おって
「あの二人を、人族に追われているらしい彼女らを逃し切る。そのための情報が欲しい。
彼女達がどの程度追われていて、どこまで逃せば、逃げきれるのか。金か何か、別の手段で解決できそうなら、それも参考までに知っておきたい......おばあちゃん、何かご存知ありませんか?」
うちのかわいいサキとユキを、どうにか人族から守らねばならない。
とはいえ、なんで追われているのかとか、誰が追っているのかとか、まださっぱり分からないんだよね。もちろん、サキとユキが重犯罪者の可能性も、無いとは言い切れないわけだし。
それで、道具屋のおばあちゃんが、なにか知っていれば教えて欲しかったわけなんだけど...
おばあちゃんは、その小さな丸メガネごしに、俺の方をジッと見た。
「...お前、渡り人かい?」
渡り人!? 渡来人みたいなやつ? 土器ッとしちゃった。
「...あー......メガミ様にこっちの世界に落とされました。メガミ様の雑な説明のおかげで、こっちの規則がいまいち分かっていません」
「はぁ、そうなのかい...」
おばあちゃんはため息をつきながら、どうやら色々と納得したような顔を見せた。
そして、俺のことには深く突っ込まず、先ほどの質問について答えてくれた。
「...あの二人はおそらく、小鬼族最後の生き残りと言われる娘達さ。人族はあの娘達をどこまでも追いかけて来るだろうねぇ」
わ、おばあちゃん、すごいね。なんでそんなこと知ってるの? それとも二人の方が有名人なのかな? ただ、いずれにせよ...
「...あー...どこまでも追ってくる、ですか」
「人族はね、渡り人達が言うこっちの世界だと、他の種族を勝手に保護したり滅ぼしたり、忙しいんだよ」
...実はあっちの世界でも、人間は動物を勝手に滅ぼしたり保護したり忙しかったです、とかは言わないでおいた。
「あの娘達は偶々今は『滅ぼす』対象になっているのさ。少なくとも、むこう百年は逃げ切らないと、それは変わらないだろうねぇ」
...チッ、なんだよ、それ...忌々しい話だな。 ...いや、どんな背景があるのか知らないからなんとも言えないが、とにかく和解が難しいのは、よく分かった。
「それに、金でどうにかするにしても、あの二人の保護を引き受けるような奴は人族にはいないだろうねぇ」
「人族以外なら?」
「あんた達がこの店に入った階段のあった場所は『迷宮』の上層だろ?
それにモモフって言ったね...
...そこなら、地上は人族が囲んでいるよ。
10層毎に地上と結ばれた転送門が、在るには在るが......まず10層の名目上の管理者は妖精族だが、事実上の支配者は人族だ。
20階層目が......あそこは誰だったかねぇ? 最近は下の方まで潜る奴は、とんと見なくなって、忘れちまったよ。
今の地上の連中だと、自力で10層まで潜れば英雄扱いだろうねぇ」
「つまり......それでも、ひとまず下を目指すしか無い?」
「あんたがあの娘らを下に連れ回すのが、一番長生きできそうな選択肢だろうねぇ」
ひとまずは10階層と20階層を目指して、下に行ってみるしか無い、か...
「...俺達を誰かが、もう、上とか下とかから、追って来てると思いますか?」
「ちょっと待ちな......おい、『エニー』! 聞いてるんだろ!」
おっと、急におばあちゃんが虚空に向けてしゃべり出したぞ!
おばあちゃん、大丈夫だよね!? 正気だよね!?
「聞いてたなら分かるだろ、今すぐに教えな!
あ? なんだって? あたしは今、虫の居所が悪いんだよ! 早くしな!
...ほぉ、そうかい...こうやって今話しながら、お前は十分な時間を稼いだろ?
あと三秒だ。いいね? 三、ニ、い......」
え、え、何何何!? すげー怖いんだけど!? どこかにマイクかカメラでも置いてあるのかな!? でもおばあちゃんイヤホンとか着けていないし、なんなの!?
三秒たったの? 間にあったの? 何か爆発するの? おーい、『エニー』さーん!?
「...わかったよ。ありがとさん。
...さて、小僧。
あんた達の......いや、あの娘達の追っ手ならもう出ているよ。今が1階層目。2日で一層ずつ、下に向かっていくつもりらしいね」
え!? どうやって調べたの? すごいな、『エニー』さん!
だけど...
「...うへぇ......もうすぐに追いつかれるのか? ...俺達が死んだことにして、諦めてくれないかな?」
「追っ手が追いつくか、追っ手が死ぬか、どちらかだろうね」
「追っ手の人達って、強いの?」
「数は少ない。だが、とびっきりの精鋭だね」
そっかー......大体、広いあの階層を、たったの2日で探しきるなんて異常だよね。なにかそういう魔法や【スキル】でもあるのかな?
