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上手に喧嘩ができていない

「……やっちまった」


 その日帰宅した俺は、制服を着替えることすらせずに、リビングのソファで横倒しになっていた。


 口から出てくるのは、ため息ばかり。正直、割と引きずっていた。


 なんだよ。大嫌いって。


 そこまでのことを言われる必要、あるか?


 そりゃ俺も、態度とか、口とか、悪かったけど。でも普段、こんなやり取りはいくらでもしているじゃないか。


「なんだって、今日に限って……」


 呟き、ぶっ倒れたまま再びため息をこぼす。このままでは、この家は俺のため息で埋め尽くされてしまうかもしれない。そうなったらもはやおしまいだ。幸せとかいうものがこの家に入り込む余地はない。隙間なく不幸の象徴である俺のため息で埋め尽くされ、住民全員が不幸街道まっしぐらとなってしまう。俺はともかく、鮎菜ねーちゃんまで不幸にするわけにはいかない。なので、再び込み上げてきたため息を俺は根性で飲み込んだ。


 俺が幸せにしてやっからな、ねーちゃん……。


「……あれ、どうしたん、大樹くん? なんかえらい落ち込んどるけぇど」


 そんな風に変なことを考えていたら、当の本人がちょうど帰ってきて、そんな声をかけてきた。


 手にはエコバッグが提げられている。七月からはレジ袋が有料化するとのことで、鮎菜ねーちゃんが自分でわざわざ縫って作ったやつだ。猫の顔が表面には刺繍されていて、ネギの頭がぴょこんとバッグの中から飛び出していた。


「……別にぃ」


「……あれま、いつにも増して凹んどるんね?」


「そう見える?」


「そうなあ。樹里ちゃんとなんかあったんけ?」


 鮎菜ねーちゃんの言葉に、ピクリと俺の体が反応する。それからただでさえふにゃふにゃしていた体から、さらに力が抜けていき、もはや陸に打ち上げられたナマコの如くさらに深く体がソファに沈み込んでいく。


「……なんで分かんの?」


「そら、家族だでなあ。それぐらいはお見通しだに?」


「家族ねえ……」


「それに、こないだ樹里ちゃん、うちの玄関の前で所在なさげな顔して突っ立っとったでなあ。こりゃ、大樹君となんかあったんずらと」


「なんか……あったのかなあ」


 自分で呟いてみても分からない。なにかあったといえばあったし、なかったといえばなかったような気もする。少なくとも、理由みたいなものはひとつだけ、と断言できるような感じではないのは確かだろう。色んなことが絡まり合って、わけが分からなくなっている……そんなような、気がしてしまう。


 要するに、言ってしまえば状況は簡単なもので。


「上手に喧嘩、できとらんって感じけ?」


「んー……」


 鮎菜ねーちゃんの言葉に、気のない返事を返す俺。だけど、ねーちゃんの言う通りだった。上手く喧嘩ができてない。喧嘩をしているのに、ぶつかってない。だからすれ違ってしまって、消化不良な感じになっている。


 こういう時って、どうやって仲直りしてたっけ。樹里とは付き合いが長い分、喧嘩も仲直りもよくしていたはずなのに、なんでか今回は上手くいかない。


「ごめん、ねーちゃん。今日だけは放っといてくれ……」


 そう弱々しく告げると、意外にも鮎菜ねーちゃんは、「ん、そーけ」と短く言ってうなずいた。


「なんかあったら、いつでも言いなんし? 家族だでな、困った時はうんと頼っていいんだに」


「ん、ありがと」


「そいじゃ、ねーちゃんは洗濯物寄せてくるでな」


 そう言って鮎菜ねーちゃんは、干し場の方へと立ち去っていく。


 ちなみに、洗濯物を寄せるというのは、洗濯物を取り込むという意味合いの方言だ。鮎菜ねーちゃんがまだ家族になって間もない頃、急に泣き出した空に慌てた彼女が、「洗濯物寄せるの手伝って!」と言ってきた時のことを思い出す。その時の俺は馬鹿正直に洗濯物を物干し竿の端っこに寄せてしまい、びしょ濡れになってしまったそれを見てねーちゃんは「ぎゃー!」と悲鳴を上げていたっけか。


 あの時、俺とねーちゃんの間には方言という名の文化のすれ違いがあった。なら今は、俺と樹里はどんなすれ違いを起こしているのだろうか?


「にしても、家族なあ」


 なんとなく、鮎菜ねーちゃんのその言葉が引っ掛かって、俺は呟いていた。


 なんだっけな。あの時のあいつも、同じ言葉を使っていたっけか。

そろそろ涼しくなってきたんで筆が乗るようになってきたかもしれない

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