めがみ2
「質問はありますか?」
何の説明も無いまま、質疑応答が始まった。
既視感のある真っ白い空間の中で、俺が最初に発した質問は、これだった。
「...これ、俺の夢の中で、あってますよね?」
俺は別に死んだという訳でもなく、サキとユキとスライムさんとの夕食後の談笑の後に、いつも通りに就寝したはずだ。
「そうですぅ。いま、貴方の夢の中に直接話しかけていますぅ」
...その説明で合っているのだろうけれど、言い方。「いま貴方の○○に直接語りかけています...」って、すごく胡散臭く聞こえる台詞だからね? それに、なにやら手をユワンユワン揺らしながら言うんじゃない、超能力者的な何かのアピールのつもりなのかっ!? 神ならもっと堂々と構えていろ! ちょっとかわいい振り付けに見えないこともないけどさ!
...あと、ここ、例の白い空間だろ? 夢の中で話しかけるというよりも、なんだか拉致された感じになっているよね? 俺、眠いし。
ほら、なんだか俺、ほっぺたつねってみると、夢のわりにはちょっと痛いし、メガミさんをムニムニつねっても、痛がっているみたいだし。
「は、離ひて下はい〜!」
「...あぁ、失礼。なんだか夢の中で話しかけているというよりも、真夜中にそちらの都合で叩き起こされてしまったかのような妙な感覚だったもので、つい」
そう、真夜中にそちらの都合で叩き起こされてしまったかのような感覚だったから、つい、頬をつねってしまったのだ。大事なことなので二度言ってみた。
寝ぼけ眼にこの真っ白い空間は、正直、目がチカチカして辛ぁい。それにメガミさんだって、子供が夜ふかししたらダメなんだぞ? 大人だってお肌が荒れちゃうんだぞ? ふあぁ...眠ぃ......
あー、もう......この展開だと、俺が質問しないと先に進まないやつっぽいな。...俺はいまいち目覚めていない頭で、問いかける内容を考えた...
「...このタイミングで現れたってことは、もしかしてあの、怪しげな道化商人に関することですかね?」
と俺が質問すると、メガミさんは、
「...ノーコメントですぅ」
と、とても嫌そうに回答した。言いたくないのか言えないのか、メガミさんの事情は分からないけれど、その表情で大いに語ってくれた。
どうやらあの商人は、関わらない方がいい奴のようだ。
「...あの商人の件でなければ、俺が【不滅の正義】を叩きのめしてしまった件ですか? もし、不味かったのなら、その......すみません」
「...ノーコメントですぅ」
今度はメガミさんは一転して、ニコニコとうれしそうに黙秘権を行使した。かわいい。
あれは俺もやり過ぎて反省していたわけだけど、メガミさんが喜んでくれたのならば良かったし、もっと全力でぶちのめしてやれば良かったのかもしれない......いや、なんでメガミさん、喜んでいるんだ?
...メガミさん、「果てることなき暴力活動」が大好物ってわけじゃないんだよね? 俺のあの大暴れにご満悦なメガミさんに、一体何があったのか、それはそれでちょっと怖いのだけれど......黙秘されてしまったのだから、もうこれ以上は聞くことができない。
仕方がないから、もっと別の観点というか、今度は俺の要望から切り込んでみた。
「それでは、【辞書】の件ですか? あれには俺も、色々と問い詰めたいことがあるんですけど?」
「...のっ、ノーコメントですぅ......」
両手で顔を覆ってつぶやくメガミさん。これはこれで、ちょっとかわいい。
どうやらあの【辞書】の内容については、メガミさんにも色々と思う所はあるようだ。
あと、さっきからメガミさん、ノーコメントばっかりですよ? 質問しろって言ったじゃないですか?
俺も言いたいことは色々あったはずなのだけれど、こうやって突然質問しろと言われると、何も思い浮かばなくなってしまった。
とはいえ、せっかくの機会を逃すという手はない。いまでこそようやく安定しつつあるが、わりと命がけで俺は日々を過ごしてきたんだ。そしてその原因は何にあったのかといえば......
