そこにあるし
俺達が道具屋のおばあちゃんと話している間も、サキとユキは店の奥へと引っ込んだままだった。いつものように服や装飾品を見ているのだろう。
「...ニアは、服は見ないで良いのか?」
「(コクリ)」
「一応聞くけど、ティは?」
「大きさが合わん」
「...だよねぇ?」
ここで服の話題を出した理由は2つあるわけだが、まず1つ目は...
「11階層向けの涼しい服ってありますかね?」
「あるよ。今頃あっちの娘っ子も色々と見ているだろう」
おばあちゃんが店の奥の扉を指してそう言ったのだが、
「だけど、あんたの服は別だ。
...別に、小僧に売る服は無いなんて言ってないよ、変な顔はおよし!」
あ、顔に出てました? 最近、涙もろくなってきまして。歳のせいかしら?
「旅装だけじゃなく肌着なんかもあるから、あの娘達はちゃんと店に連れてきな。
だが、あんたの場合は違う。欲しいのは旅装じゃなくて、戦闘服なんだろ?」
え? 戦闘服? ビジネスマン的なやつ?
...まぁ、冗談はさておき。おばあちゃんが言っているのはきっと、俺の「今の服」と比べての話なのだろう。
「...俺のコレは確かに、メガミ様からもらったやつですからね。服の自己修復機能とか、すげー優秀ですし。 ...結局、この服装で【勇者】とも戦いましたからね...」
「...【けんせい】だからね。魔法使い以上に、服装は死活問題だろ」
え? そうなの、どういうこと?
いいかげん、【けんせい】の正体も突き止めたいな。ニアを「ちゃんと仲間にできたら」、何か知ってそうな彼女に確認してみるか......
...ともかく、ただ徘徊するだけならいいけれど、【勇者】と殴り合っている時点で服装は十分に死活問題だ。うっかり動きが鈍ってしまえば剣で真っ二つもありえた話だ。
おばあちゃんの言う通り遠距離から魔法ならばまだしも、近距離で殴り合うなら「動きやすさ」が最低条件になってくる。戦闘服に妥協はできない。
「あんたの満足する服も用意はできるが、相当高くなるよ」
「ハハハ......言われてみれば、メガミ様の服に見合うやつだと当然ですよね...」
「だから、そいつに頼みな」
えっ? そいつって、ティに?
ティさんも驚いているけど?
「そいつの知り合いに直接頼めば、服も靴ももっと安くつくだろう。
素材の調達だけでもそいつがやって、うちに持ち込んでも構わないよ」
...なるほど。靴屋の小人みたいなのがいるのかな?
素材っていうのは、特別な布とか糸とか、妖精が得意なものがきっと、あるんだろう。
だけど...
「...それ、教えちゃっても良かったんですか? おばあちゃんの売上げ的な意味で」
「ハッ! いずれは分かることさ! それなら先に教えてやった方が恩が売れるってもんだよ、あんたはうちの上客だからね!」
なんだか、おばあちゃん今日、カッコイイなぁ。BBAって呼んでゴメンナサイ。
「だが、娘っ子の分だけは、うちで買いな」
「...どうしてじゃ?」
おばあちゃんの言葉にティが反応した。うん、確かに、どうしてだろ?
「決まってるだろ、うちの服の方が断然、美感が良いからさ!」
「どういう意味じゃ!?」
あ〜...そういう......
...言われてみれば俺が見た妖精達って、ティの次に印象に残っているのがあの偽セバスチャン達? ...そう考えると、うちの子の服を任せるのは、ちょっと...
「ティ」
「なんじゃ、主様?」
「今度、まともな妖精も紹介してくれ」
「わらわがおるじゃろう?」
「...今度、まともな妖精も―」
「わ・ら・わ・が! おるじゃろう!」
俺の左頬が引っ張ったり伸ばしたり、ティに蹂躙されてしまった。
伸びちゃったら、今度右もやってもらってバランス取ろう。
さて、話題の一つ目は片付いた。
問題はもう一つ、服を「見に行かせた内に」片付けたかった問題の方なのだが...
「ニア」
「?」
「もし聞かれたくなかったら、そう言ってくれ...
...おばあちゃん、この子の情報について、知っていることがあれば教え欲しい」
サキとユキの時に使った「服を見に行かせた内に聞いちゃえ作戦」が使えなかった今、もう彼女の目の前で聞くしか無い。
これから何かをやるにしても、それはあくまでサキとユキの安全が確保できることが前提だ。もしニアが「危険人物」ならば......この先はニアと距離を置かざるを得ない。これは確認しないわけには、いかないんだ。
ニアが俺と、おばあちゃんをジッと見た後、うつむいて目を細めた。
...目をつぶるから話せ、ということだろう。
そして、即座に情報が出るおばあちゃんも、本当にすごいと思う...
「...その娘は、人族の子飼いの刺客だよ。
通り名は『其処に在る死・Near Death』。あたしも『有名な謎の刺客』にお目にかかれる日がこようとは思わなかったがねぇ...」
有名なのに謎。そして死。もう、おなかいっぱいだよぉ。
「ニアーデスへの依頼条件は金じゃ無く、その娘の同族だ。その娘の飼い主に依頼料と『猫族の奴隷を納品』することで、その娘を使うことができるって話だね」
おぉぅ、さらに、また重たい話が降ってきたぁ......
一体どうなってんだ人族? それとも偶然、俺のクジ運が悪いだけなのか...?
初対面の時に、ニアが人族の駐屯地に首輪で繋がれていたことを踏まえて、それなりの覚悟はしていたのだけど......参ったなぁ。
...何が参ったって、ニアの耳がぺたーんと倒れちゃっているところだ。
しゅーん、って音が聞こえそうなくらい、しゅーんってしちゃってるぞ。
その一方で、おばあちゃんの方は「あんたは、なんで刺客に狙われてるんだい」って呆れ顔だし。俺だって知りませんよぉ...
