閑話〜ぜんぜん笑えない喜悲劇
「お前が救わなかったから! 私達の家族は死んだんだ!」
その魔法使いは、いつの間にか、救世主にされていた。
人々は彼女を勝手に崇め奉り、
頼んでないのに報酬を押し付け、
失敗すれば激怒して、
激怒する者を煽る者がいて、
やがて怨嗟が飽和して、
その全てが、彼女に襲いかかった。
彼女はそれほど強くは無かった。
襲いかかる者は刈り取る。それしかできなかった。
その魔法使いは、いつの間にか、魔王にされていた。
そんな彼女の為に立ち上がる者達。
それは人族「以外」の各種族。
その横暴はもはや許せぬと、
言うなれば、彼女を口実にして、
憎き人族に襲い掛かったのだ。
人族も迎え撃った。
自ら網に飛び込んでくる愚か者達。
商品が向こうからやってくるのだ。
狩って狩って狩り尽くしてやれば良い。
その「双方」を、魔法使いは許さなかった。
喧嘩両成敗だった。
各種族はすぐに頭を冷やして反省した。
人族は、ますます怒りに暴れ回った。
その結果、彼女の鉄槌は
容赦なく「人族に」振り下ろされた。
彼女は一人、泣き続けた。
そして、彼女は逃げ出した。
地の果てまでも逃げ出した。
それでも追われ続ける日々に、
一縷の望みを託して、
向かった場所は「地の底」。
ひたすらに、潜っていった。
彼女の嫌いな、できるだけ使わなかった先天的な【スキル】すらも駆使して、地の底を目指す。
安住の地が迷宮にはあった。
だけど、その心に深く刻まれた恐怖は、彼女が足を止めることを許さなかった。
彼女は深く、深く潜った。恐怖から、逃れるように。
そして――
「パンパカパーン!
おめでとう! ついに君は深淵まで辿り着いたよ!」
真っ白い空間の中で、男か女か、子供か大人か良く分からない、神に、祝福された。
「ね? どうだった!?」
感想を聞いているような口振りだったが、それは脅迫に聞こえた。
笑えよ。
そう聞こえた。
...そして彼女は、その神の「問い」に、こう答えた。
「――ぜんぜん、笑えないよ......」
震える声で、涙の枯れ果てた虚ろな瞳で、何もかもが抜け落ちてしまった身体と心で、その魂から絞り出した掠れた悲鳴を、つぶやいた。
それを聞いた神も同様に、こちらはもっと絶望に彩られた表情で、つぶやいた。
「...笑え...ない?
......そうか、笑えない? ......ハハ...
...そうか、笑えない、かぁ......ハハ、ハ...」
壊れたように、何度も繰り返した。
その神は自信があったのだ。彼の使徒達はいつも、必ず最期は笑って逝くものだった。
歓喜に狂気に、その人生の荒波にかき回された挙句に、笑って逝く、はずだった。
今回は特上の舞台を用意した。
艱難辛苦を、喜怒哀楽を、これでもかというくらいに用意して、かき混ぜて、その使徒にぶつけたのだ。フルコースだ、これ以上の贅沢なんてどこにも無いだろう。最高と最悪の全てで、溢れんばかりの娯楽で、彼女を満たしたのだ!
その使徒に、使徒であるということさえ知らせない悪戯まで用意して、その盤上に生み落としたのだ。
そしてついに、数百年に一度の偉業を成し遂げてその使徒はここに来た、はずだった。
......それなのに...
神と使徒、二人は壊れた人形のように、無言で動かず、そこにしゃがみこんだままだった。




