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じんぎ

「いりません。ぜんぶ」


 俺は、きっぱりと、断った。


「...ちょ、ちょちょ、ちょっと!?

 なんで、なんでなの!? 神器だよ? 全部、本物の神器だよ!? なんでいらないの!?」


 目の前の怪しげな商人が慌てふためいた。

 サキとユキも俺が断るとは思わなかったらしく、目を丸くしてこちらを見ていた。

 なんで断るのか、と言われても...


「...なんとなく?」

「そ、そんなぁっ!? ちゃんとした理由を教えてよぉ!?」


 ...こういうの、理由を言えば、必ずそれを論破してきてイタチごっこになるから、あんまり言いたくないんだよなぁ。

 もし彼が本気でこっちの利益を考えてくれているのなら、言っておいた方が良いのだろうけれど、彼はどう見ても、うーん...


「...『君なら絶対に、気にいる』って言ったじゃないですか。商品についても、とてもお詳しそうですし」

「あぁ、うん? 言った、言った。詳しいよ。アハハ」

「...その神器の何が危険なのか俺から話すのと、あなたが先に説明するのとでは、まったく意味が変わってきますよ?」

「......うん?」


 あらかじめリスクについて話すのと、指摘されてから言い訳するのとでは、まったく意味が違う。そうです実は危険物でしたー、アハハなんて言われても、俺達は「そうでしたかー、アハハ」で済ませることはできないだろう。


 ...武器を売るのが当たり前の世界で、さらに人族を敵に回した状況下で、俺に危険物を押し付けようとした彼を、俺は......どうするのが正解なんだ? 通報とかできれば良いけれどそんなシステムなんて無いし、俺が自力で「()()を付けないと」いけないやつだよね? あぁ、もう...


「...その上で、俺から理由を説明しても良いんですか?」

「......よ、良く分からないけれど、そ、それならこっちの神器の方がオススメで――」


 話題を変えてしらばっくれつつ、あくまでまだ俺に食らいついてくる気か!? 良いだろう!! ならば――


「この神器は――」

「わぁーーーっっ!! 急用を思い出しちゃったよぉ!? アハハハ!!」


 俺の口を(ふさ)ぐように叫んで、怪しげな商人はあっという間に商品を片付けた。その早業(はやわざ)は、なにか【後片付け】みたいなスキルでもあるのかと思うくらいに見事な手際(てぎわ)の良さで、ちょっと感心してしまった。


「――で、では、このへんで失礼しました〜アハハハハ!」


 そして、謎の道化商人はそそくさと、何事も無かったかのように小走りで去っていった。もう、怪しいどころか「真っ黒」じゃねぇかよ......あれだけの品々なら、むしろ最初から正直に話してくれたなら色々と興味もあったのに......残念だなぁ...


 ...それにしても、サキ、ユキが頼もしすぎる。

 俺の様子に反応して、音もなく道化商人の死角に入るような、いい感じのところに布陣してしまっていたのだから......って、君達も「無事には逃さない」つもりだったのかな?


 俺もあの時、余計なことをグダグダ言わずに、指をパチンと鳴らしながら一言「やれ」とか命じちゃえば、二人が「かたを付けて」くれたんじゃないのかな?

 ...なにをって? そりゃあもちろん......商人さんのお荷物のお片づけのお手伝いだよぉ、アハハ!



 遠ざかる彼の背中を見送りながら、ユキが問いかけてきた。


「...よろしかったのですか? 主様(あるじさま)?」

「あー。なんだか追い返しちゃったようだけれど、彼はどうにもぉ...」


 サキも少し興奮気味に問いかけてきた。


「神器ですよっ、神器!」

「...あれがどれだけ貴重なものなのかは知らないけれど...」


「「とても貴重です!」」


 二人の興奮に驚いた俺は、少し話を聞いてみた。


 どうやら神器というものの存在自体は、この世界では広く知られているものらしい。しかし、それを手に入れるとなると、一生かけてもごく(わず)か、ひと握りの者にしかお目にかかれないような品々なのだとか。どこかの神殿とかの大きな行事で、ものすごく遠くからチラっとだけ見たりする機会が、あったり無かったりする程度のものらしい。


 お金を積めば手に入るものでもないらしい。そもそも神器と出会う機会が無いのだそうだ。

 二人の話だとどうやら、実用品というよりも、蒐集癖(マニアごころ)をくすぐるような希少品なのか、貴重すぎて迂闊(うかつ)に見せたり使ったりできないものなのか、そういった品々なのだろう。


 俺は、そんな貴重な神器を、収納魔法から取り出した。


 パカパカーン!(効果音)


「【辞書(へるぷ)】!」


 二人の「知ってます」というツッコミは無視した。

 説明しよう! これは、あの勇者の聖剣すらも叩き折るという『神の鈍器(どんき)』、略して神器だっ!


 はるか天高くから「違いますぅ〜...」という、か細い声のツッコミが聞こえた気がするが、無視した。

 でもコレ、ものすごく役に立ったんだよ、ありがとう、メガミさん! ...え? 「本来の使い方」? ......これものすごく役に立ったんだよ、ありがとう!


