いぬさる
モタローさん、上の階層で「モ」を一個落としてきたのではなかろうか?
俺が言うのも何だけど、この迷宮を小さめの荷袋だけで武器も携帯せずに歩くのは不用心過ぎる気がしてしまう。モモフやトカゲを相手に戦うには、少し身軽過ぎる格好だ。
彼は20階層の転送門経由でここに来たのだろうか? それとも犬、猿、鳥と一緒に一階層から踏破してきたのか......俺は小鬼二人と一階層から制覇してきたわけだけど。
俺達はモタさんと話しながら、ひとまず一緒に下の階層を目指して歩くことにした。どうやら転移門はもう遠くはないようだ。
彼には俺達のことを、迷宮を探索する冒険者の集団だと雑に自己紹介した。
それでも各階層の街やオーク達の店で話した雰囲気だと、迷宮を歩く連中なんて訳ありの者達だというのが共通認識として通じそうだったから、雑な紹介でも許してもらえる気がした訳だ。
ところが、モタさんの方は、随分と丁寧にこちらに自己紹介をしてくれた。
彼は学者で、民間伝承について研究しているらしい。この迷宮にもその研究調査の一環として足を運んでいるのだとか。
研究のためにわざわざこの危険と言われる迷宮に来るなんて、そうとう気合の入った学者さんなのだろう。
彼の現在の拠点は下の23階層で、仲間達と共にいるらしい。
仲間達というのは、道中で団子を渡したら懐いた動物達のことで、それがこの犬と猿、それに彼と一緒に飛んできた鳥のことらしい。
モタさんは、仲間と一緒に森の奥にいるという迷惑な魔物を倒しに行く途中で...
「...どこかできいたことのある話ですね?」
「おや? 君もこの伝承に詳しいのかね?」
そして、このモタ・ローという名前。だけど和服の少年というわけでもなく、渋い探検家のような服装で教授? なんだか微妙に外れていて、かえってモヤモヤしてしまう。
「...その伝承って、川から大きな果物が、どんぶらこっこと、流れて来ませんか?」
「おぉ! 知っているかね!?」
知っているも何も、と言おうとした俺に、自称伝承学者であるモタさんは...
「『ドンブラコ』というのは、水に落下した衝突音と水面にたゆたう優雅な姿を一言に凝縮した物語であり詩であるという説が有力なのだが、一説には、主人公の若者があの『ドンブラー』の一族の『子』であることを示しているのではないのかとも言われている。かつて隆盛を極めていたブラー族の中でも異才を放っていたのが、かの首領ブラーと呼ばれるブラー三世で、彼は剣技と団子づくりの天才だとも言われていたのだ。そんな彼がある日、領内の竹林を散策中に光る竹を見つけて――」
「――わー! ごめんなさい! 俺のまったく知らないやつでした!」
誰だよ、ドン・ブラーって!? そんな『一説』は無視しろ、飛躍しすぎだ! しかも物語のずっと序盤、それも擬音の部分だけでそんなに盛り上がるんじゃない! せめて桃の中から出した後に議論してやれ! あと光る竹を見つけるなっ、別のやつが始まっちゃうだろ!?
他所様の伝承にとやかく口を出すのもおかしいが、中途半端に聞いたことのある内容と被るせいで、いちいちツッコみたくなってしまう...
...うちはうち、よそはよそ、俺はその伝承とやらをがんばって忘れることにした。モタさんはとても続きを話したそうにしていたけれど、俺は別の話題をねじ込み続けた、犬と猿かわいいですねー、とか。
そうこうしている内に、転移門の場所まで到着した。
俺達はモタさん一行と一緒に、転移門の光の柱の中をファーっと降りていく...
23階層。
眼下に広がるのは、川......中洲? 支流の繋がった川というか、大きな川の間に細長い陸地が点在するというか、そんな水と陸の混在する地形が最初にあった。
その川の向こう岸には、今度はなだらかな坂? 森を切り開いた丘のような道のような場所が続いていて......その坂の先はまだ見えないけれど、転移門があるのはきっと更にその奥なのだろう。
つまり、アレだ。まるで誰かが「この川と丘を越えて行くが良い」みたいに、そういう道のりをわざわざ用意したかのような地形に見えた。
そして徐々に地上へと近づくに連れてはっきりとしてきた影は...
