ようせいじょうおう
サキとユキがそれぞれ、ティの左腕、右腕を持って、連行していった。
ティの方が二人よりも少し背が高いのだけど、二人は熟練の配達屋さんみたいに息ぴったりに、ティを隣のテーブルへと運び去ってしまった。
向こうのテーブルで、小声で始まる三人の、会議なのか裁判なのか。だけどすぐに、何やらティが二人を説得しているように見えてきた。
わらわもきょうりょく...とか、さんばんめ...とか、おぬしらもアレではからだがもたぬであろう! ...とか。
...つまりあれか? 「ティさんが強力な第三形態に変身したら、もはや二人には勝てない」とでも言っているのだろうか? なんだろう、ラスボスか何かなのかな、ティさんは?
ふと気がつくと、俺のテーブルの方にはティと入れ替わりに、いつの間にか数人の妖精達が載っていた。
おそらくは男の妖精達。その中心にいるのは執事服っぽい上品な紳士の服装。片眼鏡、モノクルって言うんだっけ? 他の4人も、似たような格好だ。
「この度は、我らが女王を救って頂き、多大なる感謝を申し上げます」
全員で深々と一礼してきたので、俺もテーブルに向かって深く一礼した。
そして、中心の男が自己紹介をした。
「...私は、妖精女王に仕えし執事、セバスチョンと申します」
惜しい!
あと、残りの執事四人も上品に名乗るが、サバスチュン、シバステン、スバスチャン、ソバスポンと、みな惜しい! ねぇ、わざとなの!? わざと外しているの!? ...あと、ソバスポンは実はちっとも惜しくない!
とりあえず、俺も簡単に自己紹介をしてから、彼らに女王のことを聞いてみた。
「ねぇ、君達の女王様、俺達に付いてくる気まんまんだよ? 良いの、放っておいて?」
その問いに、セバスチョンと他の妖精達は答えた。
「我らも女王と離れることは寂しいですが、我らの女王は常に自由。ゆえに、致し方ありません。それに...」
「...貴方様と共に行かれることは、我らにとっても良きことにございます」
おや? どういうことだろう?
彼ら妖精達は、「大人姿の」ティの方を見てから、再び俺に向き直った。
「我ら妖精族の、繁栄のために」
「え? はんえい?」
「我ら妖精は、人との間に子をなすことはできませぬが」
「我ら妖精が風や木々を祝福して、仲間となすには相応の力が必要です」
「主様が女王に夜な夜な力を注ぎ込んで下されば」
「我ら妖精族の繁栄も捗るというもの」
...なんか、雲行きが怪しくなってきた。
一見、エロい雰囲気が無いこともないけど、これってアレでしょ?
村はずれの森に若い男が、夜、フラフラと吸い込まれていって、翌朝干からびた遺体で発見されるとかいう、お伽噺っていうか、ヤバイ伝承のやつでしょ?
言われて思い出したけど、俺、昨夜その「若い男」になりかけたよね!? 蔦で縛られてさ!
君達もっと、傘地蔵とか読んだほうが良いと思うよ!?
そんな俺の心情を知ってか知らずか、執事服の妖精達は俺をグイグイ勧誘してきた。
「ヒョッヒョッ、人族の若者よ、悪い話ではあるまい?」
「我らが女王は、我が一族のみならず、全ての種族を魅了する絶世の美女!」
「おぬしの毎晩が幸せの絶頂に包まれること、間違いないぞ? ウヒョ」
「おぬしが干からびぬように、妖精族の秘薬を毎晩送り届けよう、ヒョヒョ!」
「そうすればおぬしも儂らも、繁栄で、はぁん、イェー、じゃよ! ヒョヒョヒョ!」
あ、だめだ、こいつら。ただたのエロ爺共だった。俺のセバスチャンを返せよ!!
その時、むこうのテーブルから、サキとユキの殺気が襲ってきた。
「「――潰しますよ、この羽虫」」
「「ヒィ!!?」」
静かで、澄んだ、冷徹な、二人の声の揃った警告の声に、妖精達が縮み上がった。
俺も一緒になって「ひぃ」って言っちゃいそうになったじゃないかよ! お前らのせいだからな偽バスチャンs!
もう、その件は、いいとして...
