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はじまった

 晴れ渡る空の下、草原を一人、歩いて行った。



 空に見える太陽らしきものは、時間経過で少しずつ傾いているようだ。体感だけど前世と同じ時間の流れ、おそらくは昼間が終わると、やがて夜が訪れるだろう。


 メガミさんの説明していたこの「迷宮」。


 迷宮と言っても見渡す限りの「草原」が続き、まだ広さは分からない。まさか延々と草原が続くのか? ...いや、その場合は迷宮ではなく素直(すなお)に草原と呼ぶだろう。

 探せばきっと、入口(スタート)出口(ゴール)がどこかにあるのだろう。あの時も「転移門がファー」とか言っていたことだしな......



 そしてこの草原の中で、今のところは誰とも遭遇(エンカウント)していない。一応、これは幸運と考えよう。


 なにせ今、何も「装備」が無い。

 少なくとも武器がなく、素手だ。服も、布の服(?)のみ。(よろい)(たて)も無い。

 何かの敵にでも遭遇したら、イチコロだ。(イチ)げきで(コロ)すけナリよ。


 歩きながら、途中ですれ違う林というほどでもない木々や岩場というほどでもない石を調べては、(たきぎ)や石ころを手に入れた。

 何かの敵にでも遭遇したら、これを投げてつけてやるんだ。最期(さいご)の抵抗ナリよ。



 色々拾って、荷物重いな〜とか考えていたら、【スキル】で荷物を空間に収納(?)できた。



 ...もっと細かく言えば、この(たきぎ)とかを入れる「()(もの)」があれば良いのに。

 例えば、せめて()()()の方に入れば......え? 「こっち」って、なんだ?

 ...と、思った時には、薪が()()に入っていた......俺も自分で言っていて、何が起きたのかさっぱり分からない......



 突然手から消えた荷物にギョッとして、(あわ)てて【辞書(へるぷ)】を開いた。

 【スキル】のページに「まほう」が増えていた。



 ...おい、スキル設定が雑すぎるぞ!? モノが消えたから「魔法」か!?


 物を収納する【スキル】だっていうのなら、もっと他の名前もあるだろう?

 確か、何かのゲームか小説で見たような、「ストレージ」とか「アイテムボックス」とか、そういうやつがもっとこう、あるだろう?

 魔法にしたって、「空間魔法」とか「生活魔法」とか、黒とか白とか、何か種類があるだろう!?


 あと、【スキル】の取得条件がさっぱり分からない!


 (たきぎ)が邪魔だなぁ、でスキルが手に入ったらさすがにマズイぞ!

 俺が「もう、みんな消えちゃえばいいのに...!」とか思い始めたらどうするつもりだ! 世界を消すスキルとか手に入るのか!?



 女子にモテたいっ!!


 ...


 ...いや、やっぱり何も手に入らねぇよ! チクショー!!




 ...開始早々、色々調べたいものが増えて、情緒(じょうちょ)が不安定になって、疲労が増していったが、まずは夜が来る前に行動することが先だった。

 比較的安全そうな場所を見つけるまでは、まず歩こう。

 そして、歩きながら検証を続けるんだ、モテるのは一旦(あきら)めるんだ......俺は再び草原を(ひと)り、トボトボと歩き続けた。



 「まほう」で収納(?)できる回数と大きさにはそれなりの制限がありそうだった。

 大まかな検証だと、身の丈ほどの岩は収納できなかったのと、出し入れ時にMPを1消費するようだ。まとめて出し入れしても「一回につき、MPを1消費」らしい。


 MPは時間で回復するが、0に近づくと疲れが出てくるので、ほどほどに残しておいた方が良さそうだった。

 MPが0になっても死んだりはしないが、頭が重くて身体がだるくなる。精神力的な何かが減っているのだろうか?


 ちなみに、魔法も無いのにMPが最初から5だったから、最初はこれをMuscle(マッスル) Power(パワー)、つまり筋力だと思っていた。筋肉は裏切らない。

 だが、そうか...Magic(まほう)の方だったか、フフフ......てっきり腕立て伏せや反復横飛びが5回までできるものだと思っていたぜ。

 5回は少ないって? いや、腕立て伏せはちゃんとやると案外......違う、いまはそれどころではない、黙って歩くんだ...



 武器にするつもりで(にぎ)っていた木の枝を、振ったり(なが)めたりしながら歩いていたら、【スキル】に「かんてい」が増えていた。



 ...もう驚かないが、なんで【スキル】や【ステータス】がいちいち平仮名(ひらがな)なんだ?

 実は「かんてい」は、「官邸(かんてい)」や「艦艇(かんてい)」だったりしないよな?

 官邸(かんてい)だったら補佐官を、艦艇(かんてい)だったら副官を、今すぐ俺に付けてくれ...っ!



