しんちくいわい
夜、俺とニアが【白昼夢】の霧の河原へと帰還すると、河原の横に木々というか...緑地ができていた。
そして、その真ん中には作りかけの家があった。
...良かった、今度こそ、ようやく『家』だ。
神殿でも城でもなく、家が建築中だ。
少し豪邸気味な気がするけど、もう贅沢は言わない......うん? なんだか言っていておかしいな? とにかく家ならいいんだ、屋根と床以外も完備していて、巨大ではなく、動いたり飛んだりしなければもう、何だって構わない!
「ティ! やればできるじゃないか!」
「うん? ...なにやら褒められていないような気がするのじゃが......それはさておき、主様、申し訳ないが少し相談があるのじゃ」
その日の夜、仲間達と建築関係者との夕食会で、ティが俺にその相談について話してきた。
詳しくは明日になれば分かるそうなのだが、とにかく明日一日、予定を空けて欲しいとのことだった。
別に一日くらい問題ないので、もちろん承諾したのだけれど......何やらサキとユキが不機嫌そうなのは、その明日の予定に関連しているようだ。何か嫌な予感がする。
そして、翌日。
「そういうわけで、主様に、彼らと戦って欲しいのじゃ...」
どういうわけ?
朝食後、河原の離れた位置で俺達を待っていたのは四人の戦士達。
外見だけで推測すると戦士二人に、魔法使い二人といった構成だろうか。
「...どういうこと、ティ?」
「彼らは、その...」
ティは言いかけて、俺が見なかったことにしていた『城』の方へと目を向けた。
なるほど。よく分からないけれど、あの悪ふざけのせいなのか?
四人の戦士のうちの一人、性別不明のカッコイイ麗人(?)が俺にこう言った。
「かの魔王城に居を構えるに相応しいお方であることを、我らに証明して頂きたい」
よりにもよって、お前らが嬉々として作っていた城の正体って、やっぱり魔王城だったのか!? おい、建築関係者達! ......の姿がない。さては逃げやがったな!? むしろ、ティだけは責任をとってこの場から逃げなかったということか......
どうにも話の噛み合っていない来訪者に対して、俺もとりあえず、こちらの意思を伝えてみることにした。
「なるほど、事情はなんとなーく分かりましたが、すみません」
「いや、我らは謝罪して頂きたいのではなく...」
「いやいや、あの城には『住みません』、つまり、俺達は居は構えないと言っているのです」
「...はい?」
「ちゃんと説明はしたのじゃがのー」
「そのわりには何も伝わっていないように見るぞ、ティ! ...ゴホン。とにかく、あの城、欲しいなら差し上げますよ?」
「「差し上げます!?」」
四人の戦士達が悲鳴のような声を上げたのだが、俺も悲鳴を上げたい側だったりする気持ちを堪えつつ、説明した。
「...俺も正直、あの城を持て余していた所だったので、引き取り手が現れたのは僥倖です。
どういった形で譲渡するか、分譲なのか賃貸なのかといった契約内容や、ペットや楽器の持ち込み可否等の居住にあたっての規則につきましては、ティと建築チームの皆さんに相談してみて下さい。
では、よしなに」
「「ちょ、ちょっと...【徘徊する逢魔】様っ!?」」
「あぁ。あの城は移動できるそうなので、契約締結後にはそのまま乗車(?)してお持ち帰り頂いて問題ありませんので」
「ちょ、ちょっと主様?」
「なんだよ、お前もかよ!? ティ!」
どうやらティも困っているらしいので、困った俺は、困った4人を一旦そのままにして、ティに改めて事情を聞くことにした。
「端的に言えばの、彼ら4人と戦って、叩きのめして欲しいのじゃ」
「...俺も端的に、断っていい?」
叩きのめせって何それ? 彼らMなの? うちではそういったサービスは提供しておりませんからね?
俺の全面拒否の返答に、ティは「んん〜...」と悩ましげに唸るので、仕方がないのでもう少しだけ事情を聞くことにした。
「...ティ、今更だけど彼ら4人は何者なの?」
「魔王の四天王じゃ」
「...魔王ってのは、つまり、【徘徊する逢魔】のこと?」
「狭義ではそうなのじゃが、彼ら4人の言う魔王はもっと、定義がその、曖昧なのじゃ。人族に抗う者達の王たる資格を持つ者というか、その...」
「...つまり、ふんわりした意味で、強者ってこと?」
「...うむ。それがより的確な表現じゃな」
「ええっと...強者に仕えていた4人が、新しく出てきた強者(?)に因縁をつけに来た?」
「うーむ...主を失った者達が、新たな希望を求めてここに来た、じゃな」
なにそれ!? 面倒臭え!? あぁ、いや、彼らを馬鹿にしている訳ではないのだけれど......他所でやれっ!
