しと
俺と双子娘はお互いに正座し合い、顔を真っ赤にしながら頭を下げあった。
「昨夜は...」
「その...」
「えっと」
「「大変申し訳ございませんでした...」」
三人みんなで深ぶか〜と謝罪しあった......正座で地面に頭をつける習慣(?)がこっちにもあるとは驚きだ......いや! 関心している場合ではない! 今は、反省会の時間なんだ!
俺達三人、襲い襲われ、翌朝を迎えていた。
誰が悪いとも言えないが、前半は彼女達、後半は俺の「攻勢」のまま幕を閉じた。そして三人ともが、被害者よりも加害者の自覚はあったようだ......
「いえ、昨夜は...あああ、あの......大変申し訳ございませんでした...」
再度の謝罪を重ねた上で、口火を切ったのはユキだった。
「その...人族は、とにかくコレが好きと思い......良かれと思って...」
うん、少し人族を蔑んでるよね? まぁ、君は本気でそう思ってたんだろうけど......本気で喜ばせるつもりでソレやっちゃったんだろうけどね!?
そして、サキがそれに重ねる。
「あああ、あの......獲物は逃がすなと郷のオババ達に言われてましたので...」
「こらっ!? シュテンちゃん!?」
惜しいっ、それは謝罪になってない! むしろそれは「オババの言うとおりに私、頑張りました」宣言だ! あと、オババって誰だっ!? ...まぁ、君は本気でそう思ってたんだろうけど......異種族交流(?)は難しいなぁ...
そして、俺も謝った。
「あぁ、うん。...俺も...えっと......特に言い訳はありません。ゴメンナサイ」
そして俺。確かに俺が寝込みを襲われたのだけど、むしろ早い段階で攻守は逆転していた、ような気がする......前半戦よりも後半戦の方が少しだけ長かったような気がするが......記憶がない。 ...俺も本気で反省しているんだ! 記憶は無くとも反省がいま、ここにあるっ!
「そ、それは...そ、その、さささ、昨夜は、たっ、大変...」
「お、お、お見苦しい、ところを...おお、おみ、お見せ...」
「い、いや! 君達は何も悪く...ぃ...けど! 比率的には圧倒的に俺が悪い!」
そうだ! 俺は反省しているんだ! 海より深く空より高く、宇宙より果てしなく反省しているんだ!
寝込みを襲われたとはいえ、つい、カッとなって......ムラっとなって? ...いや! カッとなってヤッしまったんだ! あれ? 全然反省しているように聞こえない!? ダメだ、もうこの話題は終了だっ!
「...では、俺も、君達も...俺達三人とも、どうかしていたということで」
「「...はい...っ」」
二人が、たぶん俺も、顔を真っ赤にして声を揃えた。さりげなく、二人の「はい」に俺も「はい」を重ねていた。
...だが、言い訳させてくれ!
この二人、ものすごく強かったし! 小鬼と言っても、鬼だよ、鬼! 俺のゲーム知識だと最初に遭遇するゴブリンなんてもっと弱いやつだったはずだぞ!? それとも俺が弱すぎるだけなのか!?
もしもこの二人が「殺る気」だったら、俺はとっくに死んでいたはずだし、だから俺も無我夢中だったんだ。俺もすっかりその気になって、すっかりムラムラ夢中になっちゃった......えぇい、この話題はもう終わったんだ! そう、気になるのは彼女達についてだ!
...ゴホン。その、なんだ。
この、かなり強い二人が、人族からボロボロになりながら逃げ回っていたのは、どういう状況なんだ? この世界の『人族』は、この二人よりもさらに強くて危険ということなのだろうか...?
首を傾げた俺の前で、二人が宣言した。
「...コホン、改めまして」
「これより我ら」
「「身も心も、主様のもの」」
主様!?
「俺っ!? 主様っ?? ...あ...はい...」
やべぇ、どんどん事態が進行していっているぞ!? オババ達とやらの思うつぼ(?)じゃないか!?
