そうさい
これは、【辞書】に書いてある、スキルの【相殺】に関する説明だ。
【スキルのそうさい:同じレベルのスキルを相殺できます。可能なLvと効果はスキルによって異なります。通常使用か相殺使用か、一度に片方しか選べません。例として、火魔法Lv5の攻撃を火魔法Lv5の人は無効化できます......たぶん】
鑑定スキルのレベルが5になった時、「そうさいできます」というスキル説明が増えていたから、そもそも【そうさい】が何なのかを【辞書】で探してみた。
メガミさんにしては珍しく真面目な説明が書かれていると思って喜んだのも束の間、その説明は文末で力尽きていた。どうやら書いている本人もよく分かっていないらしい。
...火魔法を相殺できると思って失敗したら大事だぞ? そこはちゃんと調べてから書いてくれ。それに俺のスキルは【まほう】で、火魔法でも水魔法でも無いぞ? 結局、どの魔法までが相殺できるんだ? 例に書くなら俺のスキルに合わせて書いて......もー、頼むよ〜、メガミさーん......
とにかく、俺は敵の【鑑定】をレベル5までなら防げるようになった。防いでいる最中は俺も相手を【鑑定】できなくなるらしいけど。
残念ながら、その事実に気が付いたのは【勇者】との戦いの後だった。【勇者】達は【鑑定】スキルは持っていないように見えたけれど、道具屋のおばあちゃんのように何かの道具でこっそり【鑑定】される可能性も無いとは言い切れない。
俺は、【鑑定】を普段は【相殺】モード設定にしておくことにした。自分の情報が相手に知られるのは戦いにおいて不利になるからだ。
その一方で、人を相手に【鑑定】を使うのは妙な先入観が入ってきてしまいそうで怖かったから、俺は正直、この【鑑定】スキルを持て余していたのも事実だった。モモフや木の実が食べられるか調べられればそれで十分だったんだ。
だからこの【相殺】モードは、何かと俺にとって都合の良いスキルでうれしかった。
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...という事情が、目の前の、いかにも怪しい奴と対面する前に「間に合って」、本当に良かったと思っている。
その怪しげな奴は俺に愛想笑いを向けてきた。
「あ、いま失礼なこと、考えたでしょう? アハハ」
俺は、鑑定スキルを【相殺】モードにして、この今の状況を迎えることにした。
この目の前の馴れ馴れしい、男か女か、子供か大人かも分からない「自称商人」。
言われてみれば服装は商人のそれに見える......帽子と顔以外は。
この迷宮という危険地帯でも手ぶらなのは、俺の収納魔法のようなスキルでも持っているのだろう。
しかし、その頭に被った二股の帽子はどうみても道化だ。目元のやつもホクロではなく、涙の雫とかいう化粧だったよな?
商人という信頼を売りにしなければならないであろう職業において、なぜわざわざその真逆を行くような格好をしているのだろうか。
そう考えると、細い目をさらに細くしてニッコリ笑うその姿も、ますます怪しく見えてしまう。
...出会う前から出会った後から、ずっと怪しい怪しいとばかり考えている俺は、きっと心が汚い人間なんだ。そう思いつつ、俺もニッコリ笑ってみた。
「あ、やっぱり、失礼なこと考えてるでしょ? ハハ」
「そんなことありませんよー、アハハ」
二人で乾いた笑いを交わし合う俺達を、サキとユキは警戒心MAXの無表情で見守っている。
なんだ、この状況、おかしいな?
そんな俺達を前にしながらも、目の前の商人は勝手に商売を始めだした。
「今日はお客様に、良い商品があるんですよー!」
堂々と俺達めがけて走ってきたことに対する言い訳すらもせず、自分の要件だけを真っ先に切り出してくるその根性はいっそ清々しいくらいだ。
それが道具屋のおばあちゃんの言っていた収納空間のスキルなのか、性別不明の彼は空間から次々と商品を取り出して並べていった。あっという間に目の前を自分の売り場へと変えてしまったその手際の良さには、少し感動した。
そして、ここは異世界なんだなぁ、としみじみと感心してしまった。
「良い商品があるんですよー」と言って、目の前に次々に武器を並べ出す販売員か露天商でも現れたならば、普通はすぐに逃げ出すなり、お巡りさんに助けを呼ぶなりしても良い事案のはずだ。
「良い商品=武器」というのがごく普通の出来事なんて、ここはなんと世知辛い世界なのだろうか。
でも、こうやって並んだ武器を見て思い出したが、サキとユキには、あの道具屋のおばあちゃんから買ったナイフくらいしか持たせていない。
この商人が目の前に広げている剣とか斧とか、何かちゃんとした武器を持たせておいた方が良いのだろうか?
