モモモモモモフ
「あれはモモモモモモフですか?」
「はい、あれはモモモモモモフです」
「あれも、モモモモモモフですか?」
「いいえ、モモモモモフです」
ユキが喜び、サキが悔しがった。
この語学の基礎訓練みたいな状況は、決して遊んでいるわけではない。
いや、半分、遊んでいるけど。もう半分は「索敵」である。
だって、遠くの方で歩いているのが見えるんだもの。
モモモモモフとかモモモモモモフとかが。
第六階層に着いて、少し歩いただけでもう、この様だ。
モモモモモフが大体、俺の身長の二倍程度の大きさで、「モ」がもう一個増えるとさらに倍になる。
前者と後者の境目は曖昧だけど、各個体がだいたい一定の大きさを区切りに成長が落ち着く、らしい。飼ったわけではないから断言は出来ないけれど。
つまり、モモフの大きさを1とすると、モモモフが2。モモモモフが4。
1(モモフ)、2、4、8、16(モモモモモモフ)となるわけだ。
モモフが大体、膝くらいまでの高さだ。モモモモモモフは大体...えーっと......でかい。
幼体のモフだけは手のひらサイズで、和む。
モモモモモモフは、遥か彼方にいる場合にのみ、和む。
そんなわけで、三人で遥か彼方の「モ」がいっぱいある生き物を眺めて和んでいたわけだ。
モの数の正解を教えるのは【鑑定】スキルのある俺の役目。ただし、正解を教えるときにもモの数を間違えそうになるのは内緒だ。
遠景に、巨大兎がノソノソと動いたり、ぜんぜん動かなかったりする様は、他人事ならばとても和やかで微笑ましい光景に違いないのだが、あそこを自分達が今から通り抜けるんだと思うと、戦慄する。
だいたいさぁ...
俺の前世からの知識によると、確か動物の大きさにはそれなりの理由があったはずだ。
例えば身体が大きいと、保温がしやすくなって、寒冷地で有利になるとか。
あるいは他の生き物から逃げたり戦ったりするうちに、勝てる大きさの個体だけが生き残ったり逃げきれる小さいやつだけが数を増やしたり、とにかく環境に影響されるであろうことは何となく想像がつく話だろう。
だけど、モ(中略)モフの、あの大きさの理由は、一体なんだ?
答えは1つ。「神の悪ふざけ」だ。
...だって、必要ないだろう、あの大きさ! 別にここ寒くないし、天敵いないし、やつらも草食ってるだけなんだし!
そもそも、草食ってるだけで、あの大きさになるのはおかしい! 草にそんなにカロリーがあるのならば、俺達だって草を主食にして立派に成長してやればいい!
それに大きいのがモモフだけなのが意図的すぎる。食事が原因ならば、他の虫やらスライムやらの生き物たちだって大きくならなければ不自然だ。
この迷宮を作ったのって、神なんでしょ?
それで、この迷宮の下に行けば神様になれるけど、みんな諦めちゃったんでしょ? モモフが大き過ぎて諦めたんでしょ? いや、諦めた理由までは知らんけど!
生態不明のかわいらしい生き物たちが、原因不明にすくすくと成長しているのは、この動物園を管理しているであろう神とやらの責任だ。来園者数が減少してしまったのは自業自得だ、もっと安全性に配慮しろ、のびのびと育てすぎだ!
...下の階層まで全部モモフだとは思わないけど、この迷宮、この先もずっとこんな感じのノリが続いていくのか?
そう考えてしまうと、下に行く気が萎えるなぁ...
「主様っ、あれ! 今度こそ、モモモモモモフ!」
「...残念、モモモモモフだ」
「くぅ!」
可愛いなぁ......サキもモモフも。
サキは何度も挑戦しては、ハズレ続けていた......ほぼ二択のクイズなのに、サキさんわざと外しているわけじゃないよね? むしろすごい確率だぞ?
ユキは一匹目で正解してすぐに満足したようで、それ以降は俺とサキの方の観察に忙しいようだ......そんなにニコニコしながら見守るんじゃない! 見つめたところで俺達は大主やササキに進化したりはしないんだぞっ!