...そう。もし俺が、彼女達の主人(?)となるということは――
彼女達を拾う時、怪我を治した後に話を聞いた時、うすうす覚悟はしていた。
俺は一体、「誰の」味方をするのか? ということについて。
彼女達と「人族」との対立関係がどの程度かは分からないが、少なくとも彼女達は人族に捕まっていたらしいから、彼女達は人族の誰かの「財産」であった可能性が高い。
彼女達が捕虜にせよ部下にせよ、俺が勝手に奪ったら、彼女達の所有者や雇用主と対立することになるのだろう。
その所有者だって、違法な組織ではなく合法な組織か機関か、地上の都市だの国だのが関係しているような雰囲気だ......
そんな人族達と、俺はいま、敵対路線に入っている。
お金か何かで交渉して、穏便に収まるなら収めてみたいけど、それは難しそうだ。そもそも彼女達自身が人族を所有者とは認めておらず、捕まった上に逃げ出してきたのだから。
そう、彼女達との出会いが既に穏便ではない。彼女達は人族から「あの怪我」を負いながら逃げてきたんだろ? 人族の元に返したら同じ目にあうか、次は命すら危ういんじゃないのか?
――そんなことを、目の前の二人のことを忘れて考えこんでしまっていた俺に、二人が上目遣いで、恐る恐る、俺に聞いてきた。
「「私達では、ダメでしょうか?」」
――ダメじゃないヨ!
ぜんぜんイイ!
すごくイイ!
イイね!!
――えぇい! 黙れっ、俺の「下心」!! ちゃんと「良心」の観点からも、見捨てるわけにはいかないと審議していたところだっ!
「...ゴホン。ダメなわけないだろ。もう、主様でもなんでも、好きなように呼んでくれ」
......俺、前世ではそうとうチョロい感じで、上目遣いで「ねぇ、ダメ?」とか誘惑されて、お金とか魂とか簡単に抜き取られていたんじゃないだろうかー......
そして、今世(?)でも簡単に担がれて......
そんな風に、内心では混乱しっぱなしの俺の一方で、二人は安心しきったように顔を綻ばせながら声を揃えた。
「「...はい! 主様!」」
くそぅ、二人とも、いい笑顔しやがって。
...こうなったら据え膳食わねば......じゃなくて、毒を食らわば皿までだ! やれるところまで、やってる!
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「...とは言っても、やることといえば、逃走なんだよね」
それから俺達三人は、特にやることは変わらず、下の階層への階段を探して歩いていた。
なんだかんだで現在地は、迷宮第3階層。狩りや採取よりも、まず先に下へと潜ることを優先して、徘徊していた。
二人の驚く反応を見るに、わりと早いペースで下へと移動しているはずなのだけど、それでも地上にいるであろう人族達から、まだ「1、2の3」で届く位置だから決して油断はできない。
...どこまで潜れば安全なのだろうか?
そんなことを考えていた俺の顔を、二人がジッと見つめていて、俺はハッとした。
「「申し訳ございません...」」
「...あっ、そんな暗い顔しないで! 大丈夫! 俺も、いずれは下の階層には行く予定だったし、逃げるの大好き(?)だから!」
正しくは俺は「上か下」の階層に行ってみる予定だったのだけど、二つあった選択肢の片方が消えてしまった、それだけのことだ。決める手間が省けたというものだ、GJ!
それに、俺は下層に行きたかったんだ。そう『下層』、俺にぴったりな言葉じゃないか! Excellent! ...ちょっと無理があるな、少し悲しくなってきたから、こっちは却下だ。俺は中層くらいを目指して生きていきたいんだ。
気まずい話題から変えて、俺よりはこの世界に詳しいであろう二人に聞いてみた。
「ところで二人は、この迷宮のことは詳しいの?」
「いえ、私達もここには初めて来ましたので...」
「...この迷宮のことは、人伝に聞いた話しか、知りません」
大丈夫です、俺は人伝にすら聞いたことがありません。
神は雑だし、犬人はしゃべらんし、大兎はモフっとしていただけだ。人と会話したのは、君達がはじめてなんだ。
「この迷宮って、やっぱり下に行けば行くほど、難易度があがる仕組みなのかな? なんというか、生き物が強く凶暴になったり、環境が過酷になったり?」
そんな俺の質問に、ユキが答えた。
「もともとこの迷宮は、試練の地だと言われていました」
ふむふむ。わりと大事な設定。
...メガミさん、なぜ言わなかった? 知っていたら俺は、即、「上」を目指したよ。そして末永く地上で平和に暮らそうとしたはずだよ。
「混迷の世を穿つ迷宮、その深淵へと至るもの、神の円卓に加わる、と」
...んん? 神に加わるってのは、つまり、神様のところへの入社試験かな?
