せいぎ
(やや不快な場面になります。苦手な方は読み飛ばして下さい。)
「...結局、今日も見つからなかったらしいな」
「そうらしいな」
「俺達、いつまでこんな、【勇者】様の召使いみたいな仕事をさせられるんだろうな?」
「まぁ、前線に立たされない分、マシなんじゃないのか?」
「......」
「......」
「...【勇者】様達のいる天幕、毎晩のようにすげぇ声がするもんな」
「まったくだぜ...本当に」
「興奮して、眠れないぜ」
「怖くて、眠れないぜ」
「......」
「......」
「...なんだよ、その目は」
「...いや、まぁ。人それぞれだからな」
「連れてこられたのって、獣人だっけか? お前、可哀相だとか思ってんだろ?」
「そりゃ、そうだろ...獣人の女の子、かわいいし」
「お前な、もしそれが獣人の大男でも同じように、可哀相だって言えるのか?」
「...そりゃ、男は、戦士だから自力で、な」
「鉱人族のヒゲの生えたムキムキ女とか、オーク族のヨボヨボの婆さんでも、同じように可哀相って言えんのかよ!?」
「......」
「...見た目で騙されるんじゃねぇぞ? つまらない正義感出して、大怪我しないように気をつけろよな」
「...あぁ、分かってる」
「今回捕まえるゴブリンの雌ってのは、かなりの上物らしいぜ?」
「...おまえまた...どこからそんな情報を」
「知り合いの学者の爺さんに聞いたんだ。なんでも、ゴブリン最後の生き残りで、特殊個体らしい」
「特殊個体? なにが特殊なんだ?」
「なんでも、血が違うとか、先祖返りだとか、難しいこと言ってたが......見た目とか、値段とかが違うらしいぜ。ケケケ」
「...まぁ、珍しいなら、高値で売れるんだろうな。はぁ、それで【勇者】様じきじきにお出ましってことなのか」
「それに随伴するのが有名な弓使い様に、各宗派の本部から派遣された聖騎士様に上級神官様って話だ! かーっ、恐ろしい! 魔王でも倒しに行くのかよっ、て話だ!」
「はは、確かに、すげーな。だが迷宮に潜るなら、やっぱりそれぐらいの人員になるんじゃねぇのか?」
「それがよ、もう8階層まで行って、引き返してきたらしいぜ?」
「8? ...すごいけど、なんだか中途半端な数字だな?」
「その時点で、下にいるのは有り得ないって判断らしいぜ。同じ理由で、6階層でもかなり揉めたそうだ。それで本命は、5から上の階層らしい」
「...恐ろしい速さで往復してきた上に、目星までついてるんなら、この仕事が終わるのも時間の問題だな」
「ははっ、違ぇねぇ。期待できそうだぜ!」
「あぁ......」
「......」
「......」
「......」
「......なぁ」
「...なんだよ?」
「なんか喋ってくれよ? むこうの天幕から悲鳴が聞こえてきて、嫌なんだよ」
「ケッ! なんだそりゃ!? 真面目かっ!?」
「...獣人だ魔物だって言ったって、人族と同じ声で悲鳴あげてんだぜ? それに重ねてくる、【勇者】様達の嘲笑う声とか、さすがに聞いてて引くわ」
「子供かよっ!? ...お前なぁ...俺達みたいに剣や弓矢で肉ぶっ刺して殺してなんぼの連中なんて、多少の変態でなけりゃやってらんねぇぞ!?
他の連中もそうだ!
発狂するくらい難解な術式を徹夜でひねり出す魔法使いの連中やら、どうやっても辻褄の合わねえ帳簿を前にギリ合法だって自分に暗示をかけ続けて手を黒く染めてく管理者連中やら、どっかしら壊れている変態じゃねぇと生きていけねえんだよ、この世は!」
「...いや、それは......お前、なんだか妙に詳しいな?」
「ったり前ぇだろ! こんど行きつけの酒場に連れてってやるよ! そこで一緒に吐くまで飲めば、こんなクソみてぇな仕事のこと...なん......」
「おい、どうした......!?」
「「...勇者様っ!?」」
「へ、へい。水でしたらこちらに! 天幕までお持ちすればよろしいですか? え、外に持っていく? ...そ、そうですか......」
「あの、訓練でしたら、我々で水や食べ物をご用意...はぁ、不要ですか......」
「「......」」
「...おい。まさか天幕に戻らずに、ずっと外であの剣を素振りしてらっしゃったのかよ?」
「...【勇者】様には、どんな傷や毒からも回復するスキルがあるっていうからな。疲れないんじゃねぇのか?」
「いや、だからこそ、訓練なんて要らねぇだろ!? 例の何でも斬っちまう聖剣を持って、相打ち覚悟で近づいてくるってのが【勇者】だって話は、有名だろ!?」
「...どんなに傷を負おうとも関係なしに、近づいて斬ってくるってやつだろ? 斬れば勝ち、死なない、だから常勝無敗だって」
「...ッチ。何が【勇者】だ。気持ち悪い、どんな変態だ!?」
「ははは......どの『変態』が一番マシなんだろうな...?」
「...馬鹿言うな。一人残らずクズに決まってんだろ」
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「おやめ下さい勇者様! お許しくださ......あぁぁ゛っ!!!」
「へっへ、やめるわけねぇだろぉ。お楽しみはこれからだぜぇ?
お前たちが人族にやらかした分、ここでお前が少しでも頑張って、同族の罪を軽くしてやれよぉ...
......おわっ!!
な、なんでぇ、【勇者】様、訓練は終わったのか!? それなら、お前も交ざるか? ...って、おい、剣を引っ込めろ! シャレになんねぇぞ!!」
「...なんだ【勇者】? ...俺はお前達を守るのが仕事で、この男を止めるのは業務外だ。文句でもあるのか?」
「【勇者】様。魔物を調伏することの何がご不満なのですか? これは神意。神のご意思に沿った、人族による彼らの救済なのです」
「おい、分かったらさっさと剣を引っ込めろ! 【不滅の正義】だかなんだか知らねぇが、あんまり調子に乗ってっと...」
「待ちなさい。我が神の名とその使徒を貶めるのならば話は別です。赦しませんよ」
「へいへい! 分かってるよ神官様! 白けちまったから今夜は終わりだ! 明日のゴブリンで満足してやるよ! それで文句は無ぇだろ!?」
「無論です。しっかり調教した上で、研究院へ返還して下さい」
「...ッチ、どいつもこいつも......」
「なんですか? 聖騎士殿?」
「...なんでも無ぇよ、神官様」
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...人影が三人。男が1、女が2だ。
あ? この距離じゃゴブリンかどうかなんてまだ分からねぇよ! 俺は鑑定スキル持ちじゃねえ! ...やばい伏せろっ!!
......
......
...いや、気のせいか?
男がこっちに気がついた...かもしれん。
あぁ!? 知らねぇよ! この距離でそんなのあり得ねぇのは俺だって分かって......お、おう? 全員納得したのか? お前たちはその辺、妙に物分りが良くて、調子狂うぜ......
...俺が最初に、『隷属の矢』で女二人を射る。それでいいな?
ヒッヒッヒ、俺に隷属させるぜぇ......それぐらいの役得は寄こせよなぁ?
【勇者】様はしくじるなよ? 気がついたかもしれねぇが......
...おそらく『あの男』は、手練だ。油断するな。




