おとこせき
キラッキラの店内で、キラッキラの美女達に囲まれて、キラッキラのグラスを持たされた俺は「かんぱーい」という女達の掛け声と共に互いのグラスの音を響かせた。
オーク。詳細は不明。今は鑑定スキルは【相殺】モードにしているから視てはいない。
オークと言っても少し鼻が上向きである以外は、上層で見かけた人族達とほとんど変わらない外見だ。
こういうお店だからそういう者達を集めたのかもしれないが、スタイルの良い見目麗しい美男美女ばかり。
化粧が上手いし、香水らしき匂いもするし、服装もしっかり着るかわざと着崩していて、色々と隙がない。
...そういった審美眼は、人族も他種族も共通のものなのだろうか?
それとも「人族に狙いを定めて」やっているのだろうか?
俺もうっかり、かわいいオネーチャン達を鑑定しちゃうぞグヘヘ、みたいに鼻の下をのばしてしまっていてもおかしくはない状況だ。
...まぁ、今は楽しむよりも警戒心の方が勝っている状態なのだけど。背筋も鼻の下もシュッとしているはずだ。
向こうの方のテーブルで笑っている大人姿になったティと、汚物を見るような目で不動の二人は一旦置いておくとして、俺もこっちの状況をもう少し楽しもう。
別に彼女達は敵と決まったわけではない。油断するつもりは無いけれど、もう少し良心的に周囲の状況を見る努力をしてみよう...
俺と、俺にくっついてグデーンとしているニアを取り囲む三人の美女達。
右と左と正面から、俺に酒とつまみをすすめながら話しかけてきたから、俺も愉快なおしゃべりタイムを一生懸命がんばってみることにした。がんばるとか言っている時点でぜんぜん楽しめていないのは自覚しているし、そもそも俺はこういうお店は苦手......えーい、楽しむって決めただろ、がんばれ俺!
度数高めなお酒を片手に、愉快なトークを弾ませた。
「ポコピー(仮)さんはー、はどこから来たのー?」みたいなことを聞かれては、俺はモモフ族の冒険者で遠い約束の地を目指して行きずりの仲間達と旅をしているのだが、約束がいつ、どこで、誰とだったのかも含めて色々と探している最中で未だに一つも見つかっていないのだ、などとどこかで聞いたようなような楽しい謎設定を答えてみた。
「ウフフ、面白ーい、それで本当は?」みたいなことを聞かれては、俺は本当はモモフ族の中でも中の下くらいの地位にしかついておらず、いつかは立派な成果を打ち立てて大親分に認めてもらいたい、そしてゆくゆくはモモフ族からモモモフ族に昇格するんだ! ところで、チェイサー(=水)とかチョイサー(=謎)とか頂けませんか? などと返してみた。
「もー、なんで教えてくれないのー!?」もう怒ったぞプンプンみたいな聞き方をされては、実は俺はこれ以上話すと大親分と敵対する勢力の連中に消されてしまう恐れすらある危険な状況下にあって、実はここに来る途中にも大勢の仲間達がモフっとされてしまってきたんだ、今だってこのお酒を見るとあいつらとの日々を思い出して...苦いんだ......ところでチェイサーはまだですか? と少しさみしげな微笑みとともに有りもしない同胞達との切ない日々について語ってみた。
あれ? 俺、意外と楽しんでる? 絶好調じゃないか、妄言が。
そんな俺を囲む美女達が入れ替わり立ち替わり、どうにか俺を攻略(?)しようと話しかけてきた。
俺に媚びるように質問をしてきた子や、俺の手や膝をやたらと触ってくる子、おっとりした子から、ツンツンした子、種類豊富に取り揃えて、俺をどうにかニヤニヤさせようと試みてきた。
確か、こういうお店って「ねぇ、わたし喉が渇いちゃった」とか言って俺に高い飲み物を頼ませて俺のカネを毟り取るのがお仕事......ゴホン、この美女と酒に包まれた泡沫の桃源郷では金にものをいわせて王様か主様の地位を簒奪してしまっても誰にも咎められないどころかむしろ王様ワッショイとばかりにノリの良い国民達と皆でキャッキャウフフできるという双方にとってWin-Winなステキなシステムだったはずだ。
だけど、入店前に言われた通り、俺からカネは取らないつもりらしい。
そうなると、俺が饗されていることに対する対価とは一体なんだ? 俺の情報なのか? それとも俺自身なのか?
とにかく、いずれにしても彼女らは俺から情報を得ないことには始まらないのだろう......
...本当は協力してあげるのが筋なのかもしれないが、そもそも俺はここに「引きずり込まれた」わけだから、むしろこれはどういう状況なのか、そろそろ説明してもらいたいくらいの心境だった。
そんな視線を、店の女主人らしき、俺達から距離を置いて監視しているマダムに向けると、彼女はなにやら意味深にニッコリと微笑んで、すぐに俺から目を逸らした。
どうやら長期戦がお望みらしい。
しかし、状況が一転した。
この膠着した状況に業を煮やしたのか、ちょっと悪女系の娘が、ついに俺の隣でグデーンとしているニアに対して「ちょっと、どいてくれる?」とばかりに手を伸ばしてしまった。
子連れの状況から打破しなければと思ったのだろうけれど......だが待て! それは――最悪の、悪手だっ!?
