表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/248

モモモモモフ

 俺達三人は草原を走る。


 ささやかな苦悩は、ちょっとした幸せで、その幸せもまた大きな苦悩で、次々と塗りつぶされていくものだ。


 うん、適当なこと言ってみただけだよ。

 この納得のいかない状況を、それでもどうにか受け入れようと口にしてみただけなんだ。


「...生態系が、おかしいとは思っていたんだ」

「何がおかしいのですか、主様(あるじさま)?」

「草があって、虫がいて、(モモフ)がいる。草食動物っぽいモモフがいるなら、その上の、肉食獣がいるはずだろう、と!」

「スライムさんがいますよ! 主様!」

「そう! 数は少ないけれど確かに、スライムも見かけた! だけど、あのスライム達ではモモフに勝てないと思ったんだ!」

「モモフの方が()()()()()ですからね!」

「そう! まさにそれが、答えだった!」



 走る俺達を追いかけるのは、巨大なモモフ。

 鑑定スキルで見た正式名称は「モモモモモフ」だ。


「...つまり、モモフがこの階層、草原世界の頂点だったわけだ!」

「「なるほど!」」


 地鳴りと共に追いかけて来る巨体から逃れるために俺達は、結構な距離を走り続けている。



 手の平サイズのモフ。

 (ひざ)下サイズのモモフ。

 腰くらいのモモモフ。

 身長くらいのモモモモフ。


 そして、身長の倍はある、モモモモモフだ。


 あれだけ大きいのに、小さいの(モモフ)と同じように跳躍で移動するから地響きがすごい。

 肉食だろうが草食だろうが、あれに踏まれた動物は生きてはいられないだろう。


 おそらくモモフは草食だ。大から小まで、ひたすら草を食っている姿しか見たことがない。

 だから俺達を追ってくるあの特大サイズも、目的は食事ではなく遊びなのだろう。

 追いかけられて言うのも何だが、走る姿に必死さが足りない。あっちが休み休み追いかけて来るから、こちらも追いつかれずに済んでいるのだろうけれど......



 ...三人でイチャイチャしているところを、邪魔してきやがって...!!



 イラッときたけど、逃げている。

 流石にサイズが違いすぎる。

 モモフ、モモモフが相手でも、棒で叩くとモフっとするだけなのに、あれを少々つついたところで、モフっとするどころか、毛皮に埋まってしまいかねないだろう。


 とはいえ...


「...もうじき、追いつかれそうだな」

「はい。距離が詰まってきています」

「どうしますか、主様?」


 どうするか。


 この三人でなら倒せないこともないかもしれないが、あまり危険な橋は渡りたくない。

 とはいえ、撃退の可否は一度は試しておきたい。


「...二人は距離を取って、俺が失敗したら、逃げるのを手伝って」

「「はい!」」


 俺だけ走る速度を落として、追ってくる巨大モモフを引きつけた。

 動きはのっしのっしと緩慢(かんまん)にみえるそれだけど、巨体のせいで見た目以上に早く(せま)ってくる。



 やがて俺達の距離は近づいていき...そして......ここだ!



 モモフが一気に間合いを詰めようと、天高く跳躍したところを、俺は逆走した。


 長い滞空時間と共に、

 巨大モモフの顔と前足が降ってくる。

 俺は前へと飛び込んで、

 着地点へと割って入り、


 奴の鼻を掌打でかち上げた!



 巨大兎が、くの字に曲がった。



「「さすが主様! 最強です――」」


「ギニャァァァァァアーーーーーーー!!」


 二人の賞賛の声をかき消すように、モモモモモフの悲鳴が大気を震わせた。



 ――思わぬモモフの「反撃」に俺は(ひる)んだが、それでもとりあえず、毛の薄い鼻先への攻撃が効くのが確認できた。

 鼻を押さえて大地をゴロゴロ転がる巨大兎を放置して、俺達は逃げ出した。


 狩ったところで、あれを空間収納できるかは分からないし、解体が大変だし、道具屋で買い取ってもらえるか分からないサイズだ。だから今回はもう、放置だ!