せっかくだから、俺は怪しげな商人に尋ねてみた。
「...あの。モモフ殺しとかありますか? ギザギザしたノコギリみたいなやつ」
「...モモフ限定でいいの? ...ごめんねぇ、そんな武器は無いよぉ?」
「モモフ潰しでも良いですよ? トゲトゲのついたハンマーみたいな」
「お客さん、モモフに相当な恨みがあるんだねぇ? アハハハ」
何を言っているんだ? 俺がこの辺りで見かけた魔物といえば、モモフと【勇者】くらいなものだぞ?
あなただって、ついさっきまでモモフに追いかけ回されていたばかりだろう? モモフを倒す武器くらいは必要だと思わなかったのか?
それとも何か、俺は「勇者殺しとかありますか? こう、ハエ叩きくらいの長さの、ハエ叩きみたいな形状の棒なんですが?」とでも問いかければよかったのか? 俺達はつい先日まで【勇者】に追いかけ回されていたばかりだからな。
これでも俺は、この世界の流儀に合わせて遠慮がちに尋ねているんだ。
本当ならもっと「効率的な武器」として、燻煙剤やらホウ酸団子やら売っているかどうかを尋ねてみたって良いくらいなんだ。もちろん【勇者】を倒すホウ酸団子だ!
【勇者】の方はまた後日にするとして、せめてモモフの方は無いのか、俺はもう少し聞いてみた。
「武器が無いなら防具の方は...モモフの服とか、モモフの帽子とか、モモフの着ぐるみ寝間着とか、ありますか?」
「お客さん、モモフが好きなの? 嫌いなの? そういうの、うちには無いからね?」
そうか、無いのか、モモフ寝間着......サキとユキが着ればかわいいと思ったんだけどな。
やはりモモフ専門店は自分で作るしかなさそうだ。
「...えっとぉ、お客さんにはぁ、もっと、ちゃんとしたオススメを見せるよぉ...」
再び商人が話を勝手に話を進めだした。
取り出した宝箱? のような何か金属製の頑丈そうな箱をゴソゴソと漁りだし、そして...
「...ジャーン! 神器!」
武器の次は仁義だとっ!?
どんだけ血生臭い抗争を始めるつもりなんじゃい!?
サキとユキも驚いとるやないかっ!
...おや、拳銃でも取り出すのかと思ったら、違うんだね?
ふむ。なんだねそれは? 教えてくれ給えよ、君。
「これはぁ、『万里を統べる地図』! 今いる場所を、神域に問い合わせて、自動で地図を生成してくれるんだぁ!」
「...この白紙の地図に、自動で地図作成してくれる、と?」
布なのか紙なのか良く分からない質感に、金縁の模様だか呪文だか分からない刺繍がされた、両手で広げる大きさの、地図?
「そう!
そしてこれはぁ、『朧げな外套』! これを着てジッと動かないでいると、周りから見えなくなるんだぁ!」
「動かなければ、見つからなくなる『透明マント』、と」
外見は深緑色の地味なマント。だけどのその裏面は白地に金の刺繍模様がみっしりと描かれた芸術作品にも見えるマント。こちらの模様も、おそらく呪文か魔法的な何かを構成しているのだろう。
「さらにぃ!
『念波通話機』! 離れた通話機同士で、遠方からでも同時に話ができるんだよ! お客さん、『似たようなものを知っている』でしょ!」
似たようなもの...大きさと外観は、まだ電源の入っていないスマホにしか見えない。電源を入れたらどんな画面が表示されるのか、あるいは何も変わらないのか、好奇心がうずく...
...外套については別として、残りの二つは、俺の前世の「スマートフォン」とか「携帯情報端末(PDA)」とかと同じような役割の道具ってこと、か...
「...それ、手にとって『視て』も良いですか?」
「もちろん! 『君なら絶対に』、気にいると思うよ!」
俺は、似たような【神器】について知っている。
レベルが上がった鑑定スキルで、ようやく【神器:辞書】のことが色々分かったのだ。
そして、この目の前の3つもそれであるなら、【鑑定】で確認した方が良いのだろう...
