うたげ
こちらも確かに悪かったけど、あまり妖精女王のティターニアさんは反省していないようだった。
一応は俺も謝罪はしたが、やっぱり物申さずにはいられなかった。
「...だけどね、うん。悪戯にせよ、遊びにせよ、頭に『夜の』がつくやつは、ちゃんと相手を選ばないといけないと思うんだ」
まぁ、久しぶりに隷属の魔法から開放されて、はしゃいじゃったのかもしれないね。
次からは、気をつけるように。
では、さようなら。
「なんじゃ? わらわはおぬしに付いて行くぞ?」
この言葉に、ティターニア本人以外の全員がざわついた。
妖精達がそれを必死に止めた。俺も止めた。
「い、いまなんとおっしゃいましたか? 女王様!?」
「わらわも、この人族の男子に付いて行くぞ」
「なぜですか!? ようやく人族から開放されたというのに!」
「わらわは、まだこの人族に開放されておらぬ。わらわはこの、助けてくれた人族のものじゃ」
「あー、それなら、助けなかったことにします。
ねぇ? さっきの『隷属の首輪』か、ほかの余ったやつとかある? イタズラしないように、今度はちゃんと君達で首輪を付けておくように」
「ひどいな、おぬし!? ...フ、フーン! わらわは暫くは、この大きさのままじゃ! 首輪があっても、つけられぬわ!」
そう言えば、あと3日はその大きさなんだっけ? 誰のせいだろうね?
「じゃぁ、もう、そこにある荒縄で良いよ。隷属の杖で小突けば命令聞くだろうから、同じことでしょ?」
「さっきからおぬし、わらわの扱いが酷いな!?」
厄介事に巻き込まれる前に、さっさとお暇しようと思っていたけれど、すでにもう手遅れらしい。それに昨日はせっかくの宴に参加しそびれてしまったのもあったから、今日のところはもう、この酒場での騒ぎに付き合うことにした。
この地下酒場で、朝っぱらから宴会が始まった。
妖精達が集まって、次々に料理が運ばれてくる。
従業員らしき者が三人。猫族、森人族、人族らしい。...人族も別に全員が妖精達と敵対しているという訳では無さそうで少しだけ安心した。各種族の従業員達が飛び交う妖精達と一緒に手慣れたように、明るく楽しげに、いそいそと働いている様子だった。
妖精達が作った料理を、三人の従業員達が忙しなく運んでいく。店内にいつの間にやら増えてきた妖精達の数が多すぎて、三人では追いつか無さそうな雰囲気だ。
サキとユキが手伝いだしたので、俺も手伝いだして、妖精達も自主的に運びだした。おい、お前も働け、妖精女王!
次々に並べられる料理は、どれも美味しかった。
あの妖精の小さい体で作った料理とは思えない量と出来栄えだ。え、火加減が重要? その小さい身体で鍋とか振っちゃうの? 大丈夫だよね? 皿の中に妖精とか混入してないよね?
それと、テーブルには肉料理も置いてあった。妖精も肉、食うのか......集団で。なにそれ怖い。ダークファンタジーすぎるだろ...
この辺で肉って言ったら、あの兎かな? え、違うの? 転送門で余所から持ってきたの? なんだか、貴重な食材を使ってもらったようで申し訳ない。
そういえば、この世界でちゃんとしたテーブルで料理にありつけたのは、初めてだ!
サキ、ユキも様子を見るに、かなり久しぶりのようだ。
妖精達も、従業員達も、ほんとうに幸せそうだし、妖精女王ティターニアも、少しだけ泣いているようだ。
...俺も力になれて、本当に良かったと思う。
......俺に力をくれてありがとう。メガミさん。
料理には、酒も出されていた。
俺の知るところの、焼酎とかウォッカとかの蒸留酒というよりも、ワインとか果実酒のようなものだった。
そして、その酒に呑まれたのは、サキだった。
「サキはぁー、お酒でー、とっても強いんですぅー」
サキがニャハハと笑った。笑い上戸かな?
あと、お酒「で」じゃなくて、お酒「に」じゃないの? すでに酔っ払いかな?
妖精が持ってきたクルミらしきものを、サキが摘んでは、パキっと割ってあげていた......怖っ。
「主様もー、主様の敵もー、サキがパキっといっちゃいますぅー!」
うんうん、ありがとねー。だけど、「俺も」パキっといっちゃうのは、まずいと思うんだ?
