おしろ
闘気を飛ばすか、闘気で飛ぶか、それが問題だ。
悩む俺の所にティがやって来た。
...すまない、いまは一大事なんだ、できれば話はあとにしてくれ。
「後でも何も、主様はここ最近、ずーっとそうではないか」
...闘気で斬るか、闘気で鋼となるか......
「...主様の悩み、わらわならば応えられるやもしれぬぞ? わらわは皆よりも、少しだけ、長生きじゃからのう?」
...!?
俺達の中で最も博識で、そして先輩の「神の使徒」であるティならば、そのヒントを知っているかもしれない...
...もう、なりふり構っていられない。俺は、このままでは【けんせい】になれない......俺は...
「...恥を忍んで、教えを乞いたい」
「申してみよ」
...俺は【けんせい】を舐めていたんだ。甘く見ていたんだ。
俺にはこのスキルが最初からあったのに、ちっとも【けんせい】なんかじゃ、なかったんだ!
「俺は......この世界に来てから、いくつかの【スキル】を習得し、そしてそのレベルを上げてきたんだ...」
【まほう】も、【かんてい】も、いずれ俺達を追ってくるであろう人族達を退けるために必死にレベルを上げてきた、つもりだった。
【ほんかど】なんてスキルまで手に入れて、俺は十分にやれていたつもりだったんだ。
「だけど、一番必要だったスキルに今さらながら気がついた。いや、知っていたのに、見ないふりをしていたんだ。そこにあるのに、変わらないその恐怖に、目をつぶり続けていたんだ...」
【けんせい】。
手持ちの中で、もっともそれらしいスキルこそが実は、メガミさんが俺に与えた「神の使徒のスキル」だったんだ。
むしろ、俺がもっとも頼りにして、当たり前だと思っていたそれこそが、もっとも俺がやれていないスキルだったんだ。
ずっとこれだけは、変わらなかったんだ...っ!
「......【けんせい】だけは、ずっと......レベル1のままなんだ......っ!!」
このままでは......皆を守れない......生涯に、悔いを、残す...っ!
「わらわはこの数百年、ずっと【妖精王 Lv1】のままじゃぞ?」
......
.........はぁ?
「...おぉぅ...わらわを見るその目、
今までで一番の
『虫けらを見るような目』じゃな...
ゾクゾクするのぅ......コホン。
落ち着け、主様」
なんだよ、サボり魔?
...いや、ティは別に悪くない。人に当たるんじゃない、落ち着け、俺。
「どうやら勘違いしておるようじゃが、【けんせい】はずっとレベル1のままじゃぞ?」
......
...んん?? なんだって!!?
それは、どういうことだ!?
俺は、永遠に見習いのままだと言うわけなのか...っ!?!
「違う違う。落ち着くのじゃ!
神の使徒は世界に一人ずつ。だからレベルは意味をなさない」
...え?
「...えっと? それって、相対評価ができないから、ずっと1で固定ということなのか?」
「んー......まぁ、そういうことじゃ。
他の者達との比較というか、水準も段階も無いのじゃ。基準が無い、何ができればレベルが幾つというものではない。レベルが幾つで何を覚えるでもない。
その者が最強であり、最弱であるというわけじゃ......と、わらわも聞いた話の受け売りだがの」
つまり、世界に一つしか無いスキルは、レベルが1どまりである可能性が高い。
...裏を返せば、見たことのないレベル1のスキルには要注意、ということか......覚えておこう。
とにかく、神の使徒のスキルレベルは「1なのが当たり前」なのか...
「俺は......【けんせい Lv1】のままでも、いいのか...?」
「...わらわ達は、そんなものよりも【主様 Lv1】の方に、そろそろ戻って欲しいと思うておるぞ?」
...上手いこと、いや、恥ずかしいことを言いやがって。でも、
「...迷惑をかけたようで、すまない......ありがとう、ティ」
「よいよい。面白い主様はわらわは大歓迎じゃ!」
...本当に、恥ずかしいところを見せてしまった。
俺は、ありもしない問題を前に、ずっと一人で頭を抱えていたっていうことか...
でも、そんな俺を、元に戻してくれる仲間もいることが分かった。
いつの間にか随分と、幸せになってしまったな...
......それはさておき、だ...
「...俺は、いつからこうだったんだ?」
「5日ほど前からじゃの?」
そうか、五日間も我を見失っていたわけか。
「...そうか。
......それで、アレはなんだ?」
ティがドキッとした。
...うん、さっきの件は感謝するが、こっちの件はまた別の問題だ。
「あ、アレは......ふむ、この霧の世界もなかなか見晴らしの良い景色じゃの〜」
「そうだな。それで、その景色の中に『城』が見えるな。すごい立派な奴が」
...とうとう作りやがった。城。
この【白昼夢】の白い霧の彼方に、おとぎ話の挿し絵とか、RPGのオープニングとかにでも登場してきそうな、それは見事な白亜の城ができていた......
あれを5日で作っちゃったの? すごいね? じつはハリボテじゃないよね?
それに俺の【白昼夢】の有効範囲って、あんなに遠くまであったんだ? じつは遠景と見せかけてすぐ近くに小っちゃい城が置いてあるとか、そういうトリックアートか錯視か幻術みたいなオチなんかじゃないよね?
俺は思わず目を疑ってしまったけれど、ティはそれが現実のものであると告げてきた。
「そうじゃろう! 立派じゃろう! 早速中に入ってみるか!?」
「褒めて無ぇっ! 行かねぇよ!? ...絶対に行かないからな。なし崩し的に俺がそのまま城主にされそうだし」
「なんじゃ、つれないのぅ...」
「...いま、城主にするのは否定しなかったな?
済まないが住まないけど、作っちゃったアレは、お前達の方で有効活用できるのか? 大丈夫なの、あれ?」
まさかあの城、そのまま元通り「壊して更地に戻す」とか言わないでくれよ?
「ただ穴を掘らせて、埋めさせる」を繰り返すという罰ゲームがあるそうだけど、それの城バージョンなんて、シャレにならないからな?
「そ、そんなに睨むでない! それは心配ないからっ! ちゃんとあの城は邪魔にならない所に片付けておく!」
「...片付ける?」
「あの城は動くからの」
......
...どんな魔王城だよっ!?
城はやめろとあれほど言ったのに、よりにもよって「動くタイプ」のやつを作るんじゃない!
だいたい「城が動く」時なんて、なんかしら滅ぼす時というのがお約束なんだぞ!?
動くってのは、歩くやつなのか? 飛ぶやつなのか?
はるか天空の城から「見ろ! 人がゴミのようだ!」とか言う予定は俺にはないからな! 今のところは!
「空を...」
「言うな! 今のところ使う予定も住む予定も、倒壊させる予定も無い!」
「つれないのぅ」
動力は何かとか、中にゴーレム兵がいるのかとか、聞きたいことは山ほどあったが、俺はどうにか全てを飲み込んでその城を「見なかった」ことにした。
その日の夜、城の工事関係者達(?)を招いて、城を背景に見ながらの「残念会」という宴が始まった。
料理や飲み物はその関係者、ティの眷族達が用意してくれて、俺達がそれに便乗してしまうような形になってしまった。あなた達の慰労会のはずなのに、なんだかちょっと、申し訳ない......
俺が受け取るわけにはいかないが、見れば見るほどに立派な城だった。
霧の向こうに聳え立つその城は、絶対に「ラスボス」の住処だった......なおさら受け取れない。あれは絶対に貰ったらダメなやつだ。俺の担当する役割が不動のものに確定してしまう。
あんまりじっと見ていると、そのまま夢の中にまで出てきそうだ。おそらくその夢は、ものすごく楽しい夢か、こっぴどい悪夢かの二択、両極端のどちらかしか見れないだろう。そう思わせるほどに中途半端さの無い美しい「完璧な城」だった......ちょっとだけ、中も見てみたいなぁ...いや、ダメだ! うっかり住みたくなってしまったら、きっと俺の人生はそこで詰む! あれはそういう罠なんだ!
妖精女王とその眷族達だから作れたのか、あるいは作れるくらいにスゴイのか分からないが、とにかくスゴイことだけは、素人の俺でも見れば見るほどに感じてしまうものだった。
関係者の皆さんが、酒宴の席で俺に挨拶に来てくれた。
皆で口々に、「くぅ、次こそは、ご納得の頂ける城を...」と言っていたが、城に問題がある訳じゃない、城だから問題なんだ! 次なんて無いからな!
むしろ出来栄えは、俺になど勿体無いくらいのヤバイやつなんだ、同じ技術で...とは言わないが、頼むからふつうの家を作ってくれ! あれが5日でできるのならば、普通の家なら鼻歌交じりに5分で作れるはずだろう!
...と、そんなお断りなのか依頼なのか励ましなのか良く分からない内容で、俺は来てくれた一人一人に語りかけ続けていったのだが、どうやら一巡したようで、俺の目の前に再びやって来た「最初の人」が、「くぅぅ、次こそはぁ、ご納得の頂ける城をぉ...」と言い出したので......俺は説得を諦めた。
なんだろう、酒のせいなのかな?
それとも、馬鹿なのかな? 君達も、俺もティも、全員ひとり残らず。
そして、そんな宴会の間、俺は終始、みんなに包囲された状態だった。
足元にはニア、左腕にサキ、右腕にユキ、左肩にスライム、右肩にティという完璧な布陣だ。
...なんでだろ? 俺、何か悪いことでも、やりましたか? それともこの包囲陣形は素直に、熱烈な歓迎や接待と受け取っても大丈夫なやつなのかな?
一応、俺が何か食べるときは手を離してくれるのだけど、むしろサキとユキが、俺の腕みたいに絶妙なタイミングで俺の口に食べ物やら飲み物やらを運んでくれるのだ。
常に先回りして、交互に何かを差し出されてくるものだから、断れないというか、ほとんど身動きが取れなかった。
つまり、王様が近くの美人の近侍達に「あーん」とかされてグヘグヘ言っているやつなのか、あるいは縄でグルグル巻きにされて動けない捕虜が「...飲め」とか言われて最低限の水分を与えられているやつなのか。しがない小市民の俺にはどちらかというと後者に近い気分だぞ? どちらにしても、人としてダメになってしまいそうだぞ?
そんな喜ばしいのか恐ろしいのかどっちつかずなことを考えていると、ユキがボソッとつぶやいた。
「もっと、私達を構って下さい」
...うへへ、お嬢さん、俺にいったいどこを構って欲しいんだい?
ここかな? それともあそこかな? グヘグヘ......
......
...心配させたのなら、すまない。
二人共、そんなに腕に力を込めなくても、大丈夫だよ?
俺は二人を置いていったりは、しないから。
城が一個できあがるまで君達を放置していたなんて、俺も最低だった。
それこそ、あの城に住む資格なんて無いじゃないか。
...今回の件は反省して、ちゃんと「けんせい」や「城主」よりも、もっと「主様」を、がんばるよ。




