びー・びー・えー
俺達は10階層の街の外を歩きまわって、道具屋の階段を見つけた。
先に入っていったサキ、ユキに続いて俺達も扉を開ける。今日は合計5人での来店となった。
店の奥からおばあちゃんが声をかけてきた。こちらを見るときに丸い小さなメガネを通して覗きこむのは、いつもの光景だ。
「...おや、新顔だね」
一瞬だけおばあちゃんは、俺を初めて見た時と同じくらいの怪訝そうな表情をしたけれど、すぐに普通の表情に戻った。
店の主に声をかけられたニアが、自己紹介をした。
「ニア」
「よろしくなニア嬢ちゃん。買い取って欲しいものがあれば、いつでも持ってきな」
サキとユキに向けるような、優しい声でおばあちゃんがニアに言った。良かった。
それで、おばあちゃん、俺を見るときには毎回最初は口をへの字に曲げるの、なぜでしょうか? わりと傷つきますよ、それ?
「小僧が毎回、妙なものを増やしてくるからさ。なんだい『はっかー』ってのは?」
...おばあちゃん、俺の【職業】欄をまじめに覗き見しちゃダメですよ? 頭痛がしてくるでしょ? おばあちゃんの【鑑定】をまじめに【相殺】しない俺も悪いんだけどさ。
俺達がそんな朗らかな(?)会話をしていると、俺の肩にいるティさんが冷たい声で言い放った。
「妾を無視とは良い度胸じゃな」
「...お前は虫だろう。何も間違っちゃいないさ」
「それが客に対する態度かの?」
「人の店のものを無断でちょろまかす連中を客とは呼ばないよ。消し飛ぶ前にさっさと消えな!」
わぁ、すごい険悪。なにこれ?
二人は知り合いっぽいね。...いや、物騒な単語が出てきたぞ、何その「無断でちょろまかす」って? ティさん、万引き常習犯?
俺の視線にティは、俺の疑問とは別の答えを返してきた。
「こやつの武器は銃じゃ。倒すなら近接戦が良いぞ、主様」
...俺は誰かを紹介してもらう時に「倒すなら近接戦が良い」なんて説明してもらったの初めてだよ。
別におばあちゃんを倒す予定とか無いからね? ......ありませんよね、おばあ様?
「この羽虫は瓶詰めにして持ってきても、引き取らないからね!」
そして、「知人を佃煮にして持ってくるな」という当たり前の忠告を受けたのも初めてだ......あ、ゴメン、「瓶詰め=佃煮」とは限らないよね、勝手に料理しようとしちゃったよティさん。
「おばあちゃん、銃使いだったんだ? いや、詮索する気はないんだけど。この世界にも銃ってあったんだなぁ、と思って」
そんな俺の言葉に、おばあちゃんが無言でカウンターの上に銃を置いてくれた。
...ちょっと驚いた。カッコイイ、なにその銃!?
リボルバー式で、弾倉と銃身が太い、かなりゴツくて荒っぽい強さを感じる銃だ。
ティが、頼んでもないおばあちゃんの個人情報をベラベラと喋ってきた。
「こやつ、一つしか出さなんだが、本当は二丁使いじゃぞ。
バーバラ・『バレット』・アシュバーン。通名は『弾丸のバーバラ』じゃ。弾丸にあらゆる魔法を込めて打ち出してくる、魔法使いの森人族じゃ」
「...ッチ、余計なことを、ベラベラと...」
ティがニヤニヤしながらおばあちゃんのことを勝手に話し、おばあちゃんが舌打ちした。
本当はティが悪戯半分に秘密をバラす行為をすぐに止めるべきだったのかもしれないが、俺は驚愕の事実に気がついてしまい、動けなくなってしまった。
Barbara. "Bullet." Ashburn......
...BBA!!
おい! ティ!! 俺に余計な知識を与えるんじゃない!! もうBBAしか思いつかなくなっちゃっただろ!! どうしてくれるんだっ!!
「...急にどうした主様? 両手で顔を覆って?」
「...なにがあった、小僧?」
「いえ、少し気持ちを整理する時間を下さい、バ...おばあちゃん」
...よし、一旦、話題を変えよう。
いや、戻そう。
「...ティがこの店から、何か盗っていったんですか?」
「...それがどうしたんだい」
おばあちゃんが口角を上げて、ティが眉をひそめた。どうやら盗んだことは確定らしい。
「全てとは言えませんが、俺がいくらか負担します」
「...主様は関係ない。余計なことにまで口を挟むな」
確かに関係ないんだけど、ティが俺達と一緒に旅をするのなら......ねぇ?
「余計じゃないぞティ、お前がおばあちゃんの秘密を勝手に俺に渡すのに、俺はティのことには関係ありませんじゃ、公正じゃないだろ?」
「......」
情報もそうだし、もしも過去にやらかしたティが、今の俺を支えてくれるっていうなら......なんか、うちの子が申し訳ありませんって気持ちになっちゃうだろ。
それに俺は二人の両方が長い付き合いになると思っているのだから。俺の居心地が悪いという俺の都合から、おばあちゃんに弁償しようとしているだけだ。
おばあちゃんは、少し怒りのこもったような、牙を見せた笑顔で、俺の顔を覗き込んできた。
「ほう、小僧、良い度胸じゃないか。こいつがあたしから盗ったものが総額いくらか分かっていて言ってるのかい!?」
ぐっ!? ......まぁ、そうなるよね?