犬と猿の群れだった。
...「群れ」かよ。仲間は三匹じゃなかったのかよ。
地上に降り立ったモタさんに、犬と猿達が尻尾を振りながら集合する姿は、なんだか和む。動物園とか犬カフェ、猿カフェなんて言葉を勝手に連想してしまった。
あるいは彼ら動物達を仲間と見るならば、なんていうか、引率? わちゃわちゃする園児か小学生達を引率する先生みたいだ。
犬も猿も、あまり獰猛さや活発さが無いというか、獣にしては随分と大人しく人懐こい感じがした。この迷宮で生き残れるのかちょっと心配になってくるくらいだった。かわいいけど。
...まぁ、モモフなんかも戦ったり追ってきたりしない時は大人しかったから、それと一緒か。このまま戦闘にならないように気をつけよう。かわいらしいと言えども、あれだけの数のケモノ相手の集団戦は脅威だろう。
モタさんが、俺達に「彼ら」を紹介してくれた。
「私は、この仲間達と共に、迷宮の奥にいるという魔物を倒しに行くところなのだ」
「あぁ、そういう話でしたね......彼らを団子を配って仲間にしたんですよね? 数、足りましたか?」
「ハッハッハ! 念のために多めに携帯していたのだが、あっという間に食料が尽きてしまったよ!」
「えっ!? ちょっと大丈夫なんですか、それ!?」
「もちろん問題ない。見たまえ」
そうモタさんに言われて、川の方を見てみると...
...上流から、ゆっくりと、大きな桃が流れてきた。しかも複数......また「群れ」かよ。
...うん? あれ、もしかして「食料」なの?
「この迷宮ではあまり食料に困ることはないのだよ。森の恵みとは素晴らしいものだね」
「あ、はい。そーですかー...」
森の恵みって......なんか、思っていたのと色々と違う。回転寿司みたいに向こうから流れてくる果物達のことを、「森の恵み」とは呼びたくない。
なんというか、俺の勝手な解釈のせいだけど、さっきから色々とモヤモヤし続けてしまう状況だ。
そしてさらに、もう一人、変なのが増えた。
「あぁ、モタさん、おつかれッス」
ヌードモデルかな?
21階層にいた連中と同じ、イケメンのオーク。そしてなぜか、パンツ一丁。
俺よりも背が高くて、筋骨隆々で、上半身裸のオーク。
美術の教科書にでも出てきそうな、ダビデ像でミケランジェロな絵画や石像を連想してしまった。あるいはアクション映画の主人公みたいな奴、やたらと上を脱ぐタイプの主人公。
目鼻立ちがキリッとしていて、少し黒に近い濃い目の茶髪か赤髪。筋肉質だけどモデル体型でどんな服でも着こなしそうな、歩き方もスッとしていてゴツく見えないどころかキラッキラしている、乙女ゲームに出てくるうちの一体みたいな奴。魔法では倒せないやつ。
濡れた前髪を掻き上げる仕草が、もう、キラッキラしている。
なにこれ?
「紹介しよう、彼は私の護衛として雇われてくれているオーク族の若者で...」
「サンシータです。よろしくお願いするッス」
...口調と名前がなんだか三下っぽく感じるのは完全に俺の偏見だし、黙っていれば完璧だったのになんて思うのは失礼だ。あと、その名前どっかで聞いたぞ? どこだっけ?
「もともとは彼と二人で、調査の為に森を進んでいたのだが、いつの間にやら仲間が増えて目的も変わってしまってねぇ」
「そうッスよ! モタさん、護衛の俺を置いて行かないで下さい!」
モタさんはどうやら、転移門で遊んでいた犬と猿が、うっかり上へと昇ってしまっていくのを目撃して慌てて追いかけてきたのだそうだ。
...遊んでいたのかよ、あの二匹。しかも、門からだいぶ離れた位置で合流したぞ?