そんな様子を、ユキがハラハラしながら見ている。
ちなみにユキと、妖精女王は、甘いものが好きらしい。あまり酒は飲まずに、甘味を楽しんでいるようだ。
俺は妖精女王に、こそっと告げた。
「...妖精女王、お酒を出してくれるのはうれしいが、サキからは少し、遠ざけろ」
「ティじゃ。それに何を遠慮する、酒呑姫に酒を出さぬは無礼であろう?」
しゅてんき? なにそれ?
それを聞いたユキの顔色が悪くなり、妖精女王は首を傾げた。
「なんじゃ? おぬし、なにも知らぬのか? その鬼っ子たちは――」
「――...妖精女王。俺が聞かない彼女達の秘密を、話すな」
「ティじゃ。おぬしは......その娘達のことを知りたくはないのか?」
「俺が知りたいのと、暴いて良いかは別問題だ、妖精女王」
「テ・ィ! ティターニアじゃ! ......なんじゃおぬし。人族のくせに、変わっておるのぅ...」
妖精女王ティターニアは口を尖らせて、ユキの目は泳ぎ、サキの目は据わっていた。
...あれ? サキさん、大丈夫だよね?
何だか「【勇者】も人族も、たおすです!」って言いながら、次々にクルミを割ってるけど?
あと、そこ! サキの横に、クルミと酒を追加するんじゃない! 割ったクルミをかき集めて、調理場に持って行くんじゃない! サキも、クルミ割り人形じゃないんだから、割るのは後にして大人しく食べてなさい!
俺は頬をムニっとつねられた。
妖精女王ティターニア......彼女、ものすごく妖艶なんだよなぁ、黙っていれば。
「おぬし、いま失礼なことを考えなかったか?」
「いいえ、全然。女王さま」
彼女は再び口を尖らせた後、居住まいを正して、丁寧に自己紹介をしなおした。
「わらわはティターニア。【羽ばたく悪戯】が使徒、【妖精王】。ティと呼んで欲しい。わらわと眷属達を助けてくれて、感謝する」
「...感謝とか、この料理でもう十分だよ。礼はもう、昨日言ってもらったし」
俺はもう十分だと答えたが、ティさんは俺をじっと見つめたままだった。
...あれ? ひょっとして、俺の自己紹介を待っているのかな?
「...俺達は、通りすがりのモモフ族です」
「...それはもう、約束の地へと旅立ったと聞いたぞ? 『コージ』?」
...チッ。あなたも鑑定スキル持ちか!
『コージ』ってのは、すっかり忘れていたけれど俺の名前だ。サキとユキ以外には誰にも名乗っていないはずの名だ。
...あれ、俺『コージ』で合ってたっけ? パイポか、ポンポコじゃなかったっけ? それともチョウスケではなかったか?
「...おぬし、何を不思議そうな顔をしておる?
わらわはおぬしの【相殺】を突破できる程度には『鑑定』は極めておる。それから、『風魔法』や『土魔法』も、多少は使えるぞ?」
自分の名前に首をかしげていた俺に、ティさんが説明というか自己紹介をしてくれた。どうやら彼女、いろいろと詳しそうだ。
確か、俺の今の鑑定スキルのレベルは6だったはずだけど、彼女はそれ以上あるようだ。
それに「極めておる」って言葉も引っかかる。そもそも俺は【鑑定】がレベル毎にどこまで見えるものなのかとか仕様についても詳しくないのだけれど、彼女は色々と知っているように見える。
俺は【辞書】を、収納魔法から取り出した。
ティさんがそれを見て次々に分析する。
「おぉ! 見事な魔法じゃな! 封印魔法か!
それにその神器、やはり、おぬしも神の使徒じゃな!?
もしや渡り人というやつなのか!?」
色々とくわしいなー、もー......
だけど、俺はティさんと【辞書】を交互に見つめて考えた......こっちの方が携帯には便利そうじゃないのか、と。
小さくて軽くて、音声認識機能がついているし。名前を呼んで話しかければ、いい感じに質問に答えてくれそうじゃないか? ...そうだよメガミさん、俺が欲しかったやつって、きっと「こっち」だったんだよ!?
「おぬし、いま失礼なことを考えておるじゃろう?」
天の声「失礼ですぅー! 私の【辞書】の方が便利ですぅー!」




