めめら、めら
俺がすっかり【けんせい】に入れ込んでしまってから5日間が経っていた。
長い間すっかりご迷惑をお掛けしてしまったようなので俺もしばらく自宅謹慎(ただし自宅は建設中)でもしていようかと思っていた所、朝になるとサキとユキは「いつもどおり」俺を迷宮探索へと元気に送り出してくれた。
彼女達が言うには「もう主様に戻って下さったので大丈夫」なのだそうだ。
その言葉も少しこそばゆかったけど、戻る前の俺は文字通り、いったい「何様」だったのだろうか......サキ、ユキの言葉を受けて恥ずかしいやら怖いやらで、少し逃げるような気分で俺は探索へと出発した。
【白昼夢】の霧の世界から、迷宮へと、歩いて行く。
隣にはニアが歩く。
サキ、ユキ、ティは霧の世界で「城ではない」新しい我が家についての検討を続けてもらっている。
そして霧を抜けて、迷宮へと戻ったわけなのだが......
「...ねぇねぇ、ニアさん?」
「なぁに、主?」
相変わらずの暑い場所だが、なんだか見慣れない景色について、ニアに確認した。
「ここって、第何階層なのかな?」
「18」
...おかしいな?
俺の最後の記憶ではまだ11階層に居たはずだけど。
5日間で、7階層を突破したの? 一日一階でも計算合わないよ? じつは俺、5週間くらい記憶を飛ばしていたのかな?
「...11階層から18階層まで来たんだよね? なんだろう、途中で落とし穴にでも落ちて来たのかな、ストーンって、7回くらい」
「7階層走った。主が先頭きって踏破した。シューって」
うん? 踏破?
...シューって、人が移動するときに出る音じゃないよね? 汽車ポッポかな? それとも暴走特急かな? ちょっと想像がつかないや。
「...とにかく、俺が勝手に走っちゃったんだよね? ニアは大丈夫だった? 俺、ニアに無理させたりしなかった?」
「大丈夫。私は主の怪我を少し魔法で治しただけ。主、すごかった」
...なにが、どうすごかったんだろう?
ただ、なんとなく、予想がつくのは...
...周りの景色は、まぁ良い。
俺の記憶に残っている11階層の光景よりも、少し岩が増えてゴツゴツしている程度だろう。なにやら向こうの方に、溶岩だか温泉だかの赤い光やら立ち上る煙も見えているのだが、まぁ、いい。所々にある難所は、避けて歩けば問題ない程度の数だろう。
だが、問題は、空だ。
まばらに飛んでいるうちの一匹が、スィーっと降りてきた。
俺はなぜか、無意識に右手を差し出していた。もしかしたら「例の5日間」で色々とあったのかもしれない。
その空から降りてきて来た、手の平くらいの大きさの羽の生えた赤いトカゲが、俺の右手にピトッと着地した。
そして、俺の右手をアムアムと甘噛みしたあと、再び空へと戻っていった......なにこれ?
「...なにあれ?」
「メメラメラ」
ニアの言う通り、【鑑定】スキルで確認した種族名は「メメラメラ」だった。
さきほど俺の手にとまったのは、ややずんぐりむっくりした体型の羽つきトカゲで、もっとシュッとした形の大きいやつもいる。
いずれにせよ、羽の生えた赤トカゲ達が、所々、空を舞っているのだ。
地面にもいる。
歩きながら、目を凝らして周囲を探っていくと、蠍やカナブンみたいな硬そうな生き物達もちらほら見かけるのだけど、なんと言っても主役は赤いトカゲ達だ。
大から小まで、そして羽ありまで、空に地に、色々いる。
つまり、こうだ。
メラ:幼体。つまめるくらい小さなトカゲ。
メメラ:手の平くらいの大きなトカゲ。
メメラメラ:羽が生えた。
メメラメラメラ:羽が二組、4枚になっちゃった。素早い。
メメラメラメラメメラ:もっと大っきくなった。
メメラメラメラメメラメラ:でけぇ。逃げろ!
...どうやら俺の当初の予想、「メメメメラ」は外れたらしい。
大きくなるだけでなく、羽が生えて、空を飛んでいた。
最後のやつは、俺の前世の感覚だと、大型の自動二輪車くらいの大きさ? それがこう、空を飛んでいるような感じなんじゃないのかな?
