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してんのう

「...我が家を定礎(ていそ)した箇所に、一緒に彼らの名前も刻んでおくか? 四天王ここに眠る、みたいに」

主様(ぬしさま)、あまり笑えぬ冗談じゃぞ〜」


 思わず出てきてしまった現実逃避のつぶやきに、ティがすぐさまツッコんで来たので、俺は我に返った。


「す、すまん、つい。そろそろ行ってくるから、くれぐれも怪我人が出た場合の治療の方は、頼んだぞティ?」

「もちろんじゃ。それくらいはわらわ達にやらせてくれ」


 そう言って、俺はティの場所を離れ、魔王四天王(?)の皆さんと対面する陣地へと移動した。陣地と言っても、いつもの【白昼夢】の何も無い広い河原の中だ。陣地の反対側にはサキ、ユキ、ニアが待っている。

 ティが待機する場所は両陣営の真ん中、審判としての位置づけだ。彼女が招集した治療班もそこに控えている。


 ...治療班に混じってスライムさんもいた。俺がいつか作った石臼を観客席にしているようだが......その重いやつ、よく持ち運べたね? 治療班の誰かが手伝ってくれたのかな?


 ...さておき、なんだかんだで、四天王の皆さんと戦うことを承服してしまった。


 ティの見立てでは俺達が優勢なのだそうだけど、それでもうちの誰かが危なくなったらきっと、俺が身体を張ってでも止めに入ることになるのだろう。そういう点では、本当は俺が一人で戦って、負けた時点で即終了になった方が断然、気が楽だったのだけど......4対4で、一試合ずつ戦っていく形式に落ち着いてしまった。


「待て! 主様(ぬしさま)!」


 ティに呼び止められて振り向くと、俺の後を追ってきた建築関係者、(ひげ)をたくわえた筋肉質な小柄な男から一升瓶(いっしょうびん)のようなものを渡された。


 (びん)に大きく書かれた文字が『達筆』だと読み取れたのは、転移門やニアの背中の魔法陣を読み解いたいつものアレ(?)だろう。それより、その一升瓶になんだか妙な懐かしさというか、親近感を覚えてしまった......日本酒やら焼酎やらの瓶に書かれている、銘柄みたいな文字らしい。


 そこには大きく「神酒そーま」と書かれていた......神酒(そーま)??

 渡された瓶を握って首をかしげながら、再び自分の陣営へと歩いて行くと、その意味が分かった。



 俺の前で片膝をついて待っていたのはサキだった。

 そして、サキの別名は【酒呑姫(しゅてんき)】だ。



 うっかり流れで、そのまま一升瓶を授与してしまい、あれ、なんで(さかずき)とか渡してくれなかったんだ? とキョロキョロする俺の目の前で、



 サキが一升瓶を(うやうや)しく両手で(ささ)げ持って一礼したあと、そのまま瓶をポンッと開栓し......



 ゴッゴッゴ......と(のど)を鳴らして飲み干した。



 まさかの、一升瓶の、一気飲み。絶対に真似しちゃダメなやつだ。

 俺もすぐに気がつくべきだった、一升瓶をまるごと手渡した俺も馬鹿だったし、もう既に手遅れだった。



 そしてサキが、深く大きく、フーーッと息を()いた。

 そのうっとりとした表情の、可憐(かれん)妖艶(ようえん)な、狂気の鬼娘が...



「...みれれうらんい、あるぃぁま」

(訳:見てて下さい主様(あるじさま)



 酔うの(はえ)ぇし、言えて()ぇ。


 何やらあっちの方では四天王の、骸骨の戦士(!?)の人が戦いの前の口上を(いさ)ましく述べていたが、俺はもうサキが心配でそれどころではなくなっていた。


 ちょっと唖然(あぜん)としているうちに、急展開に置いて行かれる俺。

 自陣に戻って、さあ、最初は誰が行く? とかの相談も一切できないままに、酔っぱらいが一人、先陣を切ってしまった。

 ユキとニアは全く動じていないし、四天王達とその先鋒も悠然(ゆうぜん)と構えていて、俺一人だけが慌てている。



 そして......ティが「はじめっ!」と合図してしまった。



 サキが、ふらついているような落ち着いているような、不思議な足取りでゆらゆらと、そのまま止まることなく骸骨戦士のもとへと真っ直ぐに近づいていった。


 酔っぱらい、対、骸骨? もう、どんな状況だ!?