この道具屋、ちょっと色々おかしいし。ここから盗るものが安物で済む訳がない。
こうなったら......奥の手だ!
「分割払いでおねがいします」
悪魔の呪文を唱えてやったぜ。伝家の宝刀にして、破滅への序曲。
...だけど、無い袖は振れないじゃない。
「...勇ましいこと言っておいて、それかい、小僧?」
「はい。これです。少しずつ返済いたしますので、よしなに」
「主っ!!」
ティが苛立ち、おばあちゃんがため息をついた。
「......ハァ...別に昔のことさね。
あんたに免じて、チャラにしてやるから、今後はあんたがしっかり手綱を握っておきな」
「「!?」」
「それからティターニア、あんたはもう、あたしの前では黙って大人しくしてろ。言いたいことがあるなら全部、そこの小僧に言いな」
うぉぅ......BBA、あんた漢だよ、いや、バ...とにかく、最高だよ...!!
俺はおばあちゃんのあまりのカッコよさに、ニアが俺の服を引っ張って「暇だから構って」アピールをするまでの間、固まってしまっていた。
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俺はいつものように日用品を注文しつつ、11階層以降の情報を聞いてみた。
1から10階層までが「春の草原」なら、11から20階層が「夏の荒野」といったイメージらしい。気温は高めで陽射しも強く、岩場が多くなり、草木もそういった過酷な環境に耐えうる種類のものだけが育つのだとか。
下に行けばもう少し暑くなり、場所によっては温泉やら溶岩やらもあるから覚悟するように、と......いや、覚悟してどうにかなるものでも...うん、暑いのだけは覚悟しておこう。
珍しい鉱物があればおばあちゃんが高く買い取ってくれるそうだ。
それも関係あるのか、この先の20階層の転移門を管理しているのは鉱人族らしい。
鉱物の価値は俺には分からないけれど、種類くらいなら俺の【鑑定】スキルでも分かるだろうから、下層に降りたら見てみよう。
...とはいえ、「この石スゴイでしょ!」って持って来たやつをおばあちゃんに失笑されることは、あらかじめ覚悟しておこう。俺が【鑑定】で分かるものなんて、きっと「いい感じの石+1」くらいが限界だ。
金や金剛石の原石なんかが簡単に見つかるくらいなら、それこそ11階層でみんなが石を拾っているという異様な光景が広がっていたっておかしくはないだろう。
そう、そもそもそんな「拾ったものを買い取ってもらおう」なんて虫の良い話があるのかについては疑問だったんだ。
鉱物とかモモフとか、迷宮産のものをおばあちゃんが高く買い取ってくれる理由を聞いてみると、それはどうやら、迷宮から外へ持ち運ぶための費用の問題が関係しているそうだ。
おばあちゃん曰く、「収納空間スキル持ち」は商隊や軍の兵站・輜重部隊とかに所属するのが一般的で、個人で迷宮に潜ったりすることは珍しいのだそうだ。
いわゆる運び屋という専門家でも、たとえば俺達が以前持ってきたような巨大モモフを丸々一匹運ぶとかはまず不可能だし、部分的に持ち帰ろうにも、その場で解体するのは他の魔物に狙われるから危険だしで、大なり小なり持ち帰ることは決して簡単ではないのだとか。
木の実や石ころ一つにしても、吟味して選ばなければすぐに荷物があふれるし、重さで魔物から逃げられなくなる。そこに鮮度とかの問題も絡むと、持ち帰れるものが相当に限られてくる、と。
つまり、持ち帰ることができたとしても、労力と価格がつり合わないから、誰もやりたがらないのだそうだ。
...そんなわけで、俺が迷宮から拾って持ってくるものは、大半はそれなりの価格以上で売りさばくことができるらしい。
メガミさんが俺に授けてくれた収納魔法は本当にありがたい、希少価値のあるものみたいだ。
ところで...
「ティは、収納系のスキルは使えるのか?」
「...もう、店のものは盗らんぞ?」
「いや、ゴメン、蒸し返すつもりでは無かったんだ」
そりゃ使えるだろうな。何を店から持ち出すにしても、妖精の小さな身体では不可能だし。
「ニアは?」
「使える。同じ魔法」
俺と同じ「収納魔法」が使えるのかな? 優秀だな、うちの一行は......希少なはずのスキルが三人全員使えてしまうという、この驚愕の事実。
...実は、うちの一行は戦力的にみてもかなり、過剰なレベルまで来ているんじゃないのか? サキとユキだって、魔法は使えないけれど、かなり強いと思うし。
どうして俺、いつの間にかこんな「猛者たちの主」になっているんだろうね?