それくらいの乗れそうな大きさというか、尻尾を含めるともう少し長いかな? 近づいてきたら、逃げた方が良さそうなやつだった。
...モモフの時は狩っていた大きさなんだけどね。
なんだろう、爬虫類系の見た目かな? それとも空を飛んでいるせいなのかな?
絶対に勝てなさそうな感じがする。あと、なんだか嫌な予感がする。
「...つまり、最終形はあの、メメラメラメラメメラメラ、だったのか」
「違う。サラマンデル」
「え?」
「来た。あっち」
俺はニアが指を差した方角を見た。
...あぁ〜、あれ、ね。
あの、ニョロリとした、こっちに近づいてくるやつだ。
例えるなら、あれに跨って「でんでん太鼓」を持つと、漫画の日本の昔話が始まりそうな感じの。
あるいは、ボールを7つ集めると出てきて願いを叶えてくれる係の、やや小さめのやつ......
...あぁ、そうだよ! 竜だよ!
ニョロリとした、赤竜だよ! 近づいてきているのは!
「主、追っ払って」
「え!? 俺ですか! ニアさん!?」
「うん。いつもみたいに、キッって睨むの」
え!? キッって睨むって? ガン飛ばすとか、メンチ切るとか、そういうやつ? 不良の挨拶かな?
俺、あんまりそういうの苦手なんだけど......って言ってる内に来た!?
仕方がないので、
殺意を込めて奴の目をジッと見た。
...おー、ニョロッと引き返していったねー...良かったぁ...
なんだかすまないねぇ。でも、君の空は果てしなく広いのだから、地を這う俺達のことなんかはそっとしておいておくれよ...
「...まぁ、睨んで引き返してくれるなら、十分に平和的な生き物だよな。あんなのと戦っていたら、命がいくつあっても足りないよ」
「主、戦ってた」
「えっ!?」
あのニョロリと? 嘘でしょう?
「ほんと。メラ以外、全階級制覇」
「...主さんは、やんちゃな方だったんだねぇ」
「むこうから襲いかかってきた」
「それなら、悪いのはトカゲさん達の方だねぇ」
「主の殺気にあてられて、次々に近づいてきた」
「...やっぱり、俺が悪かったんだね?」
「火を吹いてきて、主が防いだ」
「え!? 火っ! ...俺が、防いだ、の?」
「うん。こうやって、フオォーって」
ニアは俺の動きの再現なのか、左右の手を違うタイミングで旋回させながら「フオォー」と言った。なんか、踊りみたいで、かわいい。
...待て! その動きで「火を防いだ」だと!?
えっと、火の熱を...掻き分けたのか? 風圧で払い飛ばした? いや、収納魔法の応用か?
......ダメだ、さっぱり分からん!?
「...それ、本当に俺だったの? 似てるけど違う主さんじゃなかった?」
「間違いなく主。それに、飛んできたやつを次々に撃ち落とした。こんな風に」
するとニアは、次は右手を前につきだして、魔法を発動させた。
バチッという音とともに空中の一点に高温が弾けたようだ。
...そっちは確かに「俺の手口」かもしれない。やんちゃだった頃の俺が、【勇者】の仲間達をちょいと炙った時に使ったやつに良く似ている。
「これで羽の付け根を狙って、撃ち落とした」
「あぁ〜、それは確かに、俺がやりそう......だけど、あの子達けっこう速いよ? よく当たったね? それに、なんとなく火が効きづらそうな相手に、熱の攻撃で押し切ったんだ、俺」
「いくつか試してた。一番効率がいいのが、これだった」
「あぁ...うん、もし俺の手持ちを一通り試したなら......結局は燃焼に落ち着いたのか」
「うん。とっても勉強になった。主すごい」
...そうか、俺、凄かったんだ。記憶にないけど。
もしかして、いや、もしかしなくても俺この5日間、相当な強行軍に及んだんじゃない?
襲い来る火トカゲ達をぶっ倒しながら、一気に7階層降り切るという...
