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まち

 転移門でファーッと降りてきた第10階層も、今までと似たような空と草原ではあったのだけど、正面にはこの世界で初めて見るものが広がっていた。


 街だ。


 まだこの世界で他の街を見ていないから分からないが、規模から見て「都会」とか「観光街」とか呼んでもいいのだろう、それなりの大きさはありそうだった。商隊やら旅団やらの集団の1つや2つなら軽く取り込めそうな雰囲気だ。

 街をぐるっと円で囲んでいた城壁は、実際に近づいてみたら、思ったよりも低い壁だった。少なくとも、これまでに見てきた俺の身長を超えるモモフ達を阻止することはできない程度の壁だろう。この階層にはモモフ達はうろついていないのかもしれない。


 道具屋のおばあちゃんの話だと、この階層のどこかに地上へと繋がる『転送門』があるはずなのだが、あの街の中のどこかにでもあるのだろうか?

 そして、この階層は『妖精族』が管理していると言っていた気がするのだが...



 無人の城壁、その正門らしき場所を通り抜けると、正面には街の大通り。

 そして人が......誰もいなかった。



 廃墟という訳ではない。きっと人は住んでいる。

 誰も住んでいないのならばもっとこう、壁や戸口が(さび)れていたり、道が荒れていたり、違和感を感じるはずだ。


 俺は目を、耳を、鼻を、すべての感覚を研ぎすませて周囲を探ってみた...



 ......いた、妖精だ。



 正面のはるか先、空中をすーっと飛ぶ、羽の生えた小人。小鳥のような大きさだけど、人型だとすぐに見分けがついた。

 一瞬だけ、俺は自分の【鑑定】スキルの【相殺モード】を止めて、通常の【鑑定】であの小人にじっと焦点を合わせると、【妖精】という種族名が確認できた。


 その妖精、そのまま建物の二階へと入っていった。

 その様子で、俺はこの街の建物の特徴に気がついた。


 大通りに面したどの建物も、一階には大きめの扉や窓が付いている。人間の大男でも違和感なく出入りできそうな大きさだ。

 しかし、どの建物も二階には小さな窓、窓というよりも扉かもしれない。いかにも小人が出入りするような玄関らしきものが付いていた。


 これはおそらく、一階が人族をはじめとする「大きな者」達のための住居か店舗で、二階が妖精達の住処(すみか)にでもなっているのではなかろうか?

 全ての店舗が昼間なのに閉まってはいるが、扉を開ければもしかしたら、中でひっそりと営業しているのかもしれない。



 それと、気がついたことが、もう一つ......



「...サキ、ユキ。少しだけ、ここで待ってもらっても良い? 10分ほど時間をもらいたい」


 突然の俺の申し出に二人は目をぱちくりさせていたが、特に疑問をはさむこともなく、そのまま承諾してくれた。



 俺は一人、細い路地裏へと入っていった。


 路地裏も、建物のつくりは表通りとほとんど変わらない。この街は全体的に統一感を感じる雰囲気がある。

 下は石畳、壁も石か、煉瓦(れんが)だろうか。木製よりも石を基調とした街の作りになっていて、その色もキレイな白や明るい色で、統一感をもって上品にまとまっている。

 いつか上層で見た、人族の駐屯地らしき石造りの建物、あれよりもはるかに美しくて生活感のある建物と町並みだ......無人でなければ、だけど。


 路地裏の突き当り、行き止まりらしき場所はすぐだった。

 そこで俺は、問いかけた。



「...この辺でいいだろう? 話をしよう」



 この街について、すぐに俺達を監視し始めていた()の気配。


 俺が振り返った数歩先、地面の影からズルリと現れてきたのは、小さな人影だった......いや、その登場のしかたやめて欲しいな? カッコイイけど、少し怖いよ?


 濃紺の髪、同じ色の猫耳。青い瞳。斥候とでも呼べそうな服装。

 出てきたのは、あの駐屯地を偵察した時に鎖で繋がれていた、ネコ耳娘だ。


 途中で俺達を追い抜いたのか、転送門経由で地上から直接来たのかは分からない。とにかくここで、俺達の到着を待っていたのだろう。


「......」

「......」


 そういえば、この子あの時も、無口だったねぇ。


「こんにちは」

「......」


 無反応という訳でもない、尻尾が少し揺らいだからだ。尻尾かわいい。

 だけど、無言でじーーっと見つめられると、なんだか俺の方が少し照れてきてしまうよ。


「...えっと、俺達を監視しているの?」

「(コクリ)」

「狙いは鬼の子?」

「......」


 ...そうか。狙いは俺か。


 ......俺かぁ〜...【勇者】倒しちゃったからかなぁ? ...俺、やっちまったかなぁ?


「...もう何かそういう、『物騒(ぶっそう)な命令』を受けちゃったりは、しているのかな〜?」

「(......コクリ)」


 ...やっぱり?

 ちょっぴり(さみ)しそうな表情でうなずいちゃう?


 とはいえ、無言でこちらをじっと見つめる目は獲物を狙う瞳というよりも、やはり戸惑いや悲しさを感じるような視線に見えなくもない......さて、どうしたものか。少なくとも今すぐに開戦という必要は無さそうだけど......


「...その君のお仕事、期限はあるの?」

「......」

「そうだよね〜。俺達がいつ、ここに来るかなんて分からないだろうからねぇ」

「(コクリ)」


 この子も【勇者】とはまた別の雰囲気で強そうな感じがするのだけれど、もしも急いで確実に俺をどうにかしたいのならば、それこそ【勇者】とセットで送り込むなりした方が良いはずだ。

 この子はどうして一人なのか、それとも、この街に他の追っ手も来ているのだろうか?