...よく考えてみれば、大きいのがモモフで良かったのかもしれない。そういう意味では、神様の悪ふざけというよりは、むしろ好意や良心と受け取ってやらないこともない。
もしもあれが、草食の兎ではなくて、肉食のスライムとかだったら、目もあてられない光景になっている可能性もあるわけだ。
巨大なスライムに透けて見える、消化途中の......うへぇ。
そんなもの、遠くにいたってかわいくは見えないし、ちっとも和まないだろうよ。
兎やスライムならまだ良い。巨大な蟷螂だったらたぶん、俺は泣く。
蝶だって、小さいのがヒラヒラしているのが和むんだ。バッサバッサと鱗粉まき散らしながら飛来してきたなら悪夢だし、あの蜜を吸うクルクルしたやつで、きっと別の何かを吸ってくるに違いない。ちなみにタガメが吸ってくるのは体液で、カマキリは肉食だ。
...巨大な虫は、すべて却下だ。
「...主様? 誰かこちらに、走って来ますよ?」
サキの声で俺の思考は巨大昆虫包囲網から開放された。
...おや、本当だ。
追われてるねぇ、モ(中略)モフに。
「...魔物を引き連れてこっちに逃げてくる行為って、礼儀違反じゃ無かったっけ?」
「そうなんですか?」
「助けないんですか?」
なんだか、こっちを見て「おにいさーん、おねいさーん、たすけてー!」って言ってるような気がするね。
「...気のせいだ。サキ、ユキ、目を合わせるな」
俺の下心センサーが反応しないから助けない。
...冗談はさておき、気にかけている二人の一方で、先程から俺が冷たく突き放しているのには理由がある。
何となく、性別は不明だけど「彼」は、とっても「胡散臭い」気がするのだ。
一人であそこにいる理由とか、旅装というか、小綺麗な軽装?
素手でモモフを倒している俺達が言うのも何だけれど、あの格好でどうやってこの迷宮奥深くまで無事に辿り着いたんだ? あれが軽装だと言い切れるのは、以前俺が偵察したり戦ったりした人族達の格好と比べれば明らかだからだ。
それに一人? なぜ追い回されている? むかし出会った親切な犬人さんは一人だったけれど、彼ならば一人で戦うか、戦う状況にならないように草原を移動するだろう。
モモフだってあの巨体で「忍び寄って」くるような真似はできない。遠くに見えるあの巨体を避けて歩くか近づく前に逃げれば済む話だ。わざわざ追い回される奴なんて、左右をかわいいヨメに挟まれて調子に乗って昼寝したところを襲われるような大マヌケだけだっ!
どうしてこっちに走ってくる? 東西南北好きな方向へと走れば良い、この広く果てしない草原はすべてお前のものだ! なのにどうして、わざわざ俺達のいる場所めがけて迷わず走ってくる? 偶然にしては出来過ぎだ!
そんな全てに「違和感」を感じてしまう......
サキとユキの時は助けなくちゃと思ったけれど、なぜだろう? やっぱり下心のせいなのかな?
「...何より、あの人はとても元気にイキイキと走っていらっしゃるご様子だ! お楽しみの所を邪魔してはいけない!」
「「...はい!」」
俺達は彼が来る方向とは逆に向かって、走り出した。
後ろから、「おにいさーん、おねいさーん、まってー!」という声が聞こえるのは、きっと気のせいだ。
モモフのお兄さんやお姉さんにでも話しかけているのだろう。俺達ではないはずだ、邪魔してはいけない。モ(中略)モフのお兄さんに、思う存分、くんずほぐれつ、相手をしてもらいなさい。
まだ【白昼夢】を呼んでも逃げ込めそうな距離はあったけど、スキルを使う所を見せたくなかったから、普通に走って逃げ続けた。
わりと全力で走ったけれど、奴もモモフも、しっかりと食らいついてきやがった。
途中、草むらに隠れたりしながら視界から消えようとしたけれど、しつこかった。なんだ、臭いでもたどって追ってきているのか? 俺のカレー臭が原因なのか?
しつこいというか、やっぱり怪しい。
途中わざと方向転換してみたのに、第五階層に戻る門の方角ではなく、俺達の方に来ているのはもう、逃げるのではなく俺達の方に目的があるのではないだろうか?
結局、俺達は五階層に戻る門をファーっと通って、さらにしばらく走り続けた。
モモフの集団が門をくぐって来たらどうしようかと思ったけれど、ついて来たのは怪しい「そいつ」だけだった。
このままだと、どこまでも付いてきそうだし、【勇者】の件に加えて更に追跡者の追加なんて、いただけない。
仕方がない。
俺達は、それを迎え撃つことも想定しつつ、そいつが追いついてくるのを待った。




