かいぎ
細長いコの字型に並べられた机に着席しているのは人族の大人達。各方面の権力者や代表者達が列席していた。
そんな大人だらけの会議室に座る、少年なのか少女なのか良く分からない二名の若者。
その一方の彼(仮)が、中年男性を強く叱責していたのだった。
「ちょっと! どういうことなのっ!? なんで【勇者】が負けちゃうのさ!?」
「そ、それは軍師殿...」
「リセット! ちゃんとボクの名前を覚えてよね!
それに軍師じゃなくて、相談役! ボクの役職を覚えてよね!
それで何っ、おじさん!?」
「...その、今回は......勇者の体調が、あまり芳しく無かったために...」
中年男性はダラダラと汗をかきながら、必死に理由を絞り出した。
おそらく彼は、次に「彼の軍」が魔物にでも敗退した日には「今回は魔物が絶好調だったので...」とでも言い訳をするのだろう。
とはいえ他の者達も、そんな彼の言い訳に同意も否定もすることもなく、目を合わせぬようにうつむくのみであった。
ただ沈黙するばかりであった。次は自分の番だと。まるで刑の執行を待つ囚人達であるかのように。
そして執行人であるリセットは叫んだ。
「だから言ったじゃん! ちゃんと【勇者】の手綱を握れって!
金は? 酒は? 女は? ぜんぶ【勇者】十分に与えたの? 大丈夫なのっ!?」
「そ、それは、もちろんですが、金以外の報酬は彼は受け取らず...」
「はぁ!? 何言ってるの?
酒って、贈答品だけじゃないよ!? 食事に呼んで飲ませたの? ちゃんと薬は盛ったの?
女って、まさか本当に女だけじゃないよね? 【勇者】の趣味は調べたの? 老若男女問わずだよ!?」
「く、薬ぃ? それに、老若男女!?」
「高級娼婦だけじゃないよね? 娼婦でも男娼でも、ちゃんと欲情や同情を引く奴をあてがってみて調べたのっ? 【勇者】に抱かれないと家族が死んじゃうとか、訳ありの奴も勇者にぶつけて試してみたの!?
相手は【不滅の正義】なんだから、ちゃんと『正義を利用』しなきゃ! やらなくちゃ正義が守れないって思わせなくちゃ! もー、ちゃんとやってよ!? 何やってんのさ、役立たず!!」
「も、申し訳、ございませ...」
「君、二回目だよね?」
「ッ!?」
「もういいよ。次が最後だよ、頑張ってね」
リセットと名乗る相談役は、会議室の上座側の端にちょこんと座って喚き散らしていた。
他の男達と同様にスーツの上下ではあったのだが、声の高さと若々しい姿で、相談役というよりは礼服を着た場違いな子供のような見た目だった。
その隣で道化のような帽子を被った、これもまたスーツ姿で中性的な、リセットよりは背の高い若者が笑い声をあげた。
「アハハ! リセちゃんは今日も手厳しさ全開だねぇ!」
「何言ってるのさ! 君だって、【徘徊する逢魔】に接触する件、あれどうなったのさ!?」
「ちょ、ちょっと!? それは仕事でやって来たんじゃないよぉ!? 趣味! 休暇! 遊びだって!」
「じゃぁ、さっさと仕事としてやって来てよ! 早く!」
「イヤだよぉ!! それだけは絶対、イヤ! 絶対に引き受けないよ! アハハ!」
道化は強く拒絶した。
確かに「あの少年」には接触した。その上で確信した。あれは危険だと。
あの少年を敵に回せばきっと、「ものすごく楽しい」か「壊滅的に楽しくない」ことのどちらかになるような予感がした。直感が、そう断言した。
いつか彼に再び接触することにはなるかもしれないが、少なくとも今ではない、道化の若者はそう判断した。
そんな道化の拒絶に、不服そうにリセットがつぶやいた。
「ふーん......別にいいけどさっ」
リセットがそう言いながら一瞥した反対側の隣の席。お誕生日席とか議長席とか呼ばれそうな、最奥の一席。
そこに座るのは、気だるそうな冴えない男。これでもこの中では最も身分の高い男である。
彼が何も言わないことを確認して、リセットは矛先を次へと向けた。
「それで、別働隊で【徘徊する逢魔】を追いかける係っていたよねぇ? 誰っ!」
ビクリと肩を震わせた後に、眼鏡の男が返答をした。
「...わっ、私でございます!
我々の商会で最強の切り札、『其処に在る死』を付けておりますので、確実です、はい!」
「ふーん、それで、いつ殺せるの?」
「...まだ、追跡の指示の最中です」
「なんでさ!? さっさと殺す指示をだしなよ!?」
「そ、それは!
【勇者】も勝てぬ相手に殺し......いや、そもそもニアーデスは直接的な殺しの依頼は受けません、奴の専門は追跡か逃走のどちらかのみ、それに付随する殺害のみを実行するという契約ですので...」
しどろもどろに答える眼鏡の男。彼の担当はもともと「追跡」であって捕獲でも討伐でも無かった。彼の言い分自体は特に、間違ってなどいなかった。
そして彼が放った、彼の持つ最強の刺客の名が、ニアーデスだ。
『其処に在る死 ニアーデス』
影に潜み、静かに獲物の傍らにまとわり付く、姿なき謎の刺客。その正体はただ、魔法の名手であるということのみしか知られてはいなかった。
どこまで逃げても振りきれず、どこまで追っても追いつけない。
どこに隠れても誰を護衛にしても彼女の前では全く意味をなさず、何を使って探しても捉えられない。
藻掻けば藻掻くほどまとわり付くその影。業を煮やして影ごと燃やそうとするものならば、その手痛い反撃、『死』の影に逆に飲み込まれてしまうのだという......