「...それなら、もう、あの4人の誰かがその『主』とか魔王とかになっちゃえば良いじゃない? 4人のうちの誰がやるのか、くじ引きで決めちゃいなよ。ダメなの? ほら、彼ら4人とも強そうだし、誰でも良いんじゃないの?」
「...頼む、主様......戦ってやってくれ...」
「うーん...百歩譲って戦って、俺が負けた場合はどうなるの? 別に俺、負けても彼らに従うつもりは無いよ?」
「万が一、主様が負けた場合は......彼らは...しゅーんとするじゃろうな...」
「なんなの!? それ!?」
つまり彼ら四人は自分達が認められるだけの「いい感じの強者」を探し求めている訳だ。
それで、ティが最初に言った「端的に言えば、叩きのめして欲しい」という話になるらしい...
こっちが勝ってしまう分には、彼らを従えるなり追い返すなり自由に選べば良いのだから、ひとまず叩きのめしてしまえ、と。
「...つまり、あれか? 彼らのガス抜き......彼らの気分転換に付き合ってやれということか?」
「彼らには魂を賭けた誓いや誇りもあるのだろうが......主様からすれば気分転換という解釈で、問題ない」
「...俺はともかく、ティには彼らの事情も分からないこともないから、見捨てるのも忍びないってところなのか?」
「...察してもらえると有り難い、主様」
きっとティには俺の知らない、妖精女王としての柵とか、救ってやりたいものとかが、色々とあるのだろう...
...あの建築チームだって、ティが号令をかけた即日に集まって数日で城まで作ってしまえたのは、きっと過去にも同じことを繰り返してきた経験があるからなのだろう。そして、その繰り返しの関係者としてあの四天王達もいる、とか。
俺達が思い悩んでいるうちに、サキ、ユキ、ニアの三人も集まってきた。
最初はサキとユキは遠慮して俺達の話が終わるのを待ってくれていたのだが、空気を読まずにニアが俺の足元に寄りかかって退屈そうに眠りだしたので、そのタイミングでサキとユキもこちらに集まって来たようだ。
そして...
「「...納得がいきません」」
サキとユキの二人が声を揃えた。
「ティさんの優しいお心遣いには感服しましたが...」
「それでも、我が主様の力を計ろうなどとは、痴がましいにも程がありますっ!」
えっ!? べつに痴がましいとは思ってないよ!?
むしろ、ここで俺がいい感じに彼らに負けてしまった方が、話が丸く収まったり押し付けたりできるのではないかとか、思ったり思わなかったりしているし。
「主様、我らにご命令を」
「我らが主様に代わり、奴らに」
「「思い知らせて参ります...!!」」
おぉぅ。
そんな『彼方立てれば此方が立たぬ』状況に、俺がティに困惑の視線を送ってみれば、彼女は申し訳無さそうに俺からそっと目を逸らしやがった、コノヤロウ。
そして足元ではニアが退屈そうに俺の足をカリカリ引っかいてきてくすぐったいし、スライムさんは近寄ってくる気配すら無い。
もー、誰か、俺の代わりにこの状況を丸く収めてやってくれよぉ......
「...あー、うー、その、なんだ。ティ、ひとまず叩きのめす係は『俺』ではなく、『俺達』ということでも問題ないのか?」
「それはもちろん、わらわも主様の側として彼らを...」
「いや、ティは中立の立場で頼むよ。彼らにとってはここは敵地なわけだし、何かあれば双方が冷静でいられるように、中立の立場として助言して欲しい。
それから、戦うのならば、ティの方で治療班を手配できる?」
「う、うむ。死んだ直後なら魔法で蘇生もできるじゃろう」
「そせぃっ...!? ...4人だぞ? どちらを蘇生とは言わないけれど、一度に全員分対応できそう? それとも一日一戦ずつ4日に分けて試合(?)した方が良いのかな?」
「一度に4人は、ちょっと厳しいのう......建築関係者達を呼び戻しても構わぬか?」
「もう俺も怒ってないから、大至急呼んでこい」
こうして、四天王(?)対、俺達の、欲しくもない魔王城(?)を賭けた戦いが始まるのであった。




