あきち
こうして過激な挨拶を終了した俺達は、ニアの元飼い主のもとを離れて、猫族と妖精達を引き連れて建物を後にした。
去り際の短い時間に、メガネ(を失った)男にティが何か語りかけたようだった。
ニアの件とは別に妖精族と人族との不和もあったから、二人が話し合いで解決できたならば何よりだ。
俺達と一緒に(邪悪そうな)笑顔で立ち去るティの背中を、男が(恐怖に)泣きながら(土下座で謝罪を叫びながら)見送っていたから、きっと二人の間には和解が成立した(のではなくティが徹底的に脅した)のだろう。良かったね(もう俺は疲れたから、何も見ていないことにした)。
付き合ってくれた大量の妖精達は、楽しそうに「またね!」と言って飛び去っていった......うーん、「また」があるのは困るのだけれど、またね!
こうして、俺達は集団でゾロゾロと、サキとユキが待つ酒場へと帰還した。
連れ帰ったニアの同胞、16人の猫族達。彼らは一旦「この街」で預かった後に、ティの眷族の方で面倒を見てくれるらしい。
ティ曰く、この十階層の観光地ならばいくらでも人は受け入れられるし、地上の各地に散ったティの仲間達にも猫族と仲が良い者もいるから、どうとでもなるだろうという話だった。
酒場に入るとさっそく、5人の執事妖精達が迎えてきた。
元の大きさに戻ったティの「うちで面倒をみることになった」の一言だけで、妖精達が16人の猫族達を酒場の奥へと案内して、対応していった。
5人の妖精達の手際の良さには驚いた。
猫族達の不安を取り除くように優しく声をかけ、水分や軽食の用意を指示し、傷病者の有無を確認し、彼らの代表者に詳しい状況を確認し......猫族達の表情が、険しいものから安堵のものへと変わっていく様子に、俺とニアもホッとした。
5人の紳士の立ち振舞いには、さっき襲撃で見たやんちゃな妖精達と同じ種族とは思えないような、まさに女王の側近とも言うべき、気品と思慮深さが感じられて驚いてしまった......ねぇ、俺に対しても「そっち」を見せてくれて良かったんだよ? 繁栄じゃなくてさ?
サキとユキに大体の事情を説明すると、二人はニアを歓迎した。
仲間になったばかりのネコちゃんに対して、とりあえず持ち上げたり降ろしたりするのは、わりと失礼じゃないのかと少しハラハラしたけれど、ニアも驚きながらも楽しそうに見えたから、俺もそのまま見守ることにした。
こうして、俺達は新たな仲間を加えて、5人で酒場を「すぐに」出発した。
...うっかり歓迎会だか戦勝会だかが始まりそうな雰囲気だったから、慌てて逃げてきたんだ。こんなに連日宴会ばっかり繰り返していたら、そのままもう酒場の住人になりそうで怖かったからだ。
俺は4人を引きつれて街の外へ旅立った。
まだニアとティを連れて行ったことが無かった俺の【白昼夢】の領域へと連れて行った後、21階層を目指そうと考えていた。
そして俺はなぜか、全身に4人を装備していた。
まず、街を出てすぐに、ティが「ふぅ、やれやれ」なんて年寄り臭いため息をつきながら俺の肩の上に腰をおろしたんだ。
その姿を見たニアが、「今度はその陣形かな?」とでも誤解したのか、よじよじと俺の背中に登りだした。
その姿を見たサキが「ズルい、私も!」とでも言いたげに俺の左腕にしがみつき、その様子にユキが「では...」と右腕にしがみついた。
そしてティが一言、「ふむ、完成じゃの」、と。
突然発生したイベントによって「最強の鎧」を授かってしまった俺は、訳も分からず「がんばりや」から「性騎士(?)」へと強制的に転職してしまった。
なんだこれは、仲間が四人集まると発生するご褒美イベントか何かなのかっ!?
...いや、違うぞ、この鎧は「呪いのアイテム」だっ! 身に着けるとみるみるうちに防御力と理性が下がり、体温と羞恥心が上がって、最後は(リア充として)爆発してしまうという、装備した者を滅ぼしてしまう恐ろしい鎧なんだ!? 俺は騙されないぞ下心先生!
そんな慌てる俺の姿に、この最強の「意志を持った装備達」はニヤニヤしながら、むしろ俺の身体を締め上げてきた! あ、まずい、柔らかいっ!?
だ、だめだ、この鎧、そうびからはずせない!
おもい、あつい、えろい! たいへんだ! へんたいだ! いいにおいまでしてきたぞっ!? はなせ、はなれるんだー、ぬぁー!
こうして俺は「混乱」や「興奮」という状態異常にキャッキャ、ウフフしながら、自分でも信じられないくらいの底力を発揮して、重装備のまま一気に【白昼夢】の中まで走りきってしまったのだった。
ニヤニヤ、ゼェゼェしながら下心と根性で足を止めなかった俺も俺だが、笑い合う乗客達も終点まで誰一人として下車してくれなかったところが、わりと過酷で容赦がなかった。
霧に包まれた、幻想的な河原の世界。
俺の背中越しにニアは感動気味に「おー」と言い、肩のティは怪訝そうに「んんー?」と言った。
「「ようこそ、我が家へ!」」
とりあえずサキとユキ、俺の三人で前へと進み出ながら、片手で奥へと導くように、新たな住人であるニアとティを歓迎した。
初めてのお客さんを迎えるみたいで、ちょっとドキドキしてしまう!
「...主様は、いつもどこで、寝ておるのじゃ?」
ティが眉をひそめて尋ねてきたから、俺は丁寧に解説した。
「えっと? あぁ、あそこにある大きめの石。あの上だよ!
そして、その石の上に鎮座していらっしゃるのが、うちのお留守番係のスライムさんです!」
「...サキとユキは、どこで寝ておるのじゃ?」
「俺と一緒に、モモフの毛皮を敷いて寝ているけど?
...いや、寝るって言ってもエロいやつじゃなくて、ほら、みんなで川の字になったり、三の字になったり、犬の字になったりしながら眠るって意味だからね!?
それで「犬」の右上の「点」の部分が、あっちでピョンピョンしているスライムさんの担当で、まさに画竜点睛の「点」であり、留守番係でもあるスライムさんなんだっ! この連日、酒場で飲んだくれていた時も決して彼のことは忘れてなんかいなかったんだっ!」
「...ちがう。そうじゃない、違うぞ主様」
...えっ!? なぜかスライムさんを全否定!? 彼はわるいスライムじゃないよ!?
ティがそんないじわるなこと言うから、サキとユキも、スライムさんも驚いているぞ!? 俺とニアだって驚いているぞ!
ティが小さな身体で、マナーモードみたいにブルブルと震えながら、俺に告げた。
「主様っ、これは、家では無い...っ!!」
...え?
「自慢の住処だとは聞いておったが......もちろん、豪邸や城ではないとは思うておったが!
だがここは、床はおろか、屋根すらも無いではないかっ! ただの河原じゃろう!? 空き地じゃ!
あまりにも......あんまりにも不憫じゃ...!?」
「...あ、あの、ティさん? でもここは、雨は降らないんですよ?」
「違うぞユキ! そういう問題ではないのじゃ!」
「で、でも、ティさん! 私達が以前、閉じ込められていた場所より、ずっと広くてステキですよ!」
「駄目じゃー! サキ! 牢獄と家を比べてはならぬー!」
「えー、でも、野営みたいで楽しいよ?」
「主様は黙っておれ!!」
「にゃー」
「他人事みたいに鳴いている場合ではないぞニア! わらわ達は既に『当事者』じゃ!」
「......」
「震えるなスライム! おぬしは何も悪くないっ!」
わー、やったー。スライムさんも仲間って認めてもらえたね! あと、なに気に俺の扱いだけひどくないティさん?
「いかん、いかんぞこれはっ!?
酒呑姫、血纏姫に見初められ、二人の神の使徒を配下に持つ、魔王【徘徊する逢魔】が!
まさに迷宮の主が如く、幽界の霧の奥へとその住処を構えておるのかと思えば!
まるで路傍の石が如く、毎夜寒空の下、河原の片隅に虚しく『落ちて』いようなどとは......これは、いかんぞっ!?」
あっれー? なんだかティさん、変なスイッチ入っちゃってない?
...そういえばティって、妖精達の女王様なんだよね? 酒場兼宿屋のみんなは気さくだったから、すっかり忘れていたよ。
女王様基準だと、毎日が河原でキャンプで楽しいなー、にはならないのかな?
あと、そんなに寒空じゃないよ?
「...主様、ここはわらわに任せて迷宮攻略に行くのじゃ」
...えぇぇ? どうした、ティ。
なんで「ここは俺に任せて先に行け!」みたいなことになってるの?
それに迷宮攻略ってほどのことは、やってないよ?
「主様が留守の間に、わらわがここに『ふさわしい城』を用意してみせる。もう何も案ずるな、大丈夫じゃ、心配するでない...」
「...えっと? ふさわしい城とか、いらないよ...?」
俺の返事も聞こえない様子で、ティはフラフラと河原の向こうへと飛び去って、あっちへこっちへ何度も往復し始めてしまった。
...留守は任せろってことは、ティはしばらくここに残るということなのだろう。
確かに、迷宮攻略ではないにせよ、下層を目指す必要はある。人族相手に再び派手にやらかしてしまったばかりだから、また追っ手とか来る前にさっさと下層へと引っ込んでしまおうとは思っていたけれど...
「...ちょっと、みんな集合」
俺は飛び去ったティ以外の全員を集めて、作戦会議に入った。
「なにやら雲行きが怪しくなってきた......サキ、ユキ。しばらくの間ここに残って、ティの様子を見ていてくれないか?」
「...それは構いませんが...」
「...主様の、護衛は?」
「ニアがいる。彼女は【魔導】という、俺以上の魔法の名手なんだ」
「名手」
「...ニア、まさかそれで説明終わりじゃないだろうな? あとでちゃんと魔法とか二人に見せてあげてね?
