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かちこみ

 なんだかもう、ニアの飼い主のところに襲撃(カチコミ)に行くような流れになって来ているのだけれど...


「...そもそもその飼い主とやらの居場所が――」

「10階層におるぞ?」


 俺の疑問に食い気味に回答したのは、ティだった。


「...なんで? ちょっと、都合が良すぎない!?」

「そうでもないぞ主様(ぬしさま)? 主様が『わらわを奪った』ではないか」


 ...ティの『隷属の首輪』の件のことか? ...ん? 隷属? ...ニアの飼い主の『奴隷商人』って、同じ関係者なのか!?


「人族の奴隷になっていたわらわが通りすがりのモモフ族に奪われてから今日で4日目じゃ。連中もそろそろ、わらわと10階層の奪還に本腰を入れねばならぬ頃じゃろう」


 ...あったねー、そんな話も。そっかー。あれからまだ4日しか経ってなかったんだぁー。


 確かに妖精女王が奪われてしまった彼らにすれば、「隷属の呪いが解呪される前に」そろそろ本気で奪い返さなければならない時期だろう。彼らの上層部にも報告が上がっている頃だろうし、上司自らが陣頭指揮を取らなければならないような危険な状況と判断していてもおかしくはない。


 そこに更にニアの、『【徘徊する逢魔】の案件』まで(かか)えてしまう羽目になったというのならば......責任者の人も、この10階層に出向かざるを得ないのかも知れないなぁ...なんだか少し、同情してしまうなぁ。


 しかも、実はすでに妖精女王が解呪済みで、【徘徊する逢魔】がニアを捕獲済みだなんて、彼らにとっては最悪の事態なのだろう......俺がその責任者の立場だったならきっと、ストレスで胃に穴が開いているに違いない。


「...だけど、ティ、よくそれを調べたね?」


「それは、わらわの眷属(けんぞく)達を褒めてやってくれ。10階層は彼らの庭のようなものじゃ。ニアの件と重なったのは、ただの偶然に過ぎぬがの」


 そうかー...そんな妖精達の庭、つまり敵地(アウェイ)の中で人族達は懸命に戦ってきたのかぁ......ティという親玉を捕獲し、ニアという猫族の英雄の人質をとり、【徘徊する逢魔】という人族の天敵を追いまわして、強大な敵達と彼ら人族達は戦い続けて来たのだなぁ......


「...小僧、あんた一体、どっちに同情してるんだい」


 俺の考えが顔に出ていたのだろうか、おばあちゃんに(あき)れ顔でツッコまれてしまった。


 いや、ほら、もし俺も「普通の異世界のサラリーマン」だったなら、人族(あちら)の立場だったのかもしれないと思うと、つい。

 苦笑する俺に、おばあちゃんはもう一つ、質問を重ねてきた。


「...それと、ティターニア(そいつ)を奪った『通りすがりのモモフ族』ってのは、何者だい?」


 ...おばあちゃんが用意してくれた着ぐるみが大活躍だったんだよ! ありがとう!



----------


 こうして俺達は、服を選び終えたサキ、ユキを連れて、道具屋を後にした。

 向かった場所は10階層の、いつもの酒場兼宿屋だ。


 そこにサキ、ユキを置いて行くつもりだった。これには二人に猛反対されてしまった。


「「私達が主様をお守りします!」」

「二人共、ちょっと落ち着いて! それは、その......まだ、ほんの挨拶(あいさつ)だけの予定だから、ね?」


 あんまり良い言い訳が思い付かなかったのだけど、俺は俺で二人をお守りしたいわけで......


 人族の拠点に乗り込むというのに、人族に追われている二人を連れて行くなんて、それで何か事故が起これば()()耐えられないだろう。

 それにニアはまだ「あちら側」のネコちゃんだし、ティの件も絡むなら「偽モモフ」の正体である二人も隠しておきたい。

 二人を連れて行けない理由が、あまりに多すぎるんだ。


 しどろもどろの俺を、ティがフォローした。


「そうじゃぞ二人共、こういう挨拶はわらわ達の方が得意じゃ。年長者であるわらわに任せておくが良い」


 ...そうだ、ティさん! 良いことを言う!