「...ところで、おばあちゃんの、このお店って、あの階段以外から入ってくることってできるの?」
「...企業秘密だね。だが、あんた達が出て行くまではあの階段は、あんた達の来た場所からは消えないよ」
「追っ手の人達って、そういう領域や魔法やらをこじ開けられるのか知りたくて。うまいこと隠れて、やり過ごしたいなぁ〜、なんて思いまして」
「......『そういう結界』をこじ開ける力は、【勇者】にも聖剣にも無いはずだね」
げぇ、勇者!? それに、聖剣!?
まさか、今追ってきてる「精鋭」って...やっぱり、勇者?
...いや、落ち着け。それはもう、ひとまずはどっちでも良いはずだ、やることは変わらないはずなんだ...
「...ハァーーー.........」
「......」
「...しかたない......とりあえずは、やってみる、か」
「...あんた、それより、一つ教えな」
俺が肺活量の限界に挑んだため息をつくと、おばあちゃんが真剣な顔で、俺にたずねてきた...
「...なんでしょう?」
「あんたはなんでそうまでして、あの娘達を助けるんだい? あんたは他人、それも人族だろう?」
...そうだよ、他人で悪いか? こっちの世界でも、人助けに理由が必要なのかよ?
「なんだって?」
「...いいえ、何も。ただの下心ですよ」
「...はぁ?」
言っててバカバカしいけど、実際、そうなんだよなぁ...
「...草原を歩いていたら、かわいい子が落ちてたから拾った、怪我してたから治した、そのまま一緒にいる。それだけのことなんです」
二人がなにやら人族に命を狙われているらしいけど、今のおばあちゃんの話を聞いても二人に非があるようにも思えない。一緒にいても、この子達、とっても良い子な気がするし。
「人族と揉めるのは不本意ですが、かわいい二人を手放すのも嫌なんで、仕方がないんです。
幸い俺は迷宮生まれなんで、地上の人達とはまだ、何の接点も柵もないし、存在すらも知られていない。このまま逃げ切って有耶無耶にできねーかなって思っているところです」
「......」
「...だからこの話、聞かなかったことにしてもらえませんかね?」
「見くびるんじゃないよ、あたしは客を売ったりはしない! ...人族に情報を流したりしないから、安心しな」
「ありがとうございます......ところで、おばあちゃん、そのメガネって俺のこと色々見えてます?」
「ハッ! 逆だね、コージ! あんたを見ても、何が何やらさっぱり分からないよ!」
...やっぱり、俺の「名前」すらも見えてたか。
それで、【スキル】や【しょくぎょう】も見たけどさっぱり分からない、と......奇遇ですねー、実は俺も、自分のことが、さっぱり分からないんですー。もし分かったなら、むしろ教えてもらいたいくらいだったのに。
おばあちゃんがニヤリと笑った。
「そう、分からないから、ここまで話してやったのさ。小僧なら、まだどうなるか、分からないからね!」
どうなるか分からない? それって、つまり...
「...その、勇者の件、とか?」
「そう、【勇者】は世界でただ一人、そのほとんどが渡り人だ。そして、小僧も渡り人。小僧なら案外、勝てるんじゃないのかい? ヒッヒッヒ」
「戦わないで、逃げる予定ですよ?」
「それも含めてさ! 逃げ切れば小僧の勝ちだ! 面白そうなあんたに賭けてやろうってことだ! あたしは、あのお嬢ちゃん達を小僧が『守りきる』方に賭けてやる。服代と情報代は賭け賃としてくれてやるから、無駄にするんじゃないよ! ヒッヒッヒ」
ヒッヒッヒって...おばあちゃん、その邪悪な笑い方、本当に良く似合ってるね?
...まったく......その賭け、勝ったところでおばあちゃんの取り分は無いんじゃないの? 俺に手を貸したってバレたら、むしろおばあちゃんも人族に睨まれて損するだけかもしれないのに。
おばあちゃんも、お人好しなんだねぇ......ヒッヒッヒ...
