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学ぶ機会が少なかっただけだから

 それからしばらく店内で時間を潰したのち、俺たちは会計を済ませて外に出た。


 支払いの時、実は少しだけトラブルが発生した。衝動的に家を飛び出してきてしまったため、俺も鮎菜ねーちゃんも手持ちの現金がなかったのだ。


 互いにスマホだけは持ってきていたが、いわゆる電子マネーの類はどちらも利用していない。服のポケットを探ってみても、小銭の一枚も出てこない。欠如していた。支払い能力というものが。


 ――で。


「私が払いますよ」


 などと、睦月が申し出てくるのも当然の流れなわけで。


 一人だけ年長者の鮎菜ねーちゃんは、年下の女の子にご飯を奢られるということに渋る様子を見せながらも、まさか無銭飲食をするというわけにもいかない。


 そのような事情により、スマホのカード入れから取り出したクレジットカード(衝撃のブラック。どこからどう見ても上限額がないタイプ)で睦月が俺たちの分まで支払いをしてくれたのである。


「な、なんか、睦月ちゃん……すごいカード持っとるね……」


 道を歩きながら、鮎菜ねーちゃんが遠慮がちにそんな言葉を口にする。


「はあ……まあ、父から渡されたものなので、誇れるものでもないですが……」


「いや、うーん……そういうのを娘にポンと渡せるのが驚きというかなんというか……」


「お金だけは余ってるみたいなので」


「……うーん、わたしには一生縁がなさそうなセリフだなぁ」


 睦月との会話に目を丸くしながら、驚きとも感嘆ともつかないため息を漏らす鮎菜ねーちゃん。


 ……まあ、そういう反応にもなるよな。女子高生がいきなりブラックカードを取り出したりなんかしたら。分かる分かる、超分かる。一人、内心でうんうんとうなずきながら、鮎菜ねーちゃんの隣を歩く。


「まあ、とにかく」


 と、気を取り直した様子で鮎菜ねーちゃんは口を開いた。


「今日はお会計のお金、立て替えてくれてありがとね。このお金はまたちゃんと返すから」


「そんな……必要ありません。どうせ、カードに上限額なんてありませんし、どれだけ使ったところで私が困るわけでもないですし……」


「それとこれとは、話が別よ。こういうお金のことってのは、親しい相手だからこそちゃんとしないといけないの。わたしとか大樹君が、なんでもかんでも睦月ちゃんにお金を出してもらったりしたら変でしょう?」


「私は、その、別にそれでも……」


「構わない、わけがないのよ」


 睦月の言葉を先取りして、鮎菜ねーちゃんが言葉を続ける。


「いーい? そうやって、睦月ちゃんが『私は困らないから』ってそのたびにお金を出してたら、そのうちどんな相手とも心の繋がりはなくなっちゃうの」


「……」


「お金だけで繋がる相手を、睦月ちゃんは友達って胸を張って呼べるかしら?」


 鮎菜ねーちゃんにそう言われ、睦月がしばし考え込むようにして黙り込む。


 そんな彼女の頭を、鮎菜ねーちゃんがポンポンと叩くように撫で、言った。


「そんなに難しい顔しなくても、大丈夫よ。……睦月ちゃんは、ちょっと人との関わり方を学ぶ機会が少なかっただけだから。きっとちゃんと、こういうことも分かるようになるから。ね?」


「はい……」


「それじゃ、もう夜もだいぶ遅いし帰ろっか。夜道は女の子一人じゃ危ないし、おねーさんが家まで送ってってあげよう」


 おどけた声のトーンでそう言い、鮎菜ねーちゃんがふざけた感じに胸を張る。ただでさえ豊かに膨らむ胸が、そのせいでさらに強調されていた。


 それから彼女はこちらに目を向けると、


「――と、いう感じでいいよね? 頼りになるボディガードな男の子君?」


 そうやって確認の言葉を投げかけてくる。


「別に構わないよ。……ってかさ、そういう言い方されたら拒否れるわけなくね?」


「さっすが! 男の子だねー、大樹君!」


「どの口が……」


 なんて、憎まれ口を叩いてはみるけれど――。


 睦月を一人で帰すのが心配なのは、俺としても同じだった。


  ***


 さて、そんなわけで睦月を家に送り届けた俺たちだったが……。


「お、お世話になりまぁ~す」


 睦月宅。そのリビングにて。


「……すまん、しばらくの間、厄介になる」


 床に正座して、睦月に向かって、そんな風に頭を下げる俺と鮎菜ねーちゃんの姿があった。


 そう、なんと俺たちは――睦月の家に居候することになったのである。


 そんな話になったのは、つい十分ほど前のこと――。

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