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きゃば

 20階層のドワーフ達のいる街には三日間ほど滞在した。


 正確には街に滞在したのはティだけで、他の者達は自由行動ということにした。

 ティがなにやらここに用事が有るらしく、それならば皆も街を楽しめば良いと思ったのだが...


 ...サキとユキは俺の両隣を離れないし、ニアに至っては「我が家」の方でスライムさんと一緒に昼寝をしている。

 君達、ほんとうにそんなので良いのかね?


 かという言う俺の方も別に何か用事があるわけでもなく、あらためて街を歩こうという気にもなれなかった。

 なんとなく人混みが苦手というか、10階層で人族から逃げまわったり襲撃したりに()りたのか、とにかく街に興味がわかなかった。


 それでもサキとユキが左右にいるから、このまま俺が家に引きこもると彼女達も巻き添えにしてしまうので、一応は街を歩いてみることにした。


 そして、どこを目指すでもなくふらふらと街を歩いたのだけど...

 ドワーフ達が作ったらしい見事な武器や防具の数々は俺にとっては無用の長物(ちょうぶつ)だし、装飾品の美しさは見ていてスゴイと思ったけれど、今回は見るだけで満足してしまった。

 酒や食料はメイが自らこの街に来て調達済みらしい。他に俺がこれまでに欲しかったものといえば、おばあちゃんの道具屋で間に合ってしまっている。


 そもそも俺は相変わらずの無一文で、買い物するなら物々交換ができるか交渉してみるところからになってしまう。


 この階層に来るまでに手に入れた貴重らしい鉱物やメメラ達から取った胆石(?)やらはあるので、元手(もとで)ならどうにかなるとは思うのだけど、サキやユキに「何か欲しいものある?」と聞いてみれば、特に何も無いというなんとも無欲な回答が返ってきてしまった。


 年頃の若者(?)が無欲すぎるのも心配なので、それでも欲しいものがないかしつこく聞いてみたら、二人がモジモジ照れながら「主様(あるじさま)との子供が...」と斜め上の回答をぶっ込んできてしまったので......俺は有耶無耶(うやむや)にしようと再び酒場へと慌てて飛び込んだ。


 結局、先日お世話になった酒場で引き続きお話をしたり、立派になった我が家の方でスライムさん達とまったり過ごしたりする内に、あっという間に三日が経って、ティも仕事(?)を終えて戻ってきた。

 ティが街で何をやっていたのかに関しては聞かないことにした。プライベートには干渉しないであげようというよりは、知らぬが仏、危うきに近寄らずというやつだ。



 そして、俺達は21階層へと続く転移門に立った。



 転移門からファーっと下降していく俺達。

 眼下に広がる21階層の光景は、1階層の世界と少し似ている気がした。


 似ているというのは、緑が多い所。緑というか、黄色や赤の紅葉の割合も高い気がするが、とにかく20階層の風景とは違って植物と木々の豊かな場所に見えた。


 そう、木々。

 1階層と決定的に違うのは、樹木の比率が高い点だ。森や林とまではいかないものの、所々にそれなりの高さの木々が見受けられる。

 ...いや、奥の方まで行くと森になっているのか? そして大地には若干の起伏があるように見える。平原ではなく、なだらかな丘か山のような景色が広がっていた。



 そして、一番目に付く問題というか、心配事なのだけど......



 俺達が降りてくる真下にあたる場所に、ちょっとした街ができている。

 街というか、家が数件あるほどの集落なのだが、その建物が妙に立派で上品だ。

 20階層のそれよりも10階層を思い出す建物、つまりは生活住居というよりも人を招くことを目的としているような、観光向けとでも言えそうな見栄えのするの立派な建物が並んでいる。一体、何の施設なのだろうか?


 なにより、そこで俺達を見上げる人達。


 俺達を見上げる人々が明らかに(あせ)っている。

 その様子に何かの臨戦態勢かと思って俺も焦ったが、どうやら少し違うようだ。

 知らせに走ったり、人が数人集まっているように見えるが、どちらかというと歓迎ムードに見えないこともない。


 一旦、俺は鑑定スキルの【相殺】モードを切って、下で右往左往している人達に目を凝らした。

 まだ距離はあるけど、大雑把な情報ならば把握できそうだ。


 【オーク (食べられないことはない)】


 相変わらずの冗談か本気か良く分からない一口メモに、イラッとすればいいのかゾッとすればいいのか複雑な心境になりつつも、下の人々がオーク族であることは分かった。

 前世からの知識で豚族(オーク)なんて荒々しい印象を受けたのだけれど、遠目に見れば俺達とほとんど姿が変わらない。服も着ているし体格も普通というか、むしろ平均よりもちゃんとした身なりにすら見える人々だ。鼻が上向きで耳が少し尖っている? だけど平均的な人々(俺)よりもずっと美男美女だったりしないか、あれは?


