モモモモモフ
俺達三人は草原を走る。
ささやかな苦悩は、ちょっとした幸せで、その幸せもまた大きな苦悩で、次々と塗りつぶされていくものだ。
うん、適当なこと言ってみただけだよ。
この納得のいかない状況を、それでもどうにか受け入れようと口にしてみただけなんだ。
「...生態系が、おかしいとは思っていたんだ」
「何がおかしいのですか、主様?」
「草があって、虫がいて、兎がいる。草食動物っぽいモモフがいるなら、その上の、肉食獣がいるはずだろう、と!」
「スライムさんがいますよ! 主様!」
「そう! 数は少ないけれど確かに、スライムも見かけた! だけど、あのスライム達ではモモフに勝てないと思ったんだ!」
「モモフの方が大きかったですからね!」
「そう! まさにそれが、答えだった!」
走る俺達を追いかけるのは、巨大なモモフ。
鑑定スキルで見た正式名称は「モモモモモフ」だ。
「...つまり、モモフがこの階層、草原世界の頂点だったわけだ!」
「「なるほど!」」
地鳴りと共に追いかけて来る巨体から逃れるために俺達は、結構な距離を走り続けている。
手の平サイズのモフ。
膝下サイズのモモフ。
腰くらいのモモモフ。
身長くらいのモモモモフ。
そして、身長の倍はある、モモモモモフだ。
あれだけ大きいのに、小さいのと同じように跳躍で移動するから地響きがすごい。
肉食だろうが草食だろうが、あれに踏まれた動物は生きてはいられないだろう。
おそらくモモフは草食だ。大から小まで、ひたすら草を食っている姿しか見たことがない。
だから俺達を追ってくるあの特大サイズも、目的は食事ではなく遊びなのだろう。
追いかけられて言うのも何だが、走る姿に必死さが足りない。あっちが休み休み追いかけて来るから、こちらも追いつかれずに済んでいるのだろうけれど......
...三人でイチャイチャしているところを、邪魔してきやがって...!!
イラッときたけど、逃げている。
流石にサイズが違いすぎる。
モモフ、モモモフが相手でも、棒で叩くとモフっとするだけなのに、あれを少々つついたところで、モフっとするどころか、毛皮に埋まってしまいかねないだろう。
とはいえ...
「...もうじき、追いつかれそうだな」
「はい。距離が詰まってきています」
「どうしますか、主様?」
どうするか。
この三人でなら倒せないこともないかもしれないが、あまり危険な橋は渡りたくない。
とはいえ、撃退の可否は一度は試しておきたい。
「...二人は距離を取って、俺が失敗したら、逃げるのを手伝って」
「「はい!」」
俺だけ走る速度を落として、追ってくる巨大モモフを引きつけた。
動きはのっしのっしと緩慢にみえるそれだけど、巨体のせいで見た目以上に早く迫ってくる。
やがて俺達の距離は近づいていき...そして......ここだ!
モモフが一気に間合いを詰めようと、天高く跳躍したところを、俺は逆走した。
長い滞空時間と共に、
巨大モモフの顔と前足が降ってくる。
俺は前へと飛び込んで、
着地点へと割って入り、
奴の鼻を掌打でかち上げた!
巨大兎が、くの字に曲がった。
「「さすが主様! 最強です――」」
「ギニャァァァァァアーーーーーーー!!」
二人の賞賛の声をかき消すように、モモモモモフの悲鳴が大気を震わせた。
――思わぬモモフの「反撃」に俺は怯んだが、それでもとりあえず、毛の薄い鼻先への攻撃が効くのが確認できた。
鼻を押さえて大地をゴロゴロ転がる巨大兎を放置して、俺達は逃げ出した。
狩ったところで、あれを空間収納できるかは分からないし、解体が大変だし、道具屋で買い取ってもらえるか分からないサイズだ。だから今回はもう、放置だ!
