たんせき
あの怪しげな商人を振りきるのに失敗して、五階層まで引き返してしまった俺達は、なんだかんだでモモモモモフと戦うことになっていた。
え、「モ」がいっぱいで、分からない?
つまり、今回は、「モ膝腰頭超フ」だ。頭の高さの倍あるやつだ。
もう一個モが多い「モ膝腰頭超死フ」は、頭の高さの4倍だ。
頭の高さの倍の兎だから、奥行きはもっと大きい。
つまり、前世で言うところの、象か、トラックが跳んでくるようなものだと思ってくれ。
そうだよ、つまり、事故だよ! 事故!
事故と戦った......いや、巻き込まれたんだよ!
あの時、サキとユキが、冗談半分に言ったんだ。
「主様となら、モモモモモフくらいなら倒せる気がします」
「そうです、主様は最強です!」
「ハハハ、またまたぁ、ぜんぜん笑えないぞぅ!」
そして二人がニッコリと顔を見合わせた後、突然、走り出した。
走り出した先は、例の「白くて大きな事故」だった。
二人はちっとも冗談じゃなかったんだ。
俺はすっかり出遅れてしまったのだけど、あの二人のもう強いのなんのって。本当に、人族から逃げ回っていたのかな? って思うほどだった。
何か二人の【ステータス】でも上がったのかな? なんでだろ?
もともと強かった二人には、俺が毎日のように【白昼夢】の河原で訓練には付き合ってもらってはいたのだけれど――俺が一人で練習していると、いつも二人がじゃれついてきていたのだけれど、いつの間にやら二人共、すっかり強くなってしまったようだ。
しかも二人、なぜかモモモモモフが相手でも素手で戦う。
確かに、俺と訓練する時はいつも素手だけど、それは俺がただ、何となく武器を持つのが苦手なだけだからなんだ。
二人は別に、ナイフとか使っても良いんだよ? モモフ相手だとナイフの方が毛皮で折れるかもしれないけれど。
モモモモモフは、断末魔の「ギニャァー!!」にさえ気をつければ、別に魔法とかを使ってくるわけではない。
気を付けなければいけないのは体当たりだ。行動が分かりやすいから、実は事故は起こりにくいかもしれない、か? そう考えると、わりとがんばれば勝てるのかもしれない。
...あと、今回は体格差があるから、前足での左右の殴打とか、跳躍からの踏み潰しとか、カウンター気味に放ってくる頭突きとか、横転からの轢き潰しとか......って、結構あるな、おい!? 中止だ! 中止! 今すぐ作戦中止だ!!
すっかり興奮してしまったモモフ【大】とゴブリン【凶】を相手に俺は「ねぇ、もうケンカはやめようよぉ!」と割り込もうとするが、一匹と二人はもう、止まりそうになかった。
特に、二人の方は「見てて下さい主様!」「今夜は肉祭りです!」とむしろ狂喜乱舞している有様だ。落ち着け二人共! それは無理だから! そんなに焼けないし、食べられないよ!?
二人はもう、【ごぶりん】ではなく、【ごごごごごぶりん】か何かでは無かろうか?
怖くてもう、二人を【鑑定】スキルで見ることができない。
やがて決着が近づいてきた。
二人の方が優勢に進めているが、二人も一匹も、負傷よりも体力の方が限界で、すっかり息を切らしていた。
ここで俺が割り込むのは、漁夫の利みたいで申し訳なかったが、こんなところで二人が大怪我するのも嫌だし、モモフ側の援軍が来たりすれば手に負えなくなるので、やっぱり、さっさと倒すことにした。
巨大モモフの眉間に一撃。脳震盪を狙って打撃を放った。
それで息の根が止まったかどうかは分からないので、崩れた所を、力任せに首めがけて踵を落とし、巨大モモフはついに沈黙し、動かなくなった。
「「主様、すごいです!!」」
二人が純粋に褒めてくれているのは分かるのだけど、俺の乱入して倒したタイミングがあまりに終盤だったせいで、どうしても「主様、すごい『漁夫の利』です!!」という俺の心の声による余計な脳内補完が入ってしまう......