 そして、そんな彼らが、俺達の着地点に集結しつつある。



 ...この転移門での移動、途中で引き返したりできないのかな?

 なんか、みんなに待たれている場所に降り立つのって怖いというか、安全であっとしてもそれはそれで勇気がいりそうなのだけど。



 そしてついに上から降りてきた俺達。


 集まった彼ら彼女らに対して「はじめまして」なのか「食べないで!」なのか「(ひか)えおろう!」なのか、なんて言うのが正解なのか迷っていたら、


「5名様ご案内(あんなーい)!!」


 というオークの若者の大きな声が響き渡った。



 その男、若者あらため客引きの、流れるような毒にも薬にもならない歓迎トークに導かれながら俺達は、なし崩し的に集落の奥へと案内されていった。


「みなさん今日はどちらから? って、もちろん上からなのは見れば分かりますよね!? いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、ようこそ21階層へ! こちらには初めてで? そんなみなさんに是非おすすめの場所があるんですよ! もちろんお代は頂きません! そう、もちろんですとも! 妖精女王様や、そのお連れの皆様から何かを頂こうなどとは滅相もございませんよ...若旦那様(わかだんなさま)! いや、お時間は少々頂きますけどね? いやいや、その頂いたお時間を至福の時へと変えてみせるのが我々の――」


 ――ひと目でティの正体を見ぬいたり、俺がこの団体の代表らしいと察したりの素早さは、なんというか、何かのプロの人なんだろうと思った。


 ただしチャラい。いや、マジメで暗い態度で俺達に客引きされても困るから、彼は彼で何も間違ってはいないのだろうけど......そう、この世界で見るとは思わなかったタイプの、勢いのある兄ちゃんの出現に俺は少し(ひる)んでしまった。



 案内されるままに、その小奇麗(こぎれい)なオークの集落を歩いて行く。



 ティがニヤニヤしているのは、きっと差し迫った危機はなく、ちょっとした悪戯(キケン)が待っているからなのだろう。

 サキ、ユキ、ニアは全く動じない。彼女たちは周りの景色を確認しつつ、目の前で一瞬たりとも口の止まらないオークのイケメンすらも「景色の一部」と捉えているようだった。


 終始、俺に向かって弾切れも弾詰まり(ジャミング)も起こさない見事なマシンガントーク(?)を浴びせてくるイケメンに俺は少々困惑していたが、ティの方を見てもニヤニヤするだけだし、イケメンの方を見ても全く動じない(はがね)のメンタルだし、俺はもうなすがままに、そのまま流されることにした。



 そして、ついに一件の建物、なんというか、中途半端な豪邸(?)みたいな家へと案内されて...


「「いらっしゃいませ!」」


 歓迎ムードで迎えられた店内(?)。目に飛び込んできた内装は、やたらキラキラとして(まぶ)しかった。


 天井はいわゆるシャンデリアのようなガラス細工の照明。光を反射する鏡かガラス張りの壁が部屋の奥行きを広く錯覚させる。

 黒の大理石らしき床はツヤっツヤに磨き上げられ、絨毯(じゅうたん)や布は深めの赤系統の、落ち着きある暖色で統一されている。

 フロアは若干の段差と低めの壁によってそれぞれのテーブル毎に仕切られていて、人が座る場所にはフッカフカの絨毯と革張りっぽい深いソファー、そしてガラス張りのテーブルが待っていた......


 そんな店内の入り口で俺達を並んで歓迎したドレスとスーツ達。いかにもな格好をした美女と美男達は、お茶会とかホームパーティーとかのそれでは無い......



 ...そう、ここはキャバクラ、あるいはホストクラブだ!

 いや、たぶん両方だ!



