vsゆうしゃ
(※戦闘シーンです。苦手な方はご注意下さい)
俺はメガミさんの叡智という名の重み(物理)が詰まったそれを振り抜いて、奴の聖剣を叩き折った。
俺の振りぬいたスキル【ほんかど Lv5】は剣もろとも奴の顔面を狙ったのだが、さすがは【勇者】だ、鋭い反射神経で辛うじて避けやがった。
----------
それは俺が毎朝毎晩、全身全霊を込めて【辞書】を素振りして手に入れたスキルだ。
【ほんかど:本の角で殴ります。猛烈に痛いので、人に使ってはいけません......神にも使ったらダメですよ?】
という馬鹿げたスキルについてはもう、いちいちツッコまないとして、【辞書】で迎え撃ったのは俺の賭けだった。
俺はこの世界でもっとも脅威になる存在について考えていた。
一番危険なのは人族、この世界にいるであろう「俺と同様の者達」を敵と仮定して備えるべきだと考えていた。他の生き物については知らないのだから、それしかできなかったとも言えるのだが。
俺が思いつく程度の戦術は人族だって思いつく、むしろあっちの方が上手だろう。先にこの世界にいる彼らには俺以上の知識や鍛錬の積み重ねがあるはずだ。
その上で使徒? 渡り人? 冗談じゃない、本当に俺と同じ連中がいやがるなんて!?
同胞や同僚には会ってみたいという気持ちはあったけれど......他所様の世界で「俺様が【不滅の正義】だっ!」なんて堂々と名乗っちまうような輩と話が合うわけがないっ! 出会った所で即座に「逃げる」べきだ!
...いや、違う。神の使徒って連中は、きっと最初に神なり人なりに「お前は【不滅の正義】だっ!」と言われることで、人族の【勇者】にされちゃうんじゃないのか? そうでなければ俺と同じように、この世界のどこかで誰にも気付かれずに徘徊し続けていたっておかしくはないし、うっかり人族の敵になる場合だってあるだろう?
そのあたり、どうなんだ「メガミ」さん?
そう、うちのメガミ――見た目は子供、頭脳も大人とは言い難い、長い質疑応答の果てに俺をこの迷宮へと送り込んだ、ダメっぽい女らしき神らしき、何か。よほど暇なのか、俺の一挙手一投足にハラハラしたり悲鳴を上げたり忙しい、心配症なうちのメガミさん。
彼女は自分の正体も告げず、指示も使命も与えずに、俺に【スキル】と「自由」を与えてしまった。
俺は自分で選んで今この状況になってはいるけれど、俺があの時に二人を助けなければ、それ以前に迷宮から地上へと向かっていれば、俺は人族のところに就職して、今頃は人族と一緒になって彼女達を追い回すことになっていてもおかしくは無いだろう? それで良かったのか?
...本当は、あなたの望みは......
...いや、それはいつか直接本人に問い詰めてやるとして、そんな彼女は、【スキル】と一緒に1つの武器を俺に授けたんだ。
その武器が――俺が全力で引っ張ったり燃やしたりしても傷一つつかなかったメガミさんお手製の「神器」が、どこぞの馬の骨がつくったかも分からぬ「聖剣」とやらに、負けるはずが、ないっ!!
そうだ、俺だって【勇者】と同じ、メガミさんの使徒なんだ! どこぞの神の使徒とやらに簡単に負けるはずかないんだっ!
......負けませんよね? メガミさん、神頼みですよ?
俺は暇さえあれば、全力で【神器:辞書】を振り回し、神の与え給うたこの【スキル】の数々を磨き続けた。
スキル【ほんかど】が手に入った時には俺は呆れ返ったが、つまりはそれがメガミさんの俺への返事だと受け取った......
