おいつかれた
(区切りの都合で、少し短いです。)
俺達三人は、横一列に草原の中を歩いていた。
はるか広がる草原の真ん中で、三人で手を繋いで歩くのは、慣れないせいかちょっと、恥ずかしい。
...あれ? これつい最近、似たようなことやったはずだぞ?
むしろ、最近は毎日のようにこれじゃないのか?
毎日やっているわりには全然慣れないのは、俺の性格の問題か? ソワソワしっぱなしで、妙に顔が暑くなってきてしまうんだ。
かわいい女の子、広い場所、爽やかな風、青い空......ぜんぶが苦手? 一人で、狭くて暗いジメッとした場所にいるのが得意なのか俺は? 俺の前世、キノコ?
...まぁ、この草原には俺達三人とモモフしか居ないんだ。
恥ずかしがっているのは俺一人だし、いっそ恥ずかしさも含めて楽しめばいいんだ、フハハ...
...連日の夜間の偵察で、大体の人族の追っ手の規模と位置については把握していた。
残念なことだけど、彼らがあれだけ立派な拠点を構えたのなら、向こうは長期戦を覚悟しているのだろう。近くで隠れていてもいつかは見つかってしまう。
俺達は「やり過ごす」作戦を修正して、様子を見ながら下を目指す方針に切り替えた。
そして今、第4階層を歩いている。
転移門をファーっと降りている間は、かなり焦った。せめて夜間か早朝か、目立たない時間に降りるべきだったと後悔した。
近くで目撃すれば、誰かが降りてきたことなんてすぐにバレてしまうし、降りている最中は引き返せない。この光の柱をゆっくりと舞い降りる仕様を考えた奴(?)を俺は強く恨みながら、無事に降り切ることを祈ることしかできなかった......まぁ、無事に降りることはできたから良かったけれど。
そして今は、草原を歩いている。
今日も【はいかい】スキルは絶好調なはずだし、サキの視力ならば遠くまで見渡せる。
このまま無事に一日を切り抜けて、今夜の夕食は何にしようかと考えていた所......
......
...まずい。
...追いつかれた!?
「「...主様」」
俺が足を止めたせいなのか、それとも二人も気が付いたのかは分からない。
とにかく俺達は、周囲を警戒した。
遮蔽物の無い草原なら、見つかるか、見つけやすいか、五分五分の賭けだと思っていた。
【はいかい】スキルのある俺の方が有利だと思っていた。
いや、今思えば、むしろ【はいかい】のおかげでここまでもっていたのかもしれない......そして、ついに限界を迎えたんだ。
いずれは必ずやって来るであろう、この時を......
...背後からかよっ!?
俺は振り向きざまに、
飛来するその矢を右手で掴みつつ、さらに胸で受け止めた。
胸に刺さったとも言う。一本までならどうにかなったのだが......
「あっ、主......っ?!」
「...!!」
ユキが震え、サキが俺の前に立つ。
その先、草原の向こうから歩いてくるのは四人。
俺の鑑定スキルに映ったそれは、
【弓使い】、【聖騎士】、【神官】、
......そして、【勇者】!!
「...やったか?」
「おいおい【勇者】様、あれは隷属の矢って言っただろ? 殺ってない」
...そういえば、あの夜に出会った猫の子も『隷属の首輪』とやらをつけていた。
おいおい人族、どんだけ『隷属』が好きなんだ? 首輪に、矢に、次は何だ? 杖か? メガネか? つけ髭か?
「俺ちゃんの貴重な隷属の矢をよぅ、なんでクソガキが刺してんだ!?」
全くだ。クソ弓使い。今すぐお前の眉間に返却して、刺したり抜いたり、一秒間に16回ほど繰り返してやりたい気分だ。
「こうなったら、矢ぁ無しで、俺ちゃんにきっちり、隷属させてやらねぇとなぁ、ケッケッケ...」
「...おやめなさい、はしたないですよ」
おや? そこは止めるんだね、女の神官さん。
俺もその弓使いの男の笑い声、今度マネしてみようかな? 「ユキさんや、朝ご飯はまだかいの? ケッケッケ」みたいに。
「ケッ! ...神官様、神敵を穢し誅伐することで徳を高める機会を、この哀れな信徒にお与え下さい」
「...励みなさい」
励みなさいって、神官さん!? ずいぶん立派な法衣に身を包んでいらっしゃると思っていたら、実はその頭の中身は腐ってたのかよ!? いや、二人とも......四人ともこういう連中なのか? 参ったな、話し合うのは困難か?
とにかく一旦、サキを下がらせないと...
「サキ、下がれ」
「お前は動くな!」
弓使いが怒鳴った。あれ、今の、隷属の矢に対しての命令?
とりあえず俺は、【勇者】様とやらに交渉を試みるが......
「...勇者様とお見受けします。ここは一旦、退いては頂けないでしょうか?」
「...望むなら、お前も今ここで斬って、楽にしてやる」
おっと、問答無用かよ!? 仕事熱心だなぁ、おい!
どいつもこいつも、俺の話を聞く気が無さそうだ。
だが、この状況はマズイ、もう開戦待ったなしだ。サキとユキは覚悟を決めた表情で、【勇者】に言い返した。
「...やらせると?」
「...今度はあなたの番ですよ?」
勇者が、剣を抜く。
薄気味悪いその刀身の輝きは、おそらくあれが、聖剣ってやつだ。
そして、その剣を見たサキの顔が歪み、右腕を押さえながら怯んだ......
...あの野郎っ。
あの時、サキの怪我を治した時の違和感、その後のサキの反応。やっぱりだ......てめぇ、その剣で過去に、サキの「腕を斬った」な...!
それでもサキは、再び覚悟を決めて構え直した。
向こうの連中ももう、これ以上は何も言う気が無いらしく、それぞれの武器に手をかけて襲い掛かってくる直前だ。逃げられない。
俺の耳元で、ユキが囁く。
「申し訳ありません、主様...」
分からないが、ユキの方は何かを仕掛けるつもりのようだ......
「私に、血を――」
――だが、断る!!
「二人とも、退け!!」
ユキを押しのけて、俺が動いた。
聖剣を抜き放ち迫る勇者を、俺は手に持っていた矢と、胸で受け止めた矢を投げ捨てながら、その服の下に隠していた【辞書】を抜き放ち、迎え撃った!!
そして......それを受け止めた【勇者】が呻くようにつぶやいた。
「...なん、だと......!?」
振り抜いた【辞書】で、奴の聖剣を叩き折ってやった。




