つうやく
ネコ娘のニアさんは、俺の方をピッと指差して、こう言った。
「けんせい」
うん? けんせいだねー。よく知ってるねー。俺はいまだにそれが何なのか良く分かってないけれど。
次に、自分をピッと指差して、こう自己紹介した。
「まどう」
うん? まどう? ...惑うのかな?
「こうかん、なかま」
交換した仲間ってこと? それとも好感な窯ってこと? ゴキゲンにパンやピザでも焼くのかな?
そんなニアの話をうなずきながら聞いていたティが、俺の方に向き直った。
よし、頼むぞ、俺にも分かるように説明してくれ!
「つまり、そういうことじゃ」
だから! どういうことだっ!?
ぜんぜん通訳できてねぇぞ!
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つまり、こういうことらしい。
目の前の猫族のニアさんは神の使徒で、その神様とうちのメガミさんとで、俺達の【スキル】を交換したらしい。以上。
...ちょっと、ニアさん、ティさん、それくらいの説明ならもっと、頑張ろうよ。
俺はそういう事情について質問しながら察していくの苦手なんだから。そういうのはもう、この世界に来た最初の時にメガミさん相手に大失敗しているんだからさ。もー。
交換したのは「まどう」と「けんせい」らしい。惑うと牽制? 両方とも警戒系の【スキル】なのかな?
「違う。まどう」
...惑うでなければ窓ぅかな? 違う? 強いやつ? 強めの窓か雨戸に戸惑ぅ......え、違うの? だから、そういうの察していくの、苦手なんだってば!
それなら、俺の「けんせい」は? 強いやつ? うん、それ【辞書】にも書いてあるから知ってた。へー、強いの同士で交換したんだねー......っておい、ティ! そこでケタケタ笑ってないで、通訳手伝え!
「...ハハハハハ! ...ふぅ。あまりに微笑ましいもので、つい。
【魔導】というのは、かつて魔王と呼ばれた【徘徊する逢魔】が編み出したという『魔法を創造する』スキルのことじゃ」
なにそれ!? カッコいい!
なんでメガミさん、勝手に交換しちゃったの!?
...ねぇねぇ、ニアちゃん。お嬢ちゃんの【まどう】と、おじさんの団栗3つを交換しないかい?
それともモモフの着ぐるみでも良いよ? きっと君にも似合うと思うよー?
――そして、俺の不穏な企みに間髪入れずに天から降ってくる「勝手に交換しちゃダメですぅ!」の声...――
――...待て待てちょっと待てダメガミ! ブーメランって言葉、知ってるか!?
自分のものならまだしも、勝手に人の物を交換したらダメなんだからなっ!? 俺も【魔導】は欲しかったよ!?
「主様、なんだか忙しそうじゃの?」
「...あぁ、お前達やメガミさんの説明不足のせいで、なかなか話が前に進まないんでな!」
「ハハハハハ!」
くそっ、楽しそうだなおい! ニアも一見無表情そうに見えて、尻尾が楽しそうに揺れてるからな!?
まぁ、俺達の関係性については何となく、察したよ。だけど、
「...それで、ティ。俺にどうしろと?」
それが分かった所で、彼女が俺を倒しに来た刺客であることには変わりはないだろ?
「どうしろ? 四人目の仲間じゃろ?」
「...仲間?」
「うむ。良かったのう」
......待て待て待て! 仲間として連れて行けっていうのか!?
確かに今いる場所は酒場だけど、すべてのRPGの酒場で仲間を募集している訳じゃないからな!? お前は、仲間になりたそうにこちらを見ていたなら、全員ネコそぎ連れて行けとでもいうつもりなのか!?
犬、猿、雉に、ネコの刺客に酔いどれおじさん、女王様やら大僧正様やらに至るまで、希望者全員幅広く連れて行く気か!? そんな調子だと、鬼退治どころか独立国家つくっちまうぞ!!
「...あー......ティ? それは彼女が神の使徒だから連れて行った方が良いということなのか?」
「ん? ...あぁ、その通りじゃ!」
「......ティは、ニアについて詳しく知っているのか?」
「いいや? 何も知らん」
「......ニアさん? 君には、俺から色々聞いてもいいのか? 君の雇い主とか、君がどういうつもりなのかとか?」
「......」
ニアさんの耳と尻尾がぺたーんとなって、しゅーんとしてしまったのが「返事」だった。
......
......
...おい、二人共!?
説・明・責・任っ!
ここまでで俺が分かったのは「厄介だなぁ」ってことだけだぞ!! もう少し、俺に理解できるように説明しろよ!?
お呼びですか? って呼んでねえ「下心先生」!! まだ引っ込んでろ!
...ティが何を考えているのか分からないし、ニアさんが何も話せない事情をおいそれと認めるわけにもいかないし。俺が優先するのは仲間たちの安全であって、ニアはまだ「仲間じゃない」んだ。
...あぁ、もう!! それでも......ニアが俺達の戦力や利益になるというのなら、ティの思惑に乗ってやらないこともないぞっ!
「...ティ。さっき言った言葉は覚えているな?」
「さっき言った言葉とは?」
「何があっても守りきる」
「...ああ! もちろんじゃ!」
「俺を守るというのは、俺の仲間も含むと思って良いのか?」
俺の問いに、ティは目を丸くした後、今度はニヤニヤして俺を見つめてきた。
その美人さんの大人モードでそれをやられるとドキッとするから、やめたまへ。
「それを守らずして、主様を守ったなどと言い切れるほど、わらわは恥知らずではないぞ?」
なるほど。ニアを連れて行く以上は、ティもそれくらいは協力するということだな?
