やま
結局、巨大なモモフが最もいっぱい溢れていた場所というのは、第六階層だった。
第七階層に着いた時は、第五階層と同じか、それよりも巨大モモフの数は少ないくらいだった。
さらに第八階層は、第一階層と同じくらいに穏やかな場所だった。
久しぶりに見た手のひらサイズの幼体『モフ』がかわいかった。和む。
そして、ついに第九階層。
モモフは一匹だけ......一匹だけ、では、あるのだが......
モモモモモモモモフである。
もー。鑑定スキルで見ても、「モ」を数え間違えちゃうよー。
疲れ目の時とか、いくつあるのか良く分かんないよ、もー。
俺の身長の16倍以上とか、意味分かんないよもー。
何食ったらあんなに大きくなるんだよー、もー。
草原の彼方で、白い山が「モ゛ァァーーー......」と鳴いた。
欠伸かな? 眠そうだね。あと、声低いね。重低音かな?
第八階層から降りて来た場所から、向こうの白い山めがけて道ができていた。
草原に石畳というか庭石というか、地面にまばらに平らな石の床を埋めた状態が真っ直ぐに続いて、やや広めの道として先へと導いていた。
そして、転移門を降りてすぐの場所に石版があった。
大いなる白き奇跡と拝謁し
新しき世界へと至らん
...おや? やっぱり俺、こっちの世界の文字が読めるみたいだぞ?
これはサキとユキも読めるの? すごいじゃない。この世界の識字率って一体どれくらいのものなんだろう?
まさかモモフも読めるのかな? これ書いたのモモフじゃないよね?
書いたのは人族と仮定して。
これって、思わせぶりに書いてるけど、たぶん、
『先に進むことができませんでした』ってことだよね?
もし、先のことが分かるのなら、『この先5キロメートル、転移門』とか書いておいたほうがよっぽど有益な情報な気がするし。
...先に進めなかったのが口惜しかったから、それっぽいこと書いてみたんでしょ?
この文章、翻訳すればつまり、
『白い奴が邪魔で先に進めない』
または、
『白い奇跡に踏まれて新世界に行こう』ってことでしょ?
色々と勝手に邪推している内に、だんだん石版の有り難みがなくなってきた。
この石版、わりと最近彫ったやつじゃないのかな? 偽物の遺跡か、慌てて作った観光地みたいなものだったりしないのかな、と思えてきた。
「主様、どうしましょう?」
ユキが俺に尋ねてきた。
...とはいえ、おそらくは、あの白い山のいる方向に進むしかないのだろう。
もう石版はどうでも良いとして、この道の方は昔に作ったように見えるし、そして白い山はわざわざその道の先で待っている。広い草原にもかかわらず、わざわざその場所で待っているのだ。
俺の【はいかい】スキルの方も、なんとなく「こっちだよ〜」と言っているような気がするし......
...よし。
「...モモフの気持ちになってみよう」
「「えっ?」」
何も今日中にこの第九階層を抜けなければならない訳ではない。
時間をかけて、じっくりと攻略すれば良いのだ。
万が一、ここで人族に追いつかれてしまった場合は、それはそれだ。その時は俺達、人族、モモフの三つ巴の追いかけっこがここで始まるだけのことだ。
「ともかく、一週間ほどかけて、少しずつ近づいて、観察してみよう?」
こうして第九階層での、俺達とモモフとの共同生活(?)が始まった。
青い空、輝く太陽、広い草原の果てに、白いモモフ。
そんな背景の中に溶け込むように俺達も、日がな一日、ぼーっとしていた。
サボってなどいない。背景に溶け込むことで、あのモモフに見つからないようにする訓練をしているのだ。
美しい夜空に、瞬く星々、広い草原の果てに、白いモモフ。
吹き抜ける夜の草原の風の中で、闇と静けさの一部となった俺達は、夜のモモフをぼーっと眺め続けていた。
自棄になどなってはいない。明日の活路を見出すために、あのモモフを観察し続けているのだ。
眠る時は一度、八階層へ引き返してから【白昼夢】の中に引っ込んだ。【白昼夢】から草原に戻った直後に、あの巨大モモフと出くわす可能性を避けたかったからだ。
翌朝、再び九階層に来た俺達は、昨夜よりは少し距離を詰めて、ぼーっと...いや、真剣にモモフを観察した。
ちなみに、昨夜から巨大モモフこと「モモフ山」の位置は変わっていなかった。
もしかしたら、若干は変わっていたのかもしれないが、この距離からは誤差に見える程度しか変わってはいなかった。
そして、空、草原、モモフを観察し、夜、草原、モモフを観察し、また一日が終わった。
この生活をはじめてからは食事も野菜か果物といった草食(?)に限定し、肉は避けた。モモフの気持ちになってみるために、なんとなく。
空と風、そしてモモフ。大地と太陽、たまにモモフ。少し前へと移動しては、穏やかな日々とモモフが続いた。
意外なことに、この状況をサキとユキの二人もすんなりと受け入れてくれた。
サキは身体を動かす方が好きなのかなと思い込んでいたのだけれど、「こういうのも良いですねぇ」と上機嫌で草原の一部となっていた。ユキはもう、目を閉じて、風と草原に溶け込んでいた。
向こうに見えた白い山の縮尺と遠近感を間違えていた結果、この九階層の攻略(?)は延長戦に突入しそうな雰囲気だった。
少しずつ近づいていたつもりが、まだ全然距離があったのだ。ここでいきなり距離を詰めるのも違う気がしたから、日程の方を延ばすことにした。
時間がかかりそうなので、一旦、道具屋のおばあちゃんのところへと生存報告も兼ねて顔を見せに行った。
すると、以前おばあちゃんに頼んでいたアレが入荷していて驚いた。
そう、『モモフの着ぐるみ』だっ!!