「...わかりました。前向きに善処します」
「政治家みたいな口上はおよし。成果で応えてみせな!」
「底意地の悪い上司みたいな口上はよしてください......あぁ、それと、あの娘達の服の他にも欲しいものがあるんです。ナイフとか」
「はぁ? 小僧、聖剣相手にナイフで戦うつもりかい?」
「あと、塩とか、砂糖とか。フライパンって、この世界にもあります? こう、お鍋の少し平べったいやつなんですが...」
「調理道具かい!? ...呆れた小僧だ。あんた案外、余裕だねぇ...」
「...誰が相手でも、腹は減りますからね」
こうして、念願の調味料を...じゃなくて、サキやユキの服と日用品と、彼女らを守るための情報を手に入れた。
俺が魔法スキルで持ち歩いていたモモフの肉や素材も、今後、物々交換してもらえるそうだ。迷宮で手に入る食材や素材なら、このお店でも十分に買い取れる程度の価値があるらしい。
また来ることを約束して、おばあちゃんも俺達がまた「来られるように」してくれることを約束してくれた。
ちなみに、ようやくサキ、ユキの服装が「服」に変わった。
動きやすい服装は結構だけど、スカート短すぎない? え、こっちの世界だと標準なの? だって、草原歩けば虫さされとか......あぁ、足甲みたいなのは別に用意したのね? なるほどー...
で、そっちが「夜の戦闘服」ね......うちの娘になんてもの与えてくれてんだ、BBA!? ヒッヒッヒじゃねぇ、笑うな!
それから、俺の方の服について。
下着と予備の服も一応用意してもらえたけれど、いま俺が着ている一着の服で、しばらくは十分だろうとのこと。今の俺の鑑定スキルのレベルでは分からなかったけれど、おばあちゃんの話では、どうやらこの服には自動修繕機能とやらがあるらしい。
破れたり燃えたりしても、ある程度なら元通りになるそうだ。へー、すごいなー、さすがメガミさんがくれた服だ......
...メガミさん...そういう機能は、服ではなく、中身の方につけてくれませんかね? 勇者の聖剣で真っ二つにされた俺と、元通り回復した「服」って、絵的にひどくない?
そんなこんなで俺達は、不思議な地下の道具屋で賑やかに買い物を済ませたあとに、再び地上の草原へと歩き出していった。
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なんてこったい、危うく飲みかけの茶を吹き出すところだったよ......
初めて来る客は珍しいと思ったら、とんでもない客だった。
人族の、すべてが謎の小僧。
あたしの「神眼の眼鏡」なら大抵のことは見れば分かるけど......あれは、見れば見るほど、余計に分からなくなっちまった。
一緒に連れてきた「最後の小鬼姫」がいなけりゃ、気味が悪くて、すぐに叩き出していたところさ。
あの小僧の、意味の分からない職業「がんばりや」。頑張り屋? 一体なにを売る職業だい? 魂かい? 「まほう」に「はいかい」なんてのも、聞いたことの無いスキルだよ!
「まほう」ってのは、どの魔法のことだい! 地水火風のどれだ! それとも木火土金水のどれだ! 白黒だって良い、とにかくどれの「一つ」を指している魔法なんだい!? ...もしかして【魔導】のことかい?
それに「けんせい」? いや、待て待て......けんせい? まさか、あの【けんせい】?
小僧が「メガミ様」とやらの使徒で、【魔導】ならば話が早い。だが「けんせい」? ステータスの偽造にしても、悪ふざけが酷すぎて、かえって疑わしいものだよ!?
...あの女神様か、猫神様は、渡り人の小僧を相手に一体なにをやったんだい...?
...だがあの二人、古い馴染みの客の娘達に会えたのは幸運だった。
あいつらは皆、滅んじまったと聞いて久しい。まさかその娘達が客として、また訪れる日が来るとは思わなかった。いつかのために、念の為に用意しておいた服が無駄にならなかったのは、本当に良かったよ......
最初は人族が道楽で小鬼の奴隷を連れ回しているのかとも思ったが、なるほど、小僧がその娘達を救おうっていうのかい。ヒッヒッヒ、そうかい、あんた、どうやら本当にあの「メガミ様」の使徒なんだねぇ......
くれぐれも無茶するじゃないよ。メガミ様の使徒達の末路はいつも......いや、違う違う! その服は餞別じゃない、賭け賃だ! あたしは勝負事は勝たなければ気が済まない、絶対にあたしに恥をかかせるんじゃないよ! 必ずまた、その娘達の笑顔を見せにこの店に来な!
最後に、小僧が代金として払ったモモフの干し肉。品物としてもなかなか上出来だ。それはまぁ、良い。
だが問題は、それを取り出した場所だ......断絶結界って、小僧の使う「まほう」ってのは、封印魔法のことだったのかい!? 収納空間ではなく、封印? ...干し肉を封印??
やっぱり小僧の正体は本当は【魔導】で、メガミ様ってのは間違いなく......
あぁ、もうやめだ、止めだ! 考えたって分かりゃしない! 眼鏡ごしに何度も目を見開いちまって目がシクシクするから、今日はもう閉店だ!
...今夜はこの干し肉を肴に、とっておきの酒も出して、古い馴染み客達に杯を掲げて報告してやらないとねぇ、ヒッヒッヒ......




