閑話〜神々の遊び
主人公の記憶が無いのに合わせて、この閑話(プロローグ的なもの)はここに入れました。
その幼い神は、新参の神だった。
およそ千年ほど前、彼女は一人、ついに迷宮の最後まで踏破したのであった......もっとも、彼女は好きで踏破したわけではなかったのだが......
神々を憎む、若き神。
力を備えながらも、それを振るうを善しとせぬ神。
元は人族でありながらも、人族に憎まれ、それでも手を差し伸べることを止められぬ愚かな神。
沢山の矛盾を抱えた、不安定な幼き神。
そんな異端の神について、神々たちはむしろ興味が有った。
そんな彼女がかわいくて、愛しくて、神々は彼女を大切にしていた......大切にしていたつもりであった。
その愛で方は神らしく、「試練」だった。
その世界は、神々の盤上遊戯。
知恵有る生き物、無き生き物、様々に動きまわる駒達の中に、神は一体の「使徒」を置く。
使徒は神の代行者だ......
...なんて真面目な話ではない。
ただの遊戯であり、たわむれだ。高尚なことなど一つもない。
盤上の生物達を見守るなどと言ったところで、神々に共通の目的などは無く、第三者から見ればそれはただの娯楽のようにしか見えないだろう。
彼らの代わりにただ暴れまわるだけの駒を、神々が一つずつ、盤上に置くのである。
やり過ぎないようにただ一つだけ置くことにしている。
盤上に関わるべく、関心を持つべく、必ず一つずつは置くことにしている。
そういう規則の遊戯なのである。
幼い神、【徘徊する逢魔】の使徒に、他の駒達が襲いかかった。
もっとも激しいのは、【不滅の正義】の使徒。
いま最大勢力である人族達と、その守り手である【勇者】は、【徘徊する逢魔】を根深く恨み、滅ぼさんと息巻いていた。恨むと言っても、個々人が【徘徊する逢魔】に何かの遺恨があったわけでもなく、ただ「恨め」という教義にそって、真面目に熱心に恨んでいたのであった。
他の神々は、その様子を面白半分に愛でていた。時に一緒になって、襲いかかっていた。
幼い神の使徒は、いつも動きがおかしい。
弱き種族や部族達をかばい、共に滅びの道を歩んでいく。意味が分からない。
信じては裏切られ、いつも同じ結末。分かっているのだから先手を打てば良いのに、なぜ先に滅ぼさない、なぜ逃げない、なぜ受けて立つ?
いちいち駒を失うことに心を痛める幼き神だって間違っているし、呆れてしまう。何を遊びに真剣になっているのだ?
それに、勝ちたいのならもっと、勝てる駒を選べばいいのに、なぜ「弱い」駒ばかりを用意する? もっと残忍で冷酷な者を使徒にすれば、むしろ彼女の技能には敵などいないはずなのに。
そんな色々を含めて彼女には、もっと神々の流儀を覚えてもらわねばならなかった。それが神々の優しさであった。
試練が彼女を優しく包み、いつしか彼女を真なる神へと導く、かつての自分達と同じように、そう信じていた。
神々が一堂に会する、中心に盤上を臨む大きな円卓。
その一席で、悔しさに震える幼い神を、他の神々はただ、ほのぼのと愛でていた。
だが......それを良しとせぬ二柱の神がいた。
「くだらない! こんな小さな子をいじめて何が楽しいのよ!? 試練? 勝利? 強者? 本っ当に、くっだらないっ!」
幼い神の肩の上に乗る大きさの、羽の生えた小さな神、【羽ばたく悪戯】。
「...ニャァ」
幼い神の手の甲にぐりぐりと頭を押し付けるのは、ふだんは二足歩行の白猫、【悔いなき拳】。
その二柱、幼い神【徘徊する逢魔】の席の、いつも両隣に座る「仲良しさん」であった。
小羽の神は幼い神に、こう助言した。
『使徒を慌てて選ばずに、もっと、じっくりと選びなさい。盤上の中でも外でも、どこだって良い! もっと遠くまで羽を広げて探せばいいのよ!』
そして白猫の神の方は『取り換えっこするニャァ』と、取引を持ちかけた――
『――ちょうど今、我輩も新しい使徒を置く前だから、君の【魔導】と交換するニャ』
『でも、私にはきっと、ネコさんのスキルを上手く器に入れられないですぅ』
『それなら、元々そういう者を探すニャ。それならば【授与】する必要ないニャ、【承認】するだけで済むニャァ』
『そうよ! そういう奴を探しなさい! 私達も手伝うから、絶対に見つけるわよっ! 三人でじっくりやれば、このいたずらは絶対に、面白くなるわっ!』
『二人とも...ありがとうですぅ――』
そしてついに、幼い女神は、
墜ちていくその魂の手を、
つかみ取った。
――こうして三柱の神々は、まだ誰もやったことの無い悪戯を、こっそりとやってのけた。
白猫との交換だけでは味気なかったので、幼い神は自分の特技の一部を、器に入る分だけ、丁寧に、こそっと入れておくことにした。
......だけど、入れるときに少し、問題が生じた。
入れたそれらを、なんて呼べば良いのかが分からなかった。彼女はいつも、その特技のすべてをまとめて【魔導】と呼んでいたので、一つ一つの欠片に名前なんて付けていなかったのだ。
「彼」に頼まれて、その「仕様」と名称について【辞書】にがんばって書こうとしたけれど......自分でもよく分かっていなかったそれらについて、上手に書くことはできなかった。これから少しずく改版していこうと、グッと拳を握りしめた。
そして、なんだかんだあった後......
ついに【徘徊する逢魔】が、【不滅の正義】を叩きのめしてしまった。
「アハハハハハハハハハハッ!! 【勇者】っ! 負けちゃったの!? ほんとに!? なんでっ!?」
道化師のような格好をした、少年のような少女のような神は、目尻に涙を浮かべながら腹を抱えて笑い出した。
同じく円卓に座る別の神、白銀の鎧を着た美しい女神は、驚きと苦渋の入り交じった表情で眉をひそめていた。
厳しい顔の筋骨隆々な男が不敵な笑みを浮かべて、さらに一回り大きな肉体を持つ男は興味なさげにため息をついた。他の神々は、さほど興味を示さなかったものの、皆、一様に驚いていた。
それは何百年ぶりかも分からない、あるいは初めてなのかもしれない、快挙であった。
いつも最後は敗北で終わる【徘徊する逢魔】が、それも盤上の最大勢力である人族と【勇者】を相手に勝利することがあろうとは、誰も考えもしなかった。
それでも多くの神々は、百年に一度くらいは奇跡があることは知っていたし、勝利もまた次の敗北の味付け程度であろうことも知っていたから、その変事も日常として、生温かい目で見守っていた。
むしろ、幼い神の敗北にまみれた悲しい気持ちがほんの一瞬でも紛れるならば、この勝利もまた良きことであると同情すらしていたのだが......
...三柱が力を合わせた悪戯は、そんな生易しい終わり方はしない。幼い神が置いたその使徒は、まだ歩き始めたばかりなのであった。
本作に登場する神々は、全知全能の偉大な神とかではなく、八百万の神とか、不倫とか誘拐とか平気でやっちゃう有名な神話とか、そういった神々をイメージして下さい。