「では、ニア」
「...ニャ」
シュンとした姿も、ちょっと可愛いく見えてしまうのはネコ耳効果だろうか? ...ゴホン、とにかく、だ。
「...俺がこの前言った言葉、覚えているか? できるだけ戦いたくないから、待って欲しいといった件だ」
「(コクリ)」
「まだ、待てるか?」
「(...コクリ)」
「...まだ時間があるのなら、少し前向きに、検討してみよう」
「...!?」
目を丸くしたニアと、優しく微笑むティに対して、俺は説明した。
「...この件は『保留』だ。
ニアは、俺の影に潜むのはしばらく禁止、いざとなったら一旦俺達から離脱しろ、その時は俺は追わないから。そして選択肢が無くなったその時は、俺達二人で決着をつけよう」
ニアが嘘を付いていないならば、彼女の標的はサキ、ユキではなくあくまで俺のはずだ。
ニアが嘘を付いていたとしても、サキ、ユキのことは【妖精王】であるティが守り切る。
ならば、俺とニアの「二人の問題」を、俺達二人がどこまで飲めるか、引き伸ばせるかという話だ......それが俺の妥協点、だ。
「...俺達が手を取り合える選択肢を探せるなら、ギリギリまで探してみよう。...それまでの間、よろしくな? ニア」
俺が手を差し出すと、ニアはさっと、俺に抱きついた。
...おや? この世界には握手って、ないの?
俺の手を代わりに握ったのは、ティだった。
「やっぱり主様と一緒にいると、楽しいのう!」
目の前でニヒヒと笑うなっ、なんだか恥ずかしくなる!
俺も楽しいのは大好きだよ! だから、どうにか楽しくなるようにできないか今から考えるから、お前もちゃんと俺に協力しろよな!
...そして俺はなぜかこの瞬間、「三人揃った」、なんて不思議な感覚に包まれたような気がしたんだ。
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俺はニアについては【鑑定】スキルで見て「いない」。
個人情報を覗くのは気が進まないから、【鑑定】スキルはレベルを上げるための訓練時以外は、基本的に【相殺モード】にしている。
果物や川の水を【鑑定】するときはともかく、対人戦においては俺は【鑑定】スキルというのをあまり信用していないのだろう。
鑑定と言われると、偽造や詐称なんて言葉がセットで思いつくのは、俺だけでは無いはずだ。高価な品物には証明書や鑑定書がセットでつくのが常識であることを踏まえると、俺が警戒し過ぎというほどの話でもないはずだ。
逆にもし俺が何かを偽装する手段を持っているならば戦闘時には必ず使うだろう。嘘をついたり見破ったり、嘘を応酬するような【スキル】も必要で、「見破るスキルを騙すスキルを見破るスキル」なんてものを身につける必要だってあるのかもしれない...
それに相手を【鑑定】した時に、偽装や詐称の【スキル】を持つのを見てしまったならば、相手がそれを使うつもりか否かに関わらずもう、その相手を信用できなくなるだろう......もちろん、ニアであっても。
それでも、ろくに【鑑定】すらもせずに、「直感だけ」で小鬼さんやら猫耳さんやらをお持ち帰りするような愚か者は、外した時に痛い目をみる覚悟があってやっているに違いない......違いない...違いないんだぞぅ、おぉぅ......
...なんでこんなことを考え出したのかというと、情報収集のためにこれから道具屋に向かうからだ。
道具屋のおばあちゃんが鑑定メガネ(?)ごしに俺を見る度に、毎回眉をひそめることを、ふと、思い出したんだ。
色々と見えてしまうのも、要らん情報に惑わされることが増えて、それはそれで面倒くさそうだ。知らないほうが幸せなことって、いっぱいあるじゃない......なんて、【鑑定】されているのは俺の方なのだけど、おばあちゃんのしかめっ面には、いつも同情してしまうのだ。
それはさておき、俺達5人は道具屋を目指して、十字型陣形で10階層の街を出た。
先頭がニアなのは前衛というわけではなく、目の届く位置に置いておきたかったからだ。小柄なネコ耳さんの揺れる尻尾をニヤニヤ眺めていたい変態さんだからという訳でもなく、一応はニアを警戒しているからなんだ。
俺の後ろに小人サイズに戻ったティがいるのは後衛というわけではなく、これから行く場所についてティが知らないから、あとから付いてくるという形になっただけなんだ。後ろから「主様にもネコ耳が似合うかもしれぬのー」とか言っている変態妖精の声なんて何も聞こえないんだ。
いつも通り俺の左右を守る、サキとユキが俺に聞いてきた。
「主様? ニアちゃんは、これからずっと一緒ですか?」
「いや、彼女はまだ、うちのチーム(?)には正式加入はしてないんだ」
「では、まだ『せいさい』ではないんですね」
『制裁』っ!? ユキさん、一体何を言っているんだ! ニアさんをモモフやスライムさんの餌にでもする気なのかっ!?
驚く俺に、ティが追撃した。
「どうした主様? ユキは全員が『せいさい』という考え方だそうじゃぞ?」
全員で制裁!? なにそれ怖い! うちの一行は、一体どんな闇組織を目指しているんだ...?
十字型陣形の真ん中に囲まれた俺が組織からの制裁に震えながら歩いているうちに、草原をかき分けた向こうに、いつも通りの目的のものを見つけることができた。
「階段?」
ニアが首をかしげ、サキとユキは楽しげに階段を降りていった。
そして、なぜかティはその階段を見て、苦い顔をしたのであった。