俺は二人の無邪気な声援にとても恥ずかしくなりながら、巨大モモフを【まほう】スキルで収納した。
俺の魔法の収納だと、巨大モモフが容量超過なのか、収納できたものの、MPが数秒毎にどんどん減っていった。
サキとユキの二人が軽傷であることを確認して、俺達はまず先に【白昼夢】の領域へと移動した。
MPが切れる前に霧の河原にモモモモモフを放り出して、サキとユキの手当てを終えた。そして、スライムさんも加わって、さっそく解体作業を行った。
三人と一匹がかりで巨大モモフを解体したが、解体作業はサキとユキの二人の方が、俺よりも上手くて手早かった。
あまりにモモフが巨大なせいで、血抜きの作業一つとっても、事故あらため大惨事。夢に出てきそうな血なまぐさい光景だった。
干し肉とか、燻製肉とかも、今はもう二人の方が俺よりも詳しいので、俺は二人の手伝いに回ることにした。
途中から、サキが解体、ユキが料理と加工、俺が運搬と手伝い全般、スライムさんが後片付けと分業して、肉を次々に干したり焼いたり燻したりしていった。
とにかく忙しい。三人と一匹とも、作業と並行しながら、味見するように食事をした。
いつか夢見たモモフ専門店の前に、モモフ精肉店の方が先に開業してしまったようだ。謝肉祭......は意味が違うか? とにかくもう、肉祭りで、肉まみれだった。
サキがモモフの中から取り出した「石」を掲げていた。
獲ったぞーっ!! って感じで。
石? なんだろ、胆石かな? 結石かな?
...なぜか前世の、「石ができた時の辛さ」なんて欲しくもない知識なのか記憶なのかが蘇ってきてしまった......モモフさんも、草ばっかり食ってるわりには石とかできちゃうんだね? 健康な食生活と運動って大事だよ?
その胆石は、心臓の近くで取れる胆石らしく、わりと希少な胆石らしい。
色はキレイな紅色で、大きさは、サキがそのまま俺に投げてきたら大怪我しそうなくらいの大きさだ......サキの手の平より大きいくらい? うん、言い直したのは、サキが全力で投げれば大小関係無しで大怪我しそうだからだ。
「主様、これでお金持ちです!」
え!? 大丈夫だよサキ、俺、「その件」については、ぜんぜん気にしてなんて無いんだからねっ!?
モモフの胆石売ってお金にしようなんて、俺はそこまで切羽詰まって無いからね!
一昼夜かけて、なんとかこの肉祭りが無事に終了した。
内蔵や骨、処理の難しかった部位については、まるまるスライムさんの担当となった。たんとお食べ。
...ちなみに果物や野菜もちゃんと食べるように皆にすすめた。バランスよく食べないと、胆石が怖いからだ。
翌日、道具屋のおばあちゃんの店に行くことにした。
今回の獲物のおすそ分けと、これまでの諸々の報告を兼ねて。
てきとうに歩くと道具屋への階段が見つかるという仕様は、俺の【はいかい】スキルと、おばあちゃんの索敵スキル(?)のどっちの効果なのだろうか? 両方なのかな?
入店しながらモモフの石を掲げるサキを見て、おばあちゃんが嬉しさと困惑の入り混じった目で俺を睨むのは、サキが可愛かったのと、「あんた、一体何と戦わせてんだい!?」という抗議の視線だろう。違うよ、おばあちゃん。あれは事故だったんだ。
「...モモフの素材と魔石、あたしの方で預かろうかい?」
おや? あれは胆石では...じゃなくて、おばあちゃん、預かってくれるの?
「あたしが預かった分は、あたしの店でしか交換できなくなるけどね、ヒヒヒ」
おばあちゃん、なかなか外道な提案だね。ヒヒヒ。
...とはいえ、このまま迷宮を彷徨うならば、おばあちゃんの競合店でもこの迷宮に現れない限りは、他に俺達が買い物できる場所など無いだろう。
あったとしても、それを見つけるまでの間に手に入れた物品を貯めこむ場所が俺達には無いし、俺の魔法の空間収納は有限だ。
おばあちゃんの申し出は、現時点での俺達にとってはありがたいものだ。
俺はおばあちゃんの「厚意」に甘えることにした。
サキとユキを、再び奥の扉の衣装部屋へと放り込んで、おばあちゃんと世間話をした。
まだ新しい服など要らないと遠慮する二人に対して、おばあちゃんが「若い内にそういうのも楽しんでおきな!」と問答無用に押し込めた。いま持っている服は古着として交換にも応じてくれるらしい。
...おばあちゃん、たぶん孫や子供にベタ甘なタイプなんだろう。
おばあちゃんに、勇者の件と、怪しげな商人の件、メガミさんに会った件を報告した。
神器の件については、
「小僧の言うように、【神器】の【権限】を疑う者もいるが、少数派だね。【権限】が多くなるほど価値と価格が上がるという考えが多数派だ。
だが...小僧の言う説は面白い。なるほど、【神器】に監視されるねぇ...ヒヒヒ。忠告ありがとうよ」
どういたしまして、ヒヒヒ。
まぁ、【神器】がどう動くのかなんて、作った神様しか知らないだろうからね。こればっかりは、諸説あります、くらいしか言えないだろう。
そして、俺がメガミさんを泣かした件......いや、泣かしたのは言わなかったけど、それが気になって、おばあちゃんにそれとなく聞いてみた。
おばあちゃんは以前、その丸いメガネで俺の【スキル】や【職業】を見破っていた様子だったし、俺がメガミさんの使徒だとか、大体の事情は察しているようだ。
おばあちゃんは、その有名なおとぎ話について話してくれた。
「...【徘徊する逢魔】が神に召し上げられたのはおよそ千年前、それが今、『一番若い神様』だと言われているね...」
初代の【徘徊する逢魔】であるメガミ様は、人族を絶滅寸前にまで追いやった「魔王」と呼ばれていたらしい。
以来、歴代の「魔王」達こと【徘徊する逢魔】の使徒達は、人族に恐れられ、滅ぼされ続けながら、現在に至っている、と...