 俺は、万が一に備えて、【まほう】で割り込めるように二人の位置に意識を集中させて――



 ――ついに、サキが骸骨戦士のすぐ目の前で、立ち止まった。



 骸骨戦士が振り下ろした剣を手刀でスパーン。

 骸骨戦士本体の「中心」を上から下に握拳(あっけん)でズドーン。


 サキの(うな)る右の剛腕が、骸骨戦士を(たて)真っ二つに、割った。


 粉々になった骸骨戦士の姿に、俺は悲鳴を上げた。


「...わぁーーーっ!!?」


 かわいらしい「ずどーん!」という気合の声と共に振り下ろされたサキの拳が、骸骨戦士の頭蓋(ずがい)を、首を、脊髄(せきずい)を、そこから下の全部を、一気に粉々に叩き割った。

 つまり、ちょうど真ん中が消えた形で、飛び散る骨片だけを残して、残った手足が左右に開くようにバタリと倒れた。


 悲鳴を上げたのは俺だけだったが、恥ずかしいとか思っている場合ではない。


「ね、ねぇ!? あれ大丈夫なの、ティ!? 元に戻るよね?!」


 俺の問いかけに、ティは言葉につまりながらも、


「...元に.........戻す」


 と、どうにか前向きな回答を絞り出した。もちろん、即座に治療班が駆け寄っていた。

 試合終了の合図なんて無かったが、敵も味方も、結果は一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


 そして終始無言だったあちら側、四天王の残りの三人。


 どうやら、静観していたというよりは、悲鳴すらも出せなかったようだ。

 三人の内の一人に至っては、金魚みたいに何かを言おうとして口をパクパクとさせている。


 そんな中、彼らの内の一人も、どうにか前向きな展望をひねり出したようだ。


「だ、だが奴は、我々魔王四天王の中でも最弱!」


 あ、おい、たぶんそれ、いま言っちゃいけないやつ!? 変なフラグがたっちゃいそうだよ!?


 そんな台詞(せりふ)もお構いなしに、サキはゆっくり振り返り、満面の笑みで俺の方を見たので、俺は...


「...良くやった、けど..ぉ......良くやった!」


 ()めるしか無かった。


 一応これは、俺の代わりに戦ってくれている訳だし、双方合意の上での結果だし、明らかにOver Kill(やりすぎ)な気はするけれども、サキはとってもうれしそうにこちらを見ているし......褒めてあげることしか、できなかった!


 サキは俺の言葉に満足したのか、再びあっちの三人の方に向き直り、じーっと「おかわり」を待って停止した。


 この時、俺は相当(あせ)った顔をしていたのだろう。

 その俺の狼狽(ろうばい)ぶりを見て、狼狽(ろうばい)してしまったのはユキだった。


「あ、あの、主様(あるじさま)? ...わ、わたしが、その、サキちゃんをどうにかしましょうか...?」


 おそらくは、あと三回ほどさっきと同じように「ずどーん!」とやればこの戦いはキレイに片付くのだろうけれど、俺が困っていることに困ってしまったユキは、よく分からないけれど私が止めなくちゃと思って、そう口にしたのだろう。


 そして今度は、俺の前にスッと現れたニア。


 両手を合わせて、何かを唱えながらそれを開くと、そこから透明で美しい、小さな短剣が現れた。

 (うやうや)しく両手で捧げるように差し出されたそれを、俺はわけも分からずに受け取ってしまった。受け取ってから気がついたが、それは氷でできた短剣だった。


 そして、俺もようやく理解が追いつき、その短剣の用途が分かった。



 ユキの別名は【血纏姫(けってんき)】だ。



 サキとユキの二人の能力に関してはさっぱり分かっていなかったのだけど、好奇心もあったのか、ただなんとなくユキの求めるものを、俺は簡単に差し出してしまった。

 俺は受け取ったその鋭い短剣の切っ先で、自分の人差し指を刺す。

 チクリという感触の後、血の流れた指をユキの方へと差し出して...


「...あー。お手柔らかに」


 何に対してのお手柔らかなのか分からないが、俺は照れながらそう言ってしまった。

 俺の言葉にユキは俺以上に照れて、顔を真っ赤にさせながら、恥ずかしそうに俺の手を取り、うっとりとしゃぶり......ってなんだこれ、一体なんの行為(プレイ)なんだ!?