「...メガミさん、ですが、やっぱり【辞書】についてはわりと死活問題なので、もう少しなんとかなりませんか?」
やっぱりこれだ。俺は再び話を蒸し返して、食い下がった。
前世では何から何までWebやら書籍やらで情報を調べていたものだから、ついその感覚が抜け切らないというか、ただの知識欲とかなのかもしれない。
それでも、サキやユキの件とか、種族や文化の常識や禁忌については知りたかったし、何より俺自身の【スキル】については詳しく知っておかないと、俺自身や使う相手に対して大怪我を負わせかねない問題なんだ。
もしも【辞書】が無理なら、形は何でも構わない。こうやって夢の中で教えてくれても......と、どうにか妥協案でもひねり出そうかと思ったのだけれど...
「わっ、私だって、いろいろと書こうと思ったけれどっ、むつかしくて分からないんですぅ!」
と、メガミさん、半ば逆ギレ気味のご意見を仰った。
その、「分からない仕様」について俺は知りたかったのだし、説明責任はメガミさんの方にあるはずだし、そもそもよく分からない危険物を俺に与えてしまうのはいかがなものなのか? とか、言いたいことは山ほど出てきたのだけれど、俺は、
「う、うーん...いろいろと難かしいんだねぇー...?」
と相槌を打つにとどめておいた。...一応は今のところ俺は無事なのだし、きっとこの幼い女神にも色々と日々の苦労があるのだろう。
すると、メガミさんはさらに主張した。
「そもそもっ、辞書は人を殴るのに使ったらいけないんですぅ!」
そのメガミさんの言葉には、「剣よりも硬い辞書があれば、うっかり使っちゃうだろう!? それに、結構ノリノリで【ほんかど】なんてスキルを俺に授けれくれた女神さんはいったいどこのメガミさんだッ!?」という反論が喉まで出かかったけれど......どうにか飲み込んで、
「...うん、そうだねー、辞書で殴ったらダメだねぇー...」
と相槌を打つにとどめておいた。...彼女も色々と、なにか日々の不満がたまっているのだろう。
するとメガミさん、なにやらヒートアップしてきてしまったのか、
「私だって、いろいろ大変だったんですぅ!」
「...具体的に、何がどう、大変だったんですか?」
「あっちこっちで、色々と、ずっと大変だったんですぅ!」
「...そっかー、いろいろ大変だったんだねぇ...」
なにやら苦労話を色々とぶちまけ始めてしまった。
そして、彼女は雄弁に語っているつもりのようなのだが、「いろいろ大変だったんですぅ」が話の内容の半分以上を占めていた。そこに更に、「すごい」大変だの、「とっても」大変だのの強調強化が加わって、中身は無いけど高威力な、無属性の愚痴魔法を俺に対して連発してきたのだ。
きっとこれがメガミさんらしさなのだろう。そして俺も、何か気の利いた言葉をかけられるでもなく、ただ相槌を打つことくらいしかできないから、まぁ、どっちもどっちだった。
女神とその使徒(俺)は、真夜中の真っ白い空間の中で、不毛な会話を果てることなく続けていった。
...とはいえ、呼びだされた挙句にただ愚痴を聞かされるのも癪なので、相槌をうちながらも、どうにかメガミさんに対して誘導尋問をしかけ...ゴホン、もう少し分かる内容になるように会話の節々でそれとなく「水を向けて」みた。
どうやらメガミさん、地上で大変な目にあったから、俺をあえて「迷宮の中へ」と落としたらしい。
「メガミさんの時は何の説明もなかった」から、俺には「質疑応答」を一生懸命やったそうだ。
そして、彼女自身について語らなかったのは......自分のようにはなって欲しくなかったからのようだ。
今だって、俺に誘導されてうっかり口を滑らそうとする度に、彼女に何があったのかは必死に「ぼやかそう」として、俺に知られないように努めているように見える。
そうか、そういうことだったのか。
俺が初めてメガミさんと出会った時のあれ......全体的に、優しさの空回りで、メガミさんの説明不足の結果だったのか。
それで命をかける身としては堪ったものではなかったけれど、どうにか乗り切って余裕のある今ならば、メガミさんの優しさも何となく感じ取ることができる。
この子、どうにも不器用すぎて、優しくて遠慮がちで、色々とゆき届かない子なんだろう...
そのくせ【徘徊する逢魔】と呼ばれるほどの力? 武力? そのような何かだけはあったから......いろいろと軋轢が生じて、大変な目にあったのではなかろうか?