俺が止めるのも間に合わず、ニアの猫のように素早い手が、女の手をコンッと払った。
――否、ニアが曲げた指の中指第二関節で、女の手の甲を素早く打った――
女は「ぎっ!?」という悲鳴を上げて、反射的に手を引いた。
ハッと静まるテーブル、手を伸ばした女と他の周囲の者達の顔は、恐怖に染まった。
ニアの、目線を誰にも合わせず正面を見たままの、見開かれた冷たい瞳。
肉食類の獣のように、その瞳孔が、獲物を吸い寄せるように静かに開いている。
...俺はこの時、彼女がかつて『其処に在る死』の通り名で呼ばれていたという話を思い出した。
ここまでひりついた空気を彼女が発したのを見るのは初めてかもしれない。
俺は、そんなニアの頭をそっと撫でた。
彼女はうっとりと目を細めると、その緊張感を解き、もとの「グデーンさん」に戻っていった。
気まずい空気が流れるが、俺を囲む三人の女達は動けなかった。
おそらくは、手を出した女は猛烈な痛みを負っているだろうし、怪我もしてしまったかもしれない。それでもニアの有無を言わさぬ殺気に腰を抜かしてしまったのか、三人とも抗議や悲鳴の言葉どころか、退場することすらもできなくなってしまったようだ。
困った俺が、他の店員に助けを呼ぼうとしたその時......
「お待たせしました!」
小柄なオークの娘。なぜか猫耳を装着した子が、コップと「何か」を持って来た。
差し出されたコップを手に取りながら俺は尋ねた。
「これは?」
「チェイサー(水)です!」
そしてもう一方の、差し出された法被(?)のような、お祭りの時にでも着そうな鮮やかな青と白地の上着を指差して、俺は尋ねた。
「こっちは?」
「チョイサー(祭?)です!」
...うん、確かに俺、言ったね。
チェイサーとチョイサーを持って来てって......言っておいてなんだけど、なに、チョイサーって?
俺は差し出された水を飲み、差し出されたハッピを着た。そんな俺の様子に、それを差し出した娘がパァッと笑顔になった。
そして、俺を囲む三人の娘が、ぜんぶ「アホ系」の子で統一された。
なにか店内に、俺の間違った攻略法が伝わったようだ。
三人とも猫耳をつけているのは、相変わらず俺の横でグデーンとしたままのニアを見て「こいつの好みは猫だ!」と勝手に当たりをつけたのだろう。
俺がうっかり差し出されたハッピを着てしまったことで、更には周囲の接客三人ともがハッピを着だして、なにやら猫耳祭りワッショイな感じになってきた。
俺は無言の抗議の視線を、店の主人らしきマダムに向けると、彼女は意味深にニッコリと微笑んだ。
おい、残念ながらお前の店の回答は「不正解」だからなっ!? 微笑むのをやめろ! この店、よく潰れずにもってるな!?
こうして俺のテーブルは方向性を間違ってしまったネコ耳喫茶みたいな状況になってしまったので、俺は改めて何かカフェオレ的なものを注文しつつ、この状況から目を背けたいなぁという思いも込めて、あっちのテーブルの方へと意識を移した。
修羅場だった。
あちらの仲間達が座ったテーブル、ティの方は良い。
周りをとり囲むイケメン達を相手にまるで女王様のごとく...いや、実際、妖精女王なわけだけど、そんな雰囲気で楽しげに振舞いながら盛り上がっていた。
おそらく彼女のあれが最も正しい、こういうお店の楽しみ方なのだろう。とても良く分かっていらっしゃるようだ。
問題は残り二人の席。氷の世界。
笑いもせず怒りもせず、ただ虫けらを見るような虚ろな瞳の二人を前に、なす術も無い男達。
何か話しかけたりするたびに冷ややかな視線と嘆息以下の音にもならぬ小さな反応だけを返されて、周囲の男達は皆、討ち死にしてしまったようだった。きっと彼らも序盤は、俺のテーブルでもそうだったように色々と手を尽くしたはずだ。その挙句に、いま、あの凍えるような空気へと落ち着いてしまったのだろう。
酒を飲んでいるはずのサキが、微塵も酔っていない。
俺のテーブルの三人の女の子達も俺の視線を追いかけてしまったのか、その惨状へと目を向けて息を飲んでいた。
思わず俺も「ねぇ、あの状況って、大丈夫なの?」とヒソヒソと聞いてみると、「いや、あれはマズイっす、かなりピンチっす」とすっかりキャラ崩壊した三下口調の猫耳娘が狼狽していた。
そこに、一人の勇者が現れた。
いや、むしろ果てしないほどに愚者だったのかもしれない。
その店の奥から現れた男、服装は他のイケメン達のようなカッコいいスーツ姿のそれではなく、人族の着そうな旅装に近い軽装。つま先から髪型までいかにも特徴の無い、このお店には場違いなほど普通の格好に寄せてきたイケメンが現れた。
つまり、俺。
俺のそっくりさんが現れて、サキとユキの席へと近づいて行った。
そして、サキの左拳で、
「ごぶろっ」という呻き声と共に、崩れ落ちた。