 俺の人差し指を(いと)おしそうに()めとったユキが、スッと俺に一礼して、サキの方へと歩いて行った。

 歩く途中に、一回だけ手の甲で口をぐいっと(ぬぐ)うその後ろ姿が、なぜか(みょう)(おとこ)らしく見えた気がした。


 サキの肩をトントンと叩いたユキが、サキの耳元で何かを伝えていた。色々と心配で聞き耳を立ててしまったが、どうやら、


主様(あるじさま)、心配していらっしゃるご様子だから、一旦交代、ね?」


 というような、一度自分が受け持つ提案をした様子に見えた。

 その言葉に、サキはコクリと素直にうなずいて、一度こっちに戻ってきた。



 向こうの次鋒(じほう)は、黒衣と錫杖(しゃくじょう)のその姿から、魔法使いのように見えた。いつか見た【勇者】御一行(ごいっこう)様の中にいた女神官を、いい感じの闇の中にでも漬け込んで熟成させたような(?)風貌(ふうぼう)に見えた......

 先程お亡くなりになった骸骨戦士(現在、治療班が復元中)といい、この次鋒の魔法使いといい、(かも)し出す雰囲気がいちいち禍々(まがまが)しくてカッコイイ。もう、あっちが魔王様御一行ってことで良いんじゃないのだろうか? あの城、あげるって言ってるのに。



 その一方で、俺の隣でうれしそうにクネクネするサキ(現在、酔っぱらい中)の幸せそうな姿を見ると、こんな状況ながらも、なんだか俺もうれしくなってきてしまった。


 そう言えば、サキの瞳は金色に変わっていて、そしてユキの瞳の色は銀色だ。

 つまりあれだ、今後はサキの瞳の色が変わる前に酒を飲むのを止める必要が有るというのが、改めて分かった訳だ。


 そうこうしている内に、河原の真ん中で対峙(たいじ)する二人の挨拶が始まった。


「伝説の血纏姫(けってんき)殿と相見(あいまみ)える日が来ようとは、まさに光栄の至り」


「黙りなさい下郎。お前達が余計な愚行を重ねるせいで、主様(あるじまさ)が困惑していらっしゃいます」


 その台詞(せりふ)で今まさに、俺は困惑しています。


 ユキさん、交代した意味、分かってますよね?

 ...まぁ、ユキさんの立場からすると、良く分からない因縁をふっかけてきた困った連中を、俺の代わりに仕方なく相手してくれている状況で間違いは無いのだろうけれど......


 俺の(かたわ)らで酔っぱらいがクネクネしながら解説をしてくれた。


「ユキちゃんはぁ、だいじな人やぁ、だいすきな人の血をのむとぉ、つよくなるんです!」


 へー、そういう仕様なんだぁー。すごいねぇ。


「だからぁ、いまのユキちゃんはぁ...せかいで一番、つよいのですっ!」


 ...おや? もしかして俺、ユキを行かせたのは、まずかったか?

 なんだか空には、()()()が呼んだのか分からない不吉な雷雲がうごめいているし...



 そして、ティが開始の合図を言い放った。



 落雷。

 どうやら雷雲を呼んだのは「四天王」の魔法使いの方だった。


 ユキの居た場所に閃光が落ち、血煙が舞い、俺の血の気が引いた......

 ――その次の瞬間、その血煙がざっと霧散し、再び人型を成したのは、魔法使いの目の前。



 気が付けば、ユキが魔法使いの首を右手で(つか)み上げ、ブラーンとさせていた。


 ピクリとも動かない魔法使いの姿に、俺は再び悲鳴を上げた。


「――...わぁーーーっ!!」


 一体何が起こったのか、起きているのか分からないけど、首ブラーンはやっちゃいけないやつなのは俺でもすぐに分かった! ブラーンはダメだっ!!


 ユキが右手を離すと、そのままドサッ、グニャッ、と魔法使いは地面に倒れ伏してしまった。再び試合終了の合図を待たず、治療班が走り出した。


 ...ユキのあれ、俺の前世知識で言うところの、まさしく「吸血鬼」っぽい何かだろう。

 俺の見間違いでなければ、霧になって飛び掛かって、右手から順に瞬時に実体化した、ように見えたのだが......



 やり()げた顔でうれしそうに戻って来るユキに対して、俺はやっぱり、こう言った。


「...良くやった、けど..ぉ......良くやった!」



 四天王が弱いんじゃない、きっとこっちが、強すぎるんだ。



 三人目、開始と同時にニアがポイっと投げた剣が四天王の身体を貫いて、三度目の悲鳴を上げた俺に対して、ニアはこう言った。


「大丈夫。急所は外してある」


 ニアはそう言うが、急所以前に、剣で貫いても大丈夫な部位など無い! 剣でグサーもやったらダメなやつだ! あと、戦い方も雑すぎる!