 うっかり遠い空と対話してしまった俺に二人が首をかしげたので、慌てて説明を再開した。


「...あー、二人に説明しよう。これは、俺の【鑑定】スキルのレベルが上がってから見えるようになったんだけど...」


 他の道具、例えば「いい感じの棒+1」には見えなかった項目、


  神器の【権限(パーミッション)


 が見えるようになっていた。なんだかもう、前世で使っていたアプリとか、PCのファイルとか、そういうのを思い出す感じのアレである。

 他にもいくつか、細々(こまごま)とした情報が見えるようにはなったけど、今回の神器に関しての問題は、この【権限】が重要な手がかりだった。


「...俺のこの【神器:辞書(へるぷ)】には、【神界経路】とかいう【権限(パーミッション)】が付与されているんだ」


 この【辞書(へるぷ)】の内容はメガミさんが更新することで最新版に書き換えられている。


「【権限(パーミッション)】っていうのは、俺の予想が正しければ、その神器が利用する権能...神器が使うことを許された【スキル】みたいなものだ。

 【辞書(へるぷ)】は神界にいるメガミさんと絶えず通信して......つながって、情報を同期しているんだ。そうやってメガミさんが、【辞書(へるぷ)】の内容を新しいものに更新し続けているのだろう...たぶん」


 俺の説明に対して、二人が真剣に「なるほど、わかりません」という顔をした。


 ...ごめん。つい、自分の知っている話題って、話したくなっちゃうんだ。


「...えっと、さっきの商人が見せた3つの【神器】って、覚えてる?」


 万里を統べる地図。

 (おぼろ)げな外套(マント)

 念波通話機(ワールドフォン)


「これらには、【権限(パーミッション)】が沢山ついていたんだ」

「つまり、すごい神器ということですか?」

「そう。すごく危険な神器ってことだ」

「危険、なんですか?」

「一言でいえば、俺達があの神器を通じて、誰かに監視されるかもしれなかった」

「「監視!?」」


 機能と【権限】が、まったく一致していなかった。


念波通話機(ワールドフォン)って神器。あれは遠くの人とお話しできる神器らしい」

「...はい。スゴイですね?」

「うん。それで、念波通話機(ワールドフォン)には目と耳がついているんだ。俺の声を聞いて、遠くの人に届ける必要があるからね」

「そ、そうなんですか?」

「うん。だけど、その耳や目が、なぜか万里を統べる地図や、(おぼろ)げな外套(マント)にまで付いていた」

「...はい」

「地図や外套(マント)が、俺達の話を聞くための()を持っている必要って、あると思う?」

「...おかしいですね? 地図に耳があるなんて...」


 あの道化から「へい、地図!」とか「オッケー、マント!」みたいに起動させる機能の説明は無かったし、そうだとしても「(カメラ)」は要らない。


 3つの神器すべてに、(カメラ)(マイク)と位置特定、そして通信機能が付いていた。つまり、神器が勝手に見聞きした俺達の情報を「誰か」に送り込むための機能を備えていたということだ。


 たまたま俺が気がついたのが「監視」の可能性だけで、他にも思わぬ危険が(ひそ)んでいたかもしれない。あの時はいちいち聞かなかったけど、他にも得体の知れない【権限】があの神器には山盛りだったんだ。「本来の神器の機能」と付与された【権限】がまるで一致していなかった。


「あれは神器ではなくて、スライムさんだと考えて欲しい。

 彼はいつも俺達の仕事を手伝ってくれるじゃない? でも、特に用事がなくて俺達のそばでプルプルしているだけの時も、ずっと俺達を見ているでしょ? 常に見たり聞いたりはしているんだ」


「スライムさんは、危険では無いと思いますが...」


「うん。だけど、さっきの怪しげな商人から別の『スライムさん』を渡されたとして、受け取れる?」


「「いいえ」」


「...即答だね。まぁ、そういうことだよ。

 実際にあの神器がどういうものなのかは作った人達にしか分からないのだけれど......さっきのやつは、便利さよりも危うさの方が勝っちゃったんだ。だから、俺はあれを受け取れなかった」


 俺の【辞書(へるぷ)】だって神界(?)と繋がっているわけだけど、そこは俺が、メガミさんを信じているから使い続けているだけなんだ。信用できなければ、とっくにどこかに埋めている。

 だが、あの道化商人は信用ならない......彼も埋めたほうが良かったのだろうか?


 ...本当にただの善意だったのかもしれないけれど、悪気なく危険物を渡されたからと言って、受け取るわけにはいかないんだ。あの商人なのか、あの商人を通じた誰かなのかは分からないが、いずれにせよ関わると(ろく)な事にはならなさそうだ。


「...とにかく、運良く【鑑定】スキルのレベルが上がっていたおかげで、色々な情報が見えた。

 それに、道具も怪しかったけど、あの商人は登場の仕方から俺への話し方まで、何もかもが怪しかったからねぇ...」


「「...なるほど」」


 いかにも俺の好みそうな道具を持って来たのが偶然か、狙ったものなのかは分からない。

 俺だって本当は、貰えるものなら貰ってみたかった。うちのメガミさんの神器(どんき)とどっちが硬いか、検証してみたかったのに......



 ...それに、怪しさ以前に、あの神器を貰えない、もっと根本的な問題もあったんだ!


「...そして何より!」


「「!?」」



 そう、ここが大事なところ。



「俺は(かね)を持っていないんだ! だから何も買えない!」


 ぼく、ムイチもん(無一文)です!


「「...あぁ〜......」」


 ...あれ? おかしいな?

 さっきまで俺、慎重で鋭い主様だったはずなのに、今、急に二人の中で何か、俺の価値が暴落した雰囲気を感じたぞ?


「...主様......」

「...大丈夫ですよ! がんばりましょう!」


 ...う、うん? がんばるよ?



 そのあと、二人はなぜか、がんばって(かせ)ぎましょうとか、世の中はお金だけではありませんとか、なんでしたら私達が(やしな)いますだとか、一生懸命に俺を(なぐさ)めてくれているような気がした。


 ...犬人さんは俺にタダでナイフを(ゆず)ってくれたし、道具屋のおばあちゃんは物々交換に応じてくれたよ?

 俺はみんなの優しさと(ほどこ)しと物々交換で支えられているから、大丈夫だよ?



 ...(くや)しくなんて、ないんだぞっ!


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