きり
あのとき起こったことを、もう一度整理してみよう......
そろそろ日も傾いてきて、昨日見つけた仮眠をとるのに良い感じの大きさの岩みたいなのがまた見つからないかなぁ...とか疲れた頭で考えながら歩いていたら、何やら霧が出てきたんだ。
靄、霧、そして濃霧。
うん? なんだ? と思いつつも、なぜか歩くぶんには支障を感じなかったから進んでいったら、霧を抜けた。
着いた場所は、霧に囲まれた「昨夜と同じ河原」だった。なんだか疲れていたから、もう寝ることにした。
以上だ。
...うん。いじょうだったんだ。
今思えば、俺もあの時はどうかしていた。あんな異状な場所で堂々と眠る気になったのは、ちょっと度胸があり過ぎたというか、そうとう疲れていたのだろう。既に眠っていて夢の中にでもいるものだと、半分寝ぼけていたのかもしれない。
翌朝、霧の外へと向かって歩き続けると、すぐに元の草原へと帰って来れた。
そしてあらためて草原を見渡してみても、周囲には河原なんて無かった。ようやくそこで、異常事態だったことに俺は気がついた。
そのまま昨日の道のりを小走り気味に引き返して、あの河原があったはずの場所まで戻ってきた。昨日と一昨日、それぞれの河原に置いたはず、埋めたはずの木の実の皮や焚き火の跡が一致しなかった。つまり、昨夜の「霧の河原」は......河原は、なんだ? 分からなかった。
もう一度、「霧の世界」を頭の中で呼びながら(?)歩き続けると、再び少しずつ霧に包まれて、そこに辿り着いた。「霧の世界」から外へ向かって歩き続ければ元の草原へと戻って来れた。
そこを行ったり来たり、三往復ほど繰り返した後に、「...そういうものだ」と納得することにした。
これは【はいかい】スキルの効果だと自分の中で決めつけた。他にそれっぽいスキルが無いからだ。もし【まほう】スキルならばMPを消費するはずだし、【けんせい】はよく分からない。
そして【辞書】に書いてある【はいかい】の説明文、
【特定の事象に遭遇する確率が増減する。幸運と不運の両方に作用する。通常時は遭遇率が増加、拒絶の意思により遭遇率が減少する。 ※我が使徒に右記の能力を授ける:白昼夢、逢魔刻】
この一番最後の謎の単語のどちらかが、例の霧だと思ったわけで......【逢魔が刻】っていうのは、確か夕方のことだ。暗くなると寄ってくる魔物に気をつけようね、って意味だった気がする。だからもう一方の【白昼夢】と、俺の中で決めつけることにした。
...俺の思い込みかもしれないけれど、これって自分の夢を、自分の心象風景を再現したりするスキルなんじゃないのかな...? 寝ぼけて再現した場所が、たまたま最初に眠った河原だったとか...?
なにより、俺の日々の心情をとても忠実に再現していたんだ! そう、まさしく「五里霧中」...!
そして俺は、「...そういうものなんだ!」と納得することにした。
もう、どのスキルなのかとか、どこなのかとか、どうでも良かった。重要なのは、そこが俺にとって安全に眠れる場所であり、さらに飲水が手に入る便利な河原であったことだった。人気の無い霧の河原が、ちょっと「三途の川」を連想させたこととかは、もう、どうでも良かったんだ。なにも怖くなんて無かったんだ!
ありがたい、とてもありがたいスキルなのだろうけれど......なんだか【まほう】といい、【はいかい】といい、メガミさんが俺にくれる(?)スキルって、ものすごくとがったやつばっかりじゃないか?
こういうのって普通はもっと、攻撃魔法とか回復魔法とか、敵に見つかりにくくする技とかそういう.........あれ? だいたい合っているのか? 結果的には攻撃もできるし、隠れることもできるから、やっぱりこれで良いのか? ......俺がこの世界の常識に馴染んでいないだけ...なのかもしれないな?
どこか天高くから「そういうものですぅ」という声が聞こえた気がしたから、もう、「そういうものだ!」と思い込むことにした。
----------
そんなこんなで、白昼夢(?)という寝床、兼、緊急避難場所を手に入れて、俺はこの世界の徘徊を続けることにした。
...いや、もう、このままずっと【白昼夢】の中に住めばいいんじゃないのか?
―― 完 ――
どこか天高くから幼いメガミの悲鳴が聞こえたような気がして、俺は我に返った。
...ちょっと、慣れない状況の連続で疲れてしまっていたみたいだ。
まだ冒険の序盤なのに、ふつうの物語の主人公たちならばもっとスライムとかゴブリンとかモリモリ倒してレベルを上げている展開になるはずだぞ? なんで俺はこんなにも疲れているんだ? いったい誰のせいだ!
そうだ、もう我が家(?)も手に入ったんだ、心機一転して頑張ろう! 俺は「がんばりや」だ! がんばるのが仕事なんだ!