こうして、モモモモモフとの交戦と逃走に成功した。
何より大きな収穫は、戦う時には「耳栓」が必要なのが分かったことだ。
あらかじめ分かっていれば、多少は耐えるなり、正面を避けるなりで対処は出来るかもしれないが、不意をつかれた今回はダメだった。まともに悲鳴を聞いてしまった方の俺の片耳は、治癒魔法で治す必要があった。
「...なるほど。まいった。いつだったか、二人に聞いた話の意味が良く分かった。そりゃあ、あんなものがうろついていたら、誰もがこの迷宮の攻略を諦めるだろうな......」
「あんなに巨大な魔物は初めて見ました。かわいかったですが」
「あんなのに囲まれたら大変ですね。かわいかったですが」
...あれ? 二人はまだ余裕ありそうだね? おかしいな?
...かわいいという意見はさておき、確かに、囲まれたら死んでしまうだろうな。萌え死ぬとかではなく、惨死の方で。まだモモフが群れで行動する様子は見たこと無いけれど、集団相手とか連戦とか、絶対に無理だ。
ここが延々と草原で、遮蔽物がほとんど無いのも、あれに踏み潰されて平らになるからじゃないのか? と思ってしまう程の大きさはあった。
三階層で偵察したあの人族達のいた建物も、この五階層で同じものを作れば、すぐに壊されてしまいそうだ。
そして道具屋のおばあちゃんの話だと、中継地点らしいものがあるのは十階層毎だったはずだ。俺の【白昼夢】みたいな避難場所を確保する手段がないと、こんな危なっかしい場所はとても踏破できそうにない。
結局、この迷宮は何階層あるものなのか、知りたいような知りたくないような......
そんなことを考えていたら、サキが俺に問いかけた。
「でも、主様ならば勝てそうでしたね?」
あの巨大モモフ相手に? うーん、どうだろう......
「...あの重さや大きさに勝つのは、難しいだろうなぁ...」
大きさや重さは、そのまま力になる。巨体でドーンとやれば技術も戦術も関係なく、ドーンと吹き飛んでしまうだろう。スポーツなんかの勝負事も、細かく重さで階級分けしているくらいだ。戦いにおいては重さは武器で、才能だ。
戦車が怖いのは砲弾だけじゃない、あの巨体で轢殺されるのが怖いんだ。さらにあの巨大モモフの場合は、自分自身が砲弾ときたもんだ。せめてもっと鈍重なら、やりようもありそうだが......
「主様には、魔法もありますよね?」
「...昔、魔法を覚えたての頃にモモフに使って、逆上されて死にそうになったよ」
あの頃は種火だった魔法だが、今はそれなりの威力がある......というのも、人が相手だった場合の話だ。
モモフの方があれだけ巨大になれば、結局はまた、元の種火と変わらない。
うっかり怒らせたら、またさっきの「ギニャァァ」の咆哮で耳を攻撃されてしまうだろう...
「...いや、射程距離ぎりぎりから、魔法でチマチマ焼き続ければ、勝てる、か?」
どこを狙っても一撃では倒せないだろうから、遠くから何度も、ちょっとずつ、ちょっとずつ、焼き続けていけば...
「主様......それはなんだか、かわいそうですね」
「あー、うん...多少おおきくても、遠くから見るぶんには、かわいいもんな、あれ」
食べる分には遠慮無く狩ってはいるけれど、基本的には一撃か二撃で仕留めるように努力している。弄ぶのは良くない。
...あのかわいらしい外見も、ある意味、俺達にとっては武器みたいなものだよな。
「そもそもあれを、あの大きさを狩ったとして、食べる?」
「...私達には、全部食べるのは無理ですが」
「...スライムさんなら、食べるかもしれません」
「あぁ、わりと食べるんだよなぁ、彼」
ただ、スライムさんの場合は、喜んで食べるというよりは、余るなら食べるよ? と協力してくれている感じに見える。
大きかろうが小さかろうが、音の出ない掃除機のように、ただ黙々とその吸引力で「処理」してくれているような雰囲気がある。
...スライムさん、お茶は好きみたいだけど。いまいちまだ、彼の好みが分からない。
「...今度、スライムさんに聞いてみて、欲しがるようならお土産として狩ってみようか?」
「「はい!」」
実は、あの巨大モモフめがけてスライムさんを直接投げつけてやれば、生きたままジワジワと平らげてらげてしまうんじゃないかとか考えたが......それはなんだか、絵的に嫌なので、すぐに忘れることにした。
スライムさんにはこれまで通り、「踊り食い」ではなく、加工後のやつを食べてもらうことにしよう。