 鑑定(かんてい)(だと思う)のおかげで、どうにか食料と水が確保できた。


 歩く途中で見つけた木の実や小川をジッと見つめると、頭の中に「リゴの実:食べられる」とか「きれいな川:飲める」とかの情報が入ってきた。

 相変わらず情報が雑すぎる気もするが、ひとまず今は生存できれば良いから、もう気にしない。



 緊張のせいか、ほとんど腹が減っていなかったのだけど、せっかくだから食べてみると......口に広がったリゴの実の甘みと、()き上がる活力に俺は驚いた。

 食べ物や甘味は生きている実感と元気を与えてくれるから不思議なものだ。食料を手に入れた俺は勇気を得て、再び歩き出した。



 【スキル】の増加については、この日は「まほう」と「かんてい」だけだった。

 増減の条件については結局分からなかったが、俺の行動が取得の契機(トリガー)になるっぽいので、今後も色々と試してみることにする。



 色々試したり、歩いたりしている内に、夜になった。



 水場になりそうな河原近く、一応の寝床代わりになりそうな平らな岩を見つけて、そこで休息をとることにした。

 数は多くは無いが、蝶や(あり)のような虫は見かけたので、寝るのは岩の上にしてみた。(へび)とかはいないと良いのだけど......



 道中で集めた(たきぎ)を前に、じっと座り込んだ。

 河原の前で()き火だなんて、ちょっとウキウキする状況(シチュエーション)だけど、残念ながら今は楽しめる状況ではない。


 そう、ライターとか火打ち石とか、火を起こす手段が何も無いんだ。

 食事は木の実で済ませたから無理に火を起こすことも無いけれど、今後のことを考えると、火を起こす手段の確保は必須だろう。



 ...きっとここは【スキル】「まほう」の出番だ。



 (さいわ)いなことに、まだこの世界で誰にも会っていない。

 誰も近くにはいないはずだ。


 俺は覚悟を決めて、(たきぎ)に向かって、「ファイヤ!」とか「ギ○」とか「ベギ○マ」とか叫んでみたが、火は出なかった。


「ファイヤ」と「ファイア」、巻き舌ぎみに「Fire」と言ってみたけれど、ダメだった。

 他にも、火を意味する単語を色々と言い放ってみたけれど、思いのほか自分の語彙力(ごいりょく)が無いことに衝撃(ショック)を受けただけだった。



 クソぅ、あのメガミめ......とイライラしながら、薪をジッと(にら)みつけたら、点火した。怒りが心に火をつけた(?)ようだ。



 火の大きさは種火程度、すべてのMPを消費して倒れそうになった。

 火がついたのはうれしいが......全力で怒ってMP(こころ)を使い果たした結果が種火では、()き火と引き換えに俺の方が先に燃え尽きてしまいそうだ。

 他の手を考えるか、この【まほう】の仕様についてもう少し確認が必要だろう...



 とにかく、こうして今日は一日を乗り切った。



 一日中歩き回ったからと言って、都合よく水場や食料などが次々と見つかったのは、それなりの理由というか、スキルの効果があるのだろう。

 まだ5しかない「うん」が、実は高い【ステータス】だったりはしないだろうから、この幸運は【はいかい】スキルの効果だと思っている。


 そして草木と虫がいたからには、生態系もあるのだろう。

 つまり、自分を襲う生き物がいてもおかしくはないのだが、今日は遭遇せずに済んだ。

 あれだけ徘徊して遭遇しなかったのも、何となく【はいかい】スキルのおかげのような気がするんだ。


 ...メガミさんの説明でも、何かの()()に遭遇する可能性は言っていたし。


 「まほう」を始めとしたスキルの検証がある程度進むまでは、人や魔物(?)との遭遇は避けたい。

 味方なら良いけれど、敵だったら殺されたり(だま)されたりしかねない。

 今日は食べられる木の実が手に入った時点で何者にも遭遇しないことを祈ったが、今後はそうはいかないだろう。少し覚悟をしておこう。



 あぁ、そう言えば、治安についてはもう少しメガミさんに説明を受けておいたほうが良かったかもしれないなぁ......



 【辞書(へるぷ)】で「治安」について調べたら、「治まって安らかなこと」みたいな説明文が書いてあったので、思わず【辞書(へるぷ)】を地面に叩きつけた。


 俺が欲しいのはこの世界の説明であって「辞書」そのものじゃない! 余計な単語は削って、もっと【辞書(へるぷ)】を薄くしろ! 【スキル】の説明をマジメに書いて【辞書(へるぷ)】をもっと厚くしろ! 今すぐここに来て正座しろ! その(ひざ)の上に【辞書(こいつ)】と石を積み上げてを足を(しび)れさせてやる!



 【辞書(へるぷ)】を何度も引っ張ったり叩きつけたり燃やそうとしたりしたこの日、一番詳しくなったことと言えば、【辞書(へるぷ)】の耐久性についてだった。


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