ごぶりん
失礼なこと?
俺は別に、「何か調べごとをするならば、こっちの羽が付いていて自力で移動できる色々知ってそうな妖精の方が、地味に厚くて重たい【神器:辞書】よりも、持ち運びに便利そうだなぁ」と思っただけだ!
失礼などではない! 【神器:辞書】には、また違った良さがあるんだ。硬いとか重いとか、象が踏んでも壊れないとかさ!
「...あぁ、それに、聖剣だって折れる」
「...なんの話じゃ? なにやら物騒じゃな?」
なんの話してたんだっけ? あぁ、自己紹介の途中だったね?
「やぁ、ぼくの名前はポコピー。こっちは相棒の鈍器だよ!」
「...よろしくの。ポコピー」
あはは、じょうだんダヨ! そんなこわい目でぼくを見ないでヨ!
「...俺はコージ。あなたの言う通り、渡り人で神の使徒、らしい。
メガミさんに、雑な説明の後にいきなり迷宮の一層に、この【辞書】と一緒に落とされた。
俺自身にも俺が何者なのか、いまだに、さっぱり分かってない」
「それは......気の毒にのう」
ティさんが、本当に可哀相といった表情で、俺の頭を撫でてくれた。
あれ? この人、実は優しい? 美人だし、ここ酒場だし、うっかりボッタクられそうだよ!?
「...おぬし、また失礼なことを考えておらぬか?」
「...ティさんは、俺の心が読めたりするのか?」
「ティ、敬称は要らぬぞ主様。心など読めぬ。【鑑定】スキルは自然と身についただけじゃ。わらわは他の者達よりも少々、長生きじゃからの」
「...妖精ってのは長生きなのか?」
いや、そもそも人族の平均寿命も分からないけど。
「妖精族はだいたい、数百年くらいで壊れるのう」
「壊れる?」
「寿命は尽きぬとも、心が壊れる。
取り返しの付かぬ失敗、耐え難い別離、果てしない憎しみ、長く生きれば何らかの感情に揺さぶられた拍子に壊れるか、何も考えずに薄くなって消える。そういうものじゃろう?
人族は、そうなる前に先に寿命が尽きることの方が多いようだがの」
...その考え方は無かったな。
確かに人間だって「壊れる」人は大勢いた。もう疲れたって人も沢山いた。寿命が長くてもやがて結局は壊れるってことか?
「...人族の寿命って、どれくらいなのか?」
「主様のいた世界ではどうか知らぬが、ここでは100年くらいかの。妖精は数百年、他の種族は、だいたいその間くらいかの。
だが、どの種族も大半は、20を前に何かしらに襲われて生を終える、魔物だったり他の種族だったり、あるいは同族の何かに襲われての」
「あなたは、他の種族や他の妖精達に比べて、長生きである、と?」
「女子に齢を問うのは感心せぬが、そういうことになるの」
ティの説明の「数百年」という雑な部分は、妖精族では一般的な感覚なのだろうか? 200から900年の間だと、誤差がちょっと、ねぇ?
他の種族とか、魔物とか、他に問いたいことは増えていくばかりだけど...
...ユキは同じテーブルでこちらをじっと見ている。サキはあっちで妖精達と、果物を握りつぶして果実水を作っているが、それでいい。
俺は声の大きさを少し落として、ティに尋ねた。
知識のありそうな者に、一番聞いてみたかった問題について。
「あなたの知恵を借りたい」
「テ・ィ・じゃ! ...もうっ、何を知りたいんじゃ?」
「...サキとユキ。この二人の小鬼族を人族から逃がす。あるいは人族に追うのを諦めさせる。そのための手段か、必要な知識について知りたい」
ユキが口を手で抑えて震えだすが、ダメだ! そのままにしてろ、サキはまだ呼ぶな、気付かれるな!
...もしも残念な結論ならば、聞かせたくないんだ。俺は首を横に振ってユキに動かないように伝えた。
「おぬし、それを聞くならば...」
ティが、ちらりとユキの方を見る。
「...色々と、話をせねばならぬことになるぞ?」
その言葉にユキが覚悟を決めたように、俺の目を見て話し始めた。
「...私とサキは、血纏姫、酒呑姫と呼ばれる特殊な双子です。そのことは我々一族から秘中の秘とされておりました。これまで黙秘していたことをここに謝罪いたします」
うん。その【スキル】の名前については、もう知ってた。
【鑑定】スキルでうっかり見てしまったのを、見なかったことにしていたんだ。二人が隠していたようだったから。
「私は同族以外の、愛す...仲間、の、血を。シュテンは...サキはお酒を飲むと、超常の力を発揮することができます。私達は『先祖返り』だと言い伝えられておりますが、詳しいことはその、私達にも分かっていません」
ユキが話し始めの方で俺を恥ずかしそうにチラチラ見ていたのは気になるけれど、二人が特別であることについては、なんとなく分かった。
さっきから、サキが素手でクルミを割ったり、果実水を絞ったりしているのは、酒の力だった訳だ......「酒の力」って、いろいろと怖いよね!