 交渉事(こうしょうごと)ならきっと俺よりも、数百年を生きているティの方が得意だろう。

 それに潜入なら、妖精サイズのティと影に(もぐ)るニア、そして俺の三人に絞ったほうが安全だろう。

 何も、正面から襲撃をかけると決まった訳じゃない、敵の親玉だけと平和的に話をつけられるのならば、それにこしたことは無いんだ!


「そうそう、俺達がいい感じに話をまとめて来るからさ! 二人は少しだけ待っててよ、ね?」


 いまいち納得していない様子の二人だったが、少しさみしそうなニアの方へと向き直った。

 ユキがニアの頭を()でて「主様(あるじさま)をお願いね?」と言うと、目を丸くしたニアは、決意の表情で二人にコクリとうなずいた。



 そして俺達は、ニアの飼い主のいるという、彼らの本拠地である三階建ての建物へと向かって行った。



 ...向かって行って、しまった。

 うっかりティの、『わらわ達の挨拶』をしに、行ってしまったんだ......



 美しい街並みの奥へと続く石畳を「こっちー」と言いながら先行する妖精達に案内されてネコちゃんと一緒に歩くのは、なんだかメルヘンチックで、こんな状況なのに少し(なご)んだ気分になってしまったんだ。


 だけどあの時、「道案内にしては妖精達の数が少し多すぎやしないか?」という素朴(そぼく)な疑問が浮かんだ時にすぐに、手遅れになる前に疑問を解消しておくべきだったんだ。


 徐々に集結し、数を増していく妖精達......人族や他種族の観光客らしき人達も、通りを闊歩(かっぽ)し、飛来していく俺達「団体」の姿を見るや否や、慌てて逃げたり隠れたりし始め出したんだ。


 俺は気がつくのが遅すぎた。ティの言う『わらわ達に任せておけ』は、三人という意味ではなかったんだ......おい、じゃああの『年長者』の『こういう挨拶』ってのは、どういうやつのことだ? おい、待て、お前まさか......



 ついに到着した人族達の本拠地。

 『わらわ達の過激な挨拶』が幕を開けた。



 ちょっとやんちゃな重火器(ようせい)達の、雲霞(うんか)のごとき大群の、悪夢(ゆめ)と魔法の光に満ち(あふ)れた、かなり邪悪なエレクトリカルパレー○が始まった。


 火魔法と水魔法が半々なのは「火事にならないように」との専門家(プロ)の配慮らしいが、違う、そういうことじゃない! 量だよ、量! もう攻撃魔法が飽和しているんだ! あと威力、壁を砕いてるぞ!

 妖精達は「つゆはらいー!」なんて言っているが、お前ら露払(つゆはら)いの意味分かって()ぇだろ!? 露どころか、嵐で更地(さらち)にでもするつもりかっ!?


 飛び交う炎と水の弾丸は、現実逃避する俺の脳裏に「弾幕系シューティングゲーム」なんて言葉を連想させた。

 それは俺の苦手なジャンルだし、そのゲームのプレーヤーは俺ではなく、いつかどこかで三匹の偽モモフ族達と邂逅(かいこう)したモヒカンさんやスキンヘッドさん達だった。


「違う! そっちじゃないモヒカンさん! その弾幕をそっちに避けたら詰む......あぁっ!?」

「おしかった」

「...主様(ぬしさま)、ニア、おぬしらは一体どちらを応援しておるのじゃ?」


 いや、こんな一方的で無慈悲な戦い、あっちを応援したくもなるじゃない?


主様(ぬしさま)、心配するでない。抽選にあぶれた者達はちゃんと治療班として待機しておる」

「なに、抽選って? あの弾幕で、妖精達の『数を絞った』つもりなの? ハードモード過ぎ......ん? 治療班もいるの?」

「それはそうじゃろう。ただの挨拶で死傷者を出すというのもおかしな話じゃ」


 ...挨拶代わりでこれかよ。じゃぁ、「本番」の時は一体どうなるんだ?