まるで、そんな俺の思考を読むかのように、
「じっくりと、見ても良いよ?」
「...見ても、ですか?」
俺の問い返しにニッコリ笑うと、その道化商人はくるりと俺に背を向けた。
「ぜひ、君にこそ見て欲しいなぁ! 絶対に気にいるはずだから! アハハハ!」
自分は見ていない......だから【鑑定】スキルの【相殺モード】を切って、存分に確認してみろということなのか? ...いや、考えずぎか? 単に、一切の気遣いは無用という意味で背を向けたのか? ...分からないな。
ただ、いずれにしても、彼は品物に自信があるのだろう。俺に手に取らせた時点で向こうの勝ちと思えるくらいには。
俺は道化商人に警戒しながら、【鑑定】スキルで確認しつつ、商品を手に取った。
「...なるほど、そういうことか」
「そう! 君の世界にも、似たようなものがあるんでしょ!?」
なるほど...似たようなもの、ね。
【鑑定】スキルで何が見えるのかは、前に【神器:辞書】を見ていて予想はしていたのだけれど、その予想の斜め上を行くひどさだった。
『念波通話機』という神器の名前に始まって、「版数」と「提供元:神」までは【辞書】でも見たから、まぁ、仕方ない。神器の提供元が神以外だったらどうするのだという話だが。
だが、「機能概要」や「この神器について」、「最終更新内容」、「無料(神器内課金なし)」あたりから雲行きが怪しくなってきた。
「レビューと評価」ってのはなんだ!? なぜ【鑑定】スキルでそんなものが表示される!? 誰が書いたレビューだ、本人か!? たとえ匿名のレビューだとしても、神の作ったものを酷評する命知らずなんているものか!? どんなポンコツだったとしてもでも神の力(組織票)で☆5つまで底上げできるに決まっている!
「全年齢対象」ってどういうことだ!? 年齢区分は何を基準にしているんだ!? むしろ、18禁の神器があったとしても怖くて使えねぇよ!? それとも100禁の神器でも作る気か!?
わざわざ俺のような「渡り人」狙いでこんなものを作ったのか、偶然同じようになったのかは分からないが......スマホだかパソコンだかのアプリでもダウンロードさせるかのような、いかにも懐かしさを感じるような形に寄せてきやがった。
だが、俺がわざわざ【鑑定】してまで見たかった項目は、一つだけだ。
「...なるほど。それでこの【権限】っていう項目にある、録音、撮影っていうのを使って、『念波通話』とやらを行うわけですか」
「そう! 君、詳しいね!」
「それで、世界経路と位置特定で情報を同期して、『万里を統べる地図』の内容が更新されていく、と」
「いやぁ、お客さん、話が早くて助かるよぉ!」
「魔力常時吸引というので動力を確保しているわけですね? 『朧げな外套』で隠れている途中で魔力切れになったりしたら、大変ですからね?」
「なんだぁ、お客さん、説明いらないじゃない! アハハ!」
「それで? 『朧げな外套』に、録音、撮影、位置特定が付いている理由は?」
「...っ!? ...いろんな【権限】が付いていると、機能の追加や拡張がしやすくてとても便利なんだよ! 権限が多い神器の方が、利便性が高くて人気が有るんだよ! く、詳しいお客さんなら分かるよねっ、アハハ!」
「へー......」
...俺は【鑑定】をもとの【相殺モード】へと戻して、道化商人に商品を見終わったことを伝えた。
...本当はこの隙に、彼の【ステータス】も鑑定してみるべきだったのだろうけれど、背を見せた相手にそれは公正じゃないとか、俺の曖昧な正義感を優先して、鑑定に踏み切ることができなかった。
とにかく、3つの品々を【鑑定】し終わった俺に対して、道化商人が再び売り込みを開始したのだが...
「どう? いい品ばかりでしょう、アハハハ! これも何かの縁ですよぉ! この3品全てを、特別にあなたにお譲りしちゃいましょう――!」
「要りません」
「うん! 肌身離さずに大事に持って......へ? いま、なんて?」
「いりません。ぜんぶ」
俺は、きっぱりと、断った。
(ここから神器を駆使したバトル展開になったりはしません。主人公が拒否しちゃったので)