「...いや、それでも、さっきのニョロリは、無理でしょう」
さっきの最終形態らしき『サラマンデル』は、ちょっと格が違う気がする。
大きさもでかいし、あれが火を......炎を吹いてきたらもう、手が付けられない。
空から炎を吹くだけで、もう、あっちの勝ちじゃないの?
「主、ニョロリの目を狙ってた。
火を吹こうとする瞬間に必ず、正確に、何度もしつこく。
主の嫌がらせ、すごい上手」
「...うん、褒めてくれているんだよね? ありがとう?」
たぶん、火炎を吹こうとして息を吸う瞬間とか、パターンを見きったんだな。それで、目に何かの魔法をぶつけ続けた、と。
空の相手によく届いたな? ちょっと射程距離については検証しなおしておこう...
「それで、諦めて降りて来て、爪か牙で攻撃しようとした所に、主が首に一撃」
ニアが可愛らしい右手をシュッと振り下ろした。内容はちっとも可愛くないけど。
...そっかぁ、一撃、かぁ。
弱点とか分からなかったから、たぶん、力づくで強引にいったんだろうな、俺。
効かなかったらどうするつもりだったんだ? ...いや、他に手が無かったのかもな。
「...なるほど。主さんの蛮行について、よく分かったよ」
「ううん。それについては、みんな喜んでた」
「え? なんで? みんなって、サキ、ユキ達のことだよね?」
「メメラ肉、おいしかった。毎晩焼き肉祭り」
あ〜、そういえば、確かにメメラ肉とかは、見た目に反しておいしかったなぁ。
その肉祭りの記憶が無いのは悔しいな......今度、ちょっと狩ってみようかな?
「主の代わりにサキ達が売りに行って、おばあちゃんも喜んでたって言ってた」
「あぁ、道具屋にも持って行ったのか......あれっ!? 俺とニアがこっちにいたら、【白昼夢】に戻る手段が無いでしょ!?」
「霧の世界から、ティの領域に繋いで、そっちから道具屋に行けたって」
「...色々と『乗り継ぎ』すれば行けるんだね...まぁ、無事に往復できたなら良かったよ」
そんな話をしながら歩いている内に、もう18階層から降りる転移門らしき場所が見えてきた。
なんだか分からない内に、11から18階層まで、一気に踏破してしまったようだ。
...まぁ、無事に来れたのならもう、なんでも良いか。
そして、次が19階層な訳だ。
草原世界の9階層だと、大親分こと山モモフがいらっしゃった。
思えば遠くへ来たものだ。
俺達の【白昼夢】のような避難所持ちなら分かるけど、あの暑い上に、空から火を吹いてくる生き物がいっぱいいる階層を踏破してくる人なんて他にいるものなのだろうか?
俺達は追われているなりゆきでここまで来てしまったけれど、追っ手にせよ探索にせよここまで生きて辿り着いて、そして地上へ生還する冒険というのは、とんでもない難易度なような気がしてきた。
神の試練の迷宮、ねぇ...
俺は10階層の酒場で飲んだくれていたい。
「...それにしても、さっきのニョロリ」
「?」
「俺に倒せじゃなくて、追い払えって言ったじゃない。ニアは優しいね」
肉、おいしいのに。
たぶん、魔法が使えるニアなら俺よりも優位に戦えそうなのに、あえて戦いを回避したわけだ。
「それ、主が言った」
「え? ......今度は俺、いったい、何を言い出しちゃったの?」
「メメラやニョロリの山の上で、主が悲しそうな顔をして、言ったの。
『うぬらが我に敵わぬことは、もはや火を見るよりも明らか! 無益な殺生は好まぬ、立ち去れぃ!!』
...って」
...たぶん、ニアが俺の真似をしてくれたのだろうけど......誰?
俺、その人、知らないよ?
俺、この5日間、いったい何処を目指していたの? ねぇ、教えてよ、俺?
「主、カッコ良かった」
「...うん、ありがとう、ニア」
良く分からないポーズで俺の真似をしていたニアが、フンスと鼻息荒く褒めてくれたので、俺もとりあえずお礼を言っておいた。
......良かったなぁ、俺...カッコ良かったそうだよ? 記憶にないし、敢えて思い出さないことにするけどさ!