「いい感じの棒」をもっと元気に振るんだ! 俺には夢と希望と棒がある! そうさ、何も怖くない! なにか現れてきたら、この棒でつついてやれば良いんだ、ヤー!
...棒もいいけど、食生活も少しずつ改善できたら良いかもしれない。
謎のスキルによって寝床、兼、避難場所がちゃんと確保できたのだから、そろそろ多少は無理しても良い頃だろう。いつまでも木の実だけの生活もさみしいし、保存食とか備蓄とかも考えなくてはならないだろう。
棒を片手に振りながらそんなことを考えているうちに、思い出した。台所というか、調理用具がない。まだ鍋もコップも無いから、お湯も飲めない。
俺は【白昼夢】の霧の世界を拠点にして、道具の調達と作成に乗り出した。
草原を徘徊して素材となりそうなものを探し回った。だけど今の俺にも簡単に扱えそうなものは、石くらいだった。黒曜石らしきものを見つけて、砕いたり削ったりして、簡易ナイフを作ってみた。
それから何か丈夫そうな、使えそうな大きさの石を【白昼夢】の河原へと持ち帰って、臼か鍋のようなものの作成を試みた。
石を徐々に削りとって、少しずつ穴を空けるなら、【まほう】スキルでどうにかなった。削りとって収納するを繰り返すという強引な手段だが......ものすごく疲れた。MPを一気に消費したわりに石は大して削れなかった。石同士をぶつけて砕いた方が断然早いが、それだときれいな穴は空けられなかった。
つい意地になって、何度もMPを使いきって倒れかけながら、ほとんど使う機会のなさそうな立派な石臼を完成させてしまった......いや、これは【まほう】の検証と訓練だったんだ! 決して無駄なんかじゃないし、後悔なんてしていない! いつかこの石臼を有効活用してみせる! 最悪、これも鈍器として活用してやればいい!
竈というか、薪を集めて火を起こすための場所を作ってみた。
毎回、石を集めて組み直すのは地味に大変なので、それなりに立派な竈を見様見真似で用意しておくことにした。用意するといってもこちらは石を積み上げるだけの、スキルとかは要らない単純な作業だ。
ただ、霧に包まれた河原で一人、黙々と石を積み上げるだけの単純作業は「賽の河原」を連想させて......ゾッとした俺は途中から石を【まほう】で無意味に削る工程も加えたりして、無駄に立派な竈を作り上げていた。
こうして、お湯を沸かすことはできるようになったのだけど......石臼に入れた水の中に焼けた石を入れればお湯にはできるけれど、できたお湯を入れておけるような容器もないし、お湯で煮るほどの食材も無い。お湯のことは一旦、後回しにすることにした。
お湯は使わないけど、魔法で薪に火を点ける練習はしている。
遠距離で点火するとMPを大量に消費するから、間合いと精度は正確に把握しておきたい......これはあくまで用心のためだ。決して「誰かに点火」したりする予定ではない。
風呂はないけれど、メガミさんに貰った初期装備、腰の小物入れの中に手拭が有ったから、それで身体を拭いたり、【白昼夢】の霧の世界の河原で、身体を洗ったりした。
服は、汚れて無いから、そのまま着ている。
正確には、汚れてもしばらくすると徐々に元通りになる服だ。すごい便利。
...正直、これは怖いから、深く考えないことにしている。
だって、もし俺自身が服に汚物認定されてしまったら、徐々に消毒されてしまうわけだろう......服に。
その場合、冒険10日目くらいに、草原のど真ん中に、服だけ落ちている展開にならないか? 名探偵でも迷宮入り間違い無しの殺人事件になっちゃうよ? 大丈夫だよね、メガミさん?
とりあえず、【白昼夢】で手に入れた拠点のおかげで、生活が少しずつ安定していった。
まだ、冒険とかソロキャンプとかいうよりも、もっと野生に近い暮らし向きなのは、仕方ない。石を積んだり削ったり、今はまだ自力で何ができるのか試しながら慣らしているような感覚だ。
本当は、この草原のどこかで親切なお兄さんやら、優しいお姉さんやらに遭遇して「正しい冒険者のあり方」について手取り足取り教えてもらえるような展開がベストだけれど、正直、まだ何に遭遇するのかが分からない。
親切な首狩り族や、血に飢えたお姉さんに遭遇する可能性だってあるわけだ。「ダイジョブ、コワクナイヨ?」とか言われたって、信じられるものか! その時は「いい感じの棒+1」で牽制してやる! 目だ、目を突いてやる! ヤー!
...そう、戦闘だ。
暴力推奨という訳ではないが、身を守る術が欲しい。つまり、現状の【ステータス】で自分がどこまでやれるのか確認が必要なわけだ。
これまでは動物らしき影を見つけたら近づかないようにしていたけれど、いつまでも逃げ回っているわけにもいかないだろう。
ひとまずの拠点を手に入れたことで......いよいよ俺は「狩り」に挑戦することになった。