それはなんですか
巨大兎の肉はおいしかったが、まさか蜥蜴をさばいて食べる日が来ようとは......
...いや、何も前世の蜥蜴とこのメメラが同じ系統の生き物とは限らない。似ているのは見た目だけで......いやいや、その見た目が問題なんだよなぁ...
俺は鑑定スキルの「食べられる」情報を信じている! 星5つとは言わないまでも、せめて後悔しない味であってくれ!
さすがに生で食べる度胸は無いので、こういう時は無難に、まずは火で炙ってみることにした。
俺が夕食の準備をしようと、薪に火をつけた時に、ちょっとした事件が起きた。
「なんじゃあれは!」
これはティの叫びである。
俺が【まほう】スキルで火を出した瞬間の声だったので、また俺が何かやらかしてしまったのかと、ドキッとした。
だけど俺やサキ、ユキにとってはいつも通りの変わらぬ光景で、ティの隣で同じように見ていたニアも別に驚いた様子はなさそうだった。
驚くティの質問に、ニアが淡々と答えていった。
「なんじゃ、今のやつは!?」
「火」
「その火をつけたやつは、何じゃ!?」
「火を出す魔法」
「あんなものは、火魔法じゃない!」
なんだか、語学の基礎訓練みたいな応酬が始まっていた――
――彼は誰ですか? 彼はジョンです。 いいえ、あんなものはジョンじゃない! What’s!?――
なぜか俺の魔法の存在を全否定されて困惑してしまったが、ニアが魔法の弁護(?)に回ってくれたようだ。
「...? 魔法だよ?」
「そんな馬鹿な!? いや、確かに魔法だが、火魔法では無いじゃろう!?」
おかしいな、俺は確かに今、火を出したよね? もっと俺の魔法のことを信じてあげてよ?
「火魔法じゃない。封印魔法」
「なぜ封印魔法なのじゃ!? 主様は何か、炎の邪神でも飼っているのか!?」
魔法だと思っていたものが、実は邪神だった......誰だ、ジャシンって?
いや、俺は、別に誰も飼ってはいないよ? 最近、妖精とネコちゃんなら増えたけど。
「ちがう。ふつうの炎。メメラのお肉や薪と同じ、断絶結界から取り出しただけ」
「普通の炎? メメラに薪? ...主様は炎や薪を何故、断絶結界なぞに封印しておるのだ? 何か炎に対する恨みか精神的な傷でもあるのか?」
魔法だと思っていたものが、実は封印で、更に断絶結界とかトラウマとか物騒なメンバーが増えていった。おかしいな、俺の【スキル】は一体どうなっているんだろう?
...そういえば、ティには初対面で【辞書】を見せた時にも同じようなことを言われていた気がするな? もしかして、あの時も【辞書】に恨みがあるとでも思われていたのか...? ...ソンナコト、コレッポッチモ思ッテナイヨ!
「でも、魔法」
「それは......良いか、ニア。【魔導】のおぬしは何でも創れてしまうから全て魔法の一言で片付けてしまうのかもしれぬが、あれが魔法というのはさすがに無理があるぞ?」
ほら、やっぱり魔法だった! ...おい、ティ! おまえは俺の魔法に何か恨みでもあるのか!? なぜ俺のジョンやジャシンや【辞書】達の存在を認めてくれないんだ!?
「どうして?」
「地水火風に魔力をもって干渉するのが『普通の』魔法じゃ。炎が必要ならば普通に火を起こせば良いではないか。
しかも離れた場所に、一瞬で、圧縮した炎を取り出したぞ!? 魔法というよりもむしろ空間収納のスキルのような......無論、空間収納に炎なんぞ入れては他の物が燃えてしまいかねんし、あんな『遠距離に』放ったりはできぬ」
違うぞティ、俺は「普通に火を起こす」ができないし、空間収納とやらも使えないから仕方なしに【まほう】スキルで代用しているんだ。君達の普通の方が、俺にとっては異次元の難しさなんだよ。
「主のやり方のほうが良い。一瞬で狙えないと、実戦で役に立たない」
「ニア、無詠唱は『暴発』の危険が伴うのじゃ。
怒りや悲痛の叫びと共に城や街を廃墟に変えてしまった魔法使い達が、過去に大勢おった。だから無詠唱に限らず、魔法使いの多くは杖や指輪という『制御』する道具を持つ。制御を通じて、暴発せぬように魔法を使いつつ、標的への精度を上げておるのじゃ。
...妖精族が他の種族達に危険視される理由の一つは、まさにその『無手で魔法を使うから』なのじゃ」
そうそう、ニアは俺の気持ちをよく分かっている......けど、ティの言うような暴発の危険性とか、考えたこと無かったよ。へー。
...いや、待てよ? 一番最初に俺が薪に火を点けた時なんて、ほぼ暴発みたいなものじゃなかったか? 収納した石から熱を強引に奪って火に変えて......アレ以降は、そういう失敗はしてないはずだけど、少し気をつけておこう。
「みんな危険」
「...ニア、仲間を見つけたようにうれしそうに言うではない......確かに、わらわもそなたも、主様も無手で魔法を使うし、それなりに危険な魔法を多く扱うが......そうじゃな。言われてみれば、みんな危険で、何も変わらぬ」
え!?