ティが、そのユキの『分からなかった部分』を補足説明した。
「数百年前に、とある鬼の一族から独立したのが小鬼族じゃ。
争いごとを好まぬ彼らは、秘儀によって力を捨てて、独自の道を歩もうとした。
だが、それは裏目に出た。
力を、知恵を失い、彼らは自らを守れなくなったのじゃ。それこそ人族達のような脆弱な力だけで、安住の地を求めて旅立つことになってしまったのだが......それは失敗に終わったのじゃ。
飢えた彼らは、近くの種族を襲って糧と子孫を手に入れた。
その最も犠牲となった弱き種族が、人族と言われておる」
説明の「数百年」の部分はもう少し精度を上げて欲しかったが、少なくとも人族と小鬼族の対立は長きに渡るというのが分かった。
「わらわも今のことは知らぬが、わらわがああなった数年前にはもう、小鬼族は絶滅寸前じゃった。
小鬼族の全てが人族を襲ったのかは知らぬが、人族にはその見分けは付かぬからの。人族は敵である小鬼族を根絶やしにするつもりじゃ。
それに、その二人の鬼っ子は特別じゃ。
本流の鬼達すらも失ってしまった『かつての力』を持って生まれた、いわゆる先祖返りというやつであろうな。
力を捨てたはずの小鬼達の、最後の姫にその力が戻るとは、なんとも皮肉な話じゃな...
それもあって、人族は過去の怨恨だけでなく、その二人の力を欲しておるのだろう。それゆえに人族がその二人を諦めることは、まず、無いであろうな」
小鬼の過去や人族の事情はさておき、今後も追跡が止まることは無いだろう、と。
あぁ、やっぱり、そういう結論になっちゃう? かと言って、サキとユキのために人族を滅ぼすとかだと、それは全然違う気がするし。
そうだなぁ......今は、これまで通り逃げまわるくらいしか思いつかないなぁ。
衝撃的な過去と、絶望的な未来に、青ざめるユキ。
そして俺は...
「ハァー......それはなんとも困りましたなぁー」
頬杖をついた俺は、できるだけ深刻にならないように感想を述べてみた。
すると、ティも、苦笑しながら。
「まったく、困ったものじゃなー」
と俺の真似をして答えて、そんな苦笑する俺達二人の反応にユキは目をパチクリした。
ユキが、俺達が深刻に悩む必要なんて無いんだ。
彼女達が生まれる前からもう、こうなっていたようだし、そんな事情は俺達には知ったことじゃない。
それにどんな事情だろうが、どの人族でもどの種族でも、うちの子を泣かす奴は許さん。俺はどんな手を使ってでも、最後までサキとユキとイチャイチャするんだ! って、俺の中の下心先生と誓いを立てたんだ!
ティが、なぜかニヤニヤしながら俺の方を見て、こう言った。
「わらわも行くぞ」
「えー。なんでぇー?」
俺の頬をツンツン指でついて来るティさんを、ユキはジロリと睨んでいる。
...おや? 向こうから吸い寄せられるようにサキがすーっと近づいてくるぞ? 野生の勘か何かかな?
ティは、俺に甘ったるい声でこう言った。
「それはぁ、わらわを主様が救ってくれたからじゃぁ? 主様が救おうとする者達ならば、わらわも当然、手伝っちゃうぞー?」
わー、かわいー。そして、胡散くさーい。
「あなたのおかげです」からの、クネクネ媚を売りつつ、「あなたの大事なものの為」、「私もお手伝いしたーい」という連続攻撃。そのままうっかり偽の骨董品とか名画とか借金で買わされちゃいそーぅ。
「...それで、本音は一体、なんなんだ?」
苦笑しながらの俺の問いかけにティは、目を丸くして、パチパチさせた。
そして今度は、大人姿ではなく「小人の妖精」達と同じ雰囲気で、とても無邪気にニヒヒと笑ってこう言った。
「それは、おぬしと一緒にいた方が、楽しそうだからじゃ!」
...わぁ。俺は、そっちのかわいい笑顔の方が、苦手だなぁ...