 そういえば、あの時も【勇者】達と同じタイミングで草原に駐屯していたのに、【勇者】の襲撃前後でこの娘と彼らは結局、俺達の前に現れなかった。何か部署とか命令系統とかが、別口だったりするのだろうか?

 それに彼女があの時につけていた首輪も、今はつけていない。前回と今回で、なにか彼女の事情や立場とかが異なるのだろうか?


 うーん。どうしよう。


 俺も彼女と交渉するつもりで、わざとサキとユキを置いて一人でここに来たのだけど、別に策があるというわけでもない、いきあたりばったりで来てしまっただけだ。

 俺が腕を組んで首を右に左にかしげながら(うな)っている間にも、彼女はじーーっと俺を見たまま待っている。


 うーん、分からない、何も思い付かないけれど...とりあえず彼女が待ってくれるのならば...


「...これは提案なのだけど」

「......」

「そのお仕事、できる限り、引き伸ばせない?」

「...?」


「俺達もこの街で目立つつもりはないから、この街にまだ来ていないことにしてしまっても良い。逆に君がこの()で俺達に付いて来てくれても良い。

狙いが俺で追っ手が君なら、俺達二人だけの問題ってことで、適当にやれば......まぁ、俺達がやりやすい方法を考えればいいだろう」


「......」


「それでもダメな時は、俺達二人で決着をつけよう。だけど......争いを避けられるうちは避けて、逃げられるうちは逃げてしまおうよ」

「......」


「受けてもらえるかい?」

「(...コクリ)」


「...俺の連れのあの二人は鋭いから、今の距離だと、そのうちにバレるからね? 気をつけて」


 こうして俺は、ネコ耳さんと密約を()わしてから、人通りの無い路地裏のもと来た道を引き返していった。

 ネコ耳さんも、影の中へとスッと消えて、気配が追えなくなっていた。



 再び路地裏を一人歩きながら、俺は考えた......



 ...あぁぁ゛...モヤモヤするぅ......!

 どうにかできるなんて根拠はないし、全力で問題を先送りにしてみただけだ。自分の問題を明日の自分に押し付けただけなんだ! 明日の俺は泣いていい!


 ...いや、情報が足りなくて動けないし、判断なんてできないんだ。

 俺の言葉を待ってくれたり質問に丁寧にうなずいてくれる子ではあったけれど、彼女がどんな事情を持っているのかは分からない。

 あの時のような「首輪」は今はつけていなかったけれど、別の首輪はついているのかもしれない。人質とか、金銭的な理由とか。そして俺にはそれを外すことは、まだ、できない。


 もし敵対するのなら、俺は「誰を」守るのか、間違えてはいけないんだ。

 先送りにせずに、あの場で決着を付けてしまうのが、本当は一番安全だったんだ...



 ――...あの偵察の夜、彼女と目が合った時の涙が、気のせいでは無かったとしても、だ――



 ――そう、あの涙! あれのせいで俺の中の「下心先生」が助けろ助けてやれ助けるべしと(うるさ)いんだっ!!

 涙ひと(つぶ)でいちいち心が揺らぐくらいなら、世界はとっくに平和になっているはずだ!

 涙ひと粒でいちいち心が揺らぐから、世界から嘘つきや詐欺師達がいなくならないんだっ!


 そして俺の心は揺れに揺れてグラッグラだっ!


 分かっている、俺が優柔不断にまた危険な場所に足を突っ込み始めているのは自覚しているんだ! かわいいネコちゃんをお持ち帰りしたいし、犬派猫派と聞かれれば、兎と小鬼も加えて全部大好きだ! だからこそ、こうやって、良心と下心の(はざま)で俺は全力で妥協点を模索(もさく)したんだ! もう十分に及第点なはずだ、俺は合格だ!


 せめてサキとユキ、二人の安全さえ確保できた、その後ならば......そうだ、負け惜しみだ。


 フラグ? あぁ、なんだって良い、俺だってその時が来れば、きっちり(かた)を付けてやる。あのネコ耳さんと一対一で戦ったり、一対一でひなたぼっこしたり、いくらでも付き合ってやるんだ! 場合によっては、ネコ耳さんの雇い主から彼女を奪い去っても構わない、いくらでも付き合ってやろうじゃねぇか......だから、今は冷静に、大人しく引っ込みやがれ、俺の下心っ......――



 ――...10階層に着いて早々に発生した厄介な出来事(イベント)に、俺はヒヤヒヤ、モヤモヤしながら、サキとユキの待つ大通りへと戻っていった。



 戻った時に、二匹のモモフが街中に立っていて、ハッとした。


 そう、俺達がまだモモフの着ぐるみを着たままであることを、すっかり忘れてしまっていた......俺はついさっきまで、モモフの着ぐるみでネコ耳さんと会話をしていたのだ。なんて、メルヘンな光景だったんだ!?


 この着ぐるみの着心地の良さと、草原に()えるサキ、ユキのモモフ姿が当たり前の景色になっていたけれど、こうやって街中に立つことで、久しぶりに俺の中の違和感がちゃんと仕事をしてくれたのだった。着ぐるみのまま、街中に入ってしまっていたなんて、恥ずかしいっ...!


 ...そして、そんなかわいらしい二匹のモモフに、ちっともかわいらしくない人族の男達が近づいて来たところを、残念ながら目撃したのであった。


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