そんな「みんな危険」みたいなノリでまとめちゃって良い話なの!?
俺もすっかり出遅れちゃったけど、二人の会話で色々と、聞きたいことがあるんだけれど――
溢れ出した数々の疑問を二人に問い詰めようとした時には、もう遅かった。納得したティは飛び去り、ニアは霧の河原の方へとテーッっと遊びに走り去ってしまった――
「――あの、主様?」
「あ、あぁ、ごめんユキ。火起こしの途中だったよね?」
「あ、火はもう点きましたので。それよりも、その、大丈夫ですか?」
「...なんというか、むこうの二人の会話が色々と衝撃すぎて、呆然としちゃったよ」
「つまり、主様はスゴイってことですね!」
「待て、サキ。スゴイかスゴく無いかの二択で片付けようとするんじゃない」
「でも、私も主様はすごいと思いますよ?」
「ユキまで......」
...問題は、俺がすごい「何」なのかだ......「すごい危険」ってことじゃないよね? 二人でニコニコしながら「主様はすごい危険です!」なんて言っているわけじゃないんだよね?
...いや、大丈夫だ! さっきニアも言っていた通り、俺達は一人残らずみんな「すごい」! 普通なのはきっとスライムさんくらいなはずだ! いや、スライムさんだって巨大なモモフを静かに片付けちゃうところなんて俺の【まほう】以上に「すごい」ところがあるぞ!?
...よし、みんな危険! 問題なし!
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焚き火の件はさておき、無事にメメラは焼き上がり、夕食の中でみんなで試食してみることとなった。
そして、再びメメラを狩って帰ることが満場一致で決定した。
メメラがうまいのと、サキとユキの料理と焼き加減が上手いのと両方だったのかもしれないけれど、とにかくメメラの味はみんなに好評だった。
トカゲなんて、怪しげな老魔女が巨大な壺で煮詰める具材の一つくらいにしか考えたことなかったけれど、まさか自分がそれを食べる日が来ようとは、しかも手の平サイズのやつをムシャムシャおいしく頂くことになるなんて思いもしなかった。
だけど、考えてみればカエルだって普通に食用もあるっていうし、そもそもこの世界の生き物はウサギでもトカゲでもない、この世界特有の何かなのだろう......なんか、カラッと焼けばパリッとうまい食べ物ということで、もう、それで良い気がしてきた。
モモフを犬人さんと一緒に解体した時だって内心ではかなり怯みながらやっていたし、きっと、慣れの問題だ。何度か食べている内に、そのうち徐々に生き物から食料に変わって見えてくるはずだ。トカゲを眺めてお腹が空いてくる日もきっと来るだろう。食の探求の道のりは果てしないんだ。
あと、メメラの他には、11階層に落ちていたきれいな石を適当に拾っていた。
モモフがいた草原には無かったいい感じの石が、荒野にポツンと無造作に落ちていた。
中にはたぶん価値があるものも落ちているのだろうけれど、知識がないから【鑑定】スキルで名前を見てもピンとこないのと、指輪や宝石のようないわゆる「加工済み」のものではなく原石や鉱石といった見た目から、素人の目には「ちょっとキレイで硬そう」くらいの印象しか受けなかった。
サキ、ユキと眺めても「キレイですねー」とか「投げたら痛そうですねー」とか俺と同じ程度の感想だった。ニアは興味すら無さそうだった。
だから食料と違って石に関しては、道具屋のおばあちゃんとの話のタネとしてキレイなやつだけ幾つか収集しておいた感じだ。
そんなこんなで、十一階層の探索初日を終えた訳だったのだが...
