まもられたかった
よくよく考えてみれば迂闊だった。
「少し出かける」で出てきてしまったが、万が一、彼女達が外に出ようとしたらどうするつもりだったのか? スライムさんに実験してもらった時は、霧と共に「俺の近くに」現れたのは確認しただろう?
つまり、もしも俺が偵察中にうっかり彼女達が現れてしまったら......危なかった。
俺は自分の失敗に頭を抱えながら、真夜中の【白昼夢】の河原へと戻ってきた。
「...出迎えありがとう。スライムさん」
霧の河原へと辿り着くといつも俺を迎えてくれる、薄青色の小さな住人、スライムさん。
彼(性別不明)には俺のこの【白昼夢】のスキルの仕様と検証結果はできるだけ丁寧に説明した上で、留守番としての協力を頼み、彼はそれを了承してくれた。
外に出たい時は連れて行くからいつでも言って欲しいとも伝えているが、彼はもう、すっかりこの霧の世界の主と化している。
...欲を言えば、彼が俺で、俺が彼の立場ならば理想的だったのに。俺も本当は留守番がいいのになぁ......
俺の足元に来たスライムさんが、俺の足をペシペシと叩いた。
たぶん、「まぁ、がんばりたまえ」とでも言いたいのだろう。こいつめ。
...とはいえ、スライムさんは遊んでいるわけでもなく、留守番しながら立派に仕事をこなしてくれているのだ。
彼はこの霧の河原の片隅で俺達が持ち帰った素材について、特にモモフの毛皮を、それは見事に加工してくれている。
毛皮から肉や脂を取り除いて、防腐して、干して、柔らかくして......俺達が試行錯誤した工程を、スライムさんが俺達には真似できない手際と仕上がりでやってのけた。
大まかな手順は俺が【辞書】を見ながら説明したのだけれど、それを正しい手順で完成させたスライムさんは、思った以上に知能が高い生き物だろう。
これで戦闘能力も高ければ、留守番どころか、サキとユキのことすらも頼めてしまえたのかもしれない......あっ!? スライムさん、ぺしぺし叩かないで冗談だって! ちゃんと俺がみんなを守るから!
道具屋のおばあちゃんからは、俺には収納魔法があるから「モモフの素材は加工せずにそのまま持って来ても、買い手はつく」と、うれしいことを言われていたのだけれど、スライムさんの参入によって、やっぱり加工した品々を持って行く方針に転換した。
いま仕上げの乾燥工程に入っている毛皮が完成すれば、いよいよ最初の「スライムさん産」の毛皮の道具屋への初出荷となるだろう。おばあちゃんの驚く顔が楽しみだ、フフフ......
俺とスライムさんで一緒に河原の奥へと進むと、サキとユキが焚き火の側に座っていた。こんな夜中に二人共起きているとは思わなかった。
道具屋のおばあちゃんから買い揃えた生活用品一式の中には、簡易テントのような物がある。
棒と紐と布で組み立てて、柱で四角錐を作るという、この世界では最も一般的で安価なテントらしい。いまのところはこの領域でも迷宮でも雨は降ったことは無いけれど、念の為に譲ってもらっておいたテントだ。
だけど、結局テントは使わず、皆で星空を見ながら毛皮を敷いて眠っている。
俺は、何度見ても見飽きない霧のゆらめきと川のせせらぎ、夜空の明るさに満足しているから良いのだけれど、二人と一匹にまでそれに付き合わせているのは申し訳ないと思っている。
妙に察しの良いスライムさんが「まぁ、気にしなさんな」と俺をペシペシ叩いてくれているが、そういうわけも行かないだろう。
いつかはどうにかしなくては...
「「おかえりなさいませ、主様」」
二人が声をかけて俺を焚き火の側へと招き入れつつ、温かいお茶を差し出してくれた。
コップも茶葉も、道具屋で調達したもの。俺達の生活はもう、すっかり道具屋さん頼りだ。
それはさておき、どうやら彼女達は俺の戻りを待ってくれていたようだ...
「...ありがとう......それから、申し訳ない」
待たせたことへの謝罪というより、俺が迂闊だったことに対する謝罪だ。
二人と一匹に、今回俺が外に偵察に行っていたこと、人族の拠点を発見したこと、そして皆が俺のいない隙に霧の外に出てきてしまっていたら危なかったことを説明した。
俺の失態で言いづらい話ではあったけれど、俺がまたやらかさないとも限らないから、忘れずに皆に話しておくことにした。
スライムさんが俺の足をペシペシ叩き、二人も真似して、俺の足をペシペシ叩いた。「まぁ、気にしなさんな」ということだろう。
俺は苦笑して、二人が笑い、スライムさんがプルプルと震えた。
三人と一匹で、何をするというわけでもなく、焚き火を囲んで夜空を見上げてボーッとした。
俺も二人も、色々あって、ここにいる。
俺は、この世界で右往左往した末に、どうにかこうやって一息つける所までこじつけた。
二人は、仲間を人族に滅ぼされるという俺には想像もつかない過去を乗り越えて、ここにいる。
スライムさんは知らん。なんかその辺でプルプルしてたんじゃないの? ...って、ゴメン! 叩かないで!? 君もきっと色々苦労したんだよな!? 頑張って草原のあっちやこっちで、プルプルしてたんだよな!? これからも頑張ってプルプルしたまえよ!