こうやって今、話の聞き手となっている俺以上に、狡猾な連中にでも騙されて、メガミさんは良いように利用されていたのではなかろうか...?
...この幼くて頼りない女神が、「人族の天敵」扱いされているわけなのだろう? この子が? 天敵? むしろ天敵にならないように利用できちゃいそうなくらいの「弱い子」だぞ? あえてそうなるように仕向けたんじゃないのか、「弱い」のを利用して......いや待て待て、事情も知らないのに、俺も邪推し過ぎだろう......
そんなこんなで俺達は、二人っきりの真っ白い空間の中で、「大変だったんですぅ!」「そうだねぇー」「ですぅ!」「だねぇー」と、誰も止めてくれない「千日手」を指し合っていた......神の時間感覚で本当に千夜くらい続いてしまったらどうしよう? サキかユキかスライムさんが俺を夢から起こしてくれれば脱出できるのかな?
だけど俺は別に名人でも竜王でもないから千日も繰り返せるような技量は無いし、アラビアンなナイトでもないから千夜も一夜も物語れない。そろそろというか、ようやくというか、本題についてメガミさんに切り出した。
「ところで、メガミさんが俺をここに呼んだ理由とか、あるんですか?」
本当は最初にこれを聞くべきだったのかもしれないけれど、出会い頭に「やい、オレ様を呼んだ理由はなんだ!」と幼いメガミにぶつけるのも気が引けたから、もっとやんわりと聞こうとして、結局、聞きそびれてしまったんだ。
「あ......コホン。いつも私から質問にお答えしているので、今回は私から質問があったんですぅ」
...メガミさん、いつも俺からの質問にお答えできていないじゃないか。【辞書】は雑だし、さっきの質疑応答に至っては、ほぼノーコメントと愚痴だったじゃない?
...そんな思いは飲み込んで、俺はメガミさんの質問とやらを促した。
「......いったい、どのような質問でしょうか?」
するとメガミさん、意を決した表情で、一言。
「...あなたは今、幸せですか?」
...おぉぉぅ、それ、聞いちゃうの? ...想定外に重い質問をぶっ込んで来やがった。
そもそもこんな、真っ白、面白空間に拉致監禁された上で「おい、幸せか?」とか聞かれてしまっては、「はい」でも「いいえ」でも、続く展開に不吉な予感しか感じ得ない。どっちで答えても「お前を幸せにしてやろうかっ!?」とか言われて、なんか、蝋人形にでも変えられてしまうのではなかろうか?
...それに、密室で繰り広げられる上からの質疑応答って、あんまり質疑応答として成立しないものだよな? どちらかというと尋問だし、質疑応答してやったという事実を形成するためだけの、いわばアリバイ工作だ。こちらからの質問や回答だって、言いたいことよりも相手の機嫌を損ねないことやら言質をとられないことやらに全力を注がなければならないような気がしてならない......まぁ、メガミさんはそんなひどいことしないとは思うけど。
...そんな真っ黒なことばっかり考えていたら、この真っ白なメガミさんの使徒が本当に俺で大丈夫なのか、ちゃんと人選はあっているのか、すこし心配になってきた。
...おっと、いけない! 「幸せですか?」の質問に対して長考する俺に対して、メガミさんは想定外だったのか、だんだんと絶望の表情へと染まり始めてきてしまっている! 俺は慌てて、どう答えれば良いのか、すばやく必死に考えて...
「...幸せも、不幸せも、両方だよ。
さすがに【辞書】一冊で草原に投げ出されたり、何だかんだあって今、人族相手に逃げ回っている状況を幸せとは言いづらい。
だけど、いま三人と一匹で旅をしていると思えば幸せだし、衣食住に困ってないのは何よりだ...」
...逡巡した後に俺は、嫌われるのも覚悟で、あえて容赦なく答えることにした。
こういうのは本当は、本音で返答すると角が立つ質問なのかもしれないけれど......メガミさんは結構まじめに俺に質問してきているように見えたから、なぁなぁで流してしまってはいけないような気がしたんだ。
...ところが、俺が何か「良くないこと」を言っていると感じたのか、メガミさんがみるみる内に泣きそうな表情になってきてしまった――ちょっと、ズルくない!? 俺、まだ一分も喋って無いはずだよね!? メガミさん、あれだけいっぱい言いたい放題だったクセに、俺は言ったらダメなのっ?!