「...さ、さて。明日も早いし、わらわ達も早く眠るかのー」
「待て、ティ」
この日は、ティが「我が家」の建築(?)に着手した初日でもある。
そして霧の世界の片隅には、石造りの建築物が既に出来上がっていた。それに一切触れずにティが一日を終えようとしたものだから、さすがに俺もそろそろツッコミを入れてみることにした。
「あれは何だ、ティ?」
「......」
「あれは・一体・なんです・か?」
「あれは......家じゃ」
「あんなものは家じゃないっ!!」
「ひどいっ!」
ひどくなんてないっ、いや、本当にひどいぞ!?
あれは住居ではなく、ギリシャなんとかのイオニア式でパルテノンなアレだ、つまり、そう、神殿だ!
すごいぞ、ティ。たった一日で、こうも暴走できるなんて!?
「確かにお前は床も屋根もないと嘆いていたが、つまりあれか? 屋根と床以外は全て要らないと言っているのか?」
「そ、そういう訳ではないのじゃが...」
1LDKのLもDもKも無いやつだ、ただの1だ! むしろ12H2Y(12柱と床と屋根)だ! あるいは1S(石)だけだ!
「...だ、大丈夫じゃ! ちゃんとあとで守護結界は張っておくから...」
「結界!? Kの前にKだ! いや、Kが先だっ!」
「も、もちろん、他にも色々つくるっ!」
「それ以前にお前、あれを家だと言い切ったな? これは俺が渡り人とやらで、こっちの世界の常識に疎いだけなのか? あれがこの世界では標準的な家なのか? みんなアレに住んでいるという認識で間違いないのか!?」
俺の常識だと、みんなが神殿に住んでいるのは、いわゆる神話の世界だけだ!
「...つい、できごころで」
「よし、よくぞ白状した。確かにあれだ、カレーを作る予定がシチューになっちゃったり、木彫のクマをつくるつもりが愉快なオブジェになっちゃったりする時だって、あったり無かったりすることも、分からないでも無い気が、しないことも無い」
「た、たとえはよく分からぬが、たぶん、言いたいことはその通りじゃ......そ、そうじゃ! 主様、石の上で寝ていたのじゃろう!? だから、石づくり的なものが、好きなのかと思って!」
「本気でそう思って作ったのか? つまりこれは、お前達の真心だと受け取って良いのか? 俺は毎晩あの神殿で眠ることができる感動に咽び泣いても良いんだなっ?!」
「...ほんの、いたずら心なのじゃー。そんなに怒るでない」
ティが、あんまり反省していない感じで口を尖らせた。
...作るのは構わないけれど、建築関係者(?)の皆様には絶対に迷惑をかけるなよ? お前の悪ふざけであんなでかい石を......え、なに? 全員ノリノリで作っていた? うん、そうか、それなら良かった...
「......そうか、良かった。よし、全員、今すぐクビだっ!」
わっ、いつの間にいたの関係者の皆様っ!?
俺の宣言とほぼ同時に、俺は大勢のケモノ、モノノケに土下座で囲まれてしまい、懇願されてしまった。
クビだけは勘弁して下さい? 確かに悪ふざけが過ぎましたが......って分かっててやってたのか貴様ら! 女王も女王なら、部下も部下だなっ!? ちゃんと女王の暴走を止めてやれよ!
...はぁ...いや、良いよ、もう。好きにやってもらって。ただし住まないからね?
あ、うん、王にご納得頂けるものを必ずや? って、誰だよ「王」って!?
...いや、本当に、あんまり悪ふざけで命をかけるなよ? あの石の柱だって、装飾削るの大変そうだし、うっかり倒れたら大事なんだろ? 家ではなく神殿としては本当に素晴らしいできだとは俺も思っているよ? 魔法でパパっと作ったわけじゃないっていうのは、何となく君達の必死さからひしひしと伝わってくるからさ......怪我のないように気をつけて遊んで...ゴホン、作業してよね?
...それから、サキ、ユキ。君達は、それを黙って見ていたのかね?
「「主様を、祀ろうかと...」」
うん、照れながら言ったって、ダメだからね?
実は君達も大概だったね? ここで見張ってた意味ないじゃない?
...祀る時は俺だけでなく「全員」だからな!? 俺と同格かそれ以上に全員を派手に祀らせるからな!? 覚悟しておけ!!