俺、メガミさんのところに就職とか、嫌なんだけど?
ぜったいメガミさんって仕事ができな...ゴホン、仕事の引き継ぎとか苦手なタイプでしょ? 大事な資料とか、間違いなく作って「無い」方の神だよね?
...どこか遠くから「そんなことないですぅ」という、か細い声が聞こえたのは、どうやら俺だけのようだ......いや、俺にも聞こえないし、認めない。
いや、あなた、この【辞書】の内容にしたって、どう見ても...
「...主様、どうされましたか?」
「えっ!? いや、ちょっとメガミさんと......ゴメン、なんでもないよ。続きを聞かせてくれる?」
「あ、はい。その迷宮の果てを目指して、やがて多くの者達が、多くの種族達が挑んだと言われます」
壮大な物語だね。
「神々の使徒達が各種族達を導き、時に争い、その深淵を目指しました」
神々の使徒達?
ほらぁ、メガミさん、また大事なことを言ってない......「神々」ってことは、複数いるの? メガミさんにも使徒っているのかな? 大変だね、使徒の人。うん、俺には関係ない、はずだ。
「しかし、その道は困難を極め」
ほうほう。
「やがて、皆が......諦めたといいます」
あれ。終わっちゃった。
...何やってるの? メガミさん? みんなもう、諦めちゃってますよ? 難易度調整、間違えてない?
そして、俺をそこに放り込むわけ? メガミさんって、実は見かけによらずドSでしょ?
俺はゲームするときは迷わず難易度「EASY」を選択するタイプだよ? 俺もみんなと同じく、諦めて良いんですよね?
そして、ユキが物語を締めくくった。
「迷宮奥深くには、今でもその名残が残っていると言われていますが、古い話なので定かではありません」
めでたしめでたし。
...まぁ、どんな伝承があるにしても、今のところ俺達は下に進むしかない。どこまで進むかはさておき、進めばそのうち、色々と分かってくるだろう。
俺はとりあえず、気になる言葉について、二人に聞いてみた。
「神々の使徒っていうのは、どんな人達なの?」
各種族達を導き、時に争いってのが気になる。いずれ味方になったり、敵になったりするのかもしれない。
俺の疑問に、ユキが続けて答えてくれた。
「はい。
神と使徒はそれぞれ、同じ名を名乗ると言われています。
それで、有名な使徒は...
行方知れずとなっている妖精の王【羽ばたく悪戯】。
争いと暴虐の化身【慈悲なき兵器】。
人族の天敵と言われている【徘徊する逢魔】。
そして......人族の【勇者】...【不滅の正義】......
...です。
その四人以外は、私達もあまり聞いたことがありません。神々も使徒も、謎が多いと言われていますので...」
行方不明で暴虐で天敵で不滅。一人残らず、ろくでなしじゃねーか。
...それに、まずい。とても不吉な単語が出てきたぞ。 もはや、無関係ではいられなくなってきたというか......
「...ちなみにさ、その【勇者】って、この『地上』にいるの?」
俺の問いに、二人が暗い表情で、心底嫌そうに答えた。
「「...はい」」
デスヨネー。
そして、二人はいま、その人族に追われているんですよねー......
...どこか地上の離れた場所に、魔王とか、大魔王とか、超魔界村とか、なんか厄介なのが現れて、勇者も人族達もそっちの方に行ってくんねーかな?
それで魔王が姫とかさらって、勇者がそっちに助けに行って、ずっとさらって助けてを繰り返して、みんなで救出速度を競いあえば良いじゃない! 俺達はその隙に、こそこそ迷宮の下の方に引っ込むからさ!
...これからどうなるのか分からないが、少なくとも何が敵になりそうなのか、そして俺が「魔王側」になりつつあることを、俺は何となく予感したのであった。
...うちの姫二人は、もう返さぬぞ? フハハハハ。