「...ニアの飼い主ってのは?」
「奴隷商人だよ。有名なやつだね」
「奴隷ってのは、その、合法なの?」
「...人族の法で、たしか奴隷に関する規定は無かったはずだよ」
「...つまり、合法でも違法でもなく...権利も保証されない? 奴隷の扱いって、どうなってるの? 従業員? 所有物?」
「所有物だね。モノ扱いさ。盗ったり逃がしたりは罰せられる可能性が高いが...灰色だね」
合法にせよ違法にせよ、明文化されていれば基準ができる。基準があれば多少なりとも守られる。
ペットだって、持ち主が守ったり保護したりする義務や責務が「法律上」発生したりするものだ。
「...法で規定されていなくて灰色......でも商売として成り立っていて、有名な人が飼い主、と。 ...あれ? そもそも人族と他の種族って、法の扱いは一緒なの?」
「同じ国民として、同じ国法で裁かれるね。ただし、奴隷に関しては灰色だ。国民だったり、モノだったり、それ以下だったり、扱い方は場合によるね」
...うわぁ、面倒臭え!
灰色だの、場合によるだのってつまり、あれだ、綱引きになったら力の強い方が勝つってことだろ? 金とか権力とか、強い方の言いなりになるってやつだろ? くそっ、関わりたく無ぇっ!
...とはいえ俺は、もう既に二回も人族相手に盗みを働いているけどね! 小鬼の双子とか妖精女王とかさ!
「...とにかく、最初の話に戻すと、ニアの背後には猫族の奴隷.......というか、人質(?)がいるわけか」
「鬼っ子達ほどじゃないが、猫族達も一部の部族が人族と揉めているんだよ。ニアーデスは猫族の守護者だなんて言われちゃいるが、そのお嬢ちゃんにとっては、さて、どうなんだろうね?」
どうもなにも、雇われて依頼をこなすというよりも、人質取られて良いように使われているみたいに聞こえましたよ?
「...それで? あんたはどうするつもりだったんだい?」
「...とりあえず、俺を狙う依頼主が分かるなら、そいつに話をつけに行く予定だった。
ニアが俺を殺そうとしたのを逆に捕まえた体裁で、依頼主のもとを辿って元凶を断つなり、理由をつけてニアを奪うなり、まぁ、色々」
「依頼主ってのは、十中八九、その嬢ちゃんの飼い主本人だね。もちろん、その飼い主も国かどこかのお偉いさんに命令されてやったんだろうがね」
国とか、やめてよー、もー。
「...はぁー......とりあえず、そのニアの飼い主のところに行ってみるか。
一人でも多くの猫族の人質を開放できれば、ゼロよりはましだろう。ゼロだって言いやがったら、そいつ締めよう」
まぁ、俺も命狙われてるんだから、少しくらいシメたっていいだろう?
耳ぺたーんさんの耳が復活して、俺の方をじっと見つめていた。 ...あぁ、うん。まだ期待しちゃだめだよ? 俺、こういう交渉事って、ぜんぜん苦手だから。たぶん足元見られちゃうし。
...おばあちゃんとティが同時に、一瞬、すげーニヤリと笑った気がした......気のせいだよね? ちょっとだけ怖かったよ?
そして、なにやらおばあちゃんは、引き出しから金貨を一枚取り出して急に話し出した。
「おい、エニー! 『いま在る金』の金額を教えな! ...あぁ? 細かいことは良いんだよ! 全部だ! 全部!」
おや、この光景、なんだか既視感があるんだけど?
これが一体何なのか、その答えはティが教えてくれた。
「...エニーグマじゃな。【機械仕掛けの真理】の奴は、金を通して話しができるのじゃ。金を通じて全てを支配すると言われておる【スキル】じゃの」
んん!? 何だって!? 「怖そう」以外には一つも分からなかったぞ!?
......一旦、忘れまーす。次から次へと厄介事は増やさないで下さーい。
それに俺、無一文だし。たぶん関係ない話だろう。
とりあえず聞かなかったことにしている俺の前で、おばあちゃんが何やら紙に、番号を次々に書いていった。
そして、その紙を俺に渡して言った。
「この金額で脅しな」
「えっ? ......なんですか、これ? これが異常な、天文学的な数字だってことだけは、なんとなく桁数で分かりますが...?」
「この世界の総資産だよ。この金額をふっかければ、間違いない」
...え? また何言ってるのか分からないぞ? もしかして...
「...俺を襲った慰謝料として、ニアの飼い主に対してこれだけ請求してやれってことですか?」
「他に何があるんだい?」
え、それ、俺が「間違いなく馬鹿だと思われる」事案じゃない?
俺が混乱していると、おばあちゃんとティ、二人で気の毒そうな人を見る目で俺を見た。
「...小僧、あんた、全然分かってないようだね?」
「主様、まったく分かっておらぬな?」
はい、分かってません...?
「あんた達、三人、何者なのか言ってみな!」
おばあちゃんの威勢の良い号令に、俺達三人が順番に答えていった。
「【羽ばたく悪戯】」
「【悔い無き拳】」
「...【徘徊する逢魔】でございます」
「そうだろうっ!?
神の使徒が三人、襲撃に行くんだろ!?
中途半端な金額で脅したら、かえってちぐはぐな事になっちまうじゃないか!!」
......
......
...あっれーーーーーぇ? どういうことぉ?
やっぱりうちの一行は、なんだか色々と、おかしな事になって来ているんじゃないのだろうか?