あと、うっかり転移門で上に吸い込まれていく姿って、不謹慎だけど、ちょっとだけ見てみたい気がしてしまった。ファーって、上に連れて行かれちゃって、二匹がアワアワしていたわけでしょ? ちょっとかわいくない?
無事に見つかって本当に良かったですねぇ。護衛、大変だねぇサンシタさん...
「それで三...ゴホン、サンシーータさんは、護衛なのに、なんで裸なんですか?」
「あっ、お見苦しい姿でスンマセン! みんなの面倒を見ていたところなので!」
そう言われて川の方を見てみると......俺は「川遊びかな?」という言葉を飲み込んで、質問してみた。
「...あれは、一体何をやっているんですか?」
「川の攻略っス」
「我々はまずあれを渡河しなければならないのだが、どうにも苦戦している最中なのだよ」
危なかった!? 遊んでいるように見えて、実は彼らは真剣だったんだ! 余計なこと言わなくて正解だったよ!
川に流れてくる大きな桃(?)やら他の果物やらにしがみついたり、ぶつかったりして、川を流れたり引き返したりしてくる犬と猿は、メルヘンチックに遊んでいるわけじゃなかったんだ! ...なんか、見ていて和むけどっ...!
「あの川って結構、深かったりするんですかね?」
「一番手前の川は俺がギリギリ足のつく深さですけど、奥の方はまだ分からないッスね」
それでこのオークはパンツ一丁な訳だ。いざとなったら、川に飛び込んで犬と猿を助けるために。
「楽しそうですね?」
と、うっかり口を滑らせてしまったサキの言葉にサンシータさんが、
「...あー。確かにそう見えるッスよね。ああ見えて彼らも全力で頑張っているんで、まぁ、応援してくれるとうれしいッス」
と、白い歯を見せながら、とても優しい返事をしてくれた。わぁ、紳士というか、イケメン回答!
「だがサンシータ、そろそろ撤収の時間ではないかね?」
「そうッスねモタさん。今日の攻略はここまでッスね。中途半端に向こう岸に着いたら、群れが分断されてしまいますから」
言われてみれば、そろそろ日も傾きかけてくる時間のようだ。
「...君達はどうするかね? 我々は、向こうの方で野営を張っているのだが」
「あっ、あー......俺達は、その...」
言われて思い出したけれど、そうか、普通は野営なんだよな!?
この迷宮に来てからずっと【白昼夢】のスキルでどうにかしてきていた俺はその前提がすっかり抜け落ちていた。
今さらだけど、俺達は軽装過ぎる。草原地帯で見た人族の兵士達とはもう比べようもない、危険な迷宮を踏破してきたにしては軽すぎる格好だし、全員が手ぶらなんてあり得ない。
収納系のスキル持ちだと言えば説明はつくのかもしれないが、そもそも俺達と彼らの関係はまだ敵でも味方でもないだろう、情報を共有するには少し早すぎる。
彼らと一緒に野営をするべきなのか? さて、どうする...?
そんな俺の動揺を察したのか、モタさんの方から切り出してくれた。
「いや、君達のことを詮索するつもりは無かったんだ。我々のことは気にせず、君達の手段で野営をしたまえ。ここまではるばるやってきた、冒険者としての知見や手段がきっと君達にはあるのだろう」
「...お気遣いありがとうございます。俺達は一旦、少し引き返しますが、良かったらまた色々とお話をお聞かせ下さい」
「もちろんだとも。我々はこのまま明日も、この迷宮の先を目指すつもりだ。もし君達も同じ道を進むのであれば、また明日にでも合流しよう」
俺はモタさんと、サンシータさんと握手をして、一旦転移門を引き返してから......そのまま【白昼夢】のむこうの我が家へと帰っていった。
そして翌朝から、少しの間、彼らと迷宮攻略を共にすることになった。




