すきる
...ハァ。
テレビも無ぇ。
ラジオも無ぇ。
車もそれほど......ぜんぜん走って無い。
見渡す限りの草原の真ん中で、俺は一人、思わずリズムにのせてつぶやいていた。
...もしもここに車とか、電動自転車とか三輪車とかが走っていて、うっかり轢かれでもした場合は、もう一度異世界に転生したりするのだろうか? 転生してドーン、転生してバーン、みたいに繰り返すのか?
テレビもラジオも......インターネットも何も無く、情報が何も入らないというのは、不思議というか、新鮮な感覚だ......前世ではWebから情報を得なかった日なんてあっただろうか?
とはいえ、ほんのひと昔まえはスマホどころか携帯電話も......あれ? 俺、享年何歳だったんだ? まさか江戸とか平安の生まれでは無いでゴザルよな?
草原をただ、静かに吹き抜けていく風。
なんていうか、こう、身体から毒が抜けていくような気がする......まだ転生したばっかりなのに...
このままボーっとしていると、だだっ広い草原という景色の中の、展示物の1つとして溶け込んでいくようだ......
...いかん、ダメだ、そろそろ行動を開始しなければ!
まだ徘徊二日目...ではなくて、「冒険二日目」だ。
徘徊ではなく冒険。そうだ、冒険だ! 言い方が大事。まずは気分から盛り上げてみよう!
さぁ、冒険のはじまりだ!
俺達の冒険はこれからだ!
...おや? これだとなんだか最終回っぽいぞ? 二日目なのに。次の作品にご期待下さい?
......気を取り直して。
俺は昨夜確認したことを思い出しながら、棒を片手に歩き出した――
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昨夜、【辞書】の強度測定に満足した俺は、もう少し前向きな検証もしておこうと、焚き火を前に【まほう】を色々試してみた。その結果、【ステータス】にある【MP】の最大値が5から10に増えていた。倍だよ、倍! すごいぞ俺! がんばった!
そして、【まほう】の謎が少し解けた。
MPすべてを消費して小さな種火を出した後、「収納済み」の石や薪のことを思い出した。MP切れで維持できなくなって消滅でもしたのならどうしよう。時間経過でMPが戻った後、それらが無事なのを確認して安心したのだけど......
...取り出した石のいくつかが、ひんやりしていた。凍っていたのかもしれない。
もしかして、このいくつかの石から熱を奪って種火として出したのか?
それならばと思い、俺は焚き火から一本、燃える木を取り出して収納してから、炎だけ取り出すことを試みて......そして、成功した。
そして検証した結果は、こうだ。
- 焚き火が収納できた。火のみ、燃える木、両方の収納ができた。
- 火が出せた。燃える木から火だけを取り出すこともできた。
- 単純な出し入れは問題なく出来る。収納したものをそのまま取り出すのが最も効率が良い。
- 分離にはMPを余分に消費する。焚き火を、熱と木に分けるにはMPを奪われる。石から熱を奪うとかは、全MPを消費して頭痛までする。
- 収納、取り出しの難易度でMPの消費が増える。
...ひとまず、こんなところだ。
収納の難易度というのは、掃除機みたいなイメージだ。弱で吸い込めるものなら簡単、強で吸い込む必要があるものは高難度。遠いものや動くものを吸い込むのは、MPを大量に消費するか、あるいは失敗する。
火も水も、土も吸い込める。河原の水は動いているから、手で掬ってから収納したほうがMP消耗が減るとかのコツがある。
水を取り出せば、重力に任せて地面にバチャリと落ちるから、やはり手の上に出したりする必要がある。手から離れた位置に水を出すなら、距離が離れるほどにMPを多く消費する。
収納できる量は正確に測っていないが、「そこそこ」いける。
限界を「超える」と無理やりつめ込むような手応えが生じてきて、収納中にもMPをみるみる消費して、ゼロになったらぶちまけることになった......というのが、川の水を収納しまくってみた結果、判明した。
MP切れで動けない状態で大量の水を浴びて、ほんのりと溺死しそうになった。
とにかく、こうして俺はいくらかの「炎」を収納しておくことで、種火をストックすることができた。もちろん、飲み水も収納しておいた。