 こうして、モモモモモフとの交戦と逃走に成功した。


 何より大きな収穫は、戦う時には「耳栓」が必要なのが分かったことだ。

 あらかじめ分かっていれば、多少は耐えるなり、正面を避けるなりで対処は出来るかもしれないが、不意をつかれた今回はダメだった。まともに悲鳴を聞いてしまった方の俺の片耳は、治癒魔法で治す必要があった。


「...なるほど。まいった。いつだったか、二人に聞いた話の意味が良く分かった。そりゃあ、あんなものがうろついていたら、誰もがこの迷宮の攻略を(あきら)めるだろうな......」


「あんなに巨大な魔物は初めて見ました。かわいかったですが」

「あんなのに囲まれたら大変ですね。かわいかったですが」


 ...あれ? 二人はまだ余裕ありそうだね? おかしいな?


 ...かわいいという意見はさておき、確かに、囲まれたら死んでしまうだろうな。()え死ぬとかではなく、惨死(ざんし)の方で。まだモモフが群れで行動する様子は見たこと無いけれど、集団相手とか連戦とか、絶対に無理だ。


 ここが延々と草原で、遮蔽物(しゃへいぶつ)がほとんど無いのも、あれに踏み潰されて平らになるからじゃないのか? と思ってしまう程の大きさはあった。

 三階層で偵察したあの人族達のいた建物も、この五階層で同じものを作れば、すぐに壊されてしまいそうだ。


 そして道具屋のおばあちゃんの話だと、中継地点らしいものがあるのは十階層毎だったはずだ。俺の【白昼夢】みたいな避難場所を確保する手段がないと、こんな危なっかしい場所はとても踏破できそうにない。


 結局、この迷宮は何階層あるものなのか、知りたいような知りたくないような......


 そんなことを考えていたら、サキが俺に問いかけた。


「でも、主様ならば勝てそうでしたね?」


 あの巨大モモフ相手に? うーん、どうだろう......


「...あの重さや大きさに勝つのは、難しいだろうなぁ...」


 大きさや重さは、そのまま力になる。巨体でドーンとやれば技術も戦術も関係なく、ドーンと吹き飛んでしまうだろう。スポーツなんかの勝負事も、細かく重さで階級分けしているくらいだ。戦いにおいては重さは武器で、才能だ。


 戦車が怖いのは砲弾だけじゃない、あの巨体で轢殺(れきさつ)されるのが怖いんだ。さらにあの巨大モモフの場合は、自分自身が砲弾ときたもんだ。せめてもっと鈍重なら、やりようもありそうだが......


「主様には、魔法もありますよね?」

「...昔、魔法を覚えたての頃にモモフに使って、逆上されて死にそうになったよ」


 あの頃は種火だった魔法だが、今はそれなりの威力がある......というのも、人が相手だった場合の話だ。

 モモフの方があれだけ巨大になれば、結局はまた、元の種火と変わらない。

 うっかり怒らせたら、またさっきの「ギニャァァ」の咆哮(ほうこう)で耳を攻撃されてしまうだろう...


「...いや、射程距離ぎりぎりから、魔法でチマチマ焼き続ければ、勝てる、か?」


 どこを狙っても一撃では倒せないだろうから、遠くから何度も、ちょっとずつ、ちょっとずつ、焼き続けていけば...


「主様......それはなんだか、かわいそうですね」

「あー、うん...多少おおきくても、遠くから見るぶんには、かわいいもんな、あれ」


 食べる分には遠慮無く狩ってはいるけれど、基本的には一撃か二撃で仕留めるように努力している。(もてあそ)ぶのは良くない。

 ...あのかわいらしい外見も、ある意味、俺達にとっては武器みたいなものだよな。


「そもそもあれを、あの大きさを狩ったとして、食べる?」


「...私達には、全部食べるのは無理ですが」

「...スライムさんなら、食べるかもしれません」


「あぁ、わりと食べるんだよなぁ、彼」


 ただ、スライムさんの場合は、喜んで食べるというよりは、余るなら食べるよ? と協力してくれている感じに見える。

 大きかろうが小さかろうが、音の出ない掃除機のように、ただ黙々とその吸引力で「処理」してくれているような雰囲気がある。


 ...スライムさん、お茶は好きみたいだけど。いまいちまだ、彼の好みが分からない。


「...今度、スライムさんに聞いてみて、欲しがるようならお土産として狩ってみようか?」


「「はい!」」


 実は、あの巨大モモフめがけてスライムさんを直接投げつけてやれば、生きたままジワジワと(たい)らげてらげてしまうんじゃないかとか考えたが......それはなんだか、絵的に嫌なので、すぐに忘れることにした。

 スライムさんにはこれまで通り、「踊り食い」ではなく、加工後のやつを食べてもらうことにしよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