「...君らの期待に応えられるかどうかは別として、サキとユキと仲良くやれるのならば、付いてくるのは構わないよ」
「ありがたき幸せ」
「でも、君らの方は、その、大丈夫なの? 昨日、女王様を人族から奪還したばかりじゃない?」
結論から言えば、彼らは女王を連れて行ってくれて構わないと言っていた。
この10階層は、妖精族の管理する場所だそうだ。
数年前から妖精女王が人族の操り人形になってしまって以来、この街は寂れてしまったそうだが、妖精女王が奪還できた以上はもう人族の言いなりにはならない、この街を再び復興できるとの事だった。
この街は、観光地だそうだ。
この10階層「が」観光地、つまり上下は含まないらしい。
9階層にはあの山ウサギやら山ネズミ(?)やらがいて、妖精達くらいしか突破できない。11階層から先は灼熱地帯で誰も行きたがらない。この上下はそんな過酷な場所らしい。
この穏やかな草原地帯の真ん中にある街へ、転送門を通じて各種族達が避暑や避寒、骨休めの目的で訪れるのだとか。
訪れる客達を相手にするために、建物の一階が各種族向けの大きさになっており、二階より上が妖精達の居住区のようになっている、というのは俺の予想の通りだった。
人族のせいで客足が遠のいていたが、これからはまた、元の賑わいを取り戻すことだろうと妖精達が言っていた。
なお、「地上への転送門」はこの街の中に一箇所。この迷宮の中で見かけた移動用の石の遺跡の、もっと大きいやつが在るらしい。
繋がっている先は、地上のとある森の中。各種族連合がその森を守っているらしい。
こことは別に妖精達の国というのが地上にあるらしいのだが、妖精は自由気ままにやっており、他の種族達との付き合いはさほど無く、お互いに不干渉が暗黙の了解らしい。
この10階層もなりゆきで預かることにはなっているが、いざとなれば、転送門なり9階層なりに妖精達は散り散りに逃げてしまうつもりだそうだ。
今回の騒ぎの発端となった人族。地上には大きな人族の国が1つ、あるらしい。
その国が、今回の妖精女王の一件をどう扱うつもりかは分からない。妖精達がどうするつもりなのかも、俺からは聞かなかった。
...この酒場の従業員の人族の子も仲良く楽しくやっているようだし、そう悪いことにはならないだろう。上手く行くことを願いたい。
彼ら妖精達に、俺達の事情を話して、この街でサキ、ユキが人族達に襲われないように協力してもらえるように頼んでおいた。
妖精達は、「もちろんです」と快諾してくれた。
...この時、俺はなんとか誤魔化しきって軽く笑いながら礼を言ったが、実は嬉しくて泣きそうになっていた。
仮とはいえ、彼女達の安住の地が、ここに確保できてしまったのだ......まさかこうなるとは思わなかったし、計算してやった訳ではなかったが、妖精女王を助けた縁があって本当に良かった。
...いや、これは偶然だ。
女王の件の礼は、彼らにも勿論あるだろう。だが、偶然女王を助けなくても、彼ら妖精は何らかの力にはなってくれた、そんな気がする。そういう人の良さを感じる種族達だった。
それに、この件に手を突っ込んだのはサキとユキがきっかけだ。この運を引き寄せたのは他ならぬ彼女達であって、俺ではない。
...うん? メガミさん? あなたには、もうお礼は言ったから。二度は言わないよ? 「ひどいですぅ」じゃない! 【辞書】でもマジメに改版しなさい! ティに役目を取られちゃうぞ!?
11階層に向けての出発は、三日後にティが元の大きさに縮む(?)のを待ってからになった。
それまでは、まだ街の外の人族達の件もあるし、酒場の中で大人しく? 賑やかに? とにかく宴会を続けることになった。
楽しいなぁ、無銭飲食。
路地裏通りの一角とは言え、寂れた街に一箇所だけ妖精達がウキウキしながら激しく出入りする、いかにも怪しげな建物があるわけだが、人族達はここに近づいては来なかった。
いくら妖精女王を奪われてしまった人族達でも、この小さな重火器達が集う要塞に踏み込む勇気や戦力は、きっと無かったのだろう。
そういえばユキの「血纏姫」という名前を思い出して、サキ(酒呑姫)ばっかり酒を楽しむのもどうかと思い、「俺の血......要る?」と一応、聞いてみた。
何か聞いたらまずいことを聞いてしまったらしい。顔を真っ赤にして恥ずかしがるユキ、それを見て恥ずかしくなる俺と、それを見て躊躇なく俺の指に針を刺してきたティ......この女ッ!?