 店内に入るやいなや、店員達の挨拶と共に俺達は、さっと男女の組へと分けられた。

 俺を美女達が、仲間達をイケメン達が、あっという間に話しかけながら包囲しつつ、奥のテーブル席へと吸い込んで、二組に分けてしまった。


 そんな光景に俺は少しばかり感動していた。


 まさか、この世界で前世と同じかそれ以上の出来栄えのそういう夜のお店?に案内されるなんて、思ってもみなかった。

 あの大きなガラス製の鏡や照明やらがこっちの世界にも存在するのかとか、どうやって作ったのかとか、興味津々になってしまった。


 しかも、なんだかこれ、わりと値段の高そうなお店だぞ? 店内にさりげなく置いてある調度品とか、ちょっと怖くて近づいたり触ったりしたく無いやつだ。

 本当に、あの客引きが言っていたように、「お代は頂きません」で大丈夫なのか? なんだか間違いなく「裏」がある展開な気がするぞ? うっかり、ぼったくられるんじゃないのか?


 そして、ふと困惑した。


 俺はさっき、この店内に入って「高そうな店」という判断をしていたんだ。

 つまり、そういうお店について、少なからず前世で知っていたかお世話になったということだ。


 そう、お世話に......気の知れた仲間で(いこ)いを求めてちょいと遊びに行くというよりも、大事な取引先を引き連れたり厄介な上司に引きずられたりしながら接待(たたかい)にいくような、()()のお店。美しい店内や店員になんだか戦慄(せんりつ)してきて、ちっとも楽しい気分になれないのはなぜだろう? 会社の経費で落とせるとは思えないが、領収書は忘れずにもらわなくては!


 ...そんな知識、一体どこから? ...俺は、見た目は子供、頭脳は世知辛い大人で、カレー臭な奴だったのか...っ?


 そして、失望した。


 俺がこの世界に来てから行った場所――妖精のいる酒場、事務所の襲撃、ドワーフのいる酒場、そしてこのキャバクラという事実は、なんだ!?

 まして最近ようやく念願のマイホームを手に入れて、心機一転、あらたな冒険の旅へと、期待を胸に転移門を降り、向かった最初の訪問先が...


 ...ここで良いのか!?

 もっと他にあるだろうっ!?


 ...

 ......

 .........クソ、何も思い付か()ぇ!

 一面の草原、一面の荒野の次がここなんだ!

 実はここが一番、マシな場所だっ!

 むしろ楽園と言っても良い!



 俺が茫然自失(ぼうぜんじしつ)している間にも、やたら胸元や背中の露出の高いドレスを着た、スタイルの良いオークのおねーさん達がキャッキャ、ウフフと俺を奥へと誘導して、座らせた。

 何やら色々と歓迎のお言葉を頂いていたようだったけれど、よく覚えていない。


 とにかく俺は、渡されたおしぼりで手を()いて、そしておっさんみたいに顔もゴシゴシ拭きながら、もういいやと思いつつ深いため息をついて、革張りの深いソファーに体重をあずけた。



 ...気が付けば、隣にニアが座っていた。


 どうやら誰もまったく気が付かなかったのだろう、店内のドレスやスーツのオーク達が目をまん丸に見開いていた。

 実際、ニアには「おしぼり」は用意されていないし、ニアが俺の使ったやつを手に取って、同じように顔をコシコシとふいている......ちゃんと新しいおしぼりをもらっても良いと思うよ?


 おそらくニアは、隙をついて、俺の影の中に(もぐ)り込んでいたようだ。

 以前、11階層に降りるときに彼女が俺を追跡するために使ったあの技だ。


 ニア自身からも少しだけ聞いてはいたけれど、彼女は【魔導】でつくった技の1つで影の中に身を(ひそ)めることができるらしい。

 影に入られた俺は、意識を向ければその「重さ」が分かるのだけれど、今回は全く気が付かなかった。

 ずっと一緒にいた俺が気が付かなかったくらいだから、このお店の人達がまったく気が付かなかったのも無理はないだろう。


 ...そうか、ニアが俺の護衛というわけか。


 入店と同時に二組に強制的に分けられたこの状況を、サキとユキまでが黙って見過ごすとは考えにくい。

 俺と離れた場所にあるテーブルの方へと目を向けると、サキとユキが無表情で座っている(そば)で、大人サイズになったティがケタケタと笑っていた。


 そして、ティが俺の方に目配せをして微笑(ほほえ)んだ。

 どうやら、この状況を楽しめ、と言っているらしい。


 そうは言うけれど......俺が会社帰りの同僚達と飲み歩いていたら吸い込まれるように入店してしまったとかいう状況ならばいざ知らず、いま俺の隣には、俺にグデーンと寄り添って休憩モードに入っているニア。自陣(ホーム)敵陣(アウェイ)かよく分からない心境だ。

 まるで子連れかペット連れで夜のお店に入店してしまった保護者のような気分(?)になりながら、俺は仕方なく、この状況にもう少し付き合ってみることにした。



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