「...あー、ティ。その治療班、建物の治療(?)にも回すことはできないか?」

「建物? 壊したものを直せというのか? 主様(ぬしさま)は細かいことを気にするのう?」

「違う、細かくなんてないぞティ、見ろ! 壁や柱に空いた穴を補強していかないと、そろそろ建物が......倒壊する」

「...おぉ。す、すぐに治療班を呼ぼう」


 そして炎と水の祭りは終わりを告げて、今度は(つた)と石の()りなすアトラクションが始まった。


 壁を(うごめ)()いまわる太く力強い根や(つた)と、床から突き出したグーとかパーとかの巨大な石の腕の数々が、ボロボロに朽ち果てた建物を補強し、(おお)い隠し、()()()()()()いく......


 ...おいっ、『手加減』っ!! 今度は蔦と巨石で「住居」から「愉快なオブジェ」へと全面リフォームしてしまうつもりか! 「壊す」or「埋める」の二択ではなく、ちゃんと中間でバランスを取れっ!


 ...先ほどのパレードですっかり踊り疲れてしまって部屋の隅でぐったりしていた人族達が、そのまま次々に蔦に石に飲み込まれそうになっていくのを、俺とニアは慌てて、次々に引っ張りだして救助(?)していった。



 やがて祭りは終わりを告げて、過激な改修工事によってもはや原形をとどめていない建物の一階の中、ぐったりと床で放心している人族達を眺めながら、俺もぐったりしながらつぶやいた。


「...ハァ......もう、すごい、疲れた......結局、俺達はまだ一階から上に登れていないのだが? 目的の人物はもう、騒ぎの中で逃げられちゃったんじゃないのかな?」


「それは()なことを! わらわの眷属達の包囲網を突破できたのならば、むしろ大したものじゃ!」

「この建物は要塞と牢獄を兼ねてた。出入り口は正面の一つしか無い」


 俺の懸念を、ティとニアがそれぞれに否定した......まぁ、妖精達の集まりも手際も少し良すぎた気がするから、下調べとか包囲とかも含めて、ある程度は準備の上での襲撃だったのかもしれないな。


「俺達の襲撃(カチコミ)の手伝い......ゴホン、挨拶の露払いに協力してくれたのは、確かに助かったのだけれども...」

「...これは主様(ぬしさま)が気にすることではない。わらわ達が主様の件に便乗して、先に少しだけ、勝手に奴らに悪戯(いたずら)をしてやっただけのことじゃ」


 街の一角を巻き込んだ襲撃を悪戯(いたずら)などと言い切ってしまう、邪悪そうに笑う妖精の女王......なんて姿に見えなくもないが、俺はふと、彼女がかなり気を(つか)っているような気がしたんだ。


 つまりあれだ、滅ぼしたほうが早いのに、全員生きている。


 直情的で加減のきかない妖精達。女王を奪われたという積年の怒りに任せて彼らが人族の拠点へと飛び込めば、中にいた人族達は一人残らず絶命していたことだろう。

 それをわざわざ、敵に対する治療班まで用意して、全員を生かしたのは......人族である俺への配慮だろうか?


 それに、この後にニアの件での交渉が控えている。

 人質をとって刺客を放ってくるような連中はたっぷり脅しておきたいものの、こちらが殺せば向こうもニアの人質達をどうしたものか分からない。その点では、先ほどのパレード&リフォーム作戦は絶妙なさじ加減ではなかろうか?


 それになんとなく...さっきの道具屋の「ティの分を俺が肩代わりします」と言った件を気にしているんじゃないのかな?

 俺の代わりに、ティが襲撃をして......あの【勇者】の時も、サキとユキは俺の代わりに奴に(とど)めを刺そうとしたし......


 ...もし、そうならば、


「...うん。悪戯(いたずら)で済ませてくれて、ありがとう、ティ」


 妖精達の力を結集して、俺の前に、俺にとって都合のいい状況を差し出してくれたんだ。その気遣いに、ちょっと感動してしまった。


 俺のその言葉に、ティは驚いたように目をパチクリさせた後、満面の笑顔でニヒヒと笑った。


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