ティの「針による攻撃の瞬間」は見えていたし、ナイフだったら当然避けていたのだけれど、俺は逡巡してその針を避け損なってしまった。
おそらくそれは、「良いから早く血を渡してやれ」というティの機転だったのだろう。俺の指(から出る血)をチュウチュウ吸ってうっとりするユキを見てニヤニヤしてやがったから、ただの悪戯だったのかもしれないけれど......なんだか、恥ずかしいなこれ?
それは良いとして、俺の指(についた血)をナメナメし終わったユキが「見えます......見えます主様!!」と泣きながら抱きついて来たから驚いた。
それを見たサキが「ずるい!? わたしだって見えますけどぉっ!?」と逆方向から抱きついてきて、ティまでも俺達の上から抱きついてきて、俺にはさっぱり話が見えてこなかった。
...もしかして以前、ユキの左の視力が弱いように感じた件か? もしそうなら、俺はなんでもっと早くに血を......いや、とにかく解決したのなら、今は素直に喜ぼう。
それからサキ、何か見えもしないものが見えちゃっているのなら、そろそろ一旦、酔いをさましなさいっ! ティはどさくさに紛れて俺の耳を舐めるんじゃない!
とにかく、みんなうれしそうなのは、俺もうれしくて、幸せだった。周りに妖精がいるせいか、これは夢なんじゃないかと疑って、一瞬だけ怖くなったりもした。
...酒と血の効果だったのか、サキとユキの瞳の色が美しい金、銀に変わっていたのは、正直、一瞬だけマジでビビったことは内緒だ。
こうして夜も更けていき......
俺は酒場の最上階、人族向けの宿部屋でも最上の部屋へと案内された。
最上と言っても部屋が広いわけでもなく、普通の部屋とまったく一緒で、寝具がダブルサイズで防音機能が充実しているだけだと偽セバス達がいやらしい目で笑いながら言ってきたので、樽に詰めて外に追い出した。
だけど、上階から見る夜の静かな街並みは、風情があって素敵だった。
明かりの消えた静まり返った家々――星の光を静寂で呑み込む三角や四角の入り組んだ影達は、街というより異界を思わせる妖しさがあった。
そこにたまに浮遊する、光の尾を引きながら吸い込まれていく妖精の姿。この街には他にどんなものが隠れているのだろうかと想像力をかき立てられてしまった。
...酒を飲み過ぎたのかもしれない。夜空の向こうの方に転移門の光の柱が、2本見える気がするのは、重症だ......
...それより、ついにこの日が来た!
俺はこの世界でついに、初日の件は無かったこととして、今度こそ『ベッドの上で安眠』する日がやってきたんだ!
ずっと河原の岩に毛皮を敷いて眠ってきた俺の目の前に、ついに、フカフカのベッドが現れた! お前はこんな所にいたのか、ベッドよ! ずっとお前に会いたかったんだ!
ご飯もお酒もおいしかったし、布団はさいこう、もういうことは、なにもない......
...その日の夜。
ニギャーーというネコが尻尾でも踏まれたような叫び声を聞いた気がした。
...確か、ここの従業員の一人が猫族だった気がするが、なんだか確認するのも怖いので、聞かなかったことにした。
...あれ? でもあの三人の従業員のうち、彼だけは男の子なのかなと思ったんだけれど、いまの声は......声なんて、何も聞こえなかったし気のせいだ、うん。
他にもちょっとした騒動はあったものの、平穏無事に三日間は過ぎていき......
...俺達は、11階層へと旅立つのであった。
―――――
【ステータス】
なまえ:コージ
しょくぎょう:がんばりや
しゅぞく:ひとぞく
HP:190
MP:340
ちから:130
すばやさ:190
かしこさ:150
うん:11
【スキル】
はいかい Lv10
けんせい Lv1
まほう Lv3
かんてい Lv7
かいたい Lv3
さいしゅ Lv4
りょうり Lv2
ほんかど Lv7
...他(やくそう Lv1など)
【しょくぎょう】
がんばりや
けんせい
まほうつかい
とうぼうしゃ
かんさつしゃ
にせももふ
こぶん
はっかー
よっぱらい
徘徊する逢魔
...他(ごしゅじんさま、など)
【げんざいち】
めいきゅう 第10層




