでしょうね? 首輪があっても迷宮の魔物や気候から身を守れるというわけでもないでしょうに」
「まったく、その通りだ。一説には、『特殊な職人』へ依頼することで加護持ちの道具を作ってもらえるそうなのだが、人族でも作れる加護持ちの道具というのは、古くからその職人へ優先して何度も作らせた結果なのだとか」
何度も依頼して、何度も解析を繰り返したものについては自力でも作れるようになった。それならいわゆる魔法的な加護というよりも、技術的な問題なのかな?
それにしたって首輪を何度も作ってもらうのは、ダメでしょう......一体、過去にどんな事情があったのやら。
「...その『特殊な職人』の人達も、節操無いですね? 頼まれれば何でも作るのか、それとも相応の依頼料を積まれたのか...」
「文献の少ない伝承だから詳しいことは分からないのだが、一説ではその正体はただ一人の職人なのだとか」
「一人? ...昔から作られているんですよね?」
「そう、数百年の間、加護持ちの道具を一人で作り続けて来たというのは神の使徒......【機械仕掛けの真理】だと言われている」
...どこかで聞いた名前ですね?
「そして、もしもその伝承が真実ならば、これはなかなかに興味深い問題だ」
「と、言いますと?」
「職人は数百年もの間を生き続け、その所在も謎のまま、それでも『加護の道具』は作られ続けている......誰かがその隠れ住む使徒へ依頼をし続けているという訳だ」
「...勝手に作っているだけにしても、道具自体は流通しているわけですしね」
「【機械仕掛けの真理】は謎が多い。それなのに、名前だけは確かに言い伝えられている。一説には、あるいは、その使徒の名を継承し続ける一族ではないかとも言われている。一人の使徒が数百年も生きているなどあり得ないからね」
「......」
...その謎の使徒、普通に道具屋でおばあちゃんと会話していたけれど。ある意味、俺もニアの件とかで助けてもらったわけだし。
それに、別の自称数百年生きている神の使徒が、いつも俺のほっぺたを引っ張ってくるので困っています。
「...どうしたかね?」
「いえ、なんでも! そのモタさんのメガネって、どこで買ったんですか?」
...あっ、やばい、うっかり聞いちゃった。触れないようにしてたのに。
だけど、結局はそこに行き着く話だ。この迷宮でも【鑑定】が使えるらしい『加護持ちのメガネ』をどこで手に入れたのか。それを辿っていけば、その職人の元に行き着くわけなのだし。
「......このメガネは、風変わりな行商人から手に入れたものなのだよ。私はこういった道具には目がなくてね。きっとそういう私の噂を聞きつけて売り込みにでも来たのだろう」
「...その行商人、道化師みたいな格好をしていませんでしたか? 変わった二股帽子に、目元に涙の化粧の」
「...驚いた、君も会ったことがあるのかね?」
「不本意ながら」
偶然とはいえその商人、迷宮にいたからね。それに売っていたのが、よりにもよって、神器だし。
「...モタさん、その神器...じゃなくて、行商人が売っていた道具、あまり信じない方が良いと思いますよ?」
「君は、道具には詳しいのかね?」
「......はい。実は俺、【鑑定】のスキルも少々使えまして。普段は【相殺】にしか使っていないのですが」
「......加護のある道具によっては【相殺】ができないものもあることは知っているかね?」
「初耳です」
「うむ。私も専門ではないのだが...一説には、人の【鑑定】スキルと道具の機能では、技術系統がやや異なると言われているのだよ。あるいは機能を特化させることで、より強力にするのだとか。すべてを鑑定するのではなく『職業のみ』を看破するものとか、ね」
なるほど。もしかして、道具屋のおばあちゃんが俺の【鑑定の相殺】を抜けてくるのはその辺の影響もあるのかな?
...鑑定なんて言ったって、身長体重を量るのと、【種族】や【職業】を、あるいはHPやらの生体情報を計るのとでは、それぞれ視点が違うような気がするしなぁ。
いずれにせよ、人の内容を勝手に見る道具を優先して進化させるなんて、人族はイヤラシイなー。
「...とにかく、俺がその商人から見た道具は、どうにも怪しいものが多かったんです。具体的には、盗聴できそうな地図とか、盗聴できそうな外套とか」
「...話を聞くだけだと、想像もつかないような得体の知れない道具だね?」
「得体が知れない道具でしたね。神器でしたから」
「なんと!?」
モタさんがものすごく食いついた。
この後も、モタさんとはもう少し、神器や道具についてお互いに知っていることについて会話した。
モタさんは神器やそれにまつわる道具を集めるのが趣味なのだそうだ。神器と伝承は密接に関わっていることが多く、それが無くともやはり神器はカッコイイ、のだとか。
モタさんには見せなかったけれど、俺の【神器:辞書】だってカッコイイよ。なにせ勇者の聖剣を叩き折った一級品の鈍器なのだから......うん? 抗議の悲鳴が天から聞こえる気がするが、きっと気のせいだ。
そんな話をしているうちに、どうやら舟は、モタさんの番が来たようだ。
「伝承学者としても非常に興味深い話だった。感謝するよ」
舟へと向かうモタさんの後ろ姿を見つめていると、俺のところにニア以外の三人がやってきた。そして、ユキが言った。
「...その、よろしかったのですか?」
「...やっぱり、余計な情報を人族に渡すべきでは無かったかな?」
「いえ! ...ただ、上手く言えませんが、主様は、力や知恵を隠していらっしゃったような、そんな気がしましたので」
知恵なんて言える程のものではないけれど、でも、隠していたのはその通りだ。
俺や仲間達についての情報を人族のモタさんに渡すのは、人族から追われている俺達にとって不利になることだとは思っている。だけど、
「おそらく彼は、俺の正体が【徘徊する逢魔】だってことを知っている」
「えっ!? そうなんですか!」
「あのメガネはきっと道具屋のおばあちゃんのと同じやつだ。きっと俺の【鑑定】スキルの【相殺】能力を上回るか、突破した上で......俺にその事実も、それとなく教えてくれたみたいだった」
「ほほう、それはすごいのう」
「ティ、わざとらしいぞ。お前の【鑑定】でも、俺の【相殺】は突破できるだろう」
「その通りじゃ。【相殺】されると見れる部分が少なくて、わらわはつまらぬぞ」
その言葉に「ズルイ」と口をへの字に曲げるサキとユキ。いや、そこは「ズルイ」じゃなくて、「ひどい」が正解だからな?
「...とにかく、モタさんは俺の正体を知った上で、地上で普及している道具についてすらも知らない俺に、丁寧に色々と説明してくれたんだ。俺も何か知っている情報を返すのは、なんと言うか、せめてもの礼儀だと思ったんだ」
「そう、なのですか?」
「礼儀知らずの人族に対しても礼儀とは、主様も難儀じゃのー」
「人族に対してと考えると、どうするのが正解なのか俺にも分からない。でも、モタさん個人に対してなら別に、いいだろう?」
モタさんの乗っている舟を、向こう岸でオークと犬と猿と蔦オバケ、うちのネコちゃんが引っ張っていた。あれは人族の命運を引っ張っているわけじゃなくて、モタさんだから引っ張っているのだろう。
...果物の舟に乗って、動物達に引っ張られる中年男性。微笑ましいというよりもシュールという言葉が浮かんでしまったけれど、なんとなく俺も、あんな風になりたいと思ってしまった。