さておき、ティが万が一【白昼夢】で暴走を始めてしまったら、さすがにスライムさんだけでは大変だろう。
だからサキとユキは、ティが何かやるのならそのお手伝いという形で、一緒に様子を見てやってくれ」
「「わかりました」」
「......ところで、みんなは城、欲しい? 築城する? 俺はちょっと、嫌なんだけど...?」
「...主様がどちらでもよろしいのでしたら......家は憧れますが、城は、ちょっと...」
「広過ぎるとお掃除が大変です!」
「私はこの河原好き。家はどっちでもいい」
「...あ、スライムさんは? ...うん? 石臼があれば良い? ...あぁ! 俺が昔つくったあの石臼のこと!? たしかに、スライムさんのサイズにぴったりかもね...?」
石臼とか城とかはともかくとして、俺も風呂やお手洗いには問題ありと思っていたし、家が必要というティの言い分はもっともだとは思っていた。
家のような何かは欲しいと思っていたけれど、迷宮の草原の中でいい感じの木材やら石材やらも見つからず、俺に建築スキルがあるわけでもなく、結局そのまま有耶無耶にしてしまっていたんだ。
新しい仲間を迎える場所としては、軽率だったのかも知れないな......少し反省しよう...
そして、その後は【白昼夢】の中での確認作業や夕食で一日を終えることとなった。
この【白昼夢】、ニアも俺と同様に、俺抜きで単独で出入りができることが確認できた。
これはメガミさんが俺に授けた【はいかい】のスキルなわけだけど、もともと【徘徊する逢魔】が持つはずだった【魔導】のスキルをもつニアならば、同じことができるようだ。
とはいえ、「ニアの領域」ではなく、「俺の領域」にニアが入り込めるというのは意外だった...
さらにティの方は、いつの間にか妖精達を従えていた。
一緒にいたのは例の執事5人組。他にも数匹の魔物かケモノのような生き物達の姿が増えていた。
恐ろしいことに、ティは安全地帯だったはずの俺の領域の中に仲間を召喚してしまっていたようだった。
...ニアとティの二人の技は、とても良い教訓になった。安全だと思っていたこの【白昼夢】の領域も、侵入が防げない方法が複数存在するという事実を肝に銘じておいた。
さらにティは、この霧の世界と『妖精郷』を繋げるとか言い出した。
どういう原理で繋げるのかは分からないけれど、繋ぐのは別に構わない。つまり、ティの家とこの家(?)を繋げると言っているだけ...らしいから。
ただ......繋いで向こうから誰を、何を連れてくるつもりなのだろうか? ここがあんまり安全ではないと分かったばかりではあるけれど、あんまり部外者を連れてこられるのも嫌だったから、それは家を作る途中の暫定措置ということにさせてもらうことにした。
夜になる頃には、河原の向こうに「異種族連合建築チーム」の輪ができていた。
そう異種族。妖精だけではなく、大小さまざまな種族達が車座になって話し合っている。
一見、幻想的な光景に見えて、実際は深刻な会議の真っ只中のような、なにやら物々しく重苦しい空気を醸し出していた......一体、何が起こっているのだろうか?
ティも、遠目に見ると女王というよりは、親分と言った雰囲気だ。
周りを囲む者達の姿が、子供向け絵本に出てくるかわいい妖精達というよりは、モンスターをハントする世界にでも出てきそうなお友達も少なからず並んでいた。大から小まで幅広く、ケモノやモモノケから、名状しがたい何かまで、いっぱいいた。
...ティさん、あなた、『妖精の』女王ですよね? あんまり怖い人達ばっかり連れて来たら、俺、泣いちゃうよ?
ただ、それでも、どうにも嫌な予感がして、俺は勇気をだしてあの輪の中に入っていって、全員の前で一言だけ念を押しておいたんだ。
「ティ、くれぐれも、『城は作るな』よ。
ささやかな家があれば、十分だからね?」
......沈黙の中で皆にじっと見つめられて、俺が気まずく去った後、会議がひそひそ話に切り替わった。
失敗したかな? と思ったが、かすかに聞こえる言葉の節々が、
「...だが、城が」「しかし、城でも」「ならば、城...」
「それで城なら...」「城にするべき...!」
という「不吉な単語で構成された短歌」のように聞こえてきたので、やっぱり言っておいて正解だったと、少しだけホッとした。
...あれだからな、決してフリじゃないからなー?
押すなよって言って、押してもらうやつじゃないからなー?
もう一回念を......いや、逆効果になりそうだな? やめとこう。
それに、一日で何かができるわけではないはずだし、きっと測量とか地質調査とか基礎工事とか、徐々に進めていく中で色々と分かってくるはずだろう。
...一抹の不安は明日へと放り投げて、長くにぎやかな一日をようやく終えた俺達は、河原の石の上に毛皮を敷いて、みんなで『米』の字になって眠りについたのだった。