「...あんたが注文したんじゃないか」
呆れられてしまった。
申し訳ない。おばあちゃんの商品調達の力を侮っておりました。あと、あの時は冗談で言ってみただけでした。
モモフの着ぐるみは、今までに納品した干し肉や胆石の代金でも十分に支払えるとの事だったけど、これ自体はそれなりの高級品ではあるそうだ。
質感と肌触りがすごく良い。防御力については分からない。俺達は迷わず三着購入して持ち帰った。
そして俺達は、九階層に生息するモモフとなった。
モモフの着ぐるみを着て草原の風にあてられていると、今まで以上に何もかもがどうでも良くなってくる...
その気ぐるみの着心地の良さに加えて、右を見ても左を見てもモモフなところが、和みと慈しみを加速させてくる。
もう、なにもかもを投げ捨てて、このままモモフになっちゃえば良いんじゃないかな? と思えてきた......
...おばあちゃん、この着ぐるみ、呪いとかかかってないよね? 無気力の呪いとか、モモフ化の呪いとか?
念の為に、鑑定スキルで確認してしまったけれど、表示されたのは、
【モモフの気ぐるみ:着心地サイコー】
だけだった。なんだ、ただのサイコーか......おい、ちょっと待て、サイコーって主観の問題だろ? 何を基準に最高って【鑑定】されたんだよ、メガミさん?
俺達は少しずつ、あの白い山へと近づいていく。
しかし、それ以外は特に変わらぬ日々が続いていく。
青空、草原、風、モモフ。それだけだ。強いて言うならあと「平和」を加えても良いかもしれない。ピンフじゃないよ、ヘイワだよ。
巨大なモモモモモモモモフは、動かざること山の如しだ。
たまにネコみたいにノビーっと背を伸ばしたりするが、それだけだ。伸びた後で運動したりはせずに、またじっとしている。
あと、たまに鼻をフスフスしたりしているのが、近づくにつれて分かってきた。
それをサキとユキも真似して、かわいいことも分かった。いや、もう分かっていたんだ、その着ぐるみを着た瞬間から。それ以上は、もう、許してくれ。俺が萌え死ぬ。
意外なのは、見た限りではあのモモフ山、食事すらも取っていない様子だった。
あの巨体を維持するには、まる一日食べ続けたって足りないものだと思っていたのだが......ほとんど動かないのは、熱量を消費しないようにするためなのか?
あれはもう、巨大生物というよりも、精霊とかに近い何かだと、俺は勝手に思うことにした。
そんな日々が、あっという間に過ぎ去っていき......
気がつけば、俺達はモモモモモモモモフのすぐ近くにいた。
だからといって、慌てて通り抜けることもなく、その日は一日、モモモモモモモモフの傍にいた。
何度か目が合ったが、それだけだ。お互いにフイッとすぐに目を逸らした。
何か用事があるならその時に声をかけるだろうと、お互いに思っていたのかもしれない。
その翌日、モモモモモモモモフの先に、第十階層への転移門を見つけた。
...結局、第九階層の「正しい攻略方法」が何だったのかは分からない。
偶然うまくいったのかもしれないし、慌てて走ったら想像通りにペシャンコにされていたかもしれない。
よく分からないが、俺達は事実、第九階層を突破していた。それだけことだし、それでいいのだ。
こうして俺達の長い草原世界の冒険は、ここで一旦の区切りを迎えたのであった。