頭をペシペシされる俺を見て、サキが微笑んだ。
「ずっとこのままだといいですね!」
焚き火に照らされた無邪気な笑顔に、ドキッとした。かわいい。
そして、言葉を飲んだ。「うん」とは即答できなかった。
さっきまで「屋根も無い生活はまずい」と思っていた直後のサキの言葉だったというのもある。
だけど一番の問題は、この【白昼夢】の領域が俺のスキルに依存しているということだ。つまり、俺に万が一があると、二人と一匹が、ここには居られなくなる可能性が高い。
俺は焦っている。
この【白昼夢】は一時的な避難場所であって、これとは別にちゃんとした安住の地を手に入れなくてはならない。
俺はみんなを守りたい、だけどそれ以上に、俺が居なくなってもみんなの安全が続くようにしなくちゃならないんだ。
「ずっとこのまま」だと、マズイ。
もちろん、サキが言いたかったのはそういう意味では無いのは分かっているけれど、だけど......
俺の両肩に、二人が頭を載せてきた。
「...大丈夫ですよ、主様」
「主様のことは私達が...」
...必ず、守りますから。
二人の言葉に俺はハッとした。
「...あれっ!? ......おかしいな!?」
涙が、俺の目からボロボロと溢れ出てきていた。
そして、おもわず口から出た無意識の「おかしいな」の台詞。
自分が突然泣き出した理由がさっぱり分からないからなのか、自分が守っていたつもりが守りますと言われてしまったからなのか、あるいはその両方を「おかしい」と思ったのか。
それとも、ずっと欲しかったそれがようやく手に入ってうれしかったのか......それってなんだ? 駄目だ、さっぱり分からない......なんで涙が止まらないのか、考えてみても、やっぱりさっぱり分からない......思い出せない。
二人と一匹が「大丈夫ですよぅ」と取り囲んでくるから、ますます涙が止まらない。
涙自体に焦っているほかは至って冷静なはずなのに、意思とは関係なしにハラハラと流れていくそれを、もう止めることは諦めて、俺はただ苦笑しながら受け入れた。
やがて、両隣の二人はそのまま眠ってしまった。 ...スライムさんは良く分からない。
みっともないやら情けないやら、恥ずかしい姿を二人と一匹に見せてしまった。ただ、自分でも驚いているというのが正直なところだ。
連日の、この世界に来てからの日々が思った以上に負担だったのだろうか? それとももっと前の......失っている前世の記憶も、何か関係あるのだろうか?
とにかく、いまは守ってもらっている場合じゃない。星空を見上げて、大きく長く、深呼吸した。
幸か不幸か、俺達の追っ手らしき人族は見つかった。
本当に来ていることが自分の目でも確認できてしまった......あの時は冷静に観察できたけれど、今になって、あれが自分達の追っ手だと思うと、なかなかに動揺してしまう光景だった。
別に悪いことはやってないのに、追い駆けられているという事実だけで、自分が犯人か害獣かのような気分になってくる。
...昔、俺がやっていたシミュレーションゲームだと、攻め込んでくる敵に対して、風上から火を放ったり、「落とし穴」を掘って兵力を削ったりしたのだが......今それをやっても、俺達の存在を敵に確信させるだけで利点が少ない。
むこうはどうやら団体客だ、あれにお帰りいただいても、また次の団体が来訪してくるだけだろう。
次が来ないようにする手はなんだ? 追い返すだけでなく、もっと、追ってくることのデメリットを訴えなければならないだろう。
...落とし穴は無理でも、いっそ何人かつかまえて、埋めるか? ちょっとしたホラーっぽい感じで顔だけだして並べて埋めてやれば、追っ手への威嚇になるんじゃないのか?
...地面を掘ったり埋めたり程度なら、そういうモモフの習性かもしれないと、ごまかせるんじゃないのか? ...顔だけだして埋めた周囲でモモフが眠っている姿とか、ホラーというよりもなんだかシュールだな。
...顔だけだして温かい砂で埋めたりする、砂風呂みたいなやつがあったよな? それにモモフもセットにすれば、案外、新しい癒やし系のスポットとかになるんじゃないのか? こんなに広い草原を探しまわって彼らもきっと、さぞかしお疲れのことだろう。地面に埋めてジリジリ温めて、疲れを取ったり命を殺ったりしてやれば良いんだ、隣にモモフを添えて。
......馬鹿なことを考えていないで、もう眠ろう。夜中に疲れた頭をひねった所で、斬新で画期的な、役に立たないアイデアしか出てこない......
みんなを守るためにどうするべきか、明日ちゃんと、考えよう......
ゆらめく焚き火の前で、眠る二人と一匹に包まれながら、俺は「ずっとこのままだといいな」と願いつつ、目を閉じていた......