ニアーデスが影に潜み視認されないことにこだわるのは、【鑑定】スキルで見られることを避けるためだと言われていた。実際、彼女の【スキル】については謎のままであり、彼女がどんな魔法を使うのかも誰一人として特定できず、それを見た者達の多くは既にこの世にいなかった。
生存者達もただ同様に口を揃えて「見たことの無い魔法だった」と震えて答えるだけなのだという。
そして、彼女には特別な『依頼料』が必要だ。
彼女は依頼の成否に関わらず、必ず同族の奴隷からの開放を求めてくる。
そして、眼鏡の男の現在の手持ちの『猫族』の数は16名。つまりあと16回しか依頼ができないのだ。
しどろもどろの眼鏡の男に、リセットは問いかけた。
「そのニアーデスの奴隷の猫族、増やす努力はしたの?」
「もちろんです! 解放済みの連中や、他の集落の猫を探してはいるのですが...」
「違う違う違う違う!!
その奴隷、雄雌いるんでしょ! 番にして子供を生ませなよ、今すぐ!」
「えっ!?」
「なに惚けているのさ!? 他の奴隷達は娼館送りにだってしているんでしょ!?
同族ならもっと簡単でしょ!? 薬でも脅しでも使って、奴隷の数を増やしなよ!」
「い、今すぐに、そうします...」
「それに!
殺しの依頼もやっちゃえよ! 受けないと奴隷を殺すって脅して、失敗しても成功しても依頼なんて無かったことにしちゃえよ!
『その話は部下が勝手に君に指示したことで、我々は関知しない』って、部下の生首でも突き付けてやれよ! そうすればニアーデスだって少しは引くかもしれないだろっ!?
そのための組織だろ! ちゃんと部下を使えよ!」
その言葉に、眼鏡の男は承諾とも沈黙ともとれる曖昧な返事でごまかした。
ニアーデスへの指示はいつも、眼鏡の男自身が直接行っているのであった。人前に出るのを極端に毛嫌いするニアーデスに対して人伝に指示することなど不可能なのだ。
前回も、首輪をつけて正体も隠し、ただ【勇者】に同行させるという実績作りのためだけに、いつもの三倍の報酬を支払うはめになってしまったくらいだ。
ニアーデスは最強の手札であると同時に、扱いにはとても慎重にならざるを得ない危険物なのだ。
そんな彼女を騙すために、一体「誰の生首」を突き付けることになるのかと言えば......今のリセットの言葉に、男は自らの命運を垣間見てしまった...
そこに再び、道化がからんだ。
「いやぁ、リセちゃん、荒ぶってるねぇ! アハハ!」
「うるさい! しつこい! 黙れよお前!」
「ハハハ...でも、ちょっとやり過ぎじゃない?」
道化は、あんまり「楽しくない」と感じて一石を投じたのであった。ほぼ一人だけが喚き散らす静まり返ったこの会議室の中で、誰もが思う台詞を代表して言ってみたのだ。
その言葉に......リセットは反対側の上座に座る男を無言で睨み、お決まりの言葉を要求した。
やる気のない最奥の男は、ため息と共にこう言った。
「...ならば代案を出せ。内容によっては資金面で俺が援助する」
「...遠慮しまーす。アハハ」
「ほらぁ!!」
代案の要求、代案など無い、リセットが怒って、最奥の男ががっかりし、会議室の全員が絶望するという一連の流れ......そして、その小芝居に道化がうつむいたまま密かにニンマリと笑うのが、いつも通りの娯楽のひとときなのであった。
代案を出して、それにしくじれば、それこそ只では済まない。相談役の提案が現状では最も「効率的」な手段であると、出席者達は認めていたのであった......認めたというよりも、思考を放棄していたのかもしれないが。
その効率の代償は安くはない。今回は【勇者】と猫族達の反感を買おうとしている。
リセットの提示する案によって、人族の取りうるはずの他の選択肢や可能性は次々に消え去り、「人族の未来」の道幅はどんどん細くなっているのだが......そんなことはここにいる会議の出席者達にとっては、知ったことではなかった。
彼らは全員、「自分の今」を守ることだけで、もう、精一杯だった。
そんないつも通りの彼らを無視して、リセットが宣言した。
「それじゃぁ! 【勇者】と【徘徊する...】...あぁ、もう『魔王』でいいや! 【勇者】と魔王の件はそれでおしまい!
他に課題は!? あるだろうけど言わないならもう会議終わるよ!?
はい、終了!」
こうして会議の最後の最後で、「魔王」という人族の最大の仇敵が、わりと簡単に誕生してしまった。
過去の歴史を踏まえると、「魔王」の命名とは、人族が命運をかけた決戦へと再び挑むことを意味する契機であり儀式である。
初代【徘徊する逢魔】に人族が滅亡寸前まで追い詰められて以来、魔王というのは滅ぼす以外に選択肢のないものに対して付けられる呼称なのである。
滅ぼされる側はもちろん、敵味方の巻き込まれる者達すべてにも流血を強いるのが、この命名だ......決して勢いとノリだけでやる行為ではない。
道化はうつむいたまま、腹を抱えて笑いをこらえていた。