...そっかー、そして「俺に」至っちゃっているわけなのかー。
「...千年前からのおとぎ話だからね。あたしも詳しいことは知らないが...まぁ、人族と魔王には、色々とあったんだろうよ」
人族と魔王の戦いについての詳細は、文献とかで残ってはいるものの、結局それは人族の虚飾や捏造も含めたものなので、その真相については『その時代を生きた者』くらいにしか分からないらしい。
ただ、分かっていることとして、その伝承の多くは【徘徊する逢魔】の悲劇なのだそうだ......なにそれ、怖くて聞きづらいんだけど?
そして、色々詳しすぎるおばあちゃんの年齢も、怖くて聞けない。
...だから、詳しいことは分からないし、俺も一旦忘れることにしよう。
色々あったんだろうし、【勇者】の方も訳ありっぽいし、正直、あまり関わり合いたくない。
また懲りずにサキ、ユキにちょっかい出してきたら、ぶっ飛ばそう。それで良いじゃない。神々の事情とか知らんし。またメガミさんの愚痴にも付き合ってあげれば、それでいいんじゃないのかな?
「...とりあえず俺達は、このまま十階層を目指します。しばらくモモフから逃げまわる日々が続きそうです」
「おや、引き取ってやるって言ったじゃないか? 遠慮無く持ってきな」
「アレは事故です......ちなみに、十階層まで、モモフなんですか?」
「他の生き物もいるとは思うが、まぁ、だいたいはモモフだろうね」
「ちなみに、『モ』はいくつまで増えますか?」
「モ? ...あぁ、それは見てのお楽しみだね」
「あんなの、楽しめませんって...」
あとは、細々とした情報を交換し、いくつかの買い物を済ませて、俺達は『彷徨う道具屋』を後にした。
なお、モモフの着ぐるみ寝間着については、おばあちゃんが手配してくれるそうだ......ほらぁ、モモフの着ぐるみ、やっぱり有るんだよ! あの怪しい商人の言うことは信用できない!
モモフの石は高価らしく、当面はその代金のツケで、商品を交換してくれるそうだ。
石は巨大なモモフしか持っていないから高価らしい。確かに、腰ほどの高さのやつを狩っても石は出てこなかったはずだ。
とはいえ、あれとは何度も戦いたくはない。
これから先、下を目指す間は、ほぼ逃げの一手だ。食料や必需品が尽きる前に、どうにか十階層までたどり着きたい。
十階層には地上への転送門を備えた「街」があるそうだから、着けばそこで、またどうにかなるだろう。
ちなみに、あの巨大モモフを狩ってしまうサキ、ユキの現在の【ステータス】は俺も知らない。
レベルの上がった鑑定スキルで見れば、以前よりも多くの情報が得られるのかもしれないが...
【ごぶりん (たべられるよ、ウフフ)】
...レベルを上げれば、あの鑑定情報が改善されると思っていたが、よくよく考えればレベルが上がれば情報が減るよりも、むしろ『増える』と考えるのが普通だろう。
これで二人の『スリーサイズ』とか、いろいろ見ちゃいけないものまでが表示されるようになったら、もう俺は、安眠できない自信がある。
ただでさえあの二人、夜はたまに危険なのに...
とにかく、鑑定スキルで【相殺モード】に切り替えられるようになったのは、助かった。うっかり見そうになった時は、意識してすぐに切り替えるようにしている。
道具屋のおばあちゃん? もちろん常に【相殺モード】だよ! 怖くて見れねぇよ!