結局、俺はもう、色々言うのは諦めて、早々に結論だけをどうにかひねり出そうと頭を絞った。
「ぁぁ、えっと...ちょっと待てっ...
...【徘徊する逢魔】...これが人族の天敵なのか何なのかは知らないが、あなたから貰ったこの力は間違いなく、俺の大事な人達を救ったんだ。
...救うべきものが救えるなんて幸せは他にない。
俺の過去にも未来にも無かったであろうこの【スキル】と機会を授けてくれた貴方には、深く感謝している......ありがとう、メガミさん」
一番大切な、言わなければならないと思っていたことを、口にした。
あまり面と向かってお礼をいうのも照れくさいけれど、メガミさんに聞かれたのだから仕方がない......えぇぃ、もうこの際だ! いっそ歯が浮くくらいまでにメガミさんを褒めちぎってやろうっ! そう開き直って反撃に出ようとした、その時、
...メガミさんが、ダバーっと滂沱の涙を流していた。
「う゛......よがっだでずぅ......」
「ちょ、ちょっと!? どうしたのメガミさん!? ...感謝はしてるけど! 不満もいっぱいあるからね!?」
「でも、よがっだでずぅ......」
「そ、そう、かな......あと、なんだかもう『俺の旅が無事終わった』みたいになってるけど、いまも色々と問題は抱えているからね!?」
「本当に゛、よがっだでずぅ......」
「あ、うん......ありがとう、ございます。メガミさん...」
なんかもう、メガミさんも幸せを噛みしめているみたいだから、それ以上は何も言わずに、そのまま待つことにした。
...こうなってくると、メガミさんに一体何があったのかが、ますます気になってしまう。
それに、過去に俺以外にもいたのであろう【徘徊する逢魔】の使徒達? メガミさんは毎回こんな風に喜んだり......悲しんだりしているのだろうか? ちょっとこの子が、心配になってきてしまった。
...あと、こんど来る時はお茶と茶菓子も持参しよう。できるのか知らんけど。
お世話になっているメガミさんへのお土産の茶菓子というよりも、真っ白な空間の中で二人きり、しかも泣きじゃくる幼女と一緒だと間がもたないし、罪悪感にも耐えられないんだ。
なにか甘いものでも持って来て、この子のご機嫌をとることにしよう。
そうそう、あと俺、自分の意思ではこの白い空間から出られないんだよね。それとも、目が覚めるような何かをやれば夢から出られるのかな? いや、頬をつねるどころか、目の前で神とか幼女とかに泣かれるという衝撃的な光景でも目が覚めないんなら、もう何をやってもダメなんじゃないのかな?
...とにかく、お嬢ちゃん、そろそろ泣き止んでくれないかな?
...よし、もうだめだ、逃げよう。
出られるかどうかはさておき、出られるまで白い空間の果てまで走り去ろう。
「では、俺はこの辺で...」
あっ、でも、これだけは言っておかないと...
なんだか逆ギレされて有耶無耶になりかけたけれど、こいつは死活問題だったじゃないか。
「...やっぱりこの【辞書】、もう少し使いや――」
「...幸運を、祈りますぅ」
光の果てに遠ざかっていく白い空間――って、おい!!
質問しようとした瞬間に追い返すな!
結局、ノーコメントと愚痴とそっちの質問だけじゃねぇか!?
そもそも幸運を祈りたいのはこっちで、お前は祈られる側なんだぞっ!
遠ざかる白い景色の中で、あいつ、笑ってやがったから、絶対にわざとだ...
......あの、メガミめっ!
気がつけば、俺は石の寝床から転げ落ちていた。
【白昼夢】の霧の世界の中、まだ早朝の陽射しが空を白く染め始めたばかりの、静かな河原。二人と一匹はまだ、モモフの毛皮にくるまってスヤスヤと寝息を立てているようだった。
...呼んでくれるのは構わないけれどメガミさん、呼ぶ前に一言くらい先に教えてくれないかな? その時はもっと、転げ落ちないような場所で眠っておくからさ。もー...
俺はずりずりと寝床を這い上がり、二度寝を決め込んだ......