 そのまま三人目がグニャッと地面に倒れ伏したのを合図に、治療班が三度(みたび)、走り出していた。



 四天王の最後の一人、性別不明の(うるわ)しい戦士に俺は説得した。


「ほら、もうこれで負け越しちゃった訳だし、終わりで良いんじゃないのかな?」


「ですが......我々は...私が、その...大将なわけでして...」


「う、うーん......それなら...

 拳でズドーンと、

 首ブラーンと、

 剣でグサーの、どれが良い?」


「......」

「......」


「......剣で...っ」


「分かった! もういい、分かった!

 俺が相手をしよう!

 ...そんなに(おび)えるな! 俺はあの三人とは(ちが)......最善は尽くす!

 皆まで言うな、大丈夫だ! お前は、あれだろう!? 一矢報(いっしむく)いたとか、力及ばずとか、そういう()()が欲しいんだろ! なっ!?

 ...俺に任せろ!!」



 四試合目。

 俺は決死の覚悟で飛び込んで来た奴を横に(かわ)し、すれ違いざまに(あご)小突(こづ)いて昏倒(こんとう)させた。

 その一撃だけでは意識が奪い切れなかったが、(ひざ)をついた奴が、俺が撃ち抜かずに止めた、首に添えた手を察してくれて、


「......参りました...っ」


 と言ってくれたので、無事に決着がついた。


 ...()たかお前ら。()()()、決着がついたぞー?

 今回は誰も大怪我してないぞー?

 お前らにもできるはずなんだから、こういう戦い方も覚えようなー?



 さすが主様(あるじさま)! と、二人が人外の速さで飛びついてきて(あせ)ったが、どうにか主様の意地を見せて俺は倒れずに踏みとどまった。

 ニアが俺の背中によじ登ってきたのは、賞賛とか関係なしに、単に遊んでいただけっぽかった。


 ティには目配せだけをして、引き続き治療班の方を引き受けてもらうことにした。


 ...一瞬だけ、治療班から――治療班にいたメイド服から――ただならぬ視線を感じた気がしたが、その理由はまだ俺には分からなかったので、色々と疲れた俺はもう無視することにした。




 その日の夜、残念会という宴会が始まった。


 ...こら、誰だ! 残念なんて言うんじゃない! 両者の健闘を(たた)えてとか、もっと他に言い方が有るだろう!

 実際、四人とも良かったと思うぞ? ...一人目の太刀筋は一瞬しか見れなかったけど、普通に早かったはずだ。二人目の雷撃は肝が冷えた、たぶんあれは、ものすごい魔法なんだろう?

 三人目、四人目はもう、緊張のせいか、初動がバレバレだったんだ。地力があるのは見れば分かる...


 ......だから、四人とももう、泣くんじゃない!


「我々では...まだ、魔王様のお力になるには、力及ばず...」


 とか俺の前で言い出す連中一人一人に、そもそも俺は魔王になる予定は無いし、あの城はティ達の悪ふざけであることを説明した。

 あのティの知り合いならば君達にも分かるだろう? あいつは悪戯(いたずら)に羽のはえたような奴なんだ、だからあの城も、俺達の行き違いももう、仕方がなかったんだ...と経緯を説明した。

 君達は強い、(あきら)めたらそこで試合終了だ! と(なぐさ)めた。

 そして、四人目を激励し終わったところで、最初の一人目が再び俺の前に座って、


「くぅぅ...我々ではぁ...まだまだぁ...魔王様のお力になるには、力及ばずうぅ...」


 とか言い出したので、もう、放っておくことにした。


 ...でも、一人目の骸骨戦士さん、元に戻って本当に良かった......あの粉々な状態からよくぞ元気に(?)復活してくれた。治療班に立体パズルが得意な人がいたようで、本当に助かった。



 俺にぐでーんと寄りかかって「主様(あるじさま)ぁ」「がんばりましたぁ」という酔っぱらい二人には「うんうん、よく頑張ったねー。次は手加減も覚えようなぁ」と10回以上は繰り返したが、まぁ、二人共かわいいし、無事でなによりだったから、二桁(ふたけた)までなら甘んじて繰り返し褒め続けることにした。

 ニアは無言で俺の(ひざ)の上で眠っていたので、頭を()でつつこちらにも「手加減も覚えようなぁ」と話しかけておいた。



 宴会のあいだ、剣呑(けんのん)な雰囲気で俺の方をジッと見つめてくる「あのメイド服」は一体なんなの? ...という視線をティに送ると、ティはスッと目を逸らした......


 ...まだ嫌な予感がする。

 俺は明日は、何か起きる前に早々に、朝一で迷宮探索へと逃げることを決意した。



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