...これで神の使徒、【不滅の正義】を迎え撃て、と。
----------
そんな【辞書】での先制攻撃が俺の切り札だった。
それでも【勇者】に届くとは思えない、まだ足りない。【はいかい】以外のすべての俺のスキルはまだ、完成にはほど遠かった。
まだ勝ち目がない、そして不意は打てたからもう十分だ、よし今すぐに二人を連れて逃げるんだっ――
なのに俺は......気が付けば、前へ出て、奴を迎え撃っていた。
しかも、無意識に【辞書】を魔法の収納へと戻し、「素手」で。
――そもそも俺は、どうして道具屋のおばあちゃんから武器を買わなかったんだ? ...いや、今はもう、どうだって良い!!――
【勇者】が折れた剣に驚愕しつつも、それでもすぐにそれを投げ捨てて、予備の武器へと切り替えた。
俺は短剣を抜こうとする奴の右手をつかみ、空いた左拳で奴の顎を揺らしていた。
一瞬、膝が崩れる【勇者】。つかんだ奴の右手を引きながら、奴の肘関節を押し極め、地面へと突き落とす。
咄嗟に足を前へと踏み出した奴の反応速度は大したものだが、そこまでだ! すぐに受け身をとらなければ、顔から地面に突っ込んで、死ぬぞ!!
――そこまでは反応できないのかっ!? このたわけがっ――!?
――俺は仕方無く、奴を前に「転倒」させて、「背中から」叩き落としてやった。
だが、腕はもらう。
叩き落とすと同時に、鎖骨を踏み砕――この体勢だと骨が肺に刺さるかっ――...落下に合わせて腕を引いて、関節を外してやった! これでもう、右腕は使えまい!
遠距離から弓使いの男が弓を構えたから、奴の目の前の空気を【まほう】スキルで「急加熱」してやると、奴は顔を押さえてのたうち回った。
さっき俺が矢を止めたのを見ただろう! それでも射るつもりなら、もっと俺にバレないように工夫しろ、たわけ!! 俺に狙って下さいと言っているようなものだぞ!!
聖騎士の男が俺の魔法を見て、すぐさま何かのスキルを発動しようとしたから、俺は全く同じ手で、奴の盾と顔の間を、加熱した。
そして同じくのたうち回る聖騎士......今見たばかりの同じ手に、なぜ引っかかる!?
残った神官が何かの治癒魔法を使おうとしていたので、俺は強く睨みつけて威圧した。
ただのはったりだが、詠唱するなら喉を焼くなり、殴るなりするという本気の脅迫に、女は怯んで動きを止めた。そうだ、お前は戦闘が「終わった後」に仕事しろ!
【勇者】が立ち上がろうとしたのに合わせて蹴り飛ばした......両手を地面に付けてもたもた起きる上がるんじゃないっ、隙だらけだぞ! せめて転がるなりして、先に俺との間合いを取ってから立ち上がれ、たわけっ!!
そして再び襲いかかってきた【勇者】を、俺は迎え撃つ――
――こんな近い間合いで大きく振りかぶるな! 狙った場所を凝視するな! 俺が見せた隙にそのまま食いつくな! 攻撃がいちいち稚拙過ぎるっ、そんなことでは百年経っても俺には届かぬぞ!?
力も技も中途半端だっ! 冷静さも思い切りもどっちも足りない! 剣も己も、まるで使いこなせちゃいないっ! それどころか俺には、お前が「振り回されている」ことが手に取るように分かるぞ......お前自身のその「殺意」にっ!
俺を殺そうと襲いかかる【勇者】を何度も地面へと叩き伏せるうちに、俺の中で、良心とか正気とか、大事な何かがガリガリと削られて、目の前が真っ赤に染まっていくのを感じる。やがて俺も目の前の【勇者】のようになるだろう......どこかで早く、「落とし所」を作らないと、マズイ......
俺はどうにか感情を抑え込み、もう一度、分析を試みた。
殴っても蹴っても【勇者】が「壊れない」のは、何かの【スキル】の効果なのかもしれない。誰かが言ってた【不滅の正義】って言葉が引っかかる。ひょっとして、滅びない、のか?
とはいえ、効いてないわけじゃない。
骨折や損壊からの治りは早そうだ。だが、顔を小突いたり、投げ落としたり――脳を揺らしたり神経に衝撃を与えたりした時からの復帰は遅いようだ。
急所への攻撃、呼気を乱したり痛覚で揺さぶったりした時も防げていない、奴の動きは確実に止まり、鈍っている。
なにより、身体構造上の無理はきかないようだ。関節の可動域を越えた曲げ方や、肉や筋の無い方向へ力を加える動作とかは奴にも不可能らしい。
...つまり、奴は不滅であっても無敵じゃない、制することは十分に、できるはずだ。
効く攻撃を中心に、徹底的に浴びせて、奴の戦意を、精神を、粉々に圧し折る。
疲労困憊の奴がその素っ首を無防備に晒す度に叩き折りたくなる衝動を、鎧の向こうの心蔵を叩き潰したくなる衝動を、俺は必死に我慢する。
神官の女が、「偉大なりし我らが神よ...!!」とか詠唱らしきものを始めやがったから、俺は奴の顔の前に熱波を起こした。
別に俺だって、悲鳴を聞くのが趣味じゃない! 堂々と詠唱するなッってんだよ! やるならもっと小声でバレないようにやれ!!
【勇者】が震える足で、再び折れた聖剣を手に、俺を睨みつける。
怒り、執念、憎しみと共に、ブツブツと怨嗟の言葉をつぶやきながら、俺に【勇者】が迫ってくる。
「悪の魔物に味方する、人族の面を被った悪魔め...!! ...お前は...この【不滅の正義】が......必ず、討伐する!!」
......悪の......なんだって!?
俺のヨメに、
今、
なんて言った!!
てめぇは、その口を、閉じろ!!
もう、その【勇者】が不滅とか、生きてるか死んでるかとか、関係なしに、ただ怒りのままに、俺はひたすら、壊し続けた。
途中、聖騎士やら弓使いやらも攻撃してきて、何発か殴って沈黙させた気がするが、よく覚えていない。
......
鎧の上からの寸勁で、【勇者】は血を吐いた......クソッ、最後の最後に、返り血を浴びることになろうとは......
何か、奴が、暴言か胃液か血液だかを口から垂れ流し続けているようだが、もう、聞こえない。
奴を殺......治して、やらないと...気が済まねぇ...
......奴はもう重病だ。
...馬鹿は、
死ななきゃ、治らない!!
「もう良い。お前――死ね」
「「主様っ!!!」」
悲鳴と共に、俺のヨメが二人がかりでタックルしてきた。
...やべえ......危うく気を失うところだった。
その強烈なタックルなら、お前たち、世界が取れるぜ......
「...お前たち、離せ」
そう、いちゃつくのは後にしろ、そこの、お前達を脅かす、阿呆共の首を、いま......
「主様っ!! 同族殺しはなりませぬ!!」
「主様が手を汚してはなりませぬ!! 我らにお命じ下さい!!」
...同族? ...これと? ...冗談だろ?
「......なら、俺は、人族を、やめる」
「それは、我が子らが選ぶことです!!」
「主様はまだ、それを選んではなりませぬ!!」
......おい、
......だめだ、
...泣くなよお前たち。
人族なんかのために、泣くな。
ユキももう、離せ。こんなところで、こんなことで抱きしめられても俺は、全然うれしくない......
「酒呑! そいつを今すぐ、殺してっ!!」
「...まかせて、血纏」
!? まかせてじゃ、ねぇだろ!!!
「やめろ、サキ......命令だ!! やめろ!!!」
...やめろ......
「...だめだ。 ...頼むから、やめてくれ......」
分からねぇ、分からねぇ、何が正解なのか分からねぇっ!!
俺がここで選ぶべき選択肢は、「鏖」の一択じゃなかったのか!?
なのに、なぜ俺は、こいつらを生かそうとした? なぜ殺そうとした? なぜ躊躇して、未だどちらにも踏み込めねぇんだ!?
挙句の果てに、守りたいなんて言っていたくせに、二人に手を汚させようとしたこの不始末、恥を知れ!! 俺が守りたかったものは、いったい何だったんだ!?
...俺が二人と一緒にいたいのも、人族が二人を追いかけ回すのも、ぜんぶ人族の都合じゃないか......一番困っているのは、誰だ......もっとちゃんと、考えろよっ...
......
「...二人共、すまない...俺には、討てなかった......俺と、人族が、本当に...申し訳ないっ......」
「「!!?」」
混乱し、渦巻く感情の中で俺は、地に伏した無言の四人と、俺の分までを、ただただ二人に赦しを請うことしか、できなかった......