ちなみに炎を出す時も「クソぅ、あのメガミめ...」と強く集中して念じれば、熱を集中させたり分散させたりが、ある程度まで制御できる。メガミと言わなくても発動するけど、気にするな。ただの八つ当たりだ。誰かのせいにしたいだけだ。
魔法も含め、各【スキル】にもレベルがあるようだ。
その前に、【辞書】について。
これは書かれた内容が適宜変更される本らしい。
最初の数ページに【スキル】の説明が増えていた。
そう言えば、魔法スキルと鑑定スキルが増えた時も、【辞書】の【スキル】欄のページに反映されていた。
【辞書】の巻末を開いたら「第1.05版 発行者 ダメガミ(でも、ダメじゃないですぅ)」と版数も変わっていた。
内容が更新される度に版数が増えるのはいいが、このペースだと一年後には「第1.1000版」くらいになるんじゃないか? 「.1000」は小数点の「0.1」ではなくて、「千」だ。
あと、「ダメじゃないですぅ」というさり気ない主張は却下だ。それは『 【スキル】色々ある。』の説明文を直してから物申せ! 先に言っておくが「色々」を「様々」に変えたってダメだからな!
【辞書】に書かれた俺の持っている【スキル】の確認に戻って...
スキル毎のレベルと解説が増えていたので読むことにした。
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【スキル】
はいかい Lv10
けんせい Lv1
まほう Lv1
かんてい Lv1
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おそらく最大がレベル10だと思う。
100とか1000とかが最大だと、悲しくてがんばれない。
【辞書】に増えた説明を読んでも【まほう】スキルについては「魔法で色々しまえる」しか書いてなかった......そうね、確かに色々収納できるね?
間違ってはいないけど、せめて「色々出し入れできる」くらいまでは書いておけ! 説明が半分以下だぞ!
「徘徊」については、かなり便利というか、異常なスキルだ。
【はいかい:特定の事象に遭遇する確率が増減する。幸運と不運の両方に作用する。通常時は遭遇率が増加、拒絶の意思により遭遇率が減少する。 ※我が使徒に右記の能力を授ける:白昼夢、逢魔刻】
このスキルの説明だけ、まるで別の人が書いたような雰囲気というか、本気度が違う気がした......同じメガミさんが書いたやつだよね、これ?
遭遇率を下げる...つまり、この広い草原で、隠密行動っぽいことができるのには安心した。
...ただし最後の文言は一旦無視することにした......使徒に逢魔? どういうこと? 一切の説明が無いから怖さが増してくるだけだ......一旦、忘れよう。
「かんてい」は、対象をジッと見つめたり触れたりすると頭の中にその情報が流れ込むように分かってくるという「鑑定」スキルらしい。魔法スキルと同じく突然増えたことを踏まえると、使うことで取得したり強化したりできるのではないだろうか?
「けんせい」は分からない。さっぱり分からない。
【辞書】のスキル説明が、もう、ほんとうに酷い...
【けんせい:とても強い】
【はいかい】の説明の後にこれを読んで、むしろ安心する俺がいたくらいだ。
...とても強いは、肯定的な意味にとって良いやつだよな? 牽制球で150kmくらい出すつもりなのか? 一塁手を困らせるんじゃない!
まさか「剣聖」ではないかとも考えたが、俺は剣どころか、ナイフ一本すら持ってない。
【辞書】という名の鈍器ならあるけれど、それで剣聖を名乗ったら、ふつうの剣士(?)に対して失礼じゃないか? 辞書で殴る職業といえば学者だろ? ...学者にも失礼だな?
...いずれにせよ、剣か何かを手に入れてから考えることにした。
さらに【しょくぎょう】のページが【辞書】に増えて、疑問も増えた。
【ステータス】に表示されている「しょくぎょう:がんばりや」の他に、俺は今、3つの職業が選べるらしい。職業というよりも、称号みたいなものなのかもしれない。
選べるというのは、今の自分の職業はコレだ! と思ったものが、【辞書】に反映されるからだ。
ページが増えたということは、職業もスキル同様に、取得して増えるってことだろう......【スキル】もだけど、実は最初に書き忘れていたわけじゃないよね、メガミさん?
そして今、【辞書】に書かれているのは...
―――――
【しょくぎょう】
がんばりや
けんせい
まほうつかい
????
―――――
うん。
実は最後の「????」もバッチリ書かれていたけど、意味が分からないから、一旦、見なかったことにして......すぐに【辞書】を閉じた。徘徊とか使徒とか逢魔とか、俺には良く分からないし、嫌な予感しかしない。
「けんせい」が職業欄にもあることで、「剣聖」疑惑が俺の中で再浮上してきた訳だけど、剣も説明も俺には無いから、やっぱり分からない。
職業を「がんばりや」から「けんせい」に変えることの効果も分からないから、とりあえず最初の「がんばりや」で通すことにした。
細かいことは、そもそも職業を変えるとどんな効果があるのか判明してから考えよう。
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――そんなわけで、俺は昨夜確認したことを思い出しながら、棒を片手に歩いている。
棒はね、俺が「けんせい」の可能性があるから持っているんだ。ほら、棒って牽制にも剣聖にも、便利そうじゃない?
【かんてい】したら「いい感じの棒」って判明した......いい感じとか嫌な感じとかって、主観の問題じゃないのか? 鑑定できるものなのか?
そんな「いい感じの棒」を、なんとなく「装備」してみたのは、来たるべき戦いに備えてのことなんだ。意味もなく棒をブンブン振り回すのが楽しいからじゃないよ? 子供じゃあるまいし...ハハハ......
杖とか木刀とか、なんとなく棒状のものに心惹かれるわけでもないし、意味もなく棒を構えてみたりするのが好きな訳でもない。
草原のど真ん中で一人、棒を剣聖っぽく構えながら「この剣聖様が厳正に牽制してやる!」って叫んでみたところで、虚しいだけじゃないか......ハハ...
一生懸命、棒のささくれをを取り除いたり、角や先端を丸めたり、石で少し削って握りやすく加工したりして、誰もいない草原で棒を相手に貴重な時間を費やしたりなんかしていない。
【かんてい】スキルで見たら「いい感じの棒+1」に変わっていて大喜びなんかしなかった!
...いつか「+99」の棒とか持っている紳士が現れて「この棒はね、振り心地が.........良いのだよ」とか語り出して、お互いの棒の良さを褒め合ったりする日は......来ない! さすがにその厄介そうな紳士からは逃げておけ!
...そんなわけで、俺はいい感じの棒をニギニギしたり、楽しげに振ったりしながら草原を歩き続けた。
草原は広い。
【辞書】に増えた記述によると、いま俺がいる場所は『めいきゅう 第1層』らしい。
第1層というくらいだから、地上ではないと思うのだけど、空には太陽らしきものが輝いている。
そういえば昨夜は、星も夜空に瞬いていた。
地面は大地。そこそこ固めの土。草が生えていて、ところにより木々が生えている。
地平線には海や山は無く、果ては見えない...
...あの果てが無限なのか、あれは「青い壁」でもあるのかは分からない。
ただ、密室で風が吹き抜けてくるのはおかしいし、何しろ上は天井ではなく空だ。
ここではあまり自分の常識にとらわれない方が良いのかもしれない。
まずは、生き残ろう。俺には「いい感じの棒+1」があるんだから、大丈夫!
この日は、昨夜仮眠をとった河原があった方角を確認しつつ、ひたすら夜まで歩き続けることにした。
...そして、夜。
なぜか、「昨夜と同じ」場所で再び仮眠をとることになってしまった。
―――――
【ステータス】
なまえ:(未定)
しょくぎょう:がんばりや
しゅぞく:ひとぞく
HP:11
MP:10
ちから:5
すばやさ:6
かしこさ:10
うん:5
【スキル】
はいかい Lv10
けんせい Lv1
まほう Lv1
かんてい Lv2
【しょくぎょう】
がんばりや
けんせい
まほうつかい
????(※見なかったことにしている)
【げんざいち】
めいきゅう